第十六話「駆逐・後編」
2026/06/18 本文・挿絵投稿。
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【記録ログ 2147.05.22 04:51:08】
ES-01 稼働日数:1914日
本日の任務:登録なし
備考:ES-01・ES-02・ES-01改(水無月)の現在位置、依然として特定不能。
最勝より継続的な呼びかけを実施。応答なし。
最勝コメント:「白雪さん。聞こえていますか。待っています」
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水無月が決めたのは、翌朝の早い時間だった。
夜の間、白雪は眠れたかどうかわからなかった。眠れた、という確認ができないまま、朝になった。
窓からの光が変わった。昨夜と今朝の間のどこかで、白雪は何かをしていたはずだった。ただ、それが眠りだったかどうかが、今朝の白雪にはわからなかった。
水無月が白雪の隣に来た。
他の全員がまだ眠っているか、眠れていないか。
「決めた」と水無月は言った。
白雪は水無月を見た。
「やる」と水無月は言った。「メカニックに頼む」
白雪は水無月を見たままだった。
言葉が出なかった。ありがとう、という言葉が出かけた。なぜ、という言葉が浮かんだ。
「なぜ」と白雪はようやく言った。浮かんだ言葉の中で、一番小さかった言葉が出た。
「白雪の中に、私がいるなら」と水無月は言った。
白雪は水無月を見た。
「エンジンが白雪の機体の中で動く。私はそこにいる。それで十分」
「十分か」
「十分」水無月は繰り返した。一度目より少し声が低かった。低い、という変化が水無月の声にあった。「白雪が戦うとき、私もそこにいる。それ以上の理由がいる?」
白雪は答えなかった。
答えを探した。探して、見つからなかった。見つからなかった理由は、答えがないからではなかった。
ただ、言葉にならなかった。言葉にならないまま、白雪は水無月を見ていた。
「いらない」と白雪は言った。
「そうだね」と水無月は言った。
二人で少し黙った。朝の光が窓から入っていた。今日も晴れていた。
* * *
メカニックが改造を始めたのは、朝の食事の後だった。
白雪は拠点の一階、整備スペースに使っていた場所に外骨格のまま立った。メカニックが水無月の外骨格から斥力エンジンを外す作業を始めた。
水無月が白雪の横に立っていた。
外骨格の一部を外す作業音が響いた。金属を外す音。締結を解く音。繋いでいたものを切り離す音。
白雪はその音を聞いていた。聞きながら、水無月を見た。水無月はメカニックの作業を見ていた。自分の強化外骨格が分解されていく様子を、水無月は黙って見ていた。
「痛いか」と白雪は言った。
「感触はない」と水無月は言った。「ただ、軽くなっていく感じがする」
「軽くなっていく」
「なんか変な感じ。重いのが普通だったから」水無月は自分の背中を見ようとした。見えなかった。見えないまま、続けた。「白雪は重くなるね」
「そうかもしれない」
「慣れるよ、きっと」水無月は言った。「私が慣れたみたいに」
白雪は水無月を見た。慣れる。水無月がそう言った。
慣れた、という言葉を今日水無月は使った。楓が昨日使っていた言葉だった。同じ言葉が、今は違う意味で来た。
「水無月」と白雪は言った。
「何?」
「今夜、どこにいる」
水無月は少し間を置いた。
「わからない」と水無月は言った。「まだ決めていない」
「決まったら、教えてくれ」
「うん」
メカニックが水無月の斥力エンジンを外した音がした。重い音だった。外れた、という音が確かにした。水無月がわずかに体を揺らした。
次に、メカニックが白雪の背部に作業を始めた。
