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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部二巻「楽園の使者」
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四章



 第四章 主の手





 歩く足音が何重にもなって響くほど、天井の高い部屋だった。どこかの屋敷の広間なのだろう。広間に相応しい美しい家具も置かれず。ただ、白乳色の見事な彫刻がなされた、先の折れた柱が六つ立っており。柱に囲まれた、魔術式の描かれた石床の上に、黒いローブを身に纏う男がたっていた。

一切の光を拒むかのように、フードで頭部を覆い。魔術式から燃え滾る、青緑色の炎に焼かれていた。しかし、ぼんやりと青緑色の炎を眺め。けして、炎から逃れようとはしなかった。男の片目から、血の涙が流れ、床に滴っていた。やがて、傍まで歩いてきた――男とまるで同じ格好をした黒いローブ姿の別人が、男にむかって青白い手を差しだした。

男は何も言わず、指図されるがまま、人形のように床に膝をついた。

六本の柱の一つに、ピンク色の寝巻きを着た、白い翼を持つ女が優雅に降り立った。女は砕けた柱の先に座り、あくびを漏らしてから、綺麗に微笑むと。華奢な指を天井にむかって伸ばした。

女が指差した高い円形の天井には、今は地上では見られない、剣を手にする翼人たちの姿が彫られていた。彼らは皆、天井の中心に開いた、空を見せる丸い天井窓の方に顔をむけていた。穴の向こうには、そう見えるように設計されたのか、青い空に浮かぶ銀色の球体が見えていた。そして、白と黒の球体もまた……

「この試練に耐えられるなら、お前の望みは果たされる」

 手を差しだした人物が、片言のようにと「壊」、「結」の言葉を繰り返し呟き。唱えた言葉と同じ意味を持つ魔語を指で描くと、空中に新たな魔術式が現れた。

青緑の炎が天にあがって、激しく燃えあがった。男を焼く炎の勢いが増したのだ。男のぞっとするような悲鳴が広間にこだました。

激しい苦痛が男の全身を縛り、内臓を抉るかのようだった。男の背中に、ローブの上に刻まれた魔術式が、燃え滾る青緑の炎と同化するかのように燃えていた。

 床に落ちた男の血の涙が、ブクブクと、ひとりでに煮えたぎった。






第三世界に戻ったルーネベリは、城下北東区の外れにある、シュミレットと同居している古いアパートに帰っていた。

あいかわらず、人気のない静まりかえった住宅街。帰り道に見かけた数十ヶ月ぶりに、一部屋向こうの窓に明かりがつき、住人の滞在を知らせていた。ルーネベリがこちらに移住してきて、早六年も経とうとしていたが、隣人たちとは挨拶の一つも交わしたことがなく。いつか、訪ねなければいけないなと思っていたが。

そんなことなどすっかり忘れてしまっていたルーネベリは、まっすぐにアパートに帰り。夕飯も食べず、一睡もせずに、朝まで本棚を漁っていた。シュミレット個人の本やルーネベリが第七世界から持参してきた本など。本という本、二百冊を一文字残さずに読み耽っていた。奇術師から聞いたジェタノ・ビニエが言ったという言葉が、ルーネベリもよっぽど気になったのだろう。瞼のおちる目頭を押さえ、細かに書かれた文字を読み探していた。

しかし、一晩経っても、お目当ての本が見つからなかったのか。ルーネベリはついさっきまで読んでいた本を机に置き、手を額にあてて、背凭れのほうへ仰け反りすわった。

「これだけじゃあ、わからないか。時の世界に行けば、一発でわかるんだがな。今日も城に寄って、依頼書を受け取って。先生の所に寄ってサイン済みの書類も貰って。ザッコの勉強に、あと、頼まれている論文だったか」

独り言を呟いたルーネベリは、前髪を掻きあげた。

「やることだけは山積みだな……」

ルーネベリは「ムシャクシャするが、どうしようもない」と、ため息をついた。だらだらと椅子から立あがり、伸びをすると。朝の光を透かす薄いカーテンに目がいき、ルーネベリは閉められた窓まで歩いた。

