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魔族に育てられた俺、 気づけば光と闇の境界に立っていた  作者: CYABUSAN(ちゃぶさん
第一章:父と子の物語(第1〜10話)

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五十五話 優しい嘘

54話で、アスモスとエリナの、幸せだった日々を聞きました。


今回——村が襲われた、あの日のことを聞きます。


そして——ハエルが、まだ知らなかった真実の入り口に、辿り着きます。

朝、目を覚ますと、バアサはすでに台所に立っていた。


「おはよう。朝食の準備をしてるよ」


「おはようございます」


俺は居間から立ち上がり、台所を覗いた。

簡素だが、温かそうなスープが鍋の中で湯気を立てていた。

「手伝います」


「いいんだよ、座ってな」


「でも——」


「年寄りの意地だ。座ってろ」


その言い方に、俺は思わず笑ってしまった。

奥の部屋から、女性陣も起きてきた。


「おはようございます」

リナが眠そうな声で言った。


「よく眠れた?」


「はい……あ、でも——」

リナが少し言い淀んだ。

「夜中、何か物音がしませんでした?」


「気づいてたのか」


「気のせいかと思ったんですけど……窓の外で、何かが」


セラも頷いた。

「私も、感じました。誰かに見られているような」


ルシェが真剣な顔で言った。

「あたしも同じだ。何かが、この家を見てた」


バアサは、鍋をかき混ぜながら、静かに言った。

「……気をつけた方がいいかもしれないね」


その言葉に、俺たちは顔を見合わせた。

でも——今は、確証がなかった。


朝食を終えた頃、バアサが静かに切り出した。

「昨日は、アスモスとエリナの、幸せだった話をしたね」


「はい」


「今日は——村が襲われた、あの日のことを話そう」


バアサの表情が、少し硬くなった。

「わしは、その場にいなかった。だから、詳しいことは何一つ知らないんだよ」


「……何も、ですか」


「ああ。理由だけは、はっきりしてる。人間の騎士団が村を襲った。"魔族がいる村だから"、それだけの理由でね。でも——その先のことは、何も」


胸が、重くなった。


「わしが戻った時、村はもう焼け跡だけになっていた。誰の姿もなかった」

バアサの声が、少し震えた。


「昨日、お前に会うまで——正直、二人とも死んだと思ってた」


その言葉に、俺は少し胸を突かれた。

「じゃあ、俺と父さんが、あの後どうなったのか——」


「昨日、お前から聞いて、初めて知ったんだよ」


バアサは、俺を見た。

「アスモスが、お前を連れて生き延びていたなんて——本当に、驚いたよ」


「……」

「でも——父さんは、その後、死にました」


俺は、少し言葉を選びながら続けた。


「父さんが、——ずっと言ってたんです。堕天した天使は、長くは生きられないって」


「……」


「だから、俺も、そういうものなんだと思ってました。堕天したら、——寿命が尽きるんだって」


バアサの表情が、突然、大きく変わった。

「……いや、そんなはずはない」


「え……?」


「堕天しただけで死ぬなんて、聞いたことがない」


バアサの声は、確信に満ちていた。

「その証拠に——魔王は、今も生きているだろう。あれも、元は天使だったと言われている」


俺は、息を呑んだ。

「……魔王が?」


「ああ。堕天は、罪だ。天界から追われる身になる。でも——それは、寿命を削るものじゃない」

バアサは、俺をまっすぐ見た。

「わしは、昔から、そういう言い伝えを聞いて育った。堕天した存在が、ただそれだけの理由で死ぬなんて話は、聞いたことがないんだよ」


その言葉が、頭の中で、何度も反響した。

(堕天しただけでは、死なない)

(じゃあ——父さんは、なんで)


「じゃあ……父さんは、なんで死んだんですか」

俺の声が、震えた。


バアサは、静かに首を振った。

「わしにも、はっきりとは分からないよ」


バアサは、少し考えるように、視線を落とした。

「ただ——一つ、思い当たることがある」


「なんですか」


「お前は、父さんに救われたんだろう。何か、特別な力を分けてもらって」


「……はい」


「なら——おそらく、寿命そのものを、分け与えたんじゃないかね」


その言葉に、俺は息を止めた。

「寿命を……?」


「堕天した天使の命は、本来ならもっと長く続く。それを、無理やり縮めてまで、何かを渡した——そう考えるのが、一番自然な気がするよ」


バアサは、静かに続けた。

「そして——それを、お前に正直に言わなかった。堕天したから、って理由にしたのは……」


「……」


「お前が、自分のせいで父親が死んだと思って、苦しまないように。そういう、優しい嘘だったんじゃないかね」


その言葉が、胸に深く突き刺さった。

(父さん……)

(そこまでして、俺を守ろうとしたのか)

