五十六話 愛されていた、それだけで
55話で、大きな真実が明らかになりました。
そして——ハエルが、セラに強く当たってしまいました。
今回は、その後の一日。
少しずつ、心の整理をしていく話です。
セラとの和解の後、しばらく誰も何も言わなかった。
居間に、静かな空気が流れていた。
「……ハエルさん」
リナが、控えめに声をかけた。
「今日は、もう休みませんか。色々ありすぎました」
「……そうだな」
俺は頷いた。
でも——頭の中は、まだ整理がついていなかった。
バアサが、静かに立ち上がった。
「わしは、少し畑を見てくる。」
バアサは、それだけ言って、外に出て行った。
気を遣ってくれたのだと、俺にも分かった。
居間には、俺たち四人だけが残った。
セラは、まだ少し俯いていた。
「……セラ」
「……なんですか」
「さっきのこと、ちゃんと謝りたい」
「もう、謝ってもらいました」
「いや——」
俺は、少し言葉を選んだ。
「怒った理由、本当は、セラだけのせいじゃなかった」
セラが、顔を上げた。
「……どういう意味ですか」
「父さんが死んだ理由が、堕天のせいじゃなかったって知って——正直、頭が真っ白になった」
俺は、自分の手を見た。
「今まで信じてたものが、全部崩れた気がして。その混乱を、セラにぶつけただけだったんだと思う」
「……」
「セラが黙ってた理由も、本当は分かってた。でも——分かってても、ぶつける相手が欲しかったんだと思う。それが、たまたまセラだった」
その言葉に、セラは少し驚いたような顔をした。
「……正直に、言ってくれるんですね」
「隠しても、意味ないだろ」
俺は、少し笑った。
「セラにも、リナにも、ルシェにも、迷惑かけた。ごめん」
リナが、優しく首を振った。
「迷惑だなんて、思ってません」
「あたしも別に」
ルシェが、そっぽを向きながら言った。
「あんなの、混乱して当然だ。父親の死の理由が、いきなり変わったんだからな」
「ルシェ……」
「別に、慰めてるわけじゃないぞ」
その言い方に、俺は少し笑ってしまった。
セラも、小さく微笑んだ。
「……ありがとうございます、ハエル」
「何が」
「ちゃんと、自分の気持ちを話してくれたことです」
セラは、少し目を伏せた。
「私も——本当は、もっと早く言うべきだったのかもしれません」
「もう、それはいい」
俺は言った。
「大事なのは、これからだ」
昼過ぎ、バアサが戻ってきた。
「元気になったかい」
「はい、少し」
俺は答えた。
「これから、どうするつもりだい」
バアサが聞いた。
俺は、少し考えた。
「地下室で見つけた文献と、あの未完成の道具。あれを、もう少し詳しく調べたいと思ってます」
「あの道具か」
「はい。神への対抗手段として、父さんが作ろうとしていたものみたいです。完成させられれば——」
「大きな力になるかもしれませんね」
セラが、静かに言った。
「ただ、未完成のものなので、扱いには注意が必要だと思います」
「分かってる。だから、慎重に調べる」
「協力します」
セラが、続けて言った。
「天界の術式についてなら、多少は分かります」
「頼む」
リナが、手を挙げた。
「私も、何か手伝えることがあれば」
「文献の整理とか、頼めるか」
「もちろんです!」
ルシェが、腕を組んで言った。
「あたしは、あの道具の魔力の質を調べてみる。魔族の感覚なら、何か分かるかもしれない」
「頼りにしてる」
四人で、これからの方針を話し合った。
その空気は、さっきまでの重苦しさとは、少し違っていた。
夕方、俺は一人、バアサの家の庭に出た。
セラが、後からついてきた。
「……ハエル」
「ん?」
「隣、いいですか」
「ああ」
セラは、俺の隣に静かに座った。
しばらく、二人とも何も言わなかった。
風が、庭の花を揺らしていた。
「……父さん、色々背負いすぎだよな」
俺は、ぽつりと呟いた。
「堕天のことも、寿命のことも、全部一人で抱えて——最後まで、笑ってた」
セラは、静かに耳を傾けていた。
「なんで、そこまでできたんだろうな」