追加搭載の準備だった。白雪の背部の装甲を一部外した。接続口を確認した。規格の違いがあったが、メカニックは昨夜一晩考えていたらしく、迷わずに作業を進めた。
水無月のエンジンが、白雪の背部に取り付けられていった。
締結される音がした。繋がっていく音がした。
白雪は何かを感じた。
感じた、という言葉を使えた。
背部に何かが加わっていく感触が、素体ではなく外骨格を通して来た。外骨格を通した感触は通常、鈍かった。今日の感触は違った。重さが変わっていく感触が、はっきりと伝わった。
重くなっていく。
水無月が言っていた。重いのが普通だったから、外れると軽く感じる、と。白雪は今、重くなっていた。重くなりながら、この重さが水無月だ、ということを実感した。
「外骨格の左腕も修正する」とメカニックは言った。「ES-00系のパーツを入れる。銃火器を搭載できるようになる」
「わかった」
右腕の作業が始まった。昨日鉤爪で大破した部分を取り除いて、ES-00系のパーツが入った。規格が合わない部分を削ったり繋いだりする作業が続いた。
白雪は作業を見ていた。白雪の右腕に、ES-00系のパーツが入っていく。深雪たちの機体と同じ系統の部品が、白雪の機体の一部になる。
この腕でゲリラの使う銃火器を使えるようになる。
一晩の作業の結果が、白雪の新たな機体にあった。
メカニックが作業を終えた。
「起動テストをする」とメカニックは言った。「斥力エンジンの出力確認からだ」
白雪は斥力エンジンを起動した。
来た。
いつもとは違う出力が来た。一基のエンジンでは来なかった感触が来た。背部から、二つの力が来た。二つの力が同時に動いた。ツインエンジン──二基の力が重なって、全体の最大出力が増大した。
増大した出力が、白雪の腕全体に届いた。
斥力クローを展開した。腕全体に斥力が充填される感触が来た。いつもより深く重く来た。押し返す力の圧が、昨日より明確に大きかった。
重く、速く、止まらない。白雪は今日その言葉の意味を、感触として知った。
「出力は?」とメカニックが聞いた。
「大きい」と白雪は言った。それ以上の言葉が出なかった。
「負荷がかかる」とメカニックは言った。「長時間は持たない。動く時間は短くしろ。一撃で終わらせる気でいけ」
「わかった」
「銃火器の感触は」
白雪は右腕を確認した。ES-00系のパーツが入った右腕に、銃を握らせた。握れた。引き金に指が届いた。
「問題ない」
「特殊弾頭は槇が管理する。使うタイミングは槇が判断する。お前は槇の指示で撃て」
「わかった」
水無月が白雪を見ていた。
白雪は水無月を見た。水無月の背部には、もうエンジンがなかった。白雪の背部に、二基のエンジンがあった。水無月のエンジンが、今日から白雪の中にあった。
「どんな感じ?」と水無月は言った。
「重い」と白雪は言った。「ただ、重い、という感触が──今日は悪くない」
水無月が笑った。
何かを決めた後の、軽く息を抜くような笑い方だった。
* * *
変異種が来たのは、昼前だった。
榧が先に気配を感じた。建物の中にいても、頭部触手の索敵が伝わってくる気配があった。昨日より近かった。
「来た」と榧は言った。
全員が動いた。
白雪は外に出た。昨日と同じ路地だった。ただ、今日の白雪は昨日と違った。背部の重さが違った。右腕に銃があった。
変異種がいた。
白い皮膚。二本腕。頭部触手。ただ、今日の変異種は昨日と少し違う立ち方をしていた。頭部触手が全方向に広がっていた。昨日より広く、周囲を把握していた。
白雪を見た。
頭部触手が白雪を向いた。白雪の背部の変化に気づいていた。昨日と違う、ということを、変異種は見て取った。
気づいている。
白雪はその事実を持った。変異種が白雪の変化に気づいている。ならば、昨日の戦術を繰り返せない。白雪もそれを見越して動く必要があった。
