四十三話 こんな日のために、やってきた
42話で、ガルドと合流しました。
今回、ガルドが動きます。
戦うことで——答えを出します。
翌朝。
ガルドが部屋に入ってきた。
「起きろ」
まだ夜明け前だった。
「動く前に、確かめないといけないことがある」
「確かめること?」
ガルドは俺を見た。
「天界に入るつもりなら——それだけの力があるか確かめる」
「戦うってことか」
「そうだ。天界は、地上とは違う。弱い者が入れば、一瞬で排除される」
「……俺たちが弱かったら?」
「道は教えない」
ガルドは静かに言った。
「死にに行かせるつもりはない」
俺は少し黙った。
「……分かった」
「廃墟の外で、やる」
廃墟の外は、朝靄に包まれていた。
ガルドが剣を抜いた。
「来い。二人同時でいい」
ルシェが俺の隣に立った。
「ハエル、どうする」
俺は少し考えた。
前回の戦い方を思い返す。
砂のフェイント。地形を使う。目を見る。
でも——
(それだけじゃ足りない)
(セラが攫われた。取り戻しに天界に行く)
(こんな時に、俺には何ができる)
ルシェとの特訓が、頭の中で蘇った。
「闇を一点に集中させろ。全身に広げるな」
「怖がりながら使う。それが正しい闇の使い方」
「お前の闇、まだ甘い。でも——飼い慣らせる」
(……そうだ)
「ルシェ」
「なに」
「俺は、今日闇を使う」
ルシェが俺を見た。
「……制御できるか」
「100は無理だ。でも——たぶん30%くらいなら」
「30%……」
「こんな日のために、ずっと特訓してきた」
「なのにあの日俺は、闇を使えなかった」
ルシェは少し間を置いた。
「……そうだな」
「いくぞ」
「……気をつけろよ。呑まれたらあたしが止める」
「ああ」
俺はガルドに向かった。
闇に、意識を向ける。
体の奥から、何かが滲み出てくる。
怖い。
でも——怖がりながら、触れる。
腕に、うっすらと黒い模様が浮かんだ。
「……っ」
足が、いつもより速くなった。
反応が、鋭くなった。
力が、体の隅々まで満ちていく。
(これだ)
(でも——ここまでだ。これ以上広げたら暴走する)
ガルドの目を見る。
目が動いた——左。
俺は右に踏み込んだ。
「……っ!」
ガルドが驚いたように目を細めた。
「速くなったな」
「まだ終わってない」
俺はガルドの剣の軌道を読みながら、体を低くした。
剣が頭上をかすめた。
その瞬間——ルシェが右から飛び込んだ。
「今だ!」
ルシェの爪が、ガルドの剣を弾いた。
火花が散った。
「……二人の連携が上がっている」
ガルドは体勢を整えながら言った。
「前回とは違う」
「特訓してたから」
「……闇を使っているな」
「30%くらいは制御できる」
「30、か」
ガルドは少し間を置いた。
「天界ではそれで足りるかどうか——」
「足りなくても行く」
「……そうか」
ガルドが踏み込んだ。
速い。
でも——闇が入った俺の目には、見えた。
(ガルドの右肩が動いた——右から来る)
俺は左に動きながら、ルシェに目で合図した。
ルシェが頷いた。
俺がガルドの注意を引きつける。
ルシェが背後に回る。
「……後ろか」
ガルドは背後を向きながら、剣を広く振った。
ルシェが弾かれた。
「……っ」
「ルシェ!」
「……大丈夫だ」
ルシェは立ち上がった。
「……さすがに読まれたか」
「前回、同じ動きをした。覚えていた」
「……そうか」
俺はガルドと正面から向き合った。
闇の模様が、腕から肩に広がろうとしていた。
(危ない——引き戻せ)
怖いという感情を使う。
セラを傷つけたくない、取り戻したいという感情を使う。
闇が、ゆっくりと腕だけに戻っていった。
(……できた)
「……今、制御したな」
ガルドが静かに言った。
「ああ」
「暴走しかけて、引き戻した」
「……そうだ」
「人間が、闇を制御できるとは」
「できるとは思っていなかったか?」
「……思っていなかった」
ガルドは剣を収めた。
