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魔族に育てられた俺、 気づけば光と闇の境界に立っていた  作者: CYABUSAN(ちゃぶさん
第一章:父と子の物語(第1〜10話)

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三十四話 強くなるのと、恥ずかしいのは別の話だ

33話で、戦闘に「頭」が入り始めました。

今回は訓練の続きです。


でも——四人の日常が、少し賑やかになります。

朝の訓練が終わった後だった。


「今日は市場に行きましょう」

リナが提案した。

「補給が必要なので。あとセラさん、地上の食材を色々見てみませんか?」


「……地上の食材」

セラが少し興味深そうに言った。

「天界では食事に意味がありませんでした。でも地上に来てから……食べることの意味が分かってきた気がします」


「どういう意味ですか?」


「食べると、温かくなります」


「……それが食事の意味だと思うんですか?」


「違いますか」


「間違いじゃないですけど……」


リナは少し考えた。

「食べることは、楽しいんですよ。美味しいものを食べると嬉しくなったり、誰かと一緒に食べると安心したり」


「……なるほど」

セラは真剣な顔でメモを取るような仕草をした。

「温かくなる、楽しい、嬉しい、安心」


「メモしてるんですか?」


「記録しています」


「……地上文化の記録ですか?」


「そうです」


ルシェが小声で俺に言った。

「……天使って、ああいう生き物なのか」


「みたいだな」


「……変わってるな」


「ルシェも大概だけど」


「何が」


「魔族が人間と旅してる時点で」


「……うっさい」


市場に着いた。


リナが慣れた手つきで薬草や食材を選んでいく。

セラはリナの隣で、売られているものをひとつひとつ真剣に見ていた。


「これは何ですか」


「トマトです」


「……赤いですね」


「そうですね」


「食べると何になりますか」


「酸っぱくて美味しいです」


「酸っぱい……」

セラはトマトをじっと見つめた。

「試してみますか?」


「……はい」

リナがトマトを買って、セラに渡した。


セラはトマトをひと口かじった。

「……っ」


顔がわずかに歪んだ。

「酸っぱいですね」


「そうですよ」


「……でも」

セラはもうひと口かじった。

「悪くありません」


「気に入りましたか?」


「……記録します」

セラはまた真剣な顔でメモの仕草をした。

「トマト。酸っぱい。悪くない」


「……かわいい」

リナが小声で言った。


「聞こえています」


「す、すみません!」


俺とルシェは顔を見合わせた。


市場の端で、ルシェが立ち止まった。

屋台に、赤い布が並んでいた。


「……」


ルシェはその布をじっと見ていた。


「ルシェ、何か気になるものがあるのか?」


「……ない」


「でも止まってるぞ」


「……ない、って言った」

ルシェは前を向いた。

でも——また少し後ろを振り返った。


「ルシェさん、あの布が気になりますか?」

リナが聞いた。


「ならない」


「でも二回振り返ってましたよ」


「……気のせいだ」


「気のせいでは振り返れません」


「……」

ルシェは黙った。


リナは屋台の布を手に取った。

赤い布で、小さなリボンの形に加工されていた。


「これ、髪に付けるやつです。ルシェさんの髪の色に合いそうですね」


「……別にそんなの要らない」


「試してみますか?」


「要らないって言った」


「一秒だけ」


「……一秒だけだ」

ルシェは渋々リボンを受け取り、自分の赤い髪に付けた。


リナが目を輝かせた。

「わあ! 似合います!!」


「……そうか」


「すごく似合います!!」


「……そうか」


俺は黙って見ていた。


ルシェの耳が、少しだけ赤くなっていた。

でも今回は意地を張った。

「……やっぱり要らない」


「えっ」


「似合わない」


「似合ってますよ!?」


「似合わない」

ルシェはリボンを外して、屋台に戻した。


でも——

その後、屋台のおじさんがリボンを手に取って「買うかい?」と聞いた時、ルシェは一瞬だけ迷った。

「……いらない」


そう言って歩き出したが、十歩くらいで止まった。


「……」


