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魔族に育てられた俺、 気づけば光と闇の境界に立っていた  作者: CYABUSAN(ちゃぶさん
第一章:父と子の物語(第1〜10話)

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二十一話 その笑顔だけが、空洞だった

20話では、影はまだ遠かった。

でも確実に、近づいています。

今回は町の日常の中に、少しだけ「おかしなもの」を忍び込ませました。

まだ正体は分かりません。

でも読み返した時に、きっと気づいてもらえると思います。

朝から雨だった。


町の石畳が濡れ、軒下に人が集まっている。

 屋台はほとんど店じまいで、広場はいつもより静かだった。


「今日は外に出られませんね……」

リナが窓の外を見ながら呟く。


 宿の小さな部屋に、三人で押し込まれている。


「雨、好きじゃないの?」


「嫌いじゃないんですけど……外に出られないのが」


「リナって、じっとしてるの苦手そうだな」


「そうですよ! 動いてないと落ち着かないんです!」

セラは机の前に座り、何かを書いていた。

 羊皮紙に細かい文字が並んでいる。


「セラ、それ何書いてるの?」


「……観測記録です」


「俺のこと?」


「あなたの光と闇の反応の変化を記録しています。

 毎日つけています」


リナが覗き込もうとして、セラが素早く紙を裏返した。

「見せられません」


「なんで!」


「天界の機密です」


「私たちに関係ある内容なのに!」


「だから見せられません」


リナはぷくっと頬を膨らませた。

 俺は思わず笑ってしまった。


「ハエルさん、笑わないでください!」


「ごめんごめん」


「セラさんもちゃんと説明してください!」


「説明できません」


「もう!」

雨音と、リナの声と、セラの淡々とした返答。

 その繰り返しが、どこか心地よかった。

(……こういう朝も、悪くないな)

胸の奥が、じんわりと温かくなった。


昼過ぎ。

 雨が少し弱まった頃、リナが言った。

「薬の在庫、確認しに行きたいんですけど……二人も来ますか?」


「行く」


「……同行します」

三人で傘を借り、町へ出た。


雨上がりの石畳は光を反射して、

 町全体がぼんやりと霞んで見えた。


リナが馴染みの薬屋へ向かう道すがら、

 俺はふと足を止めた。

「……セラ」


「なんですか」


「気配、ある?」


セラは少し間を置いた。

「……あります。

 昨日より、また近い」

「今日も同じ人?」

「同じ核の反応です。

 ただ……」


セラの眉がわずかに寄った。

「今日は、違う方向からも何か感じます」


「違う方向?」


「魔族の残滓とは……別の何かです。

 うまく言えませんが……」


セラは視線を細めた。

「……人の気配なのに、人らしくない」


その言葉が、胸に引っかかった。

「どういう意味?」


「まだ分かりません。

 注意してください」


リナが不思議そうに俺たちを見る。


「どうしたんですか?」


「……なんでもないよ。行こう」


薬屋は、路地の奥にある小さな店だった。

店主の老人が顔を上げ、リナを見て笑う。

「おお、リナちゃん。今日も来たかい」


「はい! 在庫の確認に。

 あと、補充もお願いしたくて」


「いいとも。友達も連れてきたんだね」

老人は俺とセラを見て、にっこりと笑った。


「いらっしゃい。ゆっくりしていきな」

店の中は薬草の匂いが充満していて、

 棚には色とりどりの瓶が並んでいた。


リナは老人と話しながら在庫を確認し始める。

俺はぼんやりと棚を眺めていた。


その時、店の奥から別の客が出てきた。


中年の男だった。

 整った身なりで、穏やかな笑顔を浮かべている。

 旅人にしては荷物が少ない。

男は俺たちを見て、自然な笑顔で会釈した。

「やあ、若いの。旅の者かい?」


「……ええ、まあ」


「この町はいいところだよ。

 人が優しい」


男の声は穏やかで、話し方も自然だった。

なのに——

(……なんだ、これ)

胸の奥が、ざわついた。

怖いわけじゃない。

 嫌な感じでもない。

ただ——

 何かが、合っていない。

笑顔なのに、笑っていない気がする。

 声が温かいのに、温度がない気がする。


「……良い旅を」

男はそれだけ言って、店を出ていった。

俺は男の背中を目で追った。


雨上がりの石畳を歩く男は、

 どこまでも自然で、どこまでも普通だった。

なのに——

(……おかしい)