「出力確認のために一度だけクローを展開する」と白雪は初雪に言った。「確認したら即座に仕掛ける。初雪は右側に回れ。変異種の注意を分散させてくれ」
「わかった」と初雪は言った。
「槇、特殊弾頭の準備を」
「準備してある」と槇の声が来た。「ただし、今日も射線が読まれる可能性がある。白雪が間合いを作って、直接撃ち込む構成で行く」
「わかった」
白雪は斥力クローを一瞬展開した。展開した感触を確認した。昨日より大きな感触が来た。水無月のエンジンが動いていた。背部で、二つの力が動いていた。
クローを収めた。
変異種が動いた。
白雪の展開を見て、距離を取った。昨日より後退した。白雪の出力が上がっていることを、変異種は今の一瞬で読んだ。頭部触手が計算していた。
後退した変異種と、白雪の間に距離ができた。
白雪は走った。
後退した方向に走った。変異種が再び後退した。距離を保とうとした。白雪の出力が上がった分、間合いが変わった。変異種がその間合いの変化を計算していた。計算しながら、距離を保とうとしていた。
腕が来た。
昨日と同じ速さだった。白雪の間合いの外から来た。
白雪は跳んだ。躱した。
着地した瞬間に、次が来た。連続した攻撃だった。昨日より連続していた。間合いが変わった分、変異種が攻撃頻度を上げていた。
躱しながら、近づいた。
一歩、また一歩。躱しながら距離を詰めた。
詰めるたびに変異種の攻撃頻度が上がった。攻撃の間隔が縮んだ。縮んだ間隔の中で、白雪は動き続けた。
初雪が右から斥力パルスを撃った。
変異種が躱した。躱す方向に、白雪がいた。
変異種が白雪を向いた。
その瞬間だった。
白雪は斥力クローを展開して、叩き込んだ。
重く、速く、止まらない。
変異種の胴体に当たった。
昨日と違った。吹き飛ぶ距離が違った。昨日は路地の壁まで吹き飛んだ。今日は壁を超えた。壁を超えて、その先の廃ビルの外壁に叩きつけられた。
音が違った。
昨日の音より大きかった。重かった。止まらない一撃の音だった。
白雪は走った。
叩きつけられた変異種に向かって走った。変異種がまだ起き上がっていなかった。昨日は一秒で起き上がった。今日はまだ起き上がっていなかった。
白雪は銃を構えた。
変異種の頭部触手が、一瞬だけ銃口ではなく外骨格の肩部へ向いた。
ES-00系のパーツが入った右腕で、銃を構えた。変異種が倒れていた。白い皮膚に、白雪の斥力クローの打撃跡があった。昨日より深い跡だった。それでも皮膚は破れていなかった。白い皮膚は、深い打撃跡を受けても破れなかった。
「槇」と白雪は言った。
「撃て」と槇の声が来た。
白雪は引き金を引いた。
特殊弾頭が変異種の胴体に命中した。
* * *
変異種はすぐに倒れなかった。
起き上がった。
倒れたまま、起き上がろうとした。腕を地面についた。白い腕が地面についた。立ち上がろうとした。立ち上がった。
白雪は銃を変異種に向けたまま、見た。
変異種の動きが遅かった。
昨日の速さではなかった。ゆっくりと立ち上がった。立ち上がってから、白雪を向いた。頭部触手が動いた。触手の動きが、昨日より遅かった。
壊死が始まっていた。
特殊弾頭の成分が、変異種の体組織を壊死させ始めていた。すぐには倒れない。数分から十分以上かかる。槇がそう言っていた。
倒れるまでの時間が、異様に長く感じられた。
変異種が白雪を見た。
頭部触手が、ゆっくりと白雪を向いていた。
白雪は変異種を見た。
目が合った。
白雪は目を逸らさなかった。
変異種の白い皮膚が、光の中にあった。白雪の素体も白かった。二つの白が、今日の路地で向き合っていた。
第一形態の赤い目を覚えていた。第二段階の赤い目を覚えていた。変異種の目は──色がなかった。白い皮膚の中に、色のない目があった。色がない目が、白雪を見ていた。
何かがあった。
