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The/O  作者: 数美
2.キカイナマジュツ
35/48

彼女たちの仕事(4)


   ◆



「ほんとにー、こんなトコロー、いるー?」


「いるはず。神秘のコモドマナミセミセセリ……だっけ? 確か他にヘンな呼び名があったような……」


「湿度よし、魔素分布積よし。近くにきれいな水場もあったし、風も穏やか。条件には適している」


「虫かー。ネバネバしてない、よね?」


「嫌いー? いいじゃん、いいじゃん。可愛いもんよ。アレみたいにやさしーく触ったら平気だって」


「えーだってー。わーキモっ。あたしゃー絶対手袋するからね」


「おおっ、その心意気いいね、グッとくる。可愛いけど触りたくない。ラブいけど、直はヤだ。だーかーらーホンバンではかぶせるからね。逆に」


「……あ、ああ~、はいはい」


「もういいって……!」


「とにかく。らしい目撃情報も確かにある。発見できなくても区域調査マップローラーとしての報酬は出るかもね」


「うーん、それだと旅費としては赤なんだよなー」


「情報料格安だったんだしょ? あやしいよー。ダメもと?」



 遠くから聞こえているのはそんな会話だった。


「やっぱりブライカたち、か。こっち来てる」


 まだ声は遠いが、どうやら〈ゼ・トトガリ〉が根城としていた岩壁の砦へと近付いて来ているようだ。

 渓谷にあるただの岩山に偽装されていたが、今では真新しい不自然な破壊の痕跡が随所に見られる。彼女たちがそれを見つけた場合、調査の名目で中へ踏み入ってしまうかもしれない。

 そして。

 エトリは改めて周囲を見渡した。

 砦の中は今、大惨事となっていた。


「あーこれは……マズいか」


 入り口付近から点々と血の標は始まっていた。

 行動不能にした〈ゼ・トトガリ〉たちはあちこちに倒れている。奥に進むごとに濃くなる、文字通り死屍累々の痕跡を取り繕うのは、どう考えても無理だ。


「とりあえずもう少し、片付けてみるか」


 エトリは腰を上げ、パンパンと手を払うと現場の隠蔽を始めた。



「――うおおっと、変な横穴はっけーん!」


「怪しいー。なんかこんな感じのトコロにいそうじゃん?」


「ちょっと待って。……住居登録はなし。ひとさまの家というわけではないようね。勝手に住み着いている浮浪者とかいるかもしれないけど」


「……確認。中に魔力反応なし。同じく小動物ぐらいはいるかもだけど」


「同じく。検証終わり」


 〈賢盤ワイズ〉による魔術調査の情報をもとに、彼女たちは進路は決めていく。

 だがこの魔術師のギアは万能ではない。導具を介した魔術の精度は使用者の力量に直結しているからだ。よって高位の魔術師による干渉――隠蔽や改竄など、介入の隙間が存在してしまう。

