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魔族に育てられた俺、 気づけば光と闇の境界に立っていた  作者: CYABUSAN(ちゃぶさん
第一章:父と子の物語(第1〜10話)

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五十四話 遠くの村にいた

53話で、バアサと出会いました。


今回、彼女の家で——

アスモスとエリナの、本当の物語を聞きます。


そして——遠くで、何かが静かに動き始めています。

バアサの家までは、あと半日ほどの道のりだった。


「本当に、遠いところに住んでるんですね」

リナが息を切らしながら言った。


「今の場所は、実はまだ住み始めて日が浅いんだよ」

バアサは、杖をつきながらも、しっかりとした足取りで歩いていた。


「え、そうなんですか」


「ああ。ずっと、娘のいる遠くの町で世話になってたんだが——歳を取ってから、生まれ故郷の近くで暮らしたくなってね」


「戻ってきたのは、いつ頃なんですか」


「半年くらい前かね」


俺は少し考えた。

(じゃあ——入れ違いだったのか)

「……じゃあ、父さんが生きてる間には、間に合わなかったんですね」


「……そういうことになるね」

バアサは、静かに目を伏せた。


「体調を崩してて、なかなか村まで来られなくてね。ようやく動けるようになって、村を訪れた時——エリナの墓の近くに、新しい木の欠片が置かれていたんだよ」


「それ……」


「その時は、何のことか分からなかった。でも、今日、あの地下室を見て——分かった気がするよ」


バアサは、俺をまっすぐ見た。

「アスモスは、最後まで、あの村と繋がろうとしてたんだろうね」


その言葉に、俺は静かに頷いた。

「はい。父さんの墓は、俺が自分で作りました。村の近くの、森の丘に」


「……そうか」

バアサは、少し目を潤ませた。


「今度、わしも連れて行っておくれ。アスモスに、挨拶がしたい」


「もちろんです」


少し歩いてるうちにセラが、道端の花に目を留めた。

「……この花、天界にはないものです」


「気になるかい?」

バアサが振り返った。


「はい。名前は分からないんですが、綺麗な色をしています」


「摘んでいくかい」


「いいんですか」


「好きなだけ、持っていきな」


セラは少し嬉しそうに、花を数本摘んだ。

その様子を見ていたルシェが、ぼそりと言った。


「……花より、お前の方が地味に綺麗だけどな」


「え?」

セラが振り向いた。


「聞き間違いですか」


「聞き間違いだ」

ルシェは、そっぽを向いて、それ以上何も言わなかった。


セラは、少しの間その背中を見つめていたが、やがて静かに花に視線を戻した。

その頬が、ほんの少しだけ赤くなっていた。


その時だった。

セラが、ふと動きを止めた。


「……セラ?」


「……何か」

セラは、山の稜線の方向を見つめた。


「気のせいかもしれません。でも——見られているような」


俺も、その方向を見た。

何もない。

ただ、遠くの木立が、静かに風に揺れているだけだった。


「気のせいじゃないか」


「……そうかもしれません」

セラは、少し不安そうな表情のまま、また歩き出した。


ルシェが小声で言った。

「……あたしも、さっきから、ちょっと嫌な感じがしてた」


「魔族の勘か?」


「そんな大層なもんじゃない。ただの、勘だ」


「……気をつけよう」


俺たちは、それ以上その話をせずに、歩みを進めた。

でも——胸の奥に、小さな警戒心が芽生えていた。

半日近く歩き、日が傾き始めた頃、ようやく小さな町が見えてきた。


「もうすぐだよ」

バアサが言った。


町の外れに、小さな家があった。

木造の、質素な家だった。

でも——手入れが行き届いていて、庭には花が咲いていた。


「わあ、綺麗な庭ですね」

リナが目を輝かせた。


「引っ越してすぐに、庭だけは整えたんだよ」

バアサは、扉を開けて中へ促した。

「入りな。茶でも淹れよう」


家の中は、まだ新しい生活の匂いがした。

古い家具は、以前の家から運んできたものなのだろうか。

丁寧に手入れされた食器が、棚に並んでいた。


五人は、小さな居間に座った。

部屋は狭く、椅子の数も足りなかった。


「椅子、二つしかないね」

バアサが困ったように言った。


「あたしは床でいい」

ルシェがあっさり座り込んだ。


「私も、床で大丈夫です」

セラも続いた。


「じゃあ、私も」

リナが座ろうとした瞬間、体勢を崩した。


「わっ……!」


「危ない」

俺は咄嗟に手を伸ばし、リナの体を支えた。


「あ……す、すみません」

リナの顔が、じわりと赤くなった。


「大丈夫か」


「大丈夫です……!」


支えた手が、まだリナの腕に触れたままだった。

慌てて離すと、リナはさらに顔を赤くして、自分の袖を握りしめた。

「……あ、ありがとうございました」


「いや、気にしないでくれ」


バアサが、湯気の立つお茶を人数分淹れてくれた。


「……ありがとうございます」


「礼はいい。それより——」

バアサは、ハエルの正面に座った。

その目が、まっすぐこちらを見た。