俺は黙って見ていた。


ルシェはゆっくり振り返って、屋台に戻った。

「……これ、いくらだ」


おじさんが値段を言った。

ルシェはお金を払って、リボンをポケットにしまった。


こちらを見た。


「……見てたのか」


「見てた」


「言うな」


「言わない」


「絶対言うな」


「言わないって」


ルシェはそっぽを向いて歩き出した。

「……赤が好きなだけだ」


「うん」


「それだけだ」


「うん」


「笑うな」


「笑ってない」


「笑ってる」


「……少しだけ」


「……うっさい」

でも、ルシェの口元も少しだけ笑っていた気がした。


宿に戻ってからだった。

「ハエル、今日の訓練の復習をします」

セラが真剣な顔で言った。


「復習?」


「砂をかける戦術の発展形を考えました」


「……今から?」


「今からです」

セラは紙を広げた。

「まず、砂は目だけでなく耳にも使えます。砂の音で注意を引き、別方向から攻める」


「それ、俺が昨日考えてたやつだ」


「そうですか。では——」

セラはさらに紙に何かを書いた。

「水を使う方法も考えました。水たまりに誘導して、足場を不安定にする」


「……それは思いつかなかった」


「でしょう。水は光も反射します。目に光を当てることもできます」


「それは戦術的だな」


「あとは——」

セラはさらに紙を広げた。

「風向きを利用する方法と、影を使って位置を誤認させる方法と、声の反響を使って居場所をごまかす方法と——」


「セラ」


「なんですか」


「紙、何枚あるんだ」


「十二枚です」


「……」


「全部説明しますか?」


「……今夜中に終わるか?」


「終わります。三時間あれば」


「三時間!?」


「問題ありますか」


「ある!!」


リナが爆笑していた。


ルシェが「天使は変わってるな」という顔をしていた。


「……セラ、明日でいいか?」


「明日ですか……」

セラは少し考えた。

「分かりました。では明日、三時間確保してください」


「もう少し短くならないか?」


「……二時間五十分なら」


「十分しか変わってない!」

リナの笑い声が、宿の部屋に響いた。


夜。


四人で夕食を食べながら、リナが言った。

「今日は楽しかったですね」


「トマトが酸っぱかったです」

セラが真面目に言った。


「セラさんにとってそれが一番の出来事なんですね……」


「重要な記録です」


「ルシェさんは楽しかったですか?」


「……別に」


「リボン、似合ってましたよ」


「……うっさい」

ルシェはそっぽを向いた。

でもポケットに、リボンが入っているのを俺は知っていた。


「ハエルさんは?」


「俺は……」

俺は少し考えた。


「こういう日が、また来るといいなと思った」


「こういう日?」


「普通の一日。戦いでも、訓練でもなく」


リナは少しだけ、目を細めた。

「……また来ますよ。絶対に」


その言葉が、静かに胸に落ちた。


セラが静かに言った。

「……私も、そう思います」


ルシェは何も言わなかった。

でも、ポケットの中でリボンを握っている気がした。


炎が、静かに揺れた。


その夜の終わりに——

ふと、廊下から音がした。

かすかな、でも確かな音。


(……誰だ)


俺は気配を探った。

魔物でも、使者でもない。


でも——見覚えのある気配だった。

(ソロ……?)


窓の外を見た。


暗闇の中に、フードの影があった。


一瞬だけ、こちらを見た気がした。

次の瞬間には消えていた。


(……見に来たのか)


俺は窓から離れた。

(またな、ソロ)

心の中でそれだけ言って、布団に入った。

34話、読んでくださってありがとうございます。

今回は笑える場面を多めにしました。

セラのトマト。「酸っぱい。悪くない。記録します」。天使がメモを取る姿が可愛すぎました。

ルシェのリボン。「赤が好きなだけだ」。でもちゃんと買いました。ポケットに入れて、誰にも言いませんでした。

セラの十二枚の紙。三時間の予定が二時間五十分になった場面。セラの天然が全開でした。

そしてラストに、ソロが窓の外から四人を見ていた場面。何も言わずに消えた。でも——確かに見に来ていた。

次回、少し外の世界が動きます。

またお会いしましょう。

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