彼女たちの仕事(6)
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「今回のメンバーはこれで全員?」
見回すエトリに、ブライカは首を振って応えた。
「いや、離れてザザピィとキュリンが待機中」
エトリたちは最初の空洞の中にいた。
一度外に出た時もその二人の姿は無かったが、計五名なら事前に捕捉していた数と合う。
「キュリン? 誰だっけ」
「そーいえば知らないか。魔導技巧の特待生の」
「ああ、魔法使いの弟子か」
彼女たちが通うブルツ・アリス学園・魔導補は魔導による教育を芯に据えた機関というわけではないのだが、中には例外となる生徒たちがいた。
学園で教鞭を振るう高位の魔術師、その直属の弟子たちである。
この制度は学園側は高等魔術師が持つ技術を、対し高等魔術師たちは弟子を育てるための環境の取引として多くの学園で採用されていた。
魔導技巧といえば機器を専攻とする研究者タイプか。知識はあるだろうが、実践向きではない可能性がある。その辺りのことも考慮するべきかと、エトリは考えた。
「知り合いがいたんだ」
「ちょっとしたツテでね。今回の仕事に同行することを条件として、色々とねー」
「ふーん」
エトリもちゃんと人付き合いしなよーとブライカは続けた。
そのエトリは予備の〈賢盤〉に向かって操作を行っていた。
メイン機として使用しているのは今は〈転坑〉を構築しているので手元にはない。
〈賢盤〉は一人の魔術師に対し一台が条件となっている。そのためこういった場合、新しく魔術構文を書き加えて、使い捨てとして準備しなければならない。
「なにしてるの」
視線だけをブライカに向けて、エトリは答えた。
「一応〈依頼〉として体裁を整えておこうかと。実績のこともあるし。――あ、そうそう。とりあえず全員集めておいて」
そしてエトリの指示を伝え、間もなくブライカチームの全員が洞窟内へと集結した。
「じゃあ、まずは簡単に。状況は知っての通り。当件は〈依頼〉の形式としてあなたたちに発注を行い、協力してもらうことになりました。スポンサー兼司令官として各員きちんと、最優先として従うように」
エトリの力の抜けた挨拶に、ぱちぱちと気のない拍手でブライカのチームが応えた。
「じゃあ今回の作戦の資料を配布します」
言ってエトリは〈賢盤〉タスクを投げてよこした。至近距離限定で行える、魔術信号を実体化して渡すという通信手段である。
平たい氷のようなものがブライカの〈賢盤〉へと吸い込まれ、手の中で手紙へと変化する。
「ほいほい。じゃあこれを開封、と」
ブライカは特に疑問も持たず手紙の封を切った。
同時に鳴り響くアラート。
一拍の終止を待たず、瞬時に食い合う様な位相音が打ち込まれ、騒乱は静寂へと返された。
一瞬だった。
「な、なにが……」
目の前で雷でも落ちたかのように身動きが取れず、ただ驚く顔を見合わせるブライカたちの瞳が、最後にエトリを見た。
彼女は笑っていた。何食わぬ顔で見返している。
意図は明らかではなかったが、同時に五つの小さな音が鳴った。
疑問の答えがその手元に用意されたのだ。
〝――〈依頼〉 ヲ 受諾シマシタ。〟
文言のとおり依頼を受けたことを示している。続く簡易的な定型文。内容は簡潔に〈騎爵〉の補助となっていた。
「なんなの、このドッキリ」
「説明の続き。まず現在ブライカ・チーム改め、ブライカ・ユニットは我が指揮下に入りました。円滑な移行に感謝します」
確かに〈賢盤〉には現在の指揮官はエトリ、その配下としてブライカたち、と登録されていた。
無論承諾した覚えはない。これはエトリによって〝感染〟されたのだ。
キーはブライカだけに渡された、作戦資料とは名ばかりの強制変換のコードコマンド。
エトリから渡された手紙を受けたのはブライカだけだったが、開封した時のアラートはほぼ同時に五つのパターンが聞こえていた。
エトリと初対面のはずのキュリンにも及んだのはブライカの〈賢盤〉の中にある組織図を参照したのだろう。
「ナニ白々しい事を言ってんの。わざわざこんな手の込んだことを――」
「ちょっと強引にラインを引かせてもらっただけよ。それ以外は何もしてないから」