カーテンを脇に押しのけ、老朽化したアパートの窓をあけると、いつもと変わらない、同じ場所に城が見えた。

統治女王の城アルケバルティアノ。膨大な横幅と窓数のある円柱状の執務室郡の上、中央から天に向かって伸びた女王の塔。その塔の中部から東西南北の四方に、円柱へとくだる曲線状の建物、空間移動室があり。女王の塔の左右には、錐体状の大舞踏会会場が二つも作られていた。そして、錐体状の建物の上には、それぞれ細い塔が建ち。右側には「時術師の塔」、左側には「魔術師の塔」と呼ばれる塔があり。ちょうど、四方に下る円周状の建物の間をぬうように建っていた。



 第四世界では、ザッコがテラス席のテーブルに本を置いて言った。

「ギルパルド、先生はまだ来ていないのか」

庭を散歩していたシュミレットは振り返り、テラスまで戻ってきた。ギルパルドという聞きなれない名前は、どうも、シュミレットの事を言っているようだった。けれど、指摘もせずに頷いたシュミレットは、ゆっくりと白い椅子に腰かけた。

「彼にしては遅いね。きっと、昨晩は徹夜したのかな」

「仕事か?」テラスの椅子に座ったザッコがそう言うと、シュミレットはクスリと笑う。

「仕事といえば、仕事だろうね。ルーネベリは一度でも興味を持つと、納得するまで調べつづけるから」

「興味だけで一晩徹夜か、よく集中力が持つな。見習いたくても、俺は眠気には勝てない」

「ルーネベリは根っからの学者肌だからね。まだ若いのに根気強くて、悪く言えば、細かい。そのおかげで、何かを調べる能力はずば抜けているよ。でも、だからといって、関心ごとばかりにかまけてもいないのだよ。きちんと、決まった仕事はしてくれます。待っていれば、そのうちに来るさ」

ザッコはそれならと頷いて、本を開いた。シュミレットは席を立ち、部屋の中に入ろうと、窓枠に足を置いたところだった。

「ザッコ」

 庭の向こう側から、灰色の髪をもつ初老の奇術師がやってきた。紙を一枚手に持ち、着慣れた紫色のワンピースとショールを巻いたその姿は、奇術師には実に似合っていた。

ザッコはページを捲る手をとめ、やってきた人物に言った。

「ズゥーユ先生」

顔を振り向かせたシュミレットは、心の底からでた声で、「あぁ、ミイラ取りがミイラになってしまった」とため息を漏らした。シュミレットがまるで予期していなかった訪問者は、治癒の世界の管理者ニエルヌ・ズゥーユだったのだ。せっかく、滞在を秘密にしていたというに、ついに知られてしまったのだ。

ズゥーユは、ザッコの次にシュミレットの姿を見つけて、挨拶をしようと首を屈めたが。シュミレットが首を横に振り、部屋の中へと入っていった。ザッコがズゥーユとシュミレットを交互に見ていた。

「顔見知りか?昨日はそんなこと言っていなかった」

ズゥーユは頷いて、テラス席まで歩き。そして、ザッコに言った。

「気にすることはない。それよりも、ザッコ、今日の診察は私の部屋でするといっただろう」

「そんなことを言っていたか?」

「私の部屋で待っていなさい。後で行きますから」

 ズゥーユはザッコの肩に手を置き、本の上に紫色のワンピースのポケットから出したオレンジ色のリボンのついた黒い鍵を置いた。ザッコはズゥーユを見上げながら、その鍵を手に取り、首を傾げたまま椅子を立っていってしまった。

 ザッコが隣の庭に入っていくのを見届けてから、ズゥーユはシュミレットの部屋の中に入った。ベッドの上で辛気臭い顔をして座るシュミレットは言った。

「まさか、ズゥーユの患者だったとはね。不意打ちもいいところだよ」

「不意打ちを食らったのはこちらのほうです。ザッコから、レヨー・ギルパルドという、患者名簿にも載っていない怪しげな名前を聞かされては、来ないわけにもいきませんでした」

「ザッコが僕らの元に来てまだニ日程度しか経っていない。もう君に知られるなんて。半年、いいえ、一年も隠せと通せたというのに」

「こちらは毎日、患者と接しているのです。小耳にも挟むことはあります」

 シュミレットはばつが悪く、額を掻いた。

「メリアならともかく、ザッコから聞いたなんてね。なんて皮肉なんだ。だけど、ザッコは僕の事を、まだ知らないようですけど?」

「話は聞きましたが、ザッコにシュミレット様のことを教える必要などありません」

「君は随分と気の効いたことをするのだね」

 ズゥーユは背中で腕を組んだ。「シュミレット様もご立派です。管理者の私に気づかれずに、未熟な治癒者の治療を受けられておられたのですから。メリア・キアーズに協力を仰られたのですね」