涙が、こみ上げてきた。


俺は、隣にいるセラをちらっと見た。

その表情が——強張っていた。


驚いているようには見えなかった。

むしろ——覚悟していたような、そんな顔だった。

「……セラ」


「……なんですか」


「なんで、そんな顔してるんだ」


セラは、一瞬だけ、視線を逸らした。

「……何でもありません」


その言い方が、明らかにおかしかった。


「セラ」

俺は、もう一度呼んだ。


「もしかして——知ってたのか」


セラの肩が、わずかに震えた。


「……」


「知ってたのか、って聞いてる」


俺の声が、少し強くなった。

リナとルシェも、驚いた顔でセラを見た。


セラは、しばらく黙っていた。

やがて——小さく、頷いた。

「……知って、いました」


その一言が、静かに、でも確かに、部屋の空気を変えた。


「……いつから」

俺は、声を絞り出した。


「いつから、知ってたんだ」


セラは、俯いたまま答えなかった。


「セラ!」


「……旅の、初めの方からです」


その答えに、俺は言葉を失った。

「初めから……?」


「あなたの中に宿っている力を調べた時から——なんとなく、察していました」


セラの声が、震えていた。

「でも、確信はありませんでした。だから——」


「だから、黙ってたのか」


「……はい」


「なんでだよ」


俺の声が、大きくなった。

「なんで、黙ってたんだ……! 俺、ずっと信じてたのに……!」


「ハエル……」

リナが、心配そうに俺の名前を呼んだ。


でも——今は、止まらなかった。

「お前だけ、知ってたのかよ。ずっと、俺の隣で——何も言わずに」


セラの目に、涙が浮かんだ。

「……それは……」


「それは、なんだよ」


セラは、何かを言おうとして——口を閉じた。


「言えよ、セラ」


「……」

セラは、答えなかった。

ただ、俯いて、唇を噛んでいた。

その沈黙が——余計に、俺の胸を苦しくさせた。


「……もういい」


俺は、立ち上がった。

「少し、外の空気を吸ってくる」


「ハエル、待って——」

リナの声を背に、俺は、家を飛び出した。

外は、朝の澄んだ空気に満ちていた。


でも——胸の中は、ぐちゃぐちゃだった。

(なんで、教えてくれなかったんだ)

(知ってたなら、教えてくれれば——)


でも——同時に、別の感情も、胸の中にあった。

(分かってた。セラが、何か理由があったってことも)

(でも——それでも、悔しい)


俺は、家の裏手にある小さな畑の脇に座り込んだ。

しばらく、そのまま動けなかった。


その時——


「……ハエル」

聞き慣れた声が、後ろから聞こえた。

振り返ると、ルシェが立っていた。


「……ルシェ」


「セラのこと、まだ怒ってるのか」


「……分からない」

俺は、正直に答えた。


「怒ってるのか、悲しいのか、自分でもよく分からない」


ルシェは、俺の隣に座った。

「……セラのこと、そんな怒るなよ」


「なんでルシェが庇うんだ」


「庇ってるわけじゃない。ただ——」


ルシェは少し考えて言った。

「セラは、たぶんお前が傷つくと思って、黙ってたんだと思う」


「それが、余計に——」


「余計に、なんだ?」


「……分からない」

俺は、自分の膝を抱えた。


「知らない方が幸せだった、って言いたいわけじゃない。でも——セラだけが知ってて、俺だけが知らなかったっていう事実が、なんか——寂しい」


ルシェは、少し黙っていた。

「……お前の気持ちも、分かるよ」


「分かるのか」


「あたしも、隠されたことがある。理由は分かってても、傷つくもんは、傷つく」


その言葉に、俺は少しだけ、心が軽くなった。

「……ルシェにも、そういうことあったのか」


「……昔の話だ」

ルシェは、それ以上詳しくは言わなかった。

「でも——セラの気持ちも、少しだけ分かってやってくれ」


「……」


「あいつ、ずっと一人で抱えてたんだろ。お前を傷つけたくなくて」


ルシェの言葉が、胸に染みた。

「……ああ」


「アスモスも、同じだったんじゃないか」


「え?」


「お前を傷つけたくなくて、嘘をついた。セラも、同じことをしただけだ」


その言葉に、俺は、はっとした。

(父さんと、セラが……同じ)


「……そうだな」

俺は、静かに息を吐いた。


「セラに、謝らないといけないな」


「謝りたいのは、お前だけじゃないと思うけどな」


ルシェが、少し口の端を上げた。

「あいつも、謝りたいはずだ」


しばらくして、俺は家に戻った。

セラが、居間で、俯いたまま座っていた。


「……セラ」


セラが、顔を上げた。

その目は、まだ赤かった。

「……ハエル」


「さっきは、言い過ぎた」

「ごめん」


俺は、セラの前に座った。

「怒ったのは、本当だ。でも——セラが、俺のことを思って黙ってたのも、分かってる」


セラの目から、また涙がこぼれた。

「……ごめんなさい」


「謝らなくていい」


「でも——」


「謝らなくていい」

俺は、もう一度言った。

「これから、ちゃんと話してくれればいい。それだけだ」


セラは、しばらく泣いていた。

でも——やがて、小さく頷いた。


「……はい」

その様子を、リナとバアサが、静かに見守っていた。


「……仲直り、できたみたいだね」

バアサが、優しく言った。


「まだ、完全には——でも、少しずつ」

俺は、セラを見た。

「な?」


「……はい」

セラは、静かに微笑んだ。


その笑顔に、俺も少しだけ、心が軽くなった。

でも——胸の奥には、まだ小さな痛みが残っていた。


(父さん……、どこまで俺のために、色んなものを背負ってたんだ)

その問いに、答えはまだ出なかった。

でも——少しずつ、真実に近づいている。

その実感だけは、確かにあった。

55話、読んでくださってありがとうございます。


「そんなはずはない」というバアサの一言から始まった、大きな真実の扉。アスモスが、寿命そのものを分け与えていたこと。そして——それを、ハエルに隠すための、優しい嘘だったこと。


セラが、初めから知っていたという告白。ハエルの怒り、そして——それでも消えない絆。


ルシェの「セラも、傷つけたくなくて黙ってた」という言葉。「アスモスと、同じことをしただけだ」という一言が、ハエルの心を静かに動かしました。


またお会いしましょう。

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