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魔族に育てられた俺、 気づけば光と闇の境界に立っていた  作者: CYABUSAN(ちゃぶさん
第一章:父と子の物語(第1〜10話)

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三十五話 見ていたのは、お前だけじゃない

34話の夜、ソロが窓の外から見ていました。

今回は、その続きです。

そして——少しずつ、外の世界の気配が変わり始めます。

朝、目が覚めるとすぐに昨夜のことを思い出した。


窓の外にいた、フードの影。

(ソロ、だったよな)


朝食の席で、それとなく聞いてみた。

「昨日の夜、誰か来てなかったか」


「来てましたよ!」

リナが即座に答えた。


「見てたのか?」


「はい。窓の外に、ちらっと」


「ソロだと思う?」


「たぶん」

リナは少し嬉しそうに言った。

「気にかけてくれてるんですかね」


「だといいけど」


セラが静かに言った。

「……ソロの首輪の状態が気になります。様子を見に行きませんか」


「賛成」

ルシェも頷いた。


村の外れに着くと、ソロがいつもの路地に座り込んでいた。


「ソロ」

俺が声をかけると、ソロは少し驚いた顔をした。


「……お前ら、また来たのか」


「ああ。首輪の様子が気になって」


「……余計なお世話だ」


「薬、効いてるか?」


ソロは少し間を置いて、フードに手をやった。

「……少しは」


「よかった」


ソロは視線を逸らした。

「……なんで、また来た」


「首輪の様子が気になって」


「……それだけか」


「それだけだ」


ソロは少し黙った。

「……そうか」


その時——

セラの表情が、ふっと変わった。

「……っ」


「セラ?」


「気配が……」

セラは周囲を見渡した。

「神の使者とは違う気配です。でも——天界の気配がします」


ソロが立ち上がった。

「天界?」


「ええ。誰かが、近くにいます」


俺は身構えた。

「天界から……また誰か来たのか」


「ええ。でも——」


セラの顔が、わずかに強張った。


「もっと、上位の気配です」


ルシェが鋭く言った。

「上位って、どれくらいだ」


「セラフィム級の私より、明らかに上です」

その言葉に、空気が一気に張り詰めた。


「来るのか?」


「分かりません。でも——気配がこちらに向いている気がします」


その時、村の入口の方角から、誰かが歩いてくるのが見えた。


白金の髪。

整った顔立ち。

ゆったりとした足取り。

その顔には——ずっと笑顔が浮かんでいた。

どんな状況でも崩れない笑顔。


セラの体が、目に見えて強張った。

「……っ」


「セラ、誰だ」


セラは答えなかった。

ただ、その顔から血の気が引いていくのが分かった。


その人物が、ゆっくりと近づいてくる。


ソロが小さく呟いた。

「……あれは」


「知ってるのか」


「いや。でも——」

ソロの目が、その人物を見据えていた。

「あの目、見たことある気がする」


その人物は、村の中央まで歩いてきて、立ち止まった。

そして——


セラを見て、笑顔のまま言った。

「やあ、セラ。久しぶりだね」


その声は、穏やかで、優しくて——

でも、なぜか背筋が冷えた。


セラは何も言わなかった。

ただ、こぶしを強く握りしめていた。


俺はセラの前に立った。

「お前、誰だ」


その人物は、初めて俺を見た。

笑顔のまま、目だけが少し細くなった。


「……これは。人間が、随分と前に出てくるんだね」

その言い方に、何か——とても嫌な感じがした。


「名前を聞いてる」


「ああ、失礼。僕はザイル。天界第二階梯、大天使だよ」

ザイルは優雅に一礼した。


「セラの——古い知り合いさ」


セラの顔が、さらに強張った。


ルシェが小声で俺に言った。

「……やばい奴が来た」


「分かってる」


ザイルは笑顔のまま、ゆっくりと村を見渡した。

「賑やかな仲間がいるね、セラ。天使と魔族と人間と——随分と変わった旅をしているんだね」

