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魔族に育てられた俺、 気づけば光と闇の境界に立っていた  作者: CYABUSAN(ちゃぶさん
第一章:父と子の物語(第1〜10話)

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25/50

二十五話 届かなかった夜の、その先

24話で、ハエルは完敗しました。


力では届かなかった。

今回は戦わない話です。


でも、戦うための土台を作る話です。

そして——三人の距離が、少しだけ近くなります。

夜明け前に目が覚めた。


体中が痛かった。


昨日の戦いの傷が、じんじんと疼いている。


でも——眠れなかった。

天井を見つめながら、男の動きを何度も頭の中で再現した。

(読めない)

(重心がない)

(痛みが効かない)

(じゃあ——何が効く?)

答えは出なかった。


俺は起き上がった。


体が悲鳴を上げる。


それでも——動いた。


昨日、セラと約束した。


朝になったら、特訓に付き合ってもらう。


その約束を思い出しながら、町の外れへ向かった。


町の外れに着くと、

すでにセラが立っていた。


夜明け前の薄暗い中、金色の髪が静かに揺れている。


「……早いな」


「あなたより早く来るのは、当然です」

セラは腕を組んでいた。

「眠れなかったんですか」


「……ああ」


「私もです」

セラは静かに言った。

「昨日の使者の動きが、頭から離れませんでした」


俺は剣を構えた。

「約束通り、頼む」


「ええ。約束ですから」

セラも構えを取った。

「本気でいきます」


「望むところだ」

特訓が始まった。


速い。


でも——昨日と違って、動きが「読める」気がした。

天使の動きには法則がある。


筋肉じゃなく、光魔法で体を動かしているから、重心の移動が独特だ。


「そこです」

セラが指摘する。

「光魔法で加速する直前、肩ではなく——目が動きます」


「目?」


「天使は視線で魔法の方向を決めます。だから目を見ていれば——次の動きが分かる」


「……なるほど」

俺は意識を変えた。


セラの目を見る。


次の瞬間——セラの動きが、少しだけ見えた。


半歩横にずれる

セラの拳が、俺の頬をかすめた。

「惜しいです」


「全然見切れてない」


「でも昨日よりは反応できています」

セラは少しだけ表情を緩めた。

「もう一度」


「ああ」


何度も繰り返した。

避けて、踏み込んで、重心を崩す。


セラは容赦なかった。

何度も地面に転がされた。

でも——少しずつ、見える範囲が広がっていく気がした。


二時間が経った頃、

リナが朝食を持って現れた。

「二人とも、朝ご飯ですよ!……って、ハエルさん汗だくじゃないですか!!」


「特訓してた」


「もう! ご飯食べてからにしてください!」


「リナも怒るんだな」


「怒ります! 体が資本なんですから!」


セラが静かに言った。

「……リナの言う通りです。食事も訓練の一部です」


「セラさんまで!」


「事実を述べただけです」


俺は笑いながら、リナが持ってきた朝食を受け取った。

朝食を食べ終えた頃、リナが言った。

「ハエルさん」


「ん?」


「昨日から、ずっと考えてたんですけど」

リナは手の中のカップを見つめた。

「ハエルさんって——何のために強くなりたいんですか」


その言葉が、胸に刺さった。

「……まだ、分からない」


「分からない?」


「うん。旅してる途中で、探してる」


リナは少し考えた。

「父さんのためですか?」


「……それもある。でも、それだけじゃない気がして」


「じゃあ」


リナは顔を上げた。

「昨日、セラさんが傷ついた時——どう思いましたか」


俺は少し黙った。

「……怖かった」


「リナが危なかった時は?」


「……もっと怖かった」


「ソロさんが来てくれた時は?」


「……よかったと思った。あいつが無事で」


リナは静かに笑った。

「それだと思います」


「え?」


「守りたい人がいるから強くなりたい。それだけでいいと思います」

その言葉は、深い意味があったわけじゃないと思う。


ただ、思ったことを言っただけだと思う。

でも——

その言葉が、俺の中で静かに繋がった。


(そうか)

(父さんも、そうだったんだ)

