彼女たちの仕事(5)
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自然の領域がもたらす闇夜の帳は街中よりも早く深く進行していた。
黄昏時はすぐそこに。そんな空の麓に連なる洞窟の中に彼女たちはいた。
「コモドマナミセミセセリっていうんだけどね」
「ええ」
「街中だと見ないけど、別にそこまで珍しいって訳じゃあないんだけどさ、ある地方に生息しているのだけが特殊な性質をもっていることらしいって噂が最近でてきたの」
「それがこの辺だと」
「そう。翅の成分に魔術を解除っていうか、分解? する力があるらしいってことで、研究対象としていくつか捕まえて来いって〈依頼〉があったワケ」
「私たちは目撃情報をもとに捜索しに来た」
ブライカのチームのリンゼが〈賢盤〉を広げ、エトリに〈依頼〉の受諾書を見せて補足した。彼女はエトリとブライカのクラスメートでもある。
「ふーん」
エトリは軽く一読した。依頼情報としては大まかな生息地が知らされている程度。やはり危険度は低く設定されていた。
「魔力と反応したときには、仕組みがわかってないらしいんだけどー、光るらしいんだって。ピカ―って。スゴイよね」
さらに同じくクラスメートのアウラが説明を引き継いだ。いい加減な話し口調だが、実家は某王家の遠縁にあたるらしい。
「へえーそんなのが……つまり――」
つまりその効力がエトリの透明化の魔術に干渉したのだろう。
解呪の効果以外にも、魔力に対して何らかの反応を起こす物質というのは多々ある。
その中には生物から抽出出来るものも存在している。
「そんな蝶が……。あっ」
先ほどの出来事を思い出した。透明化で隠れていたエトリに纏わりついてきた蝶だ。
羽ばたきと共に微細な光を散布していたが、それはエトリの魔術に対しての反応だったのだ。
光るという反応は蝶本体ではなく、飛翔の際に零れた鱗粉によるものなのだろう。
透過の魔術に包まれていたエトリからでは、魔術効果を打ち消しているという状態を正確に観測できなかったが、効果範囲を抜けて発する光が、エトリの体からやや離れた状態で可視化し、それが大きな人型の輪郭となり、彼女たちが驚いた、ということか。
間の抜けた種明かしにエトリは小さく唸った。
蝶には確かにその力があるようだ。限定的な空間での魔力探知機として利用できるのかもしれない。
「――あれ、蝶ってよくわかったね」
「え……そ、そう」
「普通ナントカセセリじゃあ通じない。確か他にナントカチョウって別名もあるぐらいだし」
「……で、その蝶を探していると」
「まー、そういうこと。何処かにいなかった?」
「知らない」
今どこを飛んでいるのかは、知らない。
ブライカたちに見つかる前まではエトリの体に止まっていた。だが洞窟から一度出た時にも付いて来ていたようで、そのまま何処かへと飛んで行ってしまったのが見えた。
魔力に反応するというが、大気中の魔力程度では発光は見られなかった。
それが魔術を分解する際に発するものであれば魔力探知で探すのは困難だろう。そんな蝶をブライカたちはどうやって探すつもりなのだろうか。
「まあ、いいか。一応暗くなってから探すつもりだったし。んで、エトリはここで何してるの」
「仕事」
「て、言うことは、ここ、危ない――」
尻切れた言葉の端、ブライカの背後では慌てて周囲を警戒するようにリンゼたちが首を振っていた。
「せっかちせっかち。もう片づいてる。後は帰るだけ」
「へー流石。……こんな近くで……奇遇――偶然なわけないか」
ブライカは深くため息を吐いた。彼女はエトリのランクを知っている。
〈騎爵〉の彼女が関わるような〈依頼〉内容を想像すれば、現状自分たちがどういった場所に来てしまったのか察しがついたのだ。
「あー、囮任務か……くそっ」
肩を落とすブライカを、エトリは透明な瞳で見ていた。
