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魔族に育てられた俺、 気づけば光と闇の境界に立っていた  作者: CYABUSAN(ちゃぶさん
第一章:父と子の物語(第1〜10話)

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三十六話 あの笑顔が、一番腹立つ

35話で、ザイルが姿を現しました。今回から、じわじわと妨害が始まります。

でもそれだけじゃない。

ハエルが、初めてルシェに一本取ります。

翌朝。


宿の女将さんが、申し訳なさそうな顔でやってきた。

「あの……皆さん、今日で出ていただけますか」


「え? 何かありましたか?」

リナが驚いて聞いた。


「それが……昨日、教会の方がいらっしゃって。この宿に危ない魔族と怪しい人間が泊まっていると、町の人たちに話して回ったそうで……」

女将さんは深々と頭を下げた。

「私は皆さんのことを怪しいとは思っていないんです。でも……町の人たちの目があって。本当に申し訳ないんですが……」


「分かりました。ご迷惑をおかけしました」

セラが静かに答えた。


女将さんが去った後、四人で荷物をまとめた。


「……教会か」

ルシェが低い声で言った。

「直接動かずに、教会を使って噂を流したんだ」

「絶対あいつが裏で動いてる」


俺は歯を食いしばった。

「証拠はないけど、やり口がそれっぽい」


「証拠がないから質が悪い」

ルシェが吐き捨てるように言った。


セラは黙って荷物をまとめていた。

その手が、わずかに震えていた。


「セラ」

俺は声をかけた。

「……大丈夫か?」


「……大丈夫です」

「……」


セラは少し間を置いた。

「昨日から、ずっと背中に視線を感じる気がします。気のせいかもしれませんが……」


「気のせいじゃないと思う」


「……ええ」

セラは静かに答えた。

「あの人は……ずっとそういうやり方をしてきました。直接手を出さない。でも確実に、じわじわと追い詰めてくる」


「天界にいた頃から?」


「……はい」

セラはそれ以上言わなかった。


でも——その目に浮かんでいるものが、怒りじゃなく恐怖だということは、俺にも分かった。


リナがセラの隣に来た。

「セラさん」


「……なんですか」


「私たちがいますよ」


セラはリナを見た。

少しだけ、表情が緩んだ。

「……ありがとうございます」


ルシェが荷物を背負いながら言った。

「次の町でも同じことをされるかもしれない。でも——」


「でも?」


「野営すればいい。それなら宿は関係ない」


「そうだな」


「……それに」

ルシェは少し口元を歪めた。

「教会を使うってことは、直接動けない理由があるってことだ。今はまだ、そこまで本気じゃない」


「……それは、慰めになるのか?」


「慰めじゃない。事実だ」


セラはルシェを見た。

「……魔族に、そういうことを言われるとは思いませんでした」


「天使に礼を言われるとも思ってなかった」

二人が、少しだけ目を合わせた。


完全に仲良くはない。

でも——確実に、何かが変わり始めていた。


町を出て、街道を歩いた。

次の宿場町まで、半日ほどの道のりだ。


「ルシェ」


「なに」


「訓練、やってもいいか」


「歩きながらか?」


「移動しながらでも、頭は使える」


ルシェは少し考えた。

「……いいだろ。何をする気だ」


「ルシェの動きのパターンを、今まで全部観察してた」


ルシェの眉が、わずかに上がった。

「……観察してた?」


「訓練の時も、日常の時も。ルシェは左を避ける時、右肩が先に動く」


「……」


「右から攻める時は、踏み込む前に重心が右に寄る」


ルシェは黙った。

「……気づいてたのか」


「昨日から」


「言えよ」


「言ったら訓練にならない」


ルシェは少し口元を歪めた。

「……なるほど。じゃあ——」


ルシェは立ち止まった。

「試してみろ」


「え、今から?」


「今から。歩きながら気づいたなら、歩きながら使え」


街道の脇、少し広くなった草地に入った。

セラとリナが少し離れた場所で見ていた。


俺はルシェの前に立った。

「……いくぞ」


「どうぞ」

ルシェはいつも通り、構えを取らない。


俺は正面から近づいた。

ルシェの右肩が動いた。

(右に避ける)