強くなりたかったんじゃない。

守りたかったから——強くなった。


「……ありがとう、リナ」


「え? 私、何かしましたか?」


「してくれた」


リナはきょとんとした顔をした。


セラが窓の外を見たまま、静かに言った。

「……私も、同じ気持ちです」


「セラ?」


「守りたいから——戦います。調査員だからとか、天界の命令だからとか、そういう理由じゃなく」

セラの金色の瞳が、窓の外の朝に向いていた。

「……今日、初めてそう思いました」


部屋に、静かな空気が流れた。


午後。

リナが提案した。

「今日は休みましょう! ずっと緊張してましたし」


「休むって……特訓は——」


「だめです! 休息も大事です!」

リナは有無を言わさなかった。


セラも珍しく頷いた。

「……リナの言う通りです。昨日の戦闘の疲労も残っています」


「分かったよ」


三人で町の外れの小さな川辺へ向かった。


水はきれいで、緩やかな流れが日差しを反射していた。

「わあ……綺麗ですね」

リナが目を輝かせる。


セラは川を見て、少し不思議そうな顔をした。

「……天界に、これほど自然な水はありません」


「天界の水は違うんですか?」


「魔法で生成されています。これは……自然のままですね」

セラはしゃがみこんで、川に手を入れた。

「冷たい」


「気持ちいいですよ!」

リナは靴を脱いで、川に足を浸した。

「ハエルさんも!」


「俺は——」


「いいから!」

リナに引っ張られて、俺も靴を脱いだ。


冷たい水が足を包む。

体の疲れが、少しだけ和らいだ気がした。


セラも、おずおずと足を水に入れた。

「……これは」


「気持ちいいでしょう?」


「……否定はしません」

三人で並んで、川の流れに足を浸けた。


しばらく、誰も何も言わなかった。

ただ、水の音と風の音だけが響いていた。

(こういう時間も……悪くないな)


胸の奥が、温かくなった。

昨日の戦いで重くなっていた何かが、少しだけ軽くなった気がした。


「ねえ、セラさん」

リナが口を開いた。

「天界って、どんなところなんですか?」


セラは少し考えた。

「……静かです。整然としていて、無駄がない」


「楽しいことは?」


「……分かりません」


「分からない?」


「天使に、娯楽という概念はあまりありません。任務を遂行することが、存在意義です」


リナは少し悲しそうな顔をした。

「それって……寂しくないですか」


セラは答えなかった。

「寂しいと思ったことが、なかったのかもしれません」


「でも今は?」


セラは川の流れを見つめた。

「……今は、分かりません。比較対象ができてしまったので」


「比較対象?」


「あなたたちと過ごす時間です」


リナが顔を輝かせた。

「それって、楽しいってことですか!?」


「……そうとは言っていません」


「絶対そうですよ!」


「違います」


「絶対そうです!」


セラは視線をそらした。

その頬が、わずかに赤くなっている気がした。


俺は思わず笑った。

「セラ、照れてるだろ」


「照れていません」


「顔赤いよ」


「……日差しのせいです」


リナと俺は顔を見合わせて、笑った。

夕方近く、三人は川辺に座って、沈んでいく太陽を眺めていた。

「明日からまた、特訓ですか?」

リナが聞いた。


「ああ。あの使者に、また勝てるように」


「私も手伝います」


「リナが?」


「薬作ります! 回復薬とか、体力増強の薬とか」


「リナ、薬師だもんな」


「そうです! 戦えなくても、支えることはできますから」


その言葉に、力強さがあった。


セラが静かに言った。

「……あなたの薬は、本当に効果があります。昨日も助けられました」


「えへへ……」

リナは照れくさそうに笑った。

俺はその横顔を見ながら、思った。


(守りたい人が、ここに二人いる)

(だから、強くなる)

夕日が、三人の影を長く伸ばしていた。


「……明日も、頑張りましょう」

リナが立ち上がって、手を差し出した。


俺はその手を取った。


セラも、ゆっくりと立ち上がった。


三人で、宿への道を歩き出す。


胸の奥が、温かかった。

(父さん)

(俺、答えが出たよ)

(守りたいやつがいるから——強くなる)

(それだけでよかったんだな)

風が吹いた。

優しい風だった。

まるで「よくやった」と言われているみたいだった。


25話、読んでくださってありがとうございます。

今回は戦わない話でした。

リナの「守りたい人がいるから強くなりたい、それだけでいい」という言葉。


深い意味があったわけじゃない。


でもその言葉がハエルの中で静かに繋がりました。

川辺でのひととき、セラの「比較対象ができてしまった」という言葉。


これは、セラ自身もまだ気づいていない感情の芽生えだと思います。

次回から第三章です。


ハエルの闇が、初めて表に出ます。

またお会いしましょう。

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