 それを防ぐ為にも魔術師たちの情報戦では相互補完という、環状補強リンクによって検証を行うことは必須だった。


「じゃ、突にゅ~。いってみよー」


「足元、気を付けて」



 わいわいとはしゃぐ声はさらに近付いてきていた。

 どうやら崖の麓にぽっかりと空いた穴に気付いたようだ。

 人数は五。顔ぶれはやはりエトリとも面識のある学園の生徒たちだった。確かブライカとはよくチームを組んでいた。


「なんでこんな所に」


 エトリ自身は知らないが、彼女が受けた謎の集団の調査。そしてブライカたちが手掛けている依頼も〈ゼ・トトガリ〉へ、()()される生贄だったのだ。

 そしてこの場合の彼女たちは調査へと赴いた〈S.Sソーシャル・ソーサラー〉に対しての囮となる予定だった。


「装備と人数から採集ミッションかな。辺境だし。何かの希少種でもいるのかしら」


 近くに配置した視界の遠隔端末からブライカたちを監視していたエトリだが、彼女たちが砦に入るのを確認すると姿を消した。



「なんか変な臭い、しない?」


 暗い洞穴を注意して進む。先頭スカウトはブライカだった。


「これは腐臭かな。通気が悪そうだし」


「何かの動物の巣で、食べ残しが臭ってるのかな?」


「えー、キモい」


 もしや肉食獣が棲み処としている洞穴だったか。だが魔物の類いはいないと解析されていた。いたとしても――するなら蝙蝠ぐらいだろう。そう楽観的に考えていた。


「……あ、これって……」


 一時的に広間に出た所で、閉所から漂う緩流に鼻を鳴らす。そこに混じる臭いをブライカは捉えた。


「……ふーんん?」


 臭いの正体は連想できるが、発生の位置が特定できなかった。

 放射状に延びているはずのものが不自然に拭い取られたかのような、不規則な位置で点々と明滅するような感覚をブライカは感じた。


「どーしたん?」


「いや……なんでもない」


 いつでも魔術を発動できるように。ブライカは警戒の手信号をチームに送った。


 

   ◆


 

 それを見つけたのは偶然だった。

 〈ゼ・トトガリ〉のアジトは深い渓谷の下、岩壁のひとつをくり抜いたように造られていた。

 おそらく自然環境によって出来ていたものを利用したのではない。

 崖の麓から穴をあけ、空間として拡げる。しかも木々の生い茂る周辺の森林を荒らさずに洞穴を拡張し、整然と掘り込むことができるのは魔術の仕事だ。

 いつ造られたのかまでは定かではないが、少なくとも表面の質感は地形に馴染み、人工物のような違和感は見られなかった。

 高い岩壁の内側に掘られたのであれば、縦型に積み上がる空間構成を予測したのだが、内部はいくつかの部屋で区切られただけの高低のない平屋状であり、昇降の構造はどこにも見当たらなかった。

 隠された通路か何らかの仕掛けがあると考え、見張りを倒したエトリは砦内に発振魔術を打ち込んだ。

 音の波が隠し部屋のような隔たりのある空間を特定し、反響を打ち返すのだが、手応えはなかった。つまりは天井や床、方位全ての壁先では無加工の岩肌が詰まっているということになる。

 では生体反応はどうか。

 すべての生命体は魔力を帯びている。つまり魔力とは生命の信号でもある。その発信源を追跡すればいい。

 結果は同じ。魔力反応を拾うことが出来たのはすでに遭遇し倒していた人間ばかりだった。

 指定区域で旧時代の砦を発見。その場に居合わせた極小規模の武装集団と遭遇し、これを鎮圧。

 この調査依頼を結論付けるならば、そういうことになる。

 つまり〈ゼ・トトガリ〉なる集団の調査は果たされていないこととなる。

 この集団の目的や活動内容を裏付けるもの――物的な証拠が何も得られなかったのだ。

 平野づくりの砦には彼らの行動を物指す為のものが無かった。

 これでは〈ゼ・トトガリ〉としての証明ができず、この場所の意味が定義できない。

 この場の人間を収監し、精神制御系の尋問で強引に情報を引き出すことはできるかもしれないが、おそらくそこまでの措置が行われる事は無いだろう。

 事前情報に何か誤りがあったのだろうか。確かにそういう事も珍しい話ではないのだが。

 では、今回もそのケースであると判断してよいのだろうか。

 大小問わず大量の生物が棲む山や森というのは、魔力捜索術にとって鬼門のひとつである。

 エトリが行った捜索手段も、対象がある程度近くにいるという前提があった。

 それを踏まえるならば――何とも言えない。

 物的な痕跡ではなく、例えば施設として何か気になる所はないだろうか。

 簡易的な食糧保管室ぐらいはあったが、大して使用された形跡はなかった。

 それ以外。床や壁にに何か変わったものは無かったか。

 岩窟の砦は暗い。入り口から少し入り込めば、太陽の光などは届かなくなる。

 外壁付近には切れ目のような隙間が開き、光が差し込んではいるが、採光としては全く期待できない。そこでこういった拠点の照明器具としてありがちな、設置の簡単な電球や蝋燭などではなく、床や壁をわずかに掘り込み、灯りを埋め込みシーリングされたパネルが薄明かりで照らしていた。

