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The/O  作者: 数美
1.魔術師エトリ
22/48

黒と白(4)


   ◆

   

 同じ時を並行する、遠い何処か――

 おそらく、その場所は何者かの墓所である。

 だが標や碑のようなものはない。安らかな眠りを願い、追悼を思うものは示されてはいない。

 それはまるで名前を語ることすら禁じられているかのように。

 あるいは神に赦されることを拒むかのように。

 ただいくつもの手向けられた花が、その場所の意味を示しているに過ぎない。

 人の住まぬ無人の荒野に在って花はどれも真新しかった。

 定期的に誰かがこの場所に訪れ、花を替えているのだろうか。

 それも一つや二つではない。

 墓に添える花とは、死者への敬意と願い。

 ではこの場に眠るかつての人物とは、一体どれほどの人々に思いを抱かれているのか。

 それを無言のままに、雄弁にこの景色こそが語っているのだ。

 花は示す。

 想いは確かに、今も、ここにある。

 彼らの思いが続く限り、名前のない英雄の意志は未だ消えてはいない。

 死という断絶のあとも、その誇りによって護られた生者の意思は途絶えてはいないのだ。


 雨が降り出した。

 零された滴が静謐に世界を洗い流す。

 ここはかつては戦場だった。その事実もこうして幾度も雨に洗われ、風に流されることで過去という歴史は緩やかに忘れられていく。

 空はおよそ雷鳴が轟くほどの暗雲でもないが、雲の中では不可思議な稲光が時折輝きを放っていた。

 ――残光が落ちた。

 空の静寂を引き裂く。鳴動したのは燻り続けた瞬きの光一筋。

 突き立てられた音は一瞬天と地を貫く剣となった。

 不可思議にも、それだけが役目であったかのように雨脚は急速に弱まっていた。

 雷光の切っ先が落ちたのは確かに墓地の中央であったが、供えられた花々に焦痕はなかった。

 だが花で隠された深き地中では、何かが蠢き始めていた。

 そして空。

 鳥さえも及ばぬ、はるか天高き只中。

 成層の領域すら見下ろし存在する、なにかの影。

 それに気付く者はいなかった。

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