俺は左に踏み込んだ。

ルシェが避けようとした方向と逆だ。


「っ——」

ルシェの動きが一瞬だけ止まった。


その隙に、俺はルシェの腕に触れた。

しっかりと、確実に。


「……」


静寂があった。


セラが静かに言った。

「……当たりました」


リナが叫んだ。

「やった!!!」


ルシェは俺を見た。

その目が——珍しく、驚いていた。

「……お前」


「パターンを読んだ。それだけだ」


「……」

ルシェはしばらく黙っていた。


やがて——


「……一本」

低く、短く言った。


「認めてくれるのか?」


「事実だから認める」

ルシェはそっぽを向いた。

「……でも次は通じない」


「分かってる。だから次の手を考える」


「……やるじゃないか」

その声は、いつもより少しだけ柔らかかった。


リナが走ってきた。

「ハエルさん! すごかったです!!」


「ありがとう」


「どうやったんですか!?」


「観察してた。ルシェの動きのクセを」


「クセって……そんなの分かるんですか!?」


「毎日見てれば分かる」


リナは目を輝かせた。

「じゃあ私のクセも分かりますか?」


「……リナのクセは」


「なんですか!?」


「嬉しい時、左の口角が先に上がる」


リナが固まった。

「……え」


「あとよく考えてる時、右手で自分の袖を触る」


「……な、なんで知ってるんですか」


「毎日見てるから」


リナの顔が、じわじわと赤くなった。

「……そ、そんなに見てたんですか」


「あ……」


俺は気づいた。


これは——少し言い方が悪かった。

「い、いや、そういう意味じゃなくて、観察の一環で——」


「一環……」


「み、みんなのことを観察してるから! セラも、ルシェも!」


「……私のことも観察してるんですか」

セラが静かに言った。


「セラは……考える時に右手で顎に触れる」


「……正確ですね」


「あと驚いた時、ほんの一瞬だけ目が大きくなる」


「……」


セラは少し黙った。

「ハエルは、人をよく見ていますね」


「……そういうことじゃないんだが」

ルシェが腕を組んで言った。

「でも正直に言うと、それは戦闘以外でも武器になる」


「どういう意味だ?」


「相手が何を考えているか、次に何をするか——それを読む力は、戦闘だけじゃない」


「……なるほど」


「まあ——」

ルシェはそっぽを向いた。

「リナのクセをそのまま言ったのは、どうかと思うけど」


「余計なお世話だ」


「……ははっ」

ルシェが小さく笑った。


声を上げて笑うんじゃなく、本当に小さく。

でも——確かに笑っていた。


夕方。


街道沿いの森の中で野営の準備をした。


「虫……いますか?」

セラが恐る恐る聞いた。


「います」


「……そうですか」


「大丈夫ですよ、セラさん! 虫除けの薬草を使いますから!」


「薬草で虫が避けられるんですか」


「ええ。煙を焚くと効果的です」


「……記録します」


「虫除けの方法を記録するんですか……」


「地上では必要な知識です」


ルシェが小声で俺に言った。

「……天使って、真面目だな」


「そうだな」


「嫌いじゃない」

「セラには言うなよ」


「……言わない」


焚き火に火が入った。


リナが手際よく夕食の準備を始めた。

「今日は携帯食ですね。美味しくするの、難しいですけど……」


「リナが作れば何でも美味しくなる」


「そんなことないですよ!」

リナの左の口角が、先に上がった。


俺はそれを見て、少しだけ笑った。


「……またリナの反応を見ていましたね」

セラが静かに言った。


「……見てない」


「見ていました。」


「……」


ルシェが焚き火を見ながら言った。

「……なんか、平和だな」


「そうですね」

リナが嬉しそうに言った。


「ザイルに宿を追い出されたのに?」


「そうだけど——」

ルシェは空を見上げた。

「こういう夜も、悪くない」


焚き火が、静かに揺れた。


その夜——


セラは焚き火を見つめていた。

(……また来る。必ず来る)

その思いが、胸の奥にずっとある。


でも今夜は——三人がそばにいる。


それだけで、少しだけ呼吸が楽になった気がした。


遠くで、何かが動く気配がした。

セラはそっと目を細めた。


次に来る時は——今日より、本気のはずだ。

37話、読んでくださってありがとうございます。

ガルドが再登場しました。


ルシェがセラの隣に座って「あいつの顔が気に入らないだけだ」と言った場面。今夜だけ耳が赤くなっていました。セラが小さく笑った場面、好きです。

リナの「目が優しかったから」という言葉。リナはいつも、そういうところを見ています。

次回、ザイルの妨害がさらに続きます。

またお会いしましょう。

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