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魔族に育てられた俺、 気づけば光と闇の境界に立っていた  作者: CYABUSAN(ちゃぶさん
第一章:父と子の物語(第1〜10話)

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三十九話 私には、何ができるんだろう

38話で、少しだけ穏やかな夜がありました。

今回は、その翌日から。

ザイルの妨害が続く中で、

リナの中に積み重なっているものが、少しだけ表に出ます。

翌朝。

雨は上がっていた。


「よかった。野営になるかと思いました」

リナが空を見上げながら言った。


「今日も移動か」


「ええ。次の町まで、半日ほどです」

セラが地図を見ながら言った。


「ザイルの情報網、次の町には届いてるかもしれないな」


「可能性は高いです。ただ——」

セラは少し考えた。

「昨日の村のような場所を経由すれば、情報が遅れる場合があります」


「遠回りしながら進むってことか」


「ええ。少し時間がかかりますが」


「仕方ない」


ルシェが荷物を背負いながら言った。

「あいつのペースに合わせて動くより、こっちが先手を打った方がいい」


「そうですね」


四人で村を出た。

街道を外れて、森の中の獣道を進む。

道は細くて、歩きにくい。


「……こっちの方が遠くないですか」

リナが息を切らしながら言った。


「遠い。でも安全だ」


「ルシェさん、こういう道に慣れてるんですか?」


「一人でずっと移動してたからな」


「……一人で、ずっと?」


「ああ」


「寂しくなかったですか?」


ルシェは少し黙った。

「……慣れる」


「慣れるんですか」


「慣れるしかなかっただけだ」


リナはそれ以上聞かなかった。

でも——ルシェの背中を、少しだけ心配そうに見ていた。


昼過ぎ。


森を抜けた先に、小さな川があった。

「休憩にしよう」


「はい!」

リナが川辺に腰を下ろした。


セラも静かに座った。

ルシェは少し離れた岩の上に腰をかけた。


俺は川の水で顔を洗った。

冷たくて、気持ちよかった。


その時——

リナが、川面を見つめたまま黙っていた。


「リナ?」


「……あ、すみません」


「どうした」


「……いえ、なんでもないです」


「なんでもなくなさそうだけど」


リナは少し笑った。

でも——その笑顔が、少し無理をしている気がした。


「リナ」


「……本当に、なんでもないです」


「……そうか」

俺は川の流れを見た。

(無理しなくていいのに)

(でも、聞きすぎるのも違う気がする)