ブライカは疑わしそうに横目でにらむが、エトリはそれをうまくかわした。
「ライン?」
「ちょっとした魔術用のパーツ。これは後で説明する」
リンゼは自分の〈賢盤〉を点検し、すぐに何かを発見したようだ。
「あ……これって」
「色々必要だからね。じゃあ、とりあえず説明続けるけど。現在、敵性反応が二つ近付いて来ていることが分かりました」
エトリは指を二本立てた。
「二つ……?」
先ほどのエトリの説明では人数は不明と言っていた。
ブライカは外に残していた二人に視線を送った。
二人はどちらも首を振った。外に出ていた彼女たちからは何も見てはいないようだ。
「顔を見たの?」
今度はエトリが首を振った。
「監視器が最初に壊された場所を始点として、壊されていく場所が徐々に離れていっている。綻びは二ヶ所から。つまり侵攻側が二手に分かれているかもってこと。けど重要なのは二人ではなく、二つのグループであること。もちろん本当に二人であるかもしれないけどね」
「そこであたしたちの出番というわけだ」
ブライカは力強く仲間たちを見回し、頷いて見せた
「さて、そこが大事な部分。あなたたちにお願いする〈依頼〉として、この接近している二つの敵性の確認。その後は魔力反応の解析と採集。ただし基本的に交戦は不許可。なるべくこの場所にいることを見つからずに時間を稼いで、時が来れば即時退却という感じのプラン」
ブライカより数歩下がったエトリが五人の顔を見渡した。
不安。思案。平然。様々だがエトリは特に問題は無いととった。
「大丈夫。安全だから。けどここからは私の命令は絶対厳守すること」
渋い顔をしているブライカにエトリは〈賢盤〉を掲げ、一点を指さした。
〝依頼者が同伴の際はその指示を絶対厳守〟
よくある定型文。依頼者が現場に同行する場合、そのまま指揮を執ることが殆どである。
ブライカはこれ見よがしにため息をついて見せた。
「配置を決める。とりあえず誰かマッピングやって」
「じゃあー、あっしが」
アウラがぶらぶらと手を振っていた。
エトリは視線をブライカに向けた。返事はしたが目を合わそうとはしなかった。
「適任よ」
「じゃあ任せる」
「おーらい」
待機していたアウラが〈賢盤〉を広げ、空間を使い周辺の地形を投影した。
薄闇に映えるスクリーンに大まかに刻まれる区間処理。荒く描画された高低のある地図。
その中に、現在地となる洞窟の座標に赤い光点が灯った。
「まずはここが今いる所。では次に――」
エトリが次々と指さす座標に黄色い光点を灯していく。
「これがまだ稼働中の視覚機を撒いてある場所。で、お次が――」
黄色の輪郭だけの光。それは遠くからやってきて徐々に赤い光点へと近付いて来ていた。
「こっちはすでに潰されている視覚機。見てわかるとおり、ゆっくりと接近中。ただし地形やトラップ回避のため、直線的なルートをとることは不可能」
トラップ自体はエトリが仕掛けたものではなく、〈ゼ・トトガリ〉が残したものだ。どうやら術者が倒れても残るタイプのものらしい。
「じゃあ、そのターゲット、今はどの辺にいるの?」
アウラがチップを投げてよこした。
「この〝S〟のマーク何?」
「ストーカーの〝ス〟」
「……間違ってはいない」
「まあ怖い」
エトリは円形のアイコンを大きく伸ばしていく。
「割り出される、現在の予測位置がこのぐらい」
消された光点を内に含む広い面積が地図に塗り足されていく。
「広すぎない?」
「大雑把」
リンゼたちの声は苦笑を含んでいた。
確かに広い。山々の荒れた地形を考慮するなら、人の足に適したルートとは思えないような場所も囲まれていた。
「そうかもね。けど一応、これぐらいだとあたしは判断するけど……どう思う」
実のところブライカもリンゼと同じ意見だった。同じ指摘をするところだったがリンゼのほうが早く発言した。つまりエトリとブライカたちとで〝敵〟の見立てに齟齬が生じているのだ。
「……いいえ、適切だと」
ブライカの同調する意見に疑問の声を挟む者はいなかった。
「うん、ありがとう。さてお次は偵察担当。使い魔は〈螺旋蝙蝠〉と〈人形〉でいこう。進路と範囲は、こう言う感じで」
エトリはその他にも使い魔の特性に細かく指示を加えていく。
「最後に、この円だけど」
