大樹の塔(2)
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鳴り響く警告。各地にある避難所への移動を促すアナウンスが鼓膜を叩いていた。
当然のように用意されている安全策。つまりはこういった危機は想定されているものであることを意味する。およそ起こり得るはずもないのであれば、備えという無駄は存在しないからだ。
――つまり。これはどこにでもある問題。
一人の魔術師という存在。現代においてこの単位は人間とほぼイコールである。
その枠の定義は、かつてのそれとは異なっていた。
意思あるものは魔術の素質を持ち、その制御ができることでこの世界における種族としての権利が認められ、そうして人間であると定義される。
だが個に与えられた才というものは、均一であるはずがない。誰かの役に立つという基準をもとに、その質が評価の対象となってしまう。
そしてその順位は社会というもののなかで、見えない階級となる。
終わることのない罪と罰。何も学校に限定されているわけではない。ある程度の数が存在すると、それはどこにでも起こり得る問題。どれだけ止めようとも、一定期を過ぎれば同じ問題が連綿と繰り返すという負の業。
その過程と結果は様々だろうが、今回の事例は向けられた悪意への報復か、愛されることのなかった恨みか、物理的な現象となって周囲に被害をまき散らすこととなった。
秘められた才能は軋みと歪みでこじ開けられたようだ。
怨念、恨み、妬み。そういった負の感情が、属する学園校舎を丸々飲み込むほどの超魔導生命体を生むという奇跡を起こしてしまった。
通称幻魔生物現象。意図せず魔術で作り出されてしまった魔導生命体による災害はそう呼ばれていた。
〈大樹〉。窮屈と屈従を突き破る槍。陰鬱と育まれた種子が自由になるべき空を目指した結果。
――その巨躯に目を奪われている者が殆どであるが故に、その疑問は見落とされていた。
この質量であれば、窓を突き破る程度ではなく、膨張的な成長によって校舎を完全に崩壊させることも可能だったのではないか。それをしなかったのは、全てを憎んでいたわけではなく、分別という歪に色分けされた好悪がそれを良しとしなかったからなのかもしれない。
〈大樹〉の正体が一本の幹ではないことも、絡み合うような複雑な意思の集合であることを意味づけているようにも見えた。
「まあ、それはともかく」
エトリの瞳に映し出された〈大樹〉。その魔力の質や流れから、この術者の人物像を思い描いた。
事態は悪いほうに進展していた。遠く離れた避難先でも、昏倒した者が出たことをエトリは伝えられていた。
長距離。遠隔への呪術。この〈大樹〉は町を睨みつけているのだ。
緩やかながら、未だこの樹は成長を続けようとしている。遠く離れていても術者と何らかの関連があった者たちは襲われ続けている。
「こういう人間関係っていうのは、あんまり関わりたくはないんだけど」
それでもやらなければならない。この町は守らなければならない。
エトリにはその理由があった。
そしてもう一つ。
この騒動が始まった直後より、彼との連絡が付かなくなっていた。
普段の行動は学園内のどこかで授業をしている、もしくは自分の研究室にこもっているかのどちらか。それがもし後者であった場合。
大まかながら割り出した〈大樹〉の初期発生位置は、その研究室付近だと示しているのだ。
発生時の成長に巻き込まれて、瓦礫に埋もれているのかもしれない。
体内から魔力を奪われて瀕死の状態なのかもしれない。
「コール」
エトリは何度目かの通信を入れた。ブライカはすでに去っていた。消し飛ばした〈大樹〉の表面の大穴は、その傷口から生え伸びた蔓が覆い始めていた。
これを最後に突入しようと決めた。
繋がらない。あと三コール待つ。
音を伝える波が心電図のように鼓動と重なる。
三コール目で通信を示す記号が灯った。
「……い……エ……リ……か……」
嵐のような雑音の中、所々に声が聞こえた。
「今、どこ?」
「大……だ……避難……してい……」
やはり感度が悪い。強烈に入り混じって放射されている魔力の渦付近では、〈賢盤〉による通信は阻害を受けやすくなる。エトリの魔力を介していてもなお、そうであるということは現在その近くにいるということだ。
エトリは決めた。その意思を告げる。
「今から行く。なるべく死なないように頑張っていて」
荒れた砂嵐に返事は聞こえない。エトリは通信を切った。
「あれにはまだ利用価値がある。このまま捨てるには惜しい」
つぶやいた誰かの声は、エトリの耳には入らなかった。