「ハエルさん」


「ん?」


「……私、戦えないじゃないですか」


「ああ」


「剣も魔法も使えない。ルシェさんみたいに強くもない」


「うん」


「セラさんみたいに情報を持ってるわけでもない」


「うん」


「ハエルさんの闇を止められたのも……あれは、たまたまだったのかもしれなくて」


「たまたまじゃない」


「でも——」

リナは川面を見たまま言った。

「私には、何ができるんだろうって……最近、考えてしまって」


その言葉が、静かに川の音に混じった。

「リナ」


「……」


「薬を作れるだろ」


「でもそれだけで——」


「ソロが薬を受け取った」


「……」


「魔族用の薬を作れる薬師が、どこにいる?」


リナは少し黙った。

「……でも、それは戦闘には関係ない話で」


「戦闘だけが旅じゃない」


俺は川の流れを見ながら続けた。

「リナが作った薬を飲んで、俺たちは動ける。リナが料理を作るから、俺たちは力が出る。リナがそこにいるから——俺たちは人間らしくいられる気がする」


「……ハエルさん」


「戦えなくていい。リナはリナのままでいい」


リナはしばらく黙っていた。


やがて——

「……ありがとうございます」

その声が、少し震えていた。


「でも——もっと、力になりたいんです」


「……うん」


「みんなが戦ってる時に、後ろで見てるだけなのが……辛くて」


「……うん」


「それは……わがままですか」


「わがままじゃない」

俺は少し間を置いた。


「でも——今のリナで、十分すぎるくらいだよ」


リナは川面を見たまま、少し頷いた。

その目に、涙が浮かんでいた。

でも——こぼれなかった。


少し離れた場所で、ルシェがその様子を見ていた。

何も言わなかった。


でも——岩から降りて、リナの隣に座った。

「……あたしも、最初は一人だった」


「ルシェさん……」


「一人の方が楽だと思ってた。誰かと動くと、足手まといになると思ってた」


「……」


「でも——」

ルシェは川の流れを見た。

「足手まといって思ってたのは、あたしの思い込みだった」


「どういう意味ですか?」


「……お前が作った薬を飲んだ時、あたしは少し楽になった。それは事実だ」


リナは少しだけ、目を丸くした。

「……ルシェさん、効いてたんですか」


「効いてたから言ってる」


「……言ってくれてなかったじゃないですか」


「……今言った」


「ずっと言わなかったくせに!」


「今言ったからいいだろ」


「もう!」

リナが少し笑った。


今度は、無理していない笑顔だった。

ルシェはそっぽを向いた。

でも——その口元が、わずかに緩んでいた。


セラが静かに言った。

「……私も、リナに助けてもらっています」


「セラさんも?」


「ええ。ザイルのことで、一人で抱えていた時——リナが隣にいてくれました。それだけで、少し楽になりました」


「……」


「戦うだけが、力になることではないと思います」


リナは三人を見た。

その目に、また涙が浮かんだ。

今度は——こぼれた。


「……ありがとうございます」


「泣くなよ」

ルシェが言った。


「泣いていいじゃないですか」


「……まあ」


「ルシェさんも泣いたことありますか?」


「……ない」


「本当ですか?」


「……」


「ルシェさん?」


「……次の目的地に向かうぞ」

ルシェは立ち上がった。


「話をそらしましたね!?」


「そらしてない」


「絶対そらしました!!」


ルシェは返事をしなかった。

でも——歩き出した後、その耳が少しだけ赤くなっていた。

俺はそれを見て、心の中だけで笑った。


歩きながら、セラが俺の隣に来た。

「ハエル」


「ん?」


「さっき、リナに言った言葉」


「どれ?」


「リナはリナのままでいい、という言葉」


「ああ」


「……ハエルは、そういうことを自然に言えるんですね」


「自然に?」


「考えて言っているのか、それとも本心からすぐに出てくるのか」


「……本心から、かな」


セラは少し黙った。

「……天界では、そういう言葉を言える相手がいませんでした」


「今は?」


「……います」

セラは少し前を向いた。

「……ありがとうございます」


「何が?」


「……色々と」

それだけ言って、セラは少し早足になった。


(セラも、変わってきてるな)

(ちょっとずつ、だけど)


その時——

街道の脇の木陰で、何かが動いた気がした。


「……っ」


身構えた。

でも——

フードを被った小さな影が、木の陰から少しだけ顔を出した。


首輪が、かすかに光っている。


「ソロ」


「……」

ソロは答えなかった。

でも——逃げなかった。


「また追ってきたのか」


「……追ってない。たまたまだ」


「この辺りに住んでるのか?」


「……廃墟がある」


「そっか」

俺はそれ以上聞かなかった。


ソロは木陰から出ようとしなかった。

でも——四人の様子を、じっと見ていた。


リナが気づいた。

「ソロさん!」


「……」


「一緒に歩きませんか」


「……断る」


「そうですか」


リナは少し考えた。

「じゃあ——これ」


リナがポーチから小さな包みを取り出した。

「携帯食です。保存が効くので」


「……受け取る理由が——」


「理由はいりません」


ソロは黙った。

リナはそっと包みを木陰の入口に置いた。

「またね、ソロさん」


四人は歩き出した。

しばらくして、俺はさりげなく振り返った。


ソロが——包みを拾っていた。

(……少しずつ、だな)

(焦らなくていい)

そう思いながら、前を向いた。


夜、野営の準備をしながら。

「今日は色々ありましたね」

リナが焚き火を見ながら言った。


「うん」


「ルシェさんが、薬が効いてたって言ってくれて……嬉しかったです」


「そういうことは早く言え」

ルシェが言った。


「早く言ってくれればよかったんですよ!」


「……言いにくかっただけだ」


「なんで言いにくいんですか!?」


「……うっさい」


「もう!」


セラが静かに言った。

「ルシェは、照れ屋なんです」


「違います」


「照れ屋です」


「……天使のくせに余計なことを言うな」


「事実を述べただけです」


「……」

ルシェは黙った。


リナが嬉しそうに言った。

「セラさんとルシェさん、最近仲良くなってきましたよね」


「なってない」

「なっていません」

二人が同時に言った。


「声が揃いましたよ!」


「「偶然だ」」

また揃った。

「……」


二人が顔を見合わせた。


「……」


「……うっさい」


「……うっさい、とは私のことですか」


「お前のことだ」


「……失礼ですね」


「事実を述べただけだ」


「……それは私の台詞です」


リナと俺は顔を見合わせて、笑った。

焚き火が、静かに揺れた。


(父さん)

(こういう夜が、ずっと続けばいいと思う)

(でも——きっと、そうはいかないんだろうな)

風が吹いた。


どこか遠くで、何かが動く気配がした。

ザイルの気配か、それとも別の何かか——まだ分からなかった。

でも確実に、何かが近づいてきていた。

39話、読んでくださってありがとうございます。

今回はリナの「私には何ができるんだろう」という気持ちが少し表に出ました。


ルシェが「薬が効いてた」と言った場面。言いにくかっただけ、という答えが全部を表していました。

セラとルシェの声が揃う場面。二人とも「偶然だ」と言いながら、また揃いました。

ソロが包みを拾っていた場面。言葉はなくても、少しずつ変わっています。


次回から、ザイルが本格的に動き始めます。

またお会いしましょう。

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