「君の元を訪ねたら、ただ事ではすまないだろう。だいそれたもてなしで、僕を迎え入れるつもりだったのだろう」

「三大賢者のお一人が第四世界に来られるのですから。それぐらいは、当然です」

「僕は静かに療養したかったんだ。毎日、好奇の目にさらされたくなかったんだ。メリアを責めないでやってくださいね」

 ズューユは息をはいて、「シュミレット様がそう仰られるのなら、彼女を責めるわけにはいきません。ただし――」と、シュミレットの包帯の巻かれた右腕に目線を落とした。

「腕の治療は、これからは私が行います。それで、よろしいですね」

 シュミレットは片眼鏡の下で、目を細めた。

「君は、僕を責めているのかい?」

「いいえ。本来なら、シュミレット様がどの治癒者や奇術師の治療を受けるのかは、ご自身の勝手でしょう。ですが、賢者様のお身体に何かあっては、第四世界の管理者として面目が立ちません」

「やっぱり、君は責めているじゃないか」

「責めてはおりませんが、頼っていただけないのことを悲しく思っているだけです。亡きキアーズ様や、エントロー様と同じほどとはいいません。少しだけでいいので、私も信頼していただきたいのです」そう言ったズゥーユに、ため息ついたシュミレットは言った。

「僕は平穏を望む、ごくごく普通のつまらない男だから、派手なもてなしなど、嬉しくもなんともないのだよ。ゆっくりと、静かに過ごしたいのですよ」

「連絡の一つでも頂ければ、内密に部屋を用意いたしました」

 シュミレットはズゥーユを見上げ。「僕の気持ちを、まるで、わかっていない」と、失意からか、首を横に振って、またため息をこぼした。

「もういい、わかったよ。なるべく、君に通すようにはするよ。でも、用件はそのことだけじゃないのでしょう。受理前の依頼書を受け取れば、これ以上、僕を問い詰めないかい?」

ズゥーユは微かに笑った。「私が持っているのが依頼書だと、なぜわかったのですか」

「僕が秘密にしていたことを、君が怒ったとしても。そのことで僕に会いにくるだけじゃあ、君の面子が立たないだろう。……ビニエという男が、悪戯をしたのはおとといですよね。君が来たことは、そのことと関係がないわけではなさそうだなと思ってね」

「すばらしい洞察力、恐れ入ります。ですが、ビニエのこともありますが、依頼したいのは、別の人物のことなのです」

「別の人物?」


 ズゥーユはベッドの脇に立ち、ミルキーイエローのシーツの上に、黒い文字詰めの白い紙が置かれた。ぱっと、依頼書を手に取ったシュミレットは、素早くそこに書かれていた文章を読み込んだ。

「……タニラ・シュベル、二十八歳。第三世界出身。職業は元アルケバルティアノ城事務員。患者ギルビィ・ベーグの恋人で、六年もの間、付き添いをしていた。長年の付き添い疲れか、タニラ・シュベルシュベルは部屋に花びらを撒くなど、怪奇行動が多く。独り言が多かった。普段から、人に接することが少なく、病室からほとんど外に出なかった。ギルビィ・ベーグの主治医が、奇術師の治療を薦めていた。だが、タニラ・シュベルは、奇術師の治療を受ける前に病室から姿を消した」

 シュミレットは目線をあげた。「彼の失踪した、明確な日付けが曖昧書だけど。ジェタノ・ビニエはタニラ・シュベルを診るはずだった奇術師だったのですね。ビニエの奇行がはじまった時期と、シュベルの失踪の時期はちょうど重なっているのかい?」

 ズゥーユは頷いた。

「そうです。一致しているのです」

「なるほどね。狂気が伝染したなんてことはないから、関係性はあるようだね。このギルビィ・ベーグという患者なのだけど、灼力感染者なのかい。それにしては、感染者が六年も生存しているのは、稀な例ではないのかな」

「最近では、そうでもありません。以前は、奇力を使った奇術治療は主でしたが、今は治癒者の薬物治療が多いのです。薬による治療の効果は比較的遅いのですが、奇術師がいなければ継続治療できない奇術治療よりは、投与し続ける薬物治療の方が有効のようです」

