黒と白(4)
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同じ時を並行する、遠い何処か――
おそらく、その場所は何者かの墓所である。
だが標や碑のようなものはない。安らかな眠りを願い、追悼を思うものは示されてはいない。
それはまるで名前を語ることすら禁じられているかのように。
あるいは神に赦されることを拒むかのように。
ただいくつもの手向けられた花が、その場所の意味を示しているに過ぎない。
人の住まぬ無人の荒野に在って花はどれも真新しかった。
定期的に誰かがこの場所に訪れ、花を替えているのだろうか。
それも一つや二つではない。
墓に添える花とは、死者への敬意と願い。
ではこの場に眠るかつての人物とは、一体どれほどの人々に思いを抱かれているのか。
それを無言のままに、雄弁にこの景色こそが語っているのだ。
花は示す。
想いは確かに、今も、ここにある。
彼らの思いが続く限り、名前のない英雄の意志は未だ消えてはいない。
死という断絶のあとも、その誇りによって護られた生者の意思は途絶えてはいないのだ。
雨が降り出した。
零された滴が静謐に世界を洗い流す。
ここはかつては戦場だった。その事実もこうして幾度も雨に洗われ、風に流されることで過去という歴史は緩やかに忘れられていく。
空はおよそ雷鳴が轟くほどの暗雲でもないが、雲の中では不可思議な稲光が時折輝きを放っていた。
――残光が落ちた。
空の静寂を引き裂く。鳴動したのは燻り続けた瞬きの光一筋。
突き立てられた音は一瞬天と地を貫く剣となった。
不可思議にも、それだけが役目であったかのように雨脚は急速に弱まっていた。
雷光の切っ先が落ちたのは確かに墓地の中央であったが、供えられた花々に焦痕はなかった。
だが花で隠された深き地中では、何かが蠢き始めていた。
そして空。
鳥さえも及ばぬ、はるか天高き只中。
成層の領域すら見下ろし存在する、なにかの影。
それに気付く者はいなかった。




