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魔族に育てられた俺、 気づけば光と闇の境界に立っていた  作者: CYABUSAN(ちゃぶさん
第一章:父と子の物語(第1〜10話)

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三十三話 頭を使え、馬鹿

30話から続いてきた訓練。

今回、ルシェが突然言います。

「今日から実戦形式だ」

ハエルにとって、一番きつい訓練が始まります。

朝の訓練場所に着いた。

いつも通り、町の外れの人気のない森の中だ。


「今日から内容を変える」

ルシェがいきなり言った。


「どう変わるの?」


「動きながら闇を制御する練習だ」


「動きながら……」


「そう。実戦形式でやる」

ルシェは腕を組んだ。

「お前が攻めて、あたしが受ける。制限時間は十分。その間に一発でも当てたら、お前の勝ちだ」


「……一発でも?」


「そう。たった一発でいい」

言い方が簡単すぎて、逆に嫌な予感がした。


「じゃあ……いくぞ」


「どうぞ」

ルシェは構えすら取らなかった。

ただ立っているだけ。


俺は踏み込んだ。

全力で。

「はあっ!」

拳を叩き込む。


ルシェはひょいと横にずれた。

当たらない。

連撃を叩き込む。

ルシェはひょいひょいと避けるだけ。


蹴りを入れる。

軽く払われた。

「……っ」

息が上がってきた。


ルシェは全然動じていない。

「お前、力任せすぎ」


「分かってる」


「分かってて、なんで同じことを繰り返してる」


「……っ」

答えられなかった。


「頭使えよ。力で勝てないなら、別の方法を考えろ。環境を利用しろ」

ルシェはそれだけ言って、また無防備に立った。


俺は少し距離を取って、息を整えた。


(力で無理なら……どうする)

周囲を見渡した。


森の中だ。

地面には、木の根が張り出している。


落ち葉が積もっている。

足元には、砂交じりの土がある。


(……使えるかもしれない)


俺は地面の砂を、さりげなく右手で掴んだ。


そのまま、正面からルシェに近づいていく。


「また正面から来るのか。学習しないな」

ルシェが呆れたように言った。


その瞬間——

俺は砂を、ルシェの目に向けて投げた。

「っ……!」

ルシェが目を閉じた。


ほんの一瞬。


でもその隙を、俺は逃さなかった。

右ではなく、左から回り込む。


闇を手の先だけに集中させる。

「っ——」

ルシェの腕を掴んだ。


完全ではない。でも——触れた。


「……」

ルシェは動きを止めた。


しばらく沈黙があった。


「……やるじゃないか」

ルシェが言った。


「でも——」


次の瞬間、俺の体が地面に叩きつけられていた。


「痛っ……!」


「反撃が遅い。触れた後の想定ができてなかった」

ルシェは俺を見下ろした。

「砂をかけるのはいい発想だ。でも、それだけで終わった」


「……続きがいる?」


「当然だ。奇襲は一回しか使えない。次は警戒される」


俺は地面から起き上がった。

「じゃあ次は——」


「自分で考えろ」


「……」


「頭を使うってのは、あたしに答えを聞くことじゃない」

ルシェはまた無防備に立った。


俺は考えた。

(奇襲は一回だけ。次は警戒される)

(でも——警戒させることを利用できるかもしれない)


俺はまた砂に手を伸ばした。

ルシェの目が、砂に向いた。


(そこだ)


俺は砂を投げる動作だけして——投げなかった。

ルシェが一瞬だけ目を細めた。


その隙に、今度は右から踏み込む。

「っ——」


ルシェの腕に、もう一度触れた。


「……」


「今度は本物の奇襲じゃなく、フェイントだ」


ルシェが静かに言った。

「……合格か?」


「まだ甘い。でも——」

ルシェは少し考えた。

「悪くなかった」


「悪くなかった、か」


「それ以上はやらん」


「ケチだな」


「うっさい」


俺は笑った。

「もう一回やる。今度は木の根も使う」


「好きにしろ」

ルシェはまた立った。


今度は少しだけ、警戒している目をしていた。


俺は木の根が張り出している方向へ、ルシェを誘導するように動き始めた。


三回目の挑戦が終わった頃、セラが木の陰から現れた。

「見ていました」

「ハエルの戦い方が、二回目から変わりました」


「気づいた?」

「砂をかけたのは良かったです。でも一番良かったのは——」

セラは少し考えた。

「木の根の場所を覚えていたことです。戦闘中に地形を把握している人間は少ない」


「……そうか」


「本番でも使えます。ただ——」


「ただ?」


「相手が魔族や天使の場合、視覚が遮られても他の感覚で補う場合があります」


「砂が効かない相手もいるってこと?」


「ええ。でも——」

セラは静かに続けた。

「一瞬でも相手の動きを乱せれば、それで十分な場合もあります。完全に封じなくていい。崩すだけでいい」


その言葉が、胸に落ちた。


「崩すだけでいい……か」


「ハエルは今、力で勝てない相手を頭で攻略しようとしている。それは正しい方向です」


ルシェが横を向いた。

「……セラに褒められてんぞ」


「褒めていません。観測結果を述べただけです」


「どう聞いても褒めてるだろ」


「褒めていません」


「……」

ルシェは黙った。


でも——その口元が、わずかに笑っていた。


昼過ぎに訓練を終えて、宿へ戻る道だった。

「ルシェ」


「なに」


「砂をかけた時、一瞬だけ動きが止まったな」


「そうだな」


「次も同じ手は効かない。でも——別の方法で、同じ効果を狙えるかもしれない」


ルシェは俺を横目で見た。

「例えば?」


「光を反射させる。大きな音を出す。目じゃなく、耳を一瞬だけ塞ぐ」


ルシェは少し黙った。


「……やっと頭使い始めたな」


「遅かったか?」


「遅い。でも——」

ルシェは前を向いた。

「気づいたなら、それでいい」


「……ありがとう、ルシェ」


「礼はいい」


「それでも言う」


「……知ってる」


その夜。


俺は自分の手を見つめていた。


(頭を使う……か)

(父さんはどうだったんだろう)

(力が桁違いに強かったから、頭を使う必要がなかったのか)

(それとも——力の中に、頭も混じっていたのか)


焚き火が、静かに揺れた。


(聞きたいな、父さん)

(父さんはどうやって戦ってたんだろう)

(もっと戦いの事も聞きたかったな)

答えは返ってこなかった。

でも——

明日の訓練で試したい方法が、いくつか頭に浮かんでいた。

それだけで、今夜は十分だった。


33話、読んでくださってありがとうございます。

今回から戦闘に「頭」が入り始めました。

砂をかけて一瞬の隙を作る。フェイントで相手の警戒を利用する。地形を把握して誘導する。

力では勝てない。でも崩すことはできる。セラの「崩すだけでいい」という言葉が、今後の戦闘の指針になります。

ルシェが「知ってる」と言った場面。「うっさい」じゃなかった。それだけで十分です。

次回も訓練が続きます。でも——少しずつ、外の世界も動き始めます。

またお会いしましょう。

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