三十七話 敵か、味方か、それ以外か
36話で、ザイルの妨害が始まりました。
今回は、その妨害がさらに直接的になります。
そして——久しぶりの顔が現れます。
次の町に着いた翌日だった。
「……また追い出されるか?」
ルシェが市場を見渡しながら言った。
「今のところ、気配はありません」
セラが静かに答えた。
「昨日とは違う町だから、まだ情報が回っていないかもしれません」
「ならよかった」
「ただ——時間の問題です」
「分かってる」
リナが薬草を選びながら言った。
「今日のうちに補給を済ませましょう。宿が使えなくなっても、三日分くらいは持つようにしておきたいので」
「リナ、手際がいいな」
「野営が続くと思うので……!」
リナは少し強がった笑顔で言った。
でも——荷物の重さを確認する手が、いつもより丁寧だった。
(リナも、不安なんだろうな)
でも前を向いている。
それだけで、少し楽になった。
午後。
市場を一通り回った後、宿を探して入ろうとした時だった。
扉を開けた瞬間、主人が慌てた様子で近づいてきた。
「あ、あの……申し訳ないんですが、今日は満室でして」
「満室? でも看板には空室と——」
「それが……」
主人は声を落とした。
「今朝、教会の方が来まして。危ない旅人の特徴を教えてくれて。その……金の髪の天使と、赤い髪の魔族がいたら、泊めないようにと」
主人は深々と頭を下げた。
「本当に申し訳ないんですが……」
「分かりました」
セラは礼をして、宿を出た。
「……特徴まで伝えてる」
ルシェが低く言った。
「昨日より具体的になってる」
「ええ。情報の回し方が、速くなっています」
「先回りされてるな」
「……はい」
俺は歯を食いしばった。
「姑息すぎる」
「それがあの人のやり方です」
セラの声は静かだった。
でも——その奥に、怒りとも恐怖ともつかない何かが滲んでいた。
「セラ」
「……大丈夫です」
「そうじゃなくて」
俺は少し間を置いた。
「怒っていい」
セラは俺を見た。
「……え」
「怖がるだけじゃなくて、怒っていい。お前は何も悪いことしてない」
セラはしばらく俺を見ていた。
やがて——
「……そうですね」
その声は、いつもより少しだけ強かった。
町の外れに出た頃だった。
「……また野営か」
ルシェが空を見上げた。
「虫除けの薬草、まだ残ってますよ!」
リナが明るく言った。
「リナ……逞しくなったな」
「なってません! でも——」
リナは少し笑った。
「慣れてきました。少し」
「それでいい」
ルシェが短く言った。
その時だった。
「……止まれ」
低く、硬い声が飛んだ。
振り返ると——
銀の鎧をまとった男が立っていた。
鋭い目。整った顔立ち。背筋の伸びた姿勢。
「……ガルド」
俺は思わず身構えた。
ガルドは俺を見た。
「ハエル、だな」
「……ああ」
「生きていたか」
「お前こそ」
ガルドの目は、前回と変わらず鋭かった。
迷いのない、騎士の目だった。
「ガルド、何しに来た」
「命令だ。お前たちを捕縛せよ、という」
「天界からの?」
「ああ。神の意志を体現する天界の命令だ。従うのは当然のことだ」
ガルドは迷いなく言った。
ルシェが前に出た。
「捕縛しに来たなら、やってみろ」
「……魔族か。ずいぶんと増えたな」
「文句があるか」
「ある。魔族は人間と旅をするべき存在ではない」
「うるさい」
「事実だ」
ガルドは剣に手をかけた。
一瞬、空気が張り詰めた。
俺も身構えた。
ルシェが低く言った。
「……来るなら来い」
ガルドは踏み込んだ。
速い。
前回と変わらない、天界仕込みの速さだった。
でも——
俺はセラとの特訓で覚えた「目を見る」感覚を使った。
ガルドの目が動いた瞬間に、半歩横にずれた。
ガルドの剣が、俺の肩をかすめた。
「……っ」
「お前、以前より動きが変わったな」
ガルドは少し目を細めた。
「……あの時とは違う」
「旅してれば強くなる」
「……そうか」
ガルドは再び踏み込んだ。
今度はルシェが割り込んだ。
「あたしが相手だ」
ルシェとガルドが激突した。
剣と爪が交わる。
ガルドは強い。
でもルシェも引かなかった。
「……魔族にしては、やる」
「騎士にしては、まあまあだ」
二人が一瞬だけ離れた。
その隙に——
俺は地面の砂を掴んだ。
ガルドが再び踏み込もうとした瞬間、砂をガルドの目に向けて投げた。
「……っ!」
ガルドが一瞬だけ動きを止めた。
その隙にルシェが距離を詰め、ガルドの剣を弾いた。
ガルドの剣が地面に落ちた。
静寂があった。
ガルドは剣を失ったまま、俺たちを見た。