「そこまでだ」
「制御しながら動けた。それで十分だ」
ルシェが俺の隣に来た。
「……暴走しなかったな」
「ギリギリだったけど」
「……それでいい。ギリギリで止めるのが、一番難しい」
「ルシェのおかげだ」
「……特訓の成果だ。あたしのおかげじゃない」
「ルシェが教えてくれたから特訓できた」
「……」
ルシェは黙った。
「……どういたしまして」
今日は「礼はいい」と言わなかった。
俺は少し驚いて、でも何も言わなかった。
ガルドが廃墟の中に戻った。
「及第点だ」
ガルドは少し黙った。
「……セラフィム級の天使が、人間と魔族のために自分を差し出した」
「ああ」
「天界では、あり得ないことだ」
「そうだな」
「……それを見て、俺は何も感じないはずだった」
ガルドの声が、少しだけ低くなった。
「でも——感じた」
「何を?」
ガルドは答えなかった。
少しの間、沈黙があった。
「……道を教える」
ガルドはそれだけ言った。
リナが小声で俺に言った。
「……目が、揺れてましたよ」
「ガルドの?」
「はい。さっき、セラさんの話をした時」
「……そうか」
「……ガルドさん、本当は色々考えてると思います」
「うん」
「でも言葉にするのが、苦手な人なんだと思って」
「……そうかもしれないな」
ガルドが振り返った。
「何を話している」
「……何でもないです!」
リナが笑顔で言った。
ガルドは少し眉をひそめた。
「……笑顔で誤魔化すな」
「誤魔化してないですよ!」
「……嘘をつくのが下手だな」
「正直なんです!」
ガルドはそれ以上追及しなかった。
でも——その口元が、ほんのわずかに動いた気がした。
笑ったのかどうか、分からなかった。
でも——動いた。
廃墟の中に戻って、ガルドが地図を広げた。
「天界への入口は、地上に三つある」
「三つ?」
「ああ。通常は天界側から開くものだが——地上側から強引に開く方法がある」
「どうやって?」
「天界の鍵が必要だ」
「天界の鍵……そんなものがあるのか」
「ある。天界の騎士なら持っている」
ガルドは自分の鎧の内側から、小さな光石を取り出した。
「これだ」
「……それが鍵?」
「ああ。この石を、入口に当てれば開く。ただし——」
ガルドは石を握りしめた。
「一度使ったら、俺の鍵は壊れる。二度と使えない」
「……それでも渡してくれるのか」
ガルドは俺に石を渡した。
温かかった。
「ガルド」
「なんだ」
「ありがとう」
「……礼はまだ早い。無事に戻ってきてからにしろ」
「戻ってくる。セラを連れて」
ガルドは俺を見た。
「……お前の父親は、どんな奴だったと言った?」
「強くて、優しくて、料理が上手かった」
「……そうか」
ガルドは少し間を置いた。
「……いつか、話せることがあるかもしれない。お前の父親について」
「……聞かせてくれ」
「今は言えない。でも——」
ガルドは俺をまっすぐ見た。
「生きて帰ってこい」
「……ああ」
「それだけだ」
ガルドは地図をたたんで、俺たちに渡した。
「入口は、ここから北に二日の距離だ。急げ」
「分かった」
三人は廃墟を出た。
「……ガルドさん、来ないんですね」
リナが言った。
「今は来られないんだろ」
「……そうですね」
「でも——」
俺は地図を握りしめた。
「いつか来る気がする」
「……そうですね」
ルシェが前を向いたまま言った。
「急ぐぞ。セラを待たせすぎるな」
「ああ」
三人で北へ向かった。
(セラ)
(もう少しだけ待ってろ)
(必ず行く)
空は、青かった。
43話、読んでくださってありがとうございます。
今回の戦闘、ハエルが闇を30%制御しながら戦いました。
ルシェが「どういたしまして」と言った場面。礼はいいとも言わなかった。ルシェも、少しずつ変わっています。
またお会いしましょう。
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