四十四話 天界は、静かすぎた
43話で、三人は北へ向かいました。
今回、天界に入ります。
想像していたものとは、全然違う場所でした。
北へ向かって、二日が経った。
「……ここか」
ルシェが立ち止まった。
前方に、古い石柱が二本立っていた。
何もない場所のように見える。
でも——空気が、ここだけ違った。
重くて、張り詰めていた。
「天界への入口、だな」
「……見た目は、ただの石柱だな」
「そうだな」
俺は鍵を取り出した。
ガルドから渡された光石だ。
「これを当てれば開くって言ってたけど——」
石柱に光石を当てた瞬間、光が広がった。
二本の石柱の間に、白い光の門が現れた。
「……開いた」
「入るぞ」
「……はい」
三人で、光の門をくぐった。
光が消えた瞬間——
視界が、白く染まった。
「……っ」
目が慣れるまで、少し時間がかかった。
「……すごい」
リナが小さく呟いた。
広かった。
とにかく、広かった。
石造りの建物が、空中に浮かんでいる。
白い光が、どこからともなく降り注いでいる。
でも——
「……静かだな」
ルシェが言った。
「ああ」
「人が、いない気がする」
「……天使が、いるはずだけど」
「気配はある。でも——」
ルシェは周囲を見渡した。
「……みんな、同じ方向を向いてる気がする」
「同じ方向?」
「……上だ」
見上げると、遠くに巨大な建物があった。
天界の中心にある、何か。
「……あれが神いる場所か」
「たぶん」
「……行くか」
「でも——」
リナが言った。
「セラさんはどこにいるんでしょう」
「ザイルが連れてきたなら、ザイルの場所を探す」
「ザイルがどこにいるか——」
「セラの気配を追えないか?」
セラがいたら、すぐに答えを出してくれたはずだ。
でも——今はいない。
「……あたしには、天使の気配の区別がつかない」
ルシェが言った。
「そうか」
「セラがいたら——」
「今は三人だ」
「……ああ」
リナが静かに言った。
「セラさんなら——ザイルのそばにいると思います」
「なんで?」
「ザイルがセラさんを連れてきたのは、手元に置くためです。離したくないはずだから」
天界の内部を進んだ。
人気がない。
天使の気配はあるのに、誰にも会わなかった。
「……おかしいな」
「警戒してるんじゃないか」
「地上から侵入者が来たなら、迎撃に来るはずだ」
「でも来ない」
「……罠かもしれない」
「その可能性がある」
「でも進むしかない」
「……ああ」
廊下を進んでいた時だった。
「止まれ」
声が飛んできた。
前方に、天界の兵が三人立っていた。
銀の鎧。
ガルドと似た装備だが、雰囲気が違う。
目が——空洞だった。
「……神の影響を受けた天使か」
ルシェが低く言った。
「感情がない」
「ああ。気をつけろ」
「侵入者を排除する」
三人が踏み込んできた。
「来るぞ!」
俺は闇に意識を向けた。
体の奥から、力が滲み出てくる。
腕に模様が浮かんだ。
足が速くなった。
天界の兵の目を見る。
(右——)
左に踏み込んだ。
兵の剣が、俺の右を抜けた。
「っ——」
俺は兵の重心を崩した。
地面に膝をつかせる。
「ハエル、後ろ!」
リナの声が飛んだ。
振り返ると、別の兵が背後から来ていた。
(ルシェが前の兵を抑えてる——俺が対処する)
俺は低く潜った。
兵の剣が、頭上を通過した。
その勢いを利用して、兵の背中に体当たりした。
兵が倒れた。
「……っ」
息が上がる。
「あと一人!」
ルシェが最後の一人を叩きつけた。
静寂が戻った。
「……やるな」
ルシェが言った。
「ルシェのおかげだ」
「……闇の制御、上がってるぞ」
「そうか?」
「ルシェのおかげだよ。ありがとう」
廊下を進むと、大きな扉があった。
「……気配がある」
「複数か?」
「二つ。一つは——セラだと思う」
「もう一つは?」
「……ザイルだ」
「扉の向こうに二人がいる」
「ああ」
「……突入するか」
「待て」
俺は少し考えた。
「ザイルがセラと一緒にいる。正面から突入したら、セラが危ない」
「じゃあどうする」
「……別の入口があるか確認する。別方向から入って、ザイルの注意を引き分ける」
「……頭使うな」
「ルシェのおかげだ」
「……また言う」
「事実だから」
「……うっさい」
ルシェは廊下を見渡した。
「……あっちに別の扉がある」
「見えるのか?」
「魔族は暗いところの方が目がいい」
「助かる」
「……礼はいい」
その時だった。
廊下の奥から、人影が現れた。
「……っ」
俺は身構えた。
人影は、俺たちを見て——
足を止めた。
銀色の長い髪。
穏やかな目。
でも——その目が、俺の胸元を見た瞬間に、大きく開いた。
「……やあ」
その人物は静かに言った。
「君たちが来るとは、思わなかったよ」
「……誰だ」
「私の名前はハニエル。天界第二階梯の天使だよ」
俺は身構えたまま言った。
「……天界の天使なら、敵か」
「そうとは限らないよ」
ハニエルは俺を見た。
その目が——ずっと、俺の胸元を見ていた。
「……一つだけ、聞いていいかい」
「何を」
ハニエルは少し間を置いた。
「……その核。アスモスの気配がするんだけど」
俺は固まった。
「……っ」
「なぜ、君の中にアスモスの気配があるんだい」
沈黙があった。
「……知ってるのか、アスモスのことを」
「知ってるとも」
ハニエルの声が、わずかに揺れた。
「あいつは僕の——」
少し間があった。
「……大切な友達だったんだ」
その言葉が、胸に深く刺さった。
「……父さんの、友達?」
「父さん……」
ハニエルの目が、大きく動いた。
「……アスモスの、息子かい」
「ああ」
長い沈黙があった。
ハニエルはゆっくりと目を閉じた。
「……そうか」
その声に、初めて感情が滲んだ。
「アスモスが、子どもを育てていたんだね」
「……ああ」
「……そうか」
ハニエルはしばらく動かなかった。
俺も何も言えなかった。
ルシェが低く言った。
「……今は時間がない。セラを取り戻さないといけない」
「……ああ、そうだな」
ハニエルは目を開けた。
「話は——後でしよう。」
「……お前は、邪魔しないのか」
「しないよ」
「なんで?」
ハニエルは少し間を置いた。
「……アスモスの息子が来たんだ。邪魔できるわけがないじゃないか」
その言葉に、俺は何も返せなかった。
「案内しようか。ザイルがどこにいるか、そこの部屋は罠だよ」
「……信用していいのか」
「それは君が決めることだよ」
「なんでそこまでしてくれるの?」
ハニエルは静かに微笑んだ。
「——アスモスの親友として、言わせてほしいんだ」
「何を?」
「あいつの息子が、ここまで来た。それだけで——」
ハニエルは少し間を置いた。
「……理由は十分だよ」
44話、読んでくださってありがとうございます。
天界に入りました。静かすぎる場所でした。人の気配はあるのに、誰も動いていない。神の影響がどこまで広がっているか、その不気味さが伝わっていたら嬉しいです。
そしてハニエルが現れました。「アスモスの気配がする」という一言で、ハエルが固まった場面。父さんを知っている人が、ここにいた。
「アスモスの息子が来たんだ。邪魔できるわけがないじゃないか」
この言葉が、ハニエルという天使を一番表していると思います。
次回、ザイルとの対決。
またお会いしましょう。
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