「……守りたかったからだと思います」
セラが、静かに言った。
「あなたを、傷つけないために」
「……そうだよな」
俺は、少し息を吐いた。
「情けない話だけど、俺、今、感謝の気持ちしかない」
「情けなくなんてないです」
セラが、静かに言った。
「それだけ、愛されていたということです」
その言葉に、胸の奥が、じんわりと温かくなった。
「セラは、次に何か隠したいことがあっても、一人で抱え込むなよ」
セラは、少し驚いたような顔をした。
「……はい」
「約束な」
「約束、します」
セラは、静かに微笑んだ。
その笑顔に、俺も少しだけ、心が軽くなった。
夕日が、庭の花を、優しく照らしていた。
「……この花、天界の花より、綺麗な気がします」
セラが、ぽつりと言った。
「そうなの?」
「はい。何もかも、地上の方が——色鮮やかに見えます」
俺たちは、しばらく、庭の花を眺めていた。
誰も、何も言わなかった。
ただ——静かな時間が、そこにあった。
窓から、リナが二人の様子をこっそり見ていた。
「……いい雰囲気ですね」
隣にいたルシェに、小声で言った。
「……あたしに聞くな」
「見てて思いません?」
「思わない」
「絶対思ってますよね」
「……少しだけな」
リナは、少しの間、窓の外のハエルとセラを見つめていた。
「……ずるいですよね、セラさん」
「なにが」
「ああやって、二人きりで話せる理由が、ちゃんとあるんですもん」
リナは、少し唇を尖らせた。
「私も、力になりたいのに」
「……お前も、なってるだろ」
ルシェが、ぼそりと言った。
「文献の整理とか、飯の支度とか。あいつら、それで動けてる」
「そうですけど……」
リナは、まだ少し納得がいかない様子だった。
「……なんか、悔しいです」
「悔しい、か」
ルシェは、少し考えるように言った。
「まあ、その気持ちは、分からなくもない」
「ルシェさんも、分かるんですか」
「……別に、詳しくは言わない」
ルシェは、それ以上答えなかった。
その会話を、バアサが台所から、微笑ましそうに聞いていた。
「若いっていいねぇ」
「バアサさん、聞こえてます……!」
リナが慌てて振り返った。
バアサは、くすくすと笑いながら、夕食の支度を始めた。
その夜、俺は居間で、地下室から持ち帰った文献を読んでいた。
セラが、隣で手伝ってくれていた。
「……この部分、読めますか」
「これは……天界の術式の、基礎について書かれてます」
「基礎?」
「ええ。おそらく——あの道具を完成させるための、前提知識のようなものです」
「じゃあ、これを理解すれば」
「未完成の理由が、分かるかもしれません」
俺たちは、夜遅くまで、文献を読み続けた。
その間、リナが眠そうな目をこすりながら、お茶を淹れてくれた。
「お二人とも、根詰めすぎですよ」
「もう少しだけ」
「……ハエルさんも、意外と真面目ですよね」
「そうか?」
「はい。父さんのことになると、特に」
その言葉に、俺は少し照れくさくなった。
ルシェは、部屋の隅で、未完成の道具を持ち上げ、じっと観察していた。
「……この魔力、どこかで感じたことある気がするんだよな」
「どこかって?」
「……分からん。でも、確かに、覚えがある」
ルシェは、それ以上詳しくは言わなかった。
でも——その表情には、何か考え込むような色があった。
窓の外で、時折、何かの気配がした。
でも——今夜は、深く考えないことにした。
(明日も、やることがある)
(一つずつ、進むしかない)
そう思いながら、俺は文献のページをめくり続けた。
56話、読んでくださってありがとうございます。
四人で、未完成の道具と文献を調べていくことになりました。ルシェが「どこかで感じたことある気がする」と呟いた魔力。何か、繋がりがあるのかもしれません。
夕方の庭での、セラとの会話を、リナとルシェがこっそり見守っていた場面。バアサの「若いっていいねぇ」という一言に、少し場が和みました。
次回も、文献の解読が続きます。
またお会いしましょう。