何か、と言うより、かつてあったものの残滓が、その目の中にあった。言葉にならなかった。言葉にしようとしなかった。ただ、見た。
変異種が一歩踏み出した。
ゆっくりとした一歩だった。昨日の速さはなかった。壊死が進んでいた。足が動いていたが、遅かった。それでも、白雪に向かって来た。
白雪は退かなかった。
後ろに退かなかった。前に出た。
変異種が腕を振った。
昨日の鉤爪ではなかった。遅かった。白雪は躱さなかった。
外骨格の肩部装甲に当たった。装甲が削れた。ただ、通らなかった。昨日の速さならば躱せなかった。
白雪は変異種の前に立った。
変異種の頭部触手が、ゆっくりと動いていた。索敵しようとしていた。ただ、精度が落ちていた。壊死が進んでいた。
変異種の膝が折れた。
ゆっくりと折れた。片膝が地面についた。もう一方の膝がついた。両膝が地面についた。頭部触手の動きが止まった。腕が地面に落ちた。
変異種が、地面に伏した。
白い皮膚が、地面の上にあった。
動かなくなった。
白雪は変異種を見た。見続けた。
第一形態が倒れた後、人間だった頃の表情が一瞬出た。
今日の変異種には、倒れた後に表情がなかった。
白い皮膚が、ただそこにあった。動かなかった。
白雪は変異種を見ながら、今日の一日を振り返った。水無月が決めた朝。重くなっていく感触。走りながら詰めた距離。叩き込んだ感触。目が合ったとき。退かなかった自分。
それらが今日の白雪の中にあった。
初雪が隣に来た。
「終わったか」と初雪は言った。
「ああ」と白雪は言った。
二人で変異種を見た。白い皮膚が地面にあった。動かなかった。
槇が建物の窓から下りてきた。変異種を確認した。確認して、白雪を見た。
「撃てたか」と槇は言った。
「ああ」
槇はそれ以上言わなかった。変異種を確認して、拠点に戻った。
榧と楓も路地に出てきた。変異種を見た。榧は白い皮膚を見て、一秒だけ何かを考えるような顔をした。楓は変異種と白雪を交互に見た。
「やったな」と楓は言った。
白雪は答えなかった。
やった、という言葉の意味を確認する余裕が、まだなかった。
拠点から深雪が出てきた。
変異種を確認した。確認して、白雪を見た。
「水無月に報告しろ」と深雪は言った。それだけ言った。
白雪は拠点に向かって歩いた。
* * *
拠点に入ると、水無月が一階の入口近くに立っていた。
待っていた。
外骨格の背部にエンジンがない水無月が、入口近くに立っていた。戦闘には参加しなかった。外に出なかった。白雪が戻るのを待っていた。
白雪は水無月を見た。
「倒した」と白雪は言った。
水無月は何も言わなかった。
白雪を見た。白雪の背部を見た。二基のエンジンが、そこにあった。水無月のエンジンが、白雪の背部で動いていた。
「感触は、どうだった」と水無月はようやく言った。
「重かった」と白雪は言った。「水無月がそばにいた」
水無月の目が、白雪が今まで見てきた全ての水無月の目の中で、一番輝いて見えた。
「そっか」と水無月は言った。小さい声だった。
白雪は水無月を見た。水無月は白雪を見ていた。二人で見ていた。今日の路地で目が合ったときとは違う、今日の別の目が合う瞬間があった。
「ありがとう」と白雪は言った。
言えた。今日初めて、白雪はありがとう、という言葉を使えた。使えた、という実感があった。
水無月は答えなかった。
答える代わりに、白雪の左肩に触れた。素体の左肩に、水無月の指が触れた。
温かかった。
今日も温かかった。水無月が温かかった。白雪のセンサーが、今日も水無月の温かさを拾っていた。
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【記録ログ 2147.05.22 14:03:41】
ES-01 本日の交戦記録:未確認個体との再交戦。
ES-01:右腕部装甲に損傷。その他軽微。
ES-02:損傷なし。