顔を上げたブライカとの視線が合うと、その気持ちを案ずるように笑みを見せた。
「まあまあ。危なくはなかったんだし、よかったじゃん。おマヌケ隊長」
アウラが慰めの言葉を紡いだ。薄氷を履むという感覚はなく、気楽な口調だった。
「〈探索者〉だからって、こんな扱いが気にいらないって言ってんの。……みんなゴメン。安全な任務と思い込んでいた」
ブライカの声は小さくなる。それが彼女の苛立ちと後悔を表していた。
物品の捜索や回収など敵対勢力の存在しない〈依頼〉は〈探索者〉にはよくある仕事である。
それ故、軽く考えていたわけではないのだろうが、一歩間違えればチームを危険にさらしてしまう事もあり得た。リーダーであるブライカはその責任を感じていた。
「今回は別に〈騎爵〉の仕事だったわけではないの。偶然こんな結果になった。まあこんな時もある、よ。……パエリニャンの野草なら裏に生えてたけど、いる?」
別名秘境草。薬草としては高値で取引される。まとまった量を売り払えばそれなりの収入になるだろう。
「なんでそんなものが」
エトリが話題を変え、提示された〝おいしい話〟に、リンゼが加わった。
「けどエミルゴルとリタンファナが焼け残ってても持って行かないようにね」
その二種類は所持だけでも違法となる。しかも通常の麻薬ではなく魔薬として、今後の人生の大半を棒に振るほどの重罪が課せられることとなる。
パエリニャンも処方によっては確かに薬草として使用できるが、エミルゴルとリタンファナも近場にあるということはその場が何を目的としているのかは推測できよう。
「リタンファナは……高いヤツ?」
「いや、強いヤツ。抜いた瞬間に昇天」
「分かった。情報ありがとう。蝶が見つからなかったらもらっていくかも。――移動するよ」
「まだ探すの?」
ブライカの仲間たちは早速洞窟から出ていく準備を始めていた。
「依頼者自体がいなかったことになってるかもしれないけどね。せっかくだし、ちょっと身体動かしてくる。帰ったらローズベリーで打ち上げするけど来る?」
今から探して、運よくすぐに見つかっても帰ったら真夜中になっているだろう。
エトリが口を開きかけたその時、視界にノイズが走った。
「……っ」
ピリッとした眩暈を感じた。頭を振り、本体の視覚へと意識を戻した。
「待った」
エトリはブライカたちに呼びかけた。
「どうしたの」
僅かな鋭さを含んだエトリの声に、ブライカたちが立ち止まった。
「――事情が変わった」
・
エトリは今回の〈依頼〉についてのあらましをブライカたちに話した。
「つまり……この場所を根城にしていた、どこぞの盗賊団の生き残りか、それ以外の何者だかが近付いて来ている、と」
「そういうこと」
「確かなの」
「監視用にばら撒いた視線がいくつか潰された。今もチクチクと潰しながら、多分近付いて来ている」
「なるほど。人数は?」
「わからないわ」
「わからない?」
「どうやら視野に入る前に破壊されているようで何も見えてないの。それなりに目がいい敵ってことぐらい」
わざわざ姿を見せないように近付いて来ている。無関係のピクニックだとは考えにくかった。またブライカたちのような別件で迷い込んだだけとしても、問答無用で魔術師が設置した監視を破壊するとは思えなかった。
それ以外に考えられそうな状況として、エトリと目的が同じであり、監視魔術も〈ゼ・トトガリ〉が仕掛けたものと誤解していることぐらいだが、どちらにせよ向こうが臨戦態勢で向かってきているのならばスムーズな交渉とはいかないだろう。
「勝てそうなの」
「それは多分」
怯えてはいないが、不安を秘めた声に即座にエトリ自信を含んだ声で応えた。
スケールでいえば前の〈大樹〉事件のほうが大きかったが、今回は魔術師との対人戦となるかもしれない。災害や現象にはない執念という意思が入り込む。それによる緊張は心を縛り付ける。
