四十六話 閉じ込めているだけだ
45話で、ハニエルが別れを告げました。
今回、大きな扉の向こうへ入ります。
ザイルがいる。セラがいる。
そして——リナの中の何かが、目を覚まします。
でも——今日だけでは、決着はつきません。
大きな扉の前に立った。
「……ここだな」
「ああ。ハニエルが言ってた通りだ」
ルシェが扉を見据えた。
「突入するぞ」
「待て」
ルシェが俺の腕を掴んだ。
「……ザイルは、俺たちが慎重に来ると思ってるはずだ。だったら——迷わず堂々と踏み込んだ方がいい」
「……分かった」
「リナ、下がってて」
「……はい」
「危なくなったら逃げるんだぞ」
「……逃げません」
「リナ....」
「セラさんのために来たんです。最後まで、います」
俺は少し間を置いて、頷いた。
「……分かった」
扉を、思い切り押した。
扉が開いた瞬間——
部屋の中央に、ザイルが立っていた。
その笑顔が、こちらを向いた。
「……やあ。本当に来たんだね」
「ザイル」
「セラを取り戻しに来た、ということかな」
「そうだ。セラを返せ」
「返す、というのもおかしな話だよ」
ザイルは静かに言った。
「セラは、自分の意志でここに来た」
「なんでも言うことを聞くと言わせたのは、お前だろ」
ザイルの笑顔が、一瞬だけ固まった。
「……君が、無謀に僕に挑んだからだよ」
「セラのせいにするな」
「セラのせいだとは言っていない」
ザイルは少し首を傾けた。
「ただ——セラが選んだ結果だと言っているんだ」
「その選択をさせたのは、お前だ」
ザイルは黙った。
その沈黙が、答えだった。
「セラを、返してもらう」
俺は剣を構えた。
ザイルの目が、少し細くなった。
「……本気のようだね」
「本気だ」
「なら——僕も、本気で応じよう」
光が溢れた。
ザイルの周囲に、天使の力が満ちた。
ザイルが踏み込んだ。
速い。
「ルシェ!」
「来い!」
ルシェが前に出た。
ザイルとルシェが激突した。
「……魔族か。前回も来ていたね」
「ふん。セラは返してもらうよ」
ザイルの目が、ルシェに向いた瞬間——
俺は左から踏み込んだ。
体の動きが、いつもより少しだけ違った。
滑らかで、無駄がなかった。
「……っ!」
ザイルが驚いたように動いた。
「……その動き」
ザイルの目が、大きく見開かれた。
「……アスモスの、動き方だ」
俺は答えなかった。
「君の中にあるものが、そこまで表に出るとは」
ザイルは少し間を置いた。
「……ハニエルが、何かしたようだね」
「……」
「あの人も、隅に置けない」
ザイルは笑顔に戻った。
でも——その目の奥に、何かが揺れていた。
「アスモスの動き方は、僕も知っているよ」
ザイルが踏み込んだ。
さっきより速かった。
「ぐっ……!」
俺は弾かれた。
「ハエル!」
「……大丈夫だ」
立ち上がろうとした。
「させない」
光の壁が、俺とルシェの前に現れた。
「結界か……!」
「そう。これで君たちは、セラに近づけない」
ルシェが結界に爪を叩きつけた。
「……くっ! 硬い!」
「第二階梯の結界だよ。魔族の力では、壊せない」
俺も剣で叩きつけた。
びくともしなかった。
セラは——結界の向こうにいた。
部屋の奥の椅子に座っていた。
「ハエル……!」
「セラ!」
「なんで来たの……! 危ないのに……!」
「セラを放っておけるわけないだろ」
「……っ」
セラは唇を噛んだ。
「この部屋から出られないように、拘束の魔法陣が組まれています……!」
「解けるか?」
「……」
セラは自分の足元を見た。
「分かりません……試したことがなくて」
「試せそうか?」
「……時間がかかると思います」
セラは俺を見た。
「でも——やってみます」
その目に、初めて希望のようなものが灯った気がした。
俺は結界を見た。
(近づけない)
ルシェが結界を叩き続けていた。
でも——びくともしなかった。
「無駄だよ」
ザイルが静かに言った。
「君たちでは、この結界は壊せない」
「……セラを大事にしてるんじゃないだろ」
俺は言った。
「これは、閉じ込めてるだけだ」
ザイルの笑顔が、一瞬だけ揺れた。
「……セラのために、こうしているんだよ」
「セラのためじゃない」
俺は続けた。
「これは、お前が安心したいだけだ」
ザイルは黙った。
笑顔が、完全に消えた。
「……人間のくせに」
ザイルが踏み込んだ。
「ハエル!!」
俺は力を引き出した。
いつもより、深いところまで届いた。
(……いける)
腕から肩まで、黒い模様が広がった。
力が、体の隅々まで満ちていく。
でも——暴走はしていない。
自分の意志で、そこにいた。
「……っ!?」
ザイルの拳を、紙一重で避けた。
避けるだけじゃなく——踏み込んで、反撃した。
「……なっ!?」
ザイルが初めて、大きく後退した。
「今の……」
ザイルの目が、俺の左胸に向いた。
その笑顔が、完全に消えた。
「……またあいつのおかげか!!」
「……」
「ハニエル……余計なことを」
ザイルの声に、初めて焦りが滲んだ。
「制御できないはずの闇を、そこまで引き出して、まだ意志を保っている……想定外だ」
リナは——結界の前に立っていた。
何もできずに、立ち尽くしていた。
(私には、何もできない)
(剣も魔法も使えない)
(ハエルさんが傷ついていく——)
拳が、震えた。
(セラさんが、私たちのために頭を下げた)
(怖かったはずなのに、前を向いた)
(なのに私は——)
「……セラさん!!」
