四十九話 帰る場所
48話で、静かな夜がありました。
今回は——ハエルが、
向き合わなければいけない場所へ向かう決意をする話です。
自分の生まれた場所。
父さんとの記憶が眠る場所。
そして——教団という、新しい影も見え始めます。
翌朝。
廃墟を出発する準備をしていた時だった。
セラが、リナの頭を見ながら、少し考え込んでいた。
「……セラ?」
「……昨日のこと、思い出していました」
「リナの力のことか」
「ええ」
セラは荷物をまとめる手を止めた。
「巫女の血統というものが、天界の古い記録にありました。神が、今のようになる前から存在していた血筋です」
「それが、リナに?」
「おそらく」
セラは少し言葉を選んだ。
「……そういえば、記録にはもう一つ、気になる名前がありました」
「なんだ?」
「……教団、と呼ばれる組織です」
「教団?」
「ええ。巫女の血統を——回収しようとしていた組織だと、記録にありました」
リナが不安そうな顔をした。
「回収……って」
「詳しいことは分かりません。ただ、古い記録の中で、そういう存在として扱われていました」
セラは少し考えた。
「昨日、リナの力が表に出ました。もし——その組織がまだ動いているとしたら」
「リナが狙われるってことか」
「可能性の話です。まだ、確証はありません」
セラは静かに続けた。
「長い間、活動の形跡がなかった組織です。もう存在していないかもしれません」
「でも——」
「動いていないといいんですが」
セラはそれだけ言った。
その言葉に、少し重い空気が流れた。
リナが自分の頭に触れた。
犬耳は、もう消えていた。
「……私、狙われるんですか」
「今はまだ、分かりません」
俺は少し考えた。
「気をつけながら進むしかないな」
「ええ」
セラは頷いた。
「今すぐどうこうという話ではありません。でも——頭の片隅に置いておいた方がいいと思います」
ガルドが荷物の準備を手伝いながら言った。
「……お前たち、これからどうする」
「セラは無事に戻った。次は——」
俺は少し間を置いた。
「骨隆々村に、戻ってみようと思う」
ガルドは少し黙った。
「……お前の生まれた村だったな」
その声が、いつもより低かった。
一瞬だけ、ガルドの視線が地面に落ちた。
でも——すぐに顔を上げた。
「ああ」
俺は少し息を吐いた。
「あの日から、一度も戻ってない」
赤ん坊の頃の出来事だから、村が焼かれた瞬間の記憶はない。
でも——父さんとは、その後もずっと近くの森で暮らしていた。
骨隆々村から、そう遠くない場所で。
「……怖くないのか」
ガルドが聞いた。
「怖いよ」
俺は正直に言った。
「焼かれた記憶はない。でも——すぐ近くで育ったから、あの場所がどんな意味を持つか、父さんから何度も聞かされてた」
「……そうか」
「それでも——もう一度、ちゃんと向き合いたい」
俺は少し間を置いた。
「それに——何か、残ってるかもしれない。父さんのことが分かる手がかりと——」
俺は自分の腕を見た。
「俺の中にある、この力のことも」
ガルドは静かに頷いた。
「……そうか」
リナが心配そうに俺を見た。
「私たちも、一緒に行きます」
「……ああ」
セラが静かに言った。
「無理はしないでくださいね」
「分かってる」
ルシェは何も言わなかった。
でも——その目が、少しだけ真剣だった。
(……あいつも、何か思うところがあるんだろうか)
理由は分からなかった。
でも、聞かなかった。
「ガルドは、これからどうするんだ」
「……天界に戻る。鍵のことを報告しないといけない」
「危なくないのか」
「……なんとかする」
ガルドはそれ以上言わなかった。
でも——その目に、何か決意のようなものが見えた。
「……また会おう」
「ああ。今度は俺たちから訪ねる」
「……待っている」
ガルドは短くそれだけ言った。
天界の、ある一室。
ザイルは静かに、窓の外を見つめていた。
その笑顔は——今は、なかった。
「……逃がした、か」
呟きが、静かな部屋に落ちた。
天使の一人が、恐る恐る報告に来た。
「ザイル様……上層部が、報告を求めています」
「報告することなど、何もないよ」
ザイルは静かに言った。
「セラは、まだ調査を続けている。それだけだ」
「……しかし——」
「それだけだ」
ザイルの声に、初めて冷たいものが混じった。
天使は何も言わず、退出した。
一人になった部屋で、ザイルは自分の手を見つめた。
「……ハエル、か」
その名前を、静かに呟いた。
「……アスモスの息子。ハニエルの加護。そして——」
ザイルの目が、細くなった。
「あの人間の少女の、あの力」
窓の外を、また見つめた。
「……面白くなってきたね」
その笑顔が、また戻ってきた。
でも——今度の笑顔には、今までとは違う、何か冷たい決意が滲んでいた。
四人は、廃墟を出て街道を歩いていた。
「……骨隆々村、どんな場所なんですか」
リナが聞いた。
「もう、村じゃない」
俺は少し間を置いた。
「壊滅して、誰もいなくなった」
「……そうですよね。すみません、変なこと聞いて」
「いや」
俺は首を振った。
「聞いてくれていい。母さんが辿り着いた場所だ」
「……ハエルさんが生まれた場所、ですよね」
「ああ。でも——覚えてることは何もない」
「そうなんですか?」
「赤ん坊の頃の話だから。父さんと過ごしたのは、村の近くの森だった」
セラが静かに言った。
「……大切な場所なんですね」
「大切で、辛い場所だ」
俺は少し間を置いた。
「……正直、何を見つけられるか分からない。でも——」
「でも?」
「父さんのことを、もっと知りたい。あと——」
俺は自分の腕を見た。
「俺の中にあるこの力が、何なのか。それも知りたい」
セラは少し頷いた。
「……無理しないでくださいね」
「ああ」
ルシェが空を見上げた。
「……教団とか、ザイルとか。色々気になることが増えたな」
「ああ」
「でも——」
ルシェは前を向いた。
「今できることをやるしかない」
「そうだな」
セラが静かに言った。
「……気をつけながら進みましょう」
「うん」
四人は、静かに歩き続けた。
風が、街道の草を揺らしていた。
その風の向こうに——
かつて、ハエルの全てが始まった場所が、待っていた。
49話、読んでくださってありがとうございます。
「教団」という名前が、初めて出ました。セラの記憶の中の、古い記録の話として。まだ本当に動いているかどうかも分かりません。でも——リナの力が表に出た今、頭の片隅に置いておくべき懸念になりました。
ザイルの部屋の場面。笑顔を失ったザイルが、初めて見せた素の顔でした。
そして、ハエルが自分の生まれた場所——骨隆々村へ戻ることを決めました。父さんのことだけじゃなく、自分の中にある力のことも。二つの謎を抱えて、旅は続きます。
次回、骨隆々村へ向かいます。
またお会いしましょう。




