晄騎(2)
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再び始まった深緑の蜂起に紛れ、いつの間にか謎の侵入者は姿を消していた。
「ま、いいか……」
追跡の必要性はさほどない。
視線を迷わすこともなく踵を返したエトリは、早足で次の目的地へと向かっていた。
あれも無関係ではないのだろうが、それでも要因の一つでしかない。観測した全てを考慮したうえで判断という課せられた義務を下さねばならなかった。
そもそも彼女の役割は内部観察における敵性の評価、ただそれのみであった。
この〈幻魔生物〉という災禍に対し、魔術師単体での解決は期待されるものではない。
魔術師はヒーローではない。
彼女たちが操るその力。意思の力という魔術は特別とも特殊とも言えない普遍の力。
ならばただそれを持つものがヒーローたり得るはずはない。
例え優れた素養を持っていようが、それでも個人という枷は越えられない。
個人には限界があり、ただの一人に多くを押し付けることは愚行でしかない。
状況の移行。個人の時間は終わった。次は集団による対処となる。
ここまでを観測した彼女の判断によって、以降の方針が決められる。
救うことは可能か。それとも根絶せねばならぬほどの根と化しているのか。
「これは……駄目ね」
それがエトリが見立てた現場の感触だった。
形容するならば、深い。つまりそれだけ根源が強いことを意味する。
外へ向けたものではなく、内に溜まり、腐食と沈殿を繰り返した〝なにか〟が新たな層を築く。物理的にではなく、既存という常識を染め上げることで起きた変質という汚染。
それを元に戻すことは不可能であるとエトリは結論付けた。
限定された解。〝どうしようもない〟という問題は様々な要素を含みながらも、何れも結果は規定値となる。
――答えは事実の殲滅となる。
〈幻魔生物〉とは分類的には自然災害である。
人為的、自然的であれ、災害というものは起きてしまえばあとはどうしようもなく、鎮まるのを待つしかない。いかな叡智を持とうとも、その範疇に及ばぬものは過ぎ去ることを待つしかできない。
ではこの災害を終わらせる――鎮めるためには。
大小問わず〈幻魔生物〉という存在そのものを滅するだけならば、それは不可能ではない。
例えばすでに住民の避難は終了している、という状況。
例えば捕らわれている者の救出がすでに無意味である、という証言。
最低この二つの結果さえあればいい。
あとは範囲を焼き付くす単純な火力――例えば兵器の投入。それで片がつく。あとは事後という天秤に釣り合うコストの積み立てに着目は移っていく。
犠牲への悲しみを。
復興という復元を。
今回の件に限らず、始まりを炙り出すのが困難であるほど、整えることが終点となる。
欠けたものに対して、同じ歪を押し付ける。
そこに亡くした者や失われた物の再生という考えはない。
それが災害を〝終わらせた〟ということになる。
「消毒……いやこの規模ならば崩界清浄になるか」
混在という、営みが描かれた絵を洗い流す。
崩界という清浄。無限に等しい彩色と、年月による退色と劣化。それら全てをお構いなしに、何も描かれていない無垢なものへと濯ぎ落す。
学園という意味の破棄。無論その中に未だ残されるものも例外ではない。
蓄えられたものを強制的に枯らすために、一帯の魔力を無効化する。街中に張り巡らせてある地脈の守護を逆転することでそれは可能となる。
すでにその為の準備は水面下で完了しているとエトリは感じていた。
あとは彼女の消息が途絶えるか、一度帰還し滅却の判断を下せば容易くそれが始まることになるだろう。
これまでに確認されたいくつかの幻魔生物現象という厄災の顛末には、不透明な証言が残されていた。
何があったか。どうして起こったか。未然に防ぐためにはどうするべきだったか。そしてその中心に据えるべきである、最も重要な文言が抜け落ちたままに経緯は語られていく。
それが禁忌であることのように、ただ希望が綴られることのない結論のない記述。
奇跡の裏側にある〈幻魔生物〉という陰鬱なる影。
その手にした奇跡に表裏があることを認めるわけにはいかない。
〝間違え〟という諸共を、隠滅こそが解決であると認めるわけにはいかないのだ。
「それはまずいな」
では、そうしないためには。
崩界清浄と対をなす結果。その現象は昇清と呼ばれていた。
〈幻魔生物〉本体に対して、体積の三割以上を瞬間的かつ持続的に失わせることができれば、幻想を構成している魔力は乱れ、魔術師との繋がりを消失させることができる。
ただこの方法が容易ではないのは、人間を取り込む〈幻魔生物〉に対して外部からの攻撃では被害が出てしまうからだ。故にこの方法をとるのは〈幻魔生物〉の内側からとなる。それも特殊な属性をもつ魔術師ではないと駄目なのだ。
学園の内外にいる程度の凡庸な魔術師では不可能だろう。
個人ではなく、強力な力をもつ魔術師の集団を結集させなければならない。
手術をするために。殻を砕き、膿を排出させる。それを迅速かつ繊細に〈大樹〉へと叩きこめる強大な力を持つ魔術師たちを。
――晄騎。
そう呼ばれる者たちがいる。
彼らは選ばれた者たち。どこの国にも属さず、ただ一つの意思の元に、ただ悪鬼を狩るために戦うという人類の守護者。人の手に余る脅威が存在する戦場に介入し、力を振るう。
現代の英雄と呼ばれる者たちの始祖。純粋なる剣の化身。
その力があれば。
歩む足が僅かにその速度を落としていた。
エトリは景色の中に刻まれたその足跡を認めた。
廊下を塗りつぶしている深い緑の植生が、所々に失われていた。
失う。これまで驚異の復元速度により、いかに破壊しようともすぐさま再生を繰り返してきたそれらが、元に戻ることもなく削り取られているのだ。
注意深く見測れば、それが戦闘の跡であることが思い描ける。
先端を変形させようとした触手の残骸。捕縛するために周囲に張り巡らされた茨の結界は、所々に人が通れるぐらいの隙間が。銃弾のように無数にばらまかれた棘は、集弾に一定間隔の途切れが生じていた。
これらすべては瞬間的に、攻撃の挙動を見切られ潰されたようだ。
先に往くものは当然〈大樹〉の再生能力には気付いている。だから再生できない方法で防衛網を突破しているのだろう。
瘴気で出来た〈大樹〉を魔術で攻撃する。そうすれば魔力の残滓が反転し復元が始まる。その無限のプロセスが存在する以上、魔術での破壊は最適解とは言えない。
魔術でも瘴気でもない、さらなる上位の力が必要だった。
その領域は人の力では束ねることができない。神か、悪魔か。人よりもさらに上に立つ存在が司る、未だ未知という奇跡の中にあるもの。
彼らならばその力を従え、奇跡を果たす。
エトリは〈賢盤〉を見た。既に外部との回線は復帰していた。
〈幻魔生物〉の体内に在って、なぜそれが可能となっているのか。
その理由は単純なものだった。
瘴気を打ち消す風が、強く流れていた。
エトリがたどる回廊。その先に彼らはいる。