ザイルは視線をゆっくりと四人に向けた。


その視線が、一瞬だけソロで止まった。

「……首輪付きの魔族もいる。なるほど」


ソロは何も言わなかった。

ただ静かに、フードを少しだけ深く被った。


ザイルはそれ以上ソロを見なかった。

代わりに、視線をセラに戻した。

「セラ。君に、伝えなければならないことがある」


「……なんでしょうか」

セラの声は、わずかに震えていた。


「天界が、君を呼んでいる」


その言葉に、空気が一気に凍りついた。

「……理由を聞いても?」


「もちろん。報告期限が、過ぎているからだよ」

ザイルは笑顔のまま続けた。

「君が、長らく報告を怠っていることを、上層部は知っている。だから——僕が、迎えに来た」


セラは何も言わなかった。


俺は前に出た。

「セラは渡さない」


ザイルは、初めて俺を真っすぐ見た。

その笑顔が、わずかに——本当にわずかに、揺れた気がした。

「……人間風情が、何を言っているんだろうね」


その声には、今までの穏やかさが、消えていた。

「今日は、挨拶だけだ。それ以上は何もしない」

ザイルは一歩下がった。

「でも——覚えておいてほしい」


その笑顔が、また元に戻った。

「セラは、僕のものだから」

その言葉を最後に、ザイルは光の中に消えていった。


静寂が戻った。


「……セラ」

俺は振り返った。


セラは、その場に立ち尽くしていた。

その手が、まだ強く握られたままだった。


「……大丈夫か」


「……」

セラは答えなかった。


ただ——その目に、初めて見る種類の恐怖が浮かんでいた。


リナがセラの手をそっと握った。

「セラさん」


「……」


「大丈夫ですよ。私たちがいます」


セラは、ゆっくりとリナを見た。

その目に、わずかに涙が浮かんでいた。

「……すみません」


「謝らないでください」


「……」

セラは、それ以上何も言えなかった。


ルシェが静かに言った。

「あいつ、何者だ」


「……天界の、上位の天使です」


「それは分かってる。でも——お前との関係は」


セラは少し黙った。

「……天界にいた頃から、私を……監視していました」


「監視?」


「……いえ」

セラの声が、震えた。

「監視、という言葉では足りません」


それ以上は、言わなかった。


俺はソロを見た。

ソロも、何か感じ取っているような顔をしていた。

「……お前、大丈夫か」


「……俺は関係ない」

ソロは、フードを深く被った。

「……あの天使、普通じゃない」

そう言って、路地の奥へ消えていった。


宿に戻ってからも、セラは黙ったままだった。


夜、俺はセラの部屋の前に立った。

「セラ」


「……」


扉越しに、何の返事もなかった。

「無理に話さなくていい。でも——」

俺は少し間を置いた。


「一人で抱えなくていい」


しばらく、沈黙が続いた。


やがて、扉の向こうから小さな声がした。

「……ありがとうございます」


それだけだった。

俺は扉の前を離れた。

廊下を歩きながら、考えた。


(ザイル……あいつ、何なんだ)

(セラの古い知り合い? いや——あの言い方は、それだけじゃない)


胸の奥が、ざわついていた。

窓の外で、夜風が鳴った。

何かが、確実に近づいてきている気がした。

35話、読んでくださってありがとうございます。

ついに、ザイルが登場しました。

「セラは、僕のものだから」

その一言だけで、今までとは違う種類の不穏さが生まれたと思います。

セラの「監視、という言葉では足りません」という言葉。その意味は、まだ語られていません。

ソロの「気をつけろよ、お前ら」という台詞。あいつなりの心配の仕方だと思います。

そしてセラが、扉越しに小さく「ありがとうございます」と言った場面。一人で抱えなくていい、という言葉を、少しずつ受け取り始めているのかもしれません。

次回から、状況が大きく動いていきます。

またお会いしましょう。

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