放課後(闇)(2)
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目の前を電車が通り過ぎていく。ガタゴトと揺れる鉄の箱。切り割かれた風の余波が、エトリの長い髪を大きくなびかせた。
「……あ、やっとつながった」
魔導通信が汎用の帯域にまで復旧したのは、〈幻魔生物〉が消滅してからしばらく経ってのことだった。
長い放課後だった。学園校舎の損害は大きいが、事前に退還処理は〝登録〟されている。
不死者製造の技術を応用した、損害を前提とした保護である。単純な破壊程度であれば、それは時を巻き戻す為の設計図として機能する。
それでも一朝一夕にというわけではない。そして魔術による土木と構築の作業は、時空間把握という魔術の基本であるが、それが及ぶ範囲には力量という限界がある。
おそらく明日から一週間程度は教師と生徒が総出で魔術修復を行うこととなるだろう。
「今どこにいるの。……え、目の前?」
駅のホームを過ぎて行く四角い鉄塊。横薙ぎに巻き上がる風が途切れた。
対面のホームに設置されたベンチから、エトリに向かい小さく手を挙げる彼がいた。
珍しく僅かな笑みが顔には浮かべられていた。その不器用な笑い方には、エトリはどこか親近感を覚えた。
「……ねえ。あの時あなたはいったいどこにいたの?」
その疑問に意図はない。
捕まっていた者、避難していた者。発生からの行方不明者たちの救助活動は終了してる。それらをまとめた名簿に彼の名前が確かにあることをエトリは確認していた。
事実。今回の件では死者は出てはいない。負傷者は出たがいずれも軽症であると、エトリは聞いていた。その為この件に関する人的な追調査が行われるのは、諸々の復旧が終わってからになるだろうと予想していた。
だから事前に知っておきたかった。純粋な好奇心として。
言い淀むこともなく、返された言葉は早く、短かった。
「ああ、そういえば……」
確かにエトリはその場所を探してはいなかった。
時間の制限もあった。いくつかの候補がある内の最短を縫って進んだので、大きく迂回することになるその場所はルートとして適してはいなかった。
「――そう。……ええ、大丈夫。無理はしていないわ」
線路を挟み、少し離れた位置へ〈賢盤〉越しに会話を続ける。
少女の顔は年相応の顔で。恋人の無事に安堵していた。
やがて取り留めのない話へと移り、明日からの予定の確認を済ませて短い別れを告げた。
通話が終了した。
「――」
まだベンチに彼は座っていた。
ダイヤは乱れているが、そろそろ電車はくるはずだった。
来た。
駅へのアナウンスと、交差するシグナルの警告。減速に軋む振動が伝わる。
その雑多に振りまく音に紛れ、エトリの目の前の彼は僅かに唇を動かしていた。
「――」
エトリの耳には声としては聞こえてはこなかった。
独り言だったのかもしれないし、特に意味もなく口を歪ませただけなのかもしれない。
唇の形から音を予測できたが、それを意味あるピースに置き換え、文章という額縁に当てはめることはできなかった。
つまり、その言葉を杳として理解できなかった
電車が走り去った。
残されたホームに彼はすでにいなかった。
「……」
再びその内容を反芻する。やはりその意味に心当たりはない。
空には闇の中、光る星々と――まるで誰かの笑みのように切れ長に延びた三日月。
エトリが待つホームにやっと電車が入ってきた。席は空いている。適当に座っていれば学園の分寮まで運ばれていくだろう。
「あら、あなたたちでも電車に乗るのね」
背後にいつの間にか男が立っていた。
その顔と名前は知らなかった。優れた体躯だが服はおおよそありふれた一般的な装いで身元を裏付けるものは何もない。
だが、おそらく彼らの中の一人のはずだ。
彼ら。聖剣という奇跡に能う力を持ち、この町を救った英雄たち。あの部屋にいた八人の中の一人。
巧く隠してはいるが、どこか異質な魔力とその雰囲気に漂う鋭さでエトリはそれを確信した。
「それとも……私に何か用かしら」