エトリが地図に歪な円を書き込んだ。中心に赤い光点。つまり拠点を囲んでいることになる。
「ここより中に侵入された場合は、魔術をすべて解除。魔力を鎮め待機。これは厳守」
ブライカたちが頷いた。
「じゃあ、この手筈で」
特に異論は出てこない。
「作戦準備」
・
ブライカたちは担当する魔術の起動準備に取り掛かっていた。
エトリは再び〈賢盤〉に呪文を打ち込んでいた。それを横目で見ながら、〈人形〉を操るブライカに担当を同じとするキュリンが声をかけた。
「ねえ」
顔を上げるとキュリンがと目が合う。ブライカは視線で先を促す。
「ブライカって、あのエトリと仲悪いの?」
声を潜めてキュリンがそう囁いた。〝あのエトリ〟という言い回しは、彼女とはあまり面識のない生徒がよく使う言い方だった。
どこか懐かしむようにブライカは苦笑を返した。
「うん、そう? ……ああ、そう聞こえた?」
キュリンは頷いた。エトリのことをあまり知らないキュリンは、彼女のことを実力のある魔術師として見ているのだろう。間違いではないのだが。
「こういう時は色々人使いが荒いなー、とは思うよ」
「仕方がないでしょ。あっちの方が階級上なんだし」
「そりゃそうだけど。こっちも色々やってみたかったこともあるというか」
例えば先日の〈大樹〉の時のように。
圧倒的な状況に対して、自分はどこまで対処できるのか――
エトリはやれた。彼女一人の力ですべてを終わらせたわけではないが、並大抵の魔術師では困難な働きを見事達成して見せた。
では――
エトリのことは知っている。
長い付き合いだが、それでもコンビとして組んだことは片手で数えるほどでしかなかった。
何か確執があったわけではないが、〈依頼〉を受けてもブライカはエトリを誘わない。エトリも特にブライカを誘う事は無い、というよりエトリが誰かと組んでいるのを見たことがなかった。
教師をも含むとは思いたくないが、少なくとも学園の中に彼女と比肩しうる力を持つ生徒がいないということもある。
エトリに――
追いつく。その為に努力があり、挑戦と失敗を糧とする機会を繰り返して進んでいく。
何を今更か。
だが――
エトリのことはよく知っている。
おそらく生涯を費やしたところでエトリには届かない。
同世代の秀才などといった、美辞麗句に飾られた、ただの一歩先行くものではない。
規格外。おそらくブライカが見てきたエトリの姿の中に、彼女が魔術師としての本気を見せた事は、一度もないだろう。
自分が行き着く先は常識的な魔術師に過ぎず、エトリという異例には絶対にたどり着けない。
一人では。
単独ではエトリに敵わないのであれば、仲間と組めば覆るのでは。
今回偶然ではあるが、同行しているメンバーは馴染みのある者たちばかりだった。各自が専門的なセンスを持ち、その質も高い。
だからこの機会にブライカはエトリに敵う――肩を並べる手掛かりに試してみたかった。
だがエトリの用意した作戦は、自分たちを決して危険にさらさないことを前提としていた。
つまり――キュリンには言わなかったが、今回は危ないのだ。それ故、エトリの見立てではブライカたちだけではこの状況に対処するのは困難であるとみている。
「やれやれ……。まだ届かないか」
「なにが?」
「いや。ああ、一応エトリはすごい魔術師だけど、結構可愛いのよ」
エトリは〈賢盤〉から手を放し、小さい岩に腰掛けながら眼前で組みあがっていく使い魔を見ていた。
「そういえばー、今日、センセーとマチルダさん、どこに出かけたんだろうねー」
壁に向かうようにしてブライカは言った。
近くにいるキュリンと喋っているようにも見えるが、反響した声はエトリにも届くだろう。
その証拠にぴくり、とエトリの肩が震えた。
「ほら、可愛い所もある」
背中越しにエトリの視線を感じたが、ブライカは気付かないふりをした。
「何やってんの。ああ、そういえばエトリって……噂は本当だったのか。けどバルガ教師も一緒だったんでしょ」
ぼそぼそと小声でキュリンが言った。声を潜めたことで逆に何か隠し事を話しているように見えてしまうかもしれない。
「よし、反省した。切り替えていこう」
そんなことがあった。
2019/01/30【投稿】頑張った(平常運転)