「聞きたいことがあるんだろう。アスモスとエリナのこと」


「はい」

俺は少し姿勢を正した。

「話してもらえますか。二人が、どんな風に出会ったのか」


「話そう。全部」


バアサは、しばらく目を閉じていた。

過去を辿るように、静かに。


「エリナが、この村に辿り着いたのは、もう二17近く前になるかね」


バアサは、ゆっくりと話し始めた。

「旦那を旅の途中で亡くして、身重のまま、一人で歩いてきた。ボロボロの格好で、でも——目だけは、真っ直ぐだった」


俺は、じっとバアサの言葉に耳を傾けた。


「村の連中は、最初は戸惑ってたよ。見知らぬ女が、一人で歩いてきたんだからね。でも——エリナは、すぐに馴染んだ。誰にでも優しくて、働き者で。あの子が来てから、村全体が、少し明るくなった気がしたよ」


「母さん……」


「そんな時だった。もう一人、村に迷い込んできたのが」

バアサの目が、少し柔らかくなった。

「アスモス、だ」


その名前に、俺の胸が熱くなった。


「あの人は、最初、みんな警戒してたよ。魔族だったからね。得体の知れない、堕天した天使だって噂もあった」

「でも——」


「でも、エリナだけは、違った」


バアサは、静かに続けた。


「あの子は、アスモスを最初から怖がらなかった。むしろ、優しい人だってすぐに気づいてた。そして、村のみんなにも、そう伝えたんだ」


「母さんが……」


「ああ。エリナがいなかったら、アスモスは、村に受け入れられなかったかもしれない」


バアサは、少し目を細めた。

「二人は、自然と仲良くなっていった。エリナが、アスモスに料理を教えたり。アスモスが、エリナの畑仕事を手伝ったり」


その光景を、俺は想像した。

まだ見たことのない、両親の姿を。


「そして——お前が生まれたんだよ、ハエル」

バアサの言葉に、俺は息を呑んだ。


「あの日のことは、今でも覚えてる。村中が、お祝いムードだった。エリナも、アスモスも、本当に幸せそうだったよ」


涙が、静かに滲んできた。


「……そうだったんですね」


「ああ」


バアサは、遠くを見るような目をした。

「幸せな時間だったんだ、あの頃は」


その言葉が、静かに部屋に響いた。

話が一区切りついた頃、外はすっかり暗くなっていた。


「今日は、もう遅い。泊まっていきな」

バアサが言った。


「いいんですか」


「狭い家だが、雑魚寝くらいならできるよ」


「ありがとうございます」


バアサは、奥の部屋から布団を運んできた。

「男と女、分けた方がいいかね」


「お願いします」

セラが即答した。


「わしは、女の子たちと寝るよ。男は、居間で寝てもらおうか」


「分かりました」

夜が更け、女性陣は奥の部屋へ、俺は居間で横になった。

しばらくして、奥の部屋から小さな話し声が聞こえてきた。


「……セラさん、さっき、ルシェさんに褒められてましたよね」

リナの声だった。


「……褒められた、というより」

セラの声が、いつもより小さかった。

「よく、分かりません」


「絶対、照れてましたよ、ルシェさん」


「……そうでしょうか」


「そうです! 私、見てましたから」


「……」


セラは、それ以上何も言わなかった。

でも——その沈黙には、どこか嬉しそうな気配が混じっていた。

その会話を、俺は居間で聞きながら、静かに笑った。


(賑やかだな)


天井を見つめながら、今日聞いた話を、頭の中で反芻した。

(父さんと母さん、幸せだったんだな)

その事実が、じんわりと胸に染みていった。


(でも——なんで、村は襲われたんだろう)

(父さんは、本当に、堕天が理由で死んだんだろうか)


まだ知らない真実が、この先に待っている気がした。

その予感を抱えたまま、俺は目を閉じかけた。

その時——


窓の外で、何かが動いた気がした。


「……っ」

俺は目を開けた。

暗闇の中、何もいなかった。

でも——確かに、視線を感じた。


(気のせいか……?)

セラが道中で言っていた「見られているような」という言葉が、頭をよぎった。

(教団……なのか?)


答えは出なかった。

俺は静かに、窓の外を見つめ続けた。

しばらくして、その気配は消えた。


(……気のせいってことにしとくか)

(最近色んなことがありすぎて疲れたしな)


そう自分に言い聞かせて、俺は再び目を閉じた。

でも——完全には、安心できなかった。


その夜、遠くの木立の中で——

フードを深く被った人影が、静かに佇んでいた。


その目は、バアサの家の灯りを、じっと見つめていた。

やがて、その影は、音もなく闇に溶けて消えていった。

54話、読んでくださってありがとうございます。


バアサが、この土地に戻ってきたのが半年前だったこと。アスモスの死とは、入れ違いだったこと。「今度、わしも連れて行っておくれ」という言葉に、静かな想いが込められていました。


道中、セラが「見られているような」と言った場面。そして夜、ハエルが感じた視線。何かが、確実に近づいてきています。


次回、さらに深い部分——村が襲われた経緯と、アスモスの本当の死の真相に、近づいていきます。


またお会いしましょう。

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