未知の接近に不安なのはブライカだけではない。だが彼女は今リーダーとして他の魔術師との交渉を行い、方針を定めなければならなかった。それをリンゼたちは口を出さずに見守っている。彼女たちもまた自分たちのリーダーを信じているのだ。
「じゃあ、迎え撃つ?」
「……いや、しばらくこのまま籠城する」
「ここで? 近付いて来ているんでしょ」
エトリはブライカたちにまだこの岩窟の秘密を話してはいなかった。
「実は別の場所に〈転移坑〉を準備中。完成は多分もうすぐだけど、それ以外に手が回らない」
〈転移坑〉とは長距離移動の魔術である。空路でも陸路でもなく固定空間座標を瞬時に移動する為の穴を繋げることができる。
「あんたそんなことまで出来たの」
例えば高等魔術師と呼ばれる、魔術の専門家として箔を持つ者が複数で掛かるような。並みの魔術師が単独で行うのはまず不可能ともいえる精度を誇る。
「色々と導具の補助を使えば使い捨ての片道ぐらいは何とか。……高かったけど」
〈転坑〉はこの場所ではないフロアで展開準備している。その為エトリは〈賢盤〉を持っていなかった。
「ブライカたちも一緒に来てもらう」
「……」
ブライカは即座に回答しなかった。逡巡しているのではなく、何事か考えているようだ。
迷いの理由には思い当たらなかった。エトリは少し待った。長くはない。十秒ほどだ。
「……そういえば、エトリの〈依頼〉はそのナントカという盗賊団の調査なんだよね」
「もう潰しちゃったけどね」
ブライカは片目を閉じ、にやりと笑った。多分彼女の中で何かが繋がったのだ。
「けどまだ生き残りがいた。てことは、その追加部隊の魔力反応を拾うことが出来れば――」
魔力反応はいわゆる魔力の波動や形式を示す残滓とも呼べる情報である。これは魔術師における指紋と言い換えることもできる。
「じゃあエトリ、ここから逃げる前に敵の魔力反応を手に入れることが出来たら、いくらで買う?」
その言葉にリンゼたちが何事かを言おうとしたが、ブライカはそれを手で制した。
エトリは僅かに首を傾げた。
「タフね」
例えば魔術の行使。弾けた火薬の煙のような不可視の反応が周囲を包む。
これだけならば単なる痕跡として、大した価値はない。
魔力反応とは色に例えられる。
色彩と濃淡を組み合わせるパレットは判明値によっては確実な足跡として、データベース照合が使用可能となる。
「それがあたしのイイトコロ。どーやら私たちのチームをハメた連中にも一矢報いそうだし」
「それをやるのはエトリだがな」
リーダーのブライカが方針を変えようとしているのを受けて、リンゼが話に加わった。
「結果がより良いものになるならこの際それはどうでもいい。手段をつくりだすことができればあとは何かが繋がるから」
強かさを誇るブライカが、ただ純粋に可笑しくてエトリが笑った。
「魔力反応の基礎解析の深緑判定をクリア出来たら――」
エトリが提示したのは〈ゼ・トトガリ〉の調査依頼額の約十分の一だった。
「もう一声ー」
「……おい……」
普通〈探索者〉が〈騎爵〉に対して〈依頼〉中のフォローにおける報酬の上乗せを要求するのは失笑ものであるのだが、こういう場合、調子に乗るのがアウラだった。
逆にリンゼは凍り付いたように息を飲んでいた。
気にせずエトリは僅かに考えて見せた。
「あとはそうね……こう言っては何だけど、〈騎爵〉資格者の護衛は実績としては立派な加点が入るし、あとは裏のパエリニャンの場所と、あなたたちの安全な帰宅を保証。ついでに後日手配書が上がっていた場合、額の五分の一ということで」
破格の条件だった。それらが合算されれば今回の必要経費を差っ引いても十分すぎるほどの額となる。アウラがブライカに向けてサムズアップを決める。
「よし諸君、帰る前にひと仕事だ」
ブライカはチームに呼びかけた。
2018/12/31【投稿】1年早い。来年はもうちょっと頑張ります_(:3 」∠)_