「時代はかわるものだね。それじゃあ、問題はタニラ・シュベルとジェタノ・ビニエのようですね。二人には他に関係性はないのかな。奇術師として、シュベルを診るはずだったということ以前に、顔見知りだったとか。友人だったとか」

「それはわかりかねますが。ビニエはそれほど交友関係が広い奇術師ではないようです」

 シュミレットは言った。

「ジェタノ・ビニエ本人に聞いたのかい?」

「いいえ、彼の同僚たちや隣人に話を聞いたのです。ビニエ本人には、問査委員の方で取調べしても、まともな答えももらえないあり様です。精神状態があまりにも不安定なもので。昨晩は、副管理者の部屋に泊まらせて奇力の状況が精神面の状態を診てもらったのですが。ビニエは病気ではなさそうなのです」

 シュミレットは唸り、「こういう時こそ、助手殿にいてもらいたいのだけどね」と、ぼそっと言った。

「何か?」と聞き返したズゥーユに、シュミレットはにこやかに言った。

「副管理者には知られずに、ジェタノ・ビニエに面会させてくれるかな。ビニエは病気ではないというのはあきらかだよ。調べてみないものには、よくわからないけれど。あきらかに、ビニエが何かされたと思うのだよ」

「私もそうのように考えていたところです。奇力でないとすると、他には考えられるものはありません。ちょうど、シュミレット様の滞在を他の奇術師たちに知られていないことですし。ご都合がよろしいかと」

 ズゥーユの言葉にシュミレットは、頬を膨らませた。

「最近の僕は、とてもついていないようだよ」

腰を低くして、「ご要望があれば、なんなりと仰ってください」と言ったズゥーユに、シュミレットは頬を膨らませたまま、締まりのない返事を返した。

 


「パブロさん、困りますよ。こう、何度も来られては……」

「頼む。どうしても、探してもらいたいものがあるんだ」

 アルケバルティアノ城、時術師の塔の入り口で、少しだけ扉を開いた時術師が、しきりに背後を気にしていた。この時術師は賢者クロウィン・ユノウの三番目に優れた助手で、名前をラディア・スコレといい。デルナ・コーベンやケトラ・J・ウォンドの調書を探しだした人物の一人でもあった。

 ルーネベリは「頼むの」一点張りの主張を繰り返したが、スコレは早口でルーネベリに言った。

「困ります。今日のユノウ先生は、少し機嫌が悪くて、ぼくらに当たり散らしているんですから。余計なことをして、逆鱗に触れたくないんです」

「そのところ、どうか調べてもらいたいことがあるんだ。時の世界に行けばいいんだが、あそこに行くと、順番待ちしなければいけないだろう。同じ助手なら、わかると思うが。俺たちには、順番待ちしている時間なんてない。賢者様の仕事がはかどるように、やらなければいけない仕事が山積みだ」

 同じ助手だと言われ、スコレはちらりと、背後の時術師の部屋を見た。塔の中では、何百人もの時術師たちが、塔の天井の方へずらずらと並んだ巨大な本棚から資料を探しだし、机に積み重ねられた紙の書類を順番どおりに処理するなど、便利な時術も使わずに、せっせと、自分の仕事に励んでいた。食事の時間も削り、目眩のするほどの忙しさだった。休憩を取る時間など、ほとんどないのだ。

スコレはルーネベリに同情したのか。ルーネベリの顔を見て、小さく「何を調べたいのですか?」と聞いた。ルーネベリはは嬉しそうに軽く手を叩き、「助かる」と言った。

「楽園の使者という言葉なんだ。どこかの書物に書かれていないだろうか?」

「楽園の使者。文学方面の言葉のようですね」

「わかるだろうか?」

 スコレは首を振って、「いいえ」と答えた。

「残念ですが。この部屋には、そういった類の書物は置いていません。時術師の仕事とは関係がありませんから。でも、どうしてもお調べになりたいのでしたら、故郷の友人に当たってみましょうか」











11月も中旬になりました。

平年並みの気温になってきたそうですが、寒くてかないません。

すでに毛布やら、厚手の上着に包まるこの頃。

毎年言っている気もしますが、

冬の間は、素直に冬眠したいですね……。




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