 天井、床、壁。特に規則性は無く同じ規格のものが埋め込まれているようだ。

 パネルには埃と砂が薄く積もっていた。そしていつかの出来事を象徴するかのように赤黒くこびりついた何かの跡も。

 ――それは、そう。例えば、こういうことではないか。

 検索対象に新たな条件を付け加え、エトリは魔術を放った。


「……見つけた」



   ◆



 ゴゴゴ、と地響きを伴って空間が震えていた。


「こんなもんかな……」


 地震ではない。この部屋という区切られた空間が移動しているのだ。

 岩壁に刻まれた亀裂やひびに紛れて、内部を分割する継ぎ目が隠されていた。

 この砦は魔力反応で組み替えることが出来る、自在構造という理論で出来たいわばブロックの寄せ集めだったのだ。

 自在構造は理論として珍しいものではない。

 生成された特殊な性質をもつ魔術骨子を埋め込んでいる建築物はどこにでもある。

 例えば大人数が行き交う生活の要としての施設が、不意の事故により倒壊の憂き目にあった場合。

 現代では一般的な建築による修復ではなく、魔術による再生が行われる。

 魔力の通う骨組みを材料とすることで、元に戻すという工程に対し、修復ではなく回復として記録された形状を復元するという技術があるのだ。

 生体のような流れの束を繊細に繋ぎ合わせるのではなく、座標上の連続する無機物の記録という情報をもとに強引に埋め合わせる。例えるならそういうことになる。

 その技術を応用すればこういう使い方もできるのかもしれない。

 昇降機のような単純な軸移動ではない。繋げられているのはこの周辺区域全てに及ぶだろう。

 それら全てを含めて一つの輪郭とし、新たな空間が点滅するように入れ替わり組み替えられていく。

 稼働させなくとも、待機状態で反応を検知できそうなものだが、燃焼魔力は全くと言っていいほど感じることが出来なかった。

 異空間転移に準じた引き寄せの魔術は循環のメビウスを描いていた。そして機械仕掛けを経由することで封じられた魔力の損耗は最小限に抑えられているようだ。

 これほどの大規模の自在構造は見たことがなかった。もっとも高度な応用の結果、似て非なるものとなっているが――現代にはその魔術の銘は残されていない。

 そして簡単なコンソールによる操作で制御が可能という、間違いなく設計者は天才的な魔術師だったのだろう。



 ブライカたちが砦へと入ってきていた。最短ではないが進路に迷いがないのは、場所について情報を前もって把握していたのだろう。

 それを逆手にとって彼女たちの進行方向に見つけやすい入り口を用意し、そのまま何もない部屋へと誘導した。

 人工物ではなく、崖下に偶然開いた何もない横穴であったと錯覚させれば、少なくともこの砦からは手を引くだろうとエトリは考えた。


「悪いけど、引き返してもらうよ……埋め合わせは後日」


 誤算だったのは、問題のない綺麗な部屋というのが、操作盤のあるこの部屋しか残されていなかったことだが。

 つまりエトリは現在ブライカたちと同じフロアにいる。

 エトリは背中を壁に預け、透明化の魔術で気配と姿を消していた。

 魔力による風と光を身に纏うことによって、可視光を分散させるプリズムを発生させる。

 疑似的とはいえ視覚的には完全な不可視化を再現できる。とは言え、ただ見えないだけであり、接触をはじめとする外部との干渉を消失させているわけではない。

 それでもこうして暗闇の中へ潜むのであれば姿を完全に消すことが出来る。

 入り口付近に佇むエトリの眼前を数秒前にブライカたちが通りすぎ、今は彼女たちの背中を見ていた。


「静かにしてたら気付かないかな」


 〈ゼ・トトガリ〉たちの回収を要請してはいるが、到着まではまだ時間がかかるようだ。

 任務上で賞金首と遭遇し、そして捕獲もしくは討伐に成功した場合、引き渡しに関しては直接行うことが慣例となっていた。


「早く帰りたい」