うまく言葉にできない。

 でも、確かに何かがおかしかった。


「ハエルさん?」

リナが声をかける。


「……ごめん、なんでもない」


セラが俺の隣に来た。

 声を落として言う。

「……今の男、見ましたか」


「うん」


「何か感じましたか」


俺は少し考えた。

「笑顔なのに……笑ってない気がした」


セラの表情が、わずかに固まった。

「……やはり」


「セラも気づいた?」


「……あの男からは、何も感じません」


「何も?」

「魔族の気配も、天使の気配も、魔物の気配も——

 何も。

 人間のはずなのに……まるで、そこにいないみたいです」

その言葉が、背筋に冷たいものを走らせた。


「どういうこと?」


「……分かりません。

 でも」

セラは店の外を見た。

 男の姿はもう消えていた。


「あれは……普通じゃない」

リナが振り返る。


「二人とも、何かあったんですか?」


俺とセラは顔を見合わせた。

「……後で話す」


「え!? 気になります!!」


「後で」


「もう!!」


薬屋を出て、宿への道を戻る途中だった。

路地の角を曲がった瞬間——

「……っ」

セラが足を止めた。


「どうした?」


「……魔族の気配が、すぐ近くにあります」

リナが息を呑む。


「近くって……どれくらい?」


「この路地の……先です」

三人で静かに進んだ。


路地の奥——

 建物の影に、人影があった。

フードを被っている。


 壁に背をつけ、膝を抱えて座り込んでいた。

雨に濡れた石畳に、小さな体が縮こまっている。


俺は思わず声をかけた。

「……大丈夫か?」


人影が、びくっと肩を揺らした。

フードの奥から、鋭い目が俺を見た。

警戒している。

 怯えている。

 でも——逃げられない。


足元を見ると、首輪から薄い光が漏れていた。

 不安定に、明滅しながら。

(……この子が、気配の正体か)


セラが小さく息を吐いた。


リナは迷わず一歩前に出た。


「濡れてますよ。

 風邪ひきます」

人影は答えなかった。


 ただ、壁に背中を押しつけるように、さらに縮こまった。

リナは構わず、持っていた手ぬぐいを差し出した。


「これ、使ってください」


「……」


「嫌だったら使わなくていいです。

 でも、そこに置いておきますね」


リナはそっと手ぬぐいを石畳に置いた。


人影は動かなかった。

でも——

 その目が、手ぬぐいをじっと見ていた。

俺はそれ以上近づかなかった。


セラも、何も言わなかった。


三人は静かにその場を離れた。


路地を抜けた後、リナが小声で言った。

「……怖がってましたね」


「うん」


「でも……悪い子じゃないと思います」


「なんで分かるの?」


リナは少し考えた。

「……目が、疲れてたから」


その言葉に、俺は何も言えなかった。


セラは黙って歩いていた。

 でも、その表情はいつもより少しだけ柔らかかった。


宿に戻った夜。

俺は天井を見つめていた。


(笑顔なのに笑ってない男。

 雨の中で縮こまっていた人影。

 二つが、同じ日に現れた)


胸の奥がざわついて、眠れない。


その時——

また、温かくなった。

胸の奥が、じんわりと。

(……父さん)

錯覚だ。

 分かってる。


でも——

(俺、ちゃんとやれてるかな)

温度は答えなかった。


 ただ、消えずにそこにあった。

それだけで、少しだけ眠れる気がした。

読んでくださってありがとうございます。

今回、二つのものを同じ日に登場させました。

ひとつは、路地で縮こまっていた人影。

もうひとつは、薬屋で会った「笑顔なのに笑っていない男」。

前者はソロです。

後者は——まだ言えません。

ただ、セラが「そこにいないみたい」と感じたこと。

ハエルが「何かが合っていない」と感じたこと。

それだけ覚えておいてください。

リナが「目が疲れてたから」と言った理由も、

後から意味を持ってきます。

次回、もう少しだけ近づきます。

またお会いしましょう。

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