「……」
拾い直せる距離ではなかった。
「……やるじゃないか」
ガルドは静かに言った。
「負けを認めるのか?」
「……今日のところは」
ガルドは剣を拾い、鞘に収めた。
「覚えておけ。次は負けない」
「次も同じだよ」
「……なぜそう言い切れる」
「俺たちは毎日強くなってるから」
ガルドはしばらく俺を見た。
何かを言いかけて——でも口を閉じた。
「……引き上げる。今日は見逃す」
「なんで」
「……捕縛の条件が、整っていないからだ」
それだけ言った。
でも——
去り際に、一瞬だけ俺を振り返った。
「……お前の父親は、どんな奴だった」
突然の問いだった。
「……強くて、優しくて、料理が上手かった」
ガルドは少し黙った。
「……そうか」
それだけ言って、街道の奥へ消えていった。
(なんで、そんなことを聞いたんだろう)
その問いの意味が、まだ分からなかった。
四人は、しばらく黙っていた。
「……あいつ、味方なのか敵なのか」
ルシェが言った。
「敵だよ。」
「……でも引き上げた」
「条件が整っていないからだって言ってた」
「本当にそれだけか?」
「……分からない」
俺は街道の奥を見た。
ガルドの背中は、もう見えなかった。
「次に会った時は、もっと本気で来るぞ」
ルシェが言った。
「分かってる」
「……もっと強くなるしかないな」
「ああ」
リナが静かに言った。
「……ガルドさん、最後に何か言いたそうでしたね」
「そうだな」
「……なんだったんでしょう」
「分からない。でも——」
俺は少し間を置いた。
「次に会う時には、少し変わってるかもしれない」
「なんで?」
「……なんとなく」
リナは少し考えて、頷いた。
「……そうかもしれませんね」
セラが静かに言った。
「次の備えが必要です。ガルドが引き上げたのは今日だけかもしれません」
「ああ」
「ザイルも、直接動き始める可能性があります」
「備えながら進む。それしかない」
「……そうですね」
野営の準備をしながら、ルシェが言った。
「ザイルが本格的に動き始めてるってことだな」
「ああ」
「……どう動くと思う?」
「今まで間接的だった。次は直接来るかもしれない」
「セラを狙って?」
「……たぶん」
セラは黙って焚き火を見ていた。
ルシェが、セラの隣に座った。
「セラ」
「……なんですか」
「あいつが来たら、あたしが前に出る」
「でもルシェさんは——」
セラはルシェを見た。
「……なぜ、そこまで」
「別に。あいつの顔が気に入らないだけだ」
「……それだけですか」
「それだけだ」
ルシェはそっぽを向いた。
焚き火の光が、ルシェの横顔を照らしていた。
その表情は、いつもより少しだけ柔らかかった。
セラは少しだけ、表情が緩んだ。
「……ありがとうございます」
「礼はいい」
「言います」
「……うっさい」
焚き火が、静かに揺れた。
リナが夕食の準備をしながら言った。
「今日は色々ありましたね」
「そうだな」
「でも——ガルドさん、いつか分かってくれるといいですね」
「……どういう意味だ」
「なんか、迷ってる感じがしたので」
「迷ってる? あいつが?」
「……目が、少しだけ揺れてたから」
リナは静かに言った。
俺はその言葉を、胸の中で反芻した。
(迷ってる……か)
(そうじゃないかもしれない。でも——)
「リナ、また左の口角が先に上がってる」
「もう観察しないでください!!」
「訓練だから仕方ない」
「ハエルさんのせいで意識してしまうじゃないですか!!」
「ごめん」
「全然反省してませんよね!?」
ルシェが小さく鼻で笑った。
セラが静かに言った。
「……賑やかですね」
「うるさいか?」
「……いいえ」
セラは焚き火を見た。
「嫌いじゃありません」
その夜——
焚き火を囲む四人の声が、静かな森に溶けていった。
遠くで、何かが動く気配がした。
でも今夜は——それより、目の前の温かさの方が、ずっと近かった。
37話、読んでくださってありがとうございます。
ガルドが再登場しました。
今回のガルドは、迷いなく命令に従って、捕縛しに来た。
でも——戦闘でハエルに砂をかけられ、ルシェに剣を弾かれた。
「覚えておけ。次は負けない」
「次も同じだよ」
「なぜそう言い切れる」
「俺たちは毎日強くなってるから」
この言葉が、ガルドの中に静かに残っています。今はまだ意味を持たない。でも——いつか、引っかかる日が来ます。
去り際の「お前の父親は、どんな奴だった」という問い。なぜそれを聞いたのか、まだ分かりません。
またお会いしましょう。




