クッキー試食会
三枝さんが準備してくれた材料は非常に種類が多い。そのため、今日のクッキー作りは遠野が手伝ってもらうことにした。一人では重労働であったためアシスタントがいてくれると非常に助かる。ちなみに、麦嶋は手伝ってくれないらしい。甘い匂いが駄目だからだそうだ。本当に何しに来たのやら。
「遠野はクッキー作ったことあったっけ」
「ないぞ」
即答だ。まあ、そりゃあそうか。男がクッキー作りをする機会なんてそうそうないはずだ。
「でも大丈夫だ。カレーなら何度でも作ったことがあるからな」
ワハハ、と笑う遠野。のっけから不安でいっぱいである。
「……順番に教えるからよく聞いててくれよ」
そうしてクッキー生地を作り始めたのだが、どうにも上手くいかなかった。遠野は案の定というか、予想通りというか、作業が雑だった。混ぜるのは均一になっていないし、バターと卵の乳化も中途半端で終わらせてしまうしと、数え上げるとキリがなかった。仕方がないので付きっきりで教えなければならないのだが、それがどうにも時間がかかってしまった。そのため、最終的には生地作りのほとんどを僕一人ですることになり、遠野には卵をひたすらかき混ぜてもらうことになった。
楽しそうに卵をかき混ぜる遠野。天職が見つかったようで何よりである。いつかは戦力になってくれるように、と僕は淡々と生地を作りながら、儚い祈りを捧げる。
そんな調子で少々時間がかかってしまったが、何とか必要な分の生地を作ることができた。後は生地の間にジャムを挟むだけだ。そうしてジャムを手に取った時、遠野がおもむろにスプーンを取り出す。
「なあ、味見してみないか」
「それは構わないと思うけど」
ほとんどが地雷だと思うのだが。それほど食い意地が張っているのだろうか。いや、この場合は卑しん坊というよりはチャレンジャーというほうが正しそうだ。
遠野がジャムの中身を一つずつ味見していった。最初の方は大喜びで味見していた遠野も阿仙薬を口にした辺りから呻きだし、ピタリと味見するのを止めてしまった。遠野曰く、その辺の雑草を煮詰めたものを口の中にブチ込んだ味がするらしい。相当酷い味のようだ。三枝さんが食べてしまっても大丈夫なのだろうか。
不安に駆られながら、僕は早速第一弾のクッキーを焼き上げてしまった。甘い匂いの他に生薬やら香辛料やら色々な匂いが立ち込めていた。嗅いでいるだけで食欲が減退しそうだった。これはよくない。今度からは同じようなものをまとめて焼かなくては。
それでも、できてしまったものは仕方がないので、大人しく三枝さんに差し出すことにした。
リビングでは三枝さんと麦嶋がそれぞれ離れた所で携帯を弄っていた。女子同士らしい綺羅びやかなトークに花を咲かせているのだと思ったがそうでもないらしい。まあ、この二人がそんなことをしている姿なんてまるで想像できないが。
「できたぞ」
そう言って遠野が勝手にクッキーをテーブルの上に置く。僕も遠野の後ろから遅れてコーヒーを人数分用意する。クッキーが置かれたことに気がついたのか、どれどれ、と近づいて来た麦嶋は、うっ、と呻きだす。
「なにこれ、酷い匂いじゃない」
僕もそう思う、そう思うのだが、僕にはこれ以上改善する方法が思いつかない。香り消しに上からハーブでも添えてみたら良かったかもしれない。
麦嶋がしかめっ面をする一方で、三枝さんは涼しい顔をしている。それほど気にしていないようだ。
「これがイチゴジャムで、これが味噌、これが阿仙薬」
何故か遠野が説明する。それは僕の仕事だと思うのだが。
「そう」
三枝さんは一言呟いて、イチゴジャムだと説明されたクッキーに手を伸ばす。その様子に僕はふと、違和感を覚える。……そうだ、それはイチゴジャムじゃない。それは……
「あっ、それ違いますよ。それ阿仙薬です」
僕が急いでフォローに入るがすでに遅かったようで、もうすでに三枝さんは阿仙薬のクッキーを口に入れていた。
「ああ、そうだった。羽田の言うとおりだわ。それ阿仙薬のクッキーだったわ」
遠野の言葉に驚いたような表情をする三枝さん。そうですよね。そのクッキー不味いですよね。イチゴジャムだと聞いて苦々しいクッキーを口にしたら誰だって驚くだろう。
「……羽田くん」
「はい、なんでしょうか」
小さく呟きこちらを見る三枝さん。小さな呟きにも即座に反応できる。こういう俊敏な行動で好感度を稼いでいきたいところだ。
「いえ、なんでもありません」
そう言って三枝さんは手に持ったクッキーを皿の上に置く。何だったのだろうか……いや、わかったぞ。
「そうですよね、コーヒーが欲しいですよね。はい、どうぞ」
僕は三枝さんにコーヒーを差し出す。酷い味であろうクッキーを食べたのだ。口直しに何か飲み物が欲しくなるのは当然じゃないか。僕としたことが、全く気が利いてなかった。
コーヒーを出された三枝さんはしばらくそのカップを見つめた後、コーヒーを口につける。あれ、そういうことではなかったのだろうか。
うーん、と悩んでいると偶然麦嶋と目が合う。何故か麦嶋は目を見開き、驚いた表情をしている。いや、驚いたというよりも何かに気が付いた、そんな表情に近いだろうか。麦嶋は僕と目が合っていることに気が付くと、バツが悪そうにそっと目を逸らす。
……一体何なのだろうか。もしかして僕だけが気がついてないことがあるのだろうか。そう思って遠野の顔を見てみると、いつも通り何も考えていない朗らかな顔をしている。良かった、気が付いていないのは僕だけではないのだ。全然嬉しくないけど。
「羽田くん」
はっ、として声のする方へ目を向ける。三枝さんの声だ。
「このクッキーは何味なのでしょうか」
そうだ、僕はそんなことを考えている場合じゃないのだ。三枝さんにおもてなしをすること、これが今僕がするべき、考えるべきことなんだ。
「えーと、これはですね――」
でも、本当に何だったのだろうか。僕は何か胸にもやもやしたものを抱えながら、三枝さんに残りのクッキーの説明を始めた。