 エトリはこの後に予定があった。時間的には余裕はあるが、血まみれのまま直行するわけにもいかない。いろいろと準備があるのだ。


「……ん」


 ひらひらと、紅い何かが飛んでいた。

 暗闇のなかでも蝶のようなつがいの翅が見えたのは、それ自体が淡い燐光を纏っているからだ。

 幻想的な――妖精、もっとも現実の妖精はそこまで美しく儚いものでもないのだが、なぜかエトリの周りを漂っていた。

 綺麗な紅い光を放つ蝶だった。

 辺境の虫に興味はないが、この種には何となく惹かれるものを感じた。


「今は邪魔かな」


 何しろすぐそこにブライカたちがいる。淡い光といえど暗闇の中では目立つだろう。

 偏光の境界で足音を殺し、エトリは数歩の間隔を遠ざかった。だが蝶はひらひらと迷うことなく、ゆっくりとエトリのほうへと追尾してきた。


「そういえば昆虫は視界の波長が違うのか。こういう例外があるから透明化はあんまり万能とはいかないな」


 エトリは動かずに、ゆっくりと旋回する翅を目で追った。

 静かに手を伸ばす。やがて小さい燐光は止まり木を見つけたかのように差し出した指先にとまった。こうすることで体の範囲内として淡い輝きは透明な光へと変換されることになる。


「よしよし。――そろそろ出て行くころあいかな…」


 気が逸れていたが、エトリは再びブライカたちの様子をうかがった。


「……!」


 どうやら何かを見つけたかのように騒いでいるようだ。

 砦を組み替える操作盤は隠した。何もない、ただの行き止まりの空間となっているはずだった。

 何事かを見ていると、一人がエトリの立つ方角を指さしていた。


「ん……。 あれ?」


 じりじりと近付いて来る。その表情はどこか悲壮感のような暗い影を落としていた。


「……」


「――」


 ブライカたちが持つ灯りが、エトリのすぐ足元へとむけられた。

 じっとエトリは動かない。呼吸を殺したまま近付いてきた級友たちを眺めていた。

 照らされた明かりが消えた。暗闇の中で武器を構える気配がした。

 やはり捕捉されたようだ。


「あれー、おかしいな」


 ここまで来たのならば仕様がない。下手にこじれる前に正体を現すことにした。


「ちょっと待って、待って」

 

 透明化の効果はまだ解除されてはいないが、声を出せば音として相手に伝わる。エトリは小さい焔を地面に投げつけた。

 洞窟全体とまではいかないが、剣を構えるブライカたちと、姿を消しているエトリを照らす小さな光が広がった。


「う、うわわああああぁぁぁぁ――!?」


 叫び声は突きつけられた指と共に、エトリへと向けられていた。


「トトガリ――? まだ残っていたか」


 透明化しているエトリは入り口を背にしている。そこへ何者かの影を見たのかもしれない。

 エトリの動きはまさに迅雷の如く。透明化ステルス・フォグの魔術を高速解除。チリチリとした電光を立ち昇らせながらブライカたちを背後に回し、入口の穴へと警戒を向けた。


「あっ、エトリ――!?」


「どうしたの? 何がいた?」


「え、――あそこに……」


 困惑するようにまばらな声があがった。


「どこに」


 皆が入口の方を指さした。だが空洞が外へ向けて広がっているのみで、人影のようなものはなかった。

 エトリは急ぎ外へと駆けだしたが、何者の気配も感じる事は無かった。

 念の為に遠隔に配備していた視覚にも異常がないことを確認する。


「いや、大丈夫。何もいない」


「あれ、そう……? 見間違いかな。なんだったんだろ」


 ブライカたちは口々に首を捻った。どうやら全員が何かを錯覚したようだ。

 おそらく暗がりから放った焔に驚いたのだろう。そう結論付けるとエトリは改めて、告げた。


「……ああ、そうそう。偶然。それでこんな所でどうしたの?」

2018/11/29【投稿】お久し(略

2018/12/04【修正】演出などちょっと変更

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