リナは叫んだ。
「取り戻しに来ました!! 私も、ちゃんとここにいます!!」
セラが、結界の向こうでリナを見た。
「リナ……」
「何もできないかもしれない! でも——諦めません!!」
リナの手が、結界に触れた。
その瞬間——
手の甲に、光の紋様が浮かんだ。
「……っ!?」
温かい光が、リナの体を包んだ。
頭の両側から、何かが生えてきた。
柔らかそうな、犬の耳のような形。
腰の後ろでは、尻尾のようなものが揺れた。
リナ自身、何が起きているか分かっていなかった。
でも——止まらなかった。
「……なっ!?」
ザイルが振り返った。
「なぜ——人間が」
「……できるよ」
声が聞こえた。
ハニエルの声だった。
姿は見えない。
「……できるよ。君なら」
リナは手を押し当てた。
全力で。
光が、さらに広がった。
結界に——ひびが入った。
でも——完全には砕けなかった。
「……っ!」
「これで、全部じゃない……!」
リナは歯を食いしばった。
「でも——これくらいは!」
リナから光が、ハエルとルシェに向かって飛んだ。
「……っ、これは」
俺の体に、光が染み込んだ。
疲労が、少しだけ引いていく。
力が、また満ちてくる。
「ルシェも!」
「……っ、なんだこれ」
ルシェの傷が、光に包まれて少しだけ塞がった。
「治療……いや、強化してる……!」
「リナ!」
「私にできるのは、これくらいです! でも——」
リナはまっすぐザイルを見た。
「二人は、支えます!」
ザイルの表情が、初めて焦りに変わった。
「……厄介な力を」
「今だ!」
俺とルシェは同時に踏み込んだ。
力が漲っている。
ザイルの拳を弾き、爪で斬りつける。
「ぐっ……!」
ザイルが後退した。
「……押してる……!」
ルシェが叫んだ。
セラが結界の中から叫んだ。
「気をつけて! ザイルは、本当の力をまだ出していません……!」
その言葉が終わる前に——
ザイルの体から、今までとは違う光が溢れた。
「……そこまでだ」
空気が、一変した。
「僕を、ここまで追い詰めるとはね」
ザイルの目に、初めて本物の怒りが浮かんだ。
「認めよう。君たちは、僕の計算を何度も外した」
光が渦を巻いた。
「でも——ここからは、本気だ」
ザイルが踏み込んだ。
今までの比ではない速さだった。
「……っ!」
俺は避けきれなかった。
ザイルの拳が、腹に入った。
「ぐああっ……!」
「ハエル!!」
「くっ……!」
俺は膝をついた。
(まだ、力の差が……)
その時だった。
「……待ってください!」
セラの声が響いた。
「ハエル、ルシェさん、リナ……! 時間を稼いでもらえますか……!」
「時間?」
「この拘束の魔法陣……直接は解けませんが、内側から術式を読み解けば——自分で解除できるかもしれません」
「できるのか!?」
「はい!やってみせます」
セラは目を閉じて、拘束の魔法陣に意識を集中させ始めた。
「君たち本当に、僕の邪魔をしないでもらえるかな」
ザイルの目が、冷たくなった。
「セラの解除を、絶対に妨害させない!」
俺は立ち上がった。
「ルシェ、リナ! セラを守るぞ!」
「おう!」
「……はい!」
三人は、セラの前に立ちはだかった。
ザイルがセラに向かって光を放とうとした。
「させるか!」
ルシェが割り込んで爪で弾いた。
「くっ……!」
「リナ、また強化を!」
「はい……!」
リナの光が、再びハエルとルシェを包んだ。
「ザイルの気を逸らす! ルシェ、右から!」
「分かってる!」
俺とルシェが左右から同時に仕掛けた。
ザイルは二人を相手にしながら、セラの方へ光を向けようとする。
「そこは通さない!」
俺は闇をまとった剣で、その光を弾いた。
「……っ、しつこいな」
「セラを解読させるまで、何度でも防ぐ」
「……本当に、諦めが悪い」
ザイルが苛立ったように言った。
背後で、セラの声が聞こえた。
「……あと少し……! 術式が、見えてきました……!」
「セラ、頑張れ!」
「くっ……!」
ザイルの攻撃が、さらに激しくなった。
「これ以上は、通させない……!」
俺とルシェは、体中の力を振り絞ってザイルの攻撃を防ぎ続けた。
「……あと、どれくらいだ、セラ!」
「もう少し……もう少しで……!」
汗が、額を伝った。
腕が、悲鳴を上げていた。
でも——止まるわけにはいかなかった。
「……くっ!」
ザイルの一撃が、俺の肩をかすめた。
「ハエルさん!!」
「大丈夫だ……! 」
ザイルの目に、焦りが浮かんでいた。
「なぜ……そこまでして」
「セラのためだからだ」
俺は言った。
「それだけで、十分な理由だ」
ザイルは何も言わなかった。
ただ、さらに強い光をまとった。
「……もう少しで、術式が解けます……!」
セラの声が、緊迫していた。
「あと少しだけ……耐えてください……!」
三人は、歯を食いしばって前に立ち続けた。
46話、読んでくださってありがとうございます。
リナが覚醒しました。犬耳と尻尾。仲間を強化する力。「二人は支えます」という言葉通り、戦況を一時的に押し返しました。
でも——ザイルの本当の強さが、そこで牙を剥きました。
そんな中、セラが自分で拘束を解く方法を見つけました。時間との勝負です。三人はセラを守りながら、ザイルの攻撃を防ぎ続けています。
「セラのためだからだ。それだけで、十分な理由だ」
このハエルの言葉が、次話でどんな結果を迎えるのか——
決着は、次回に持ち越します。
またお会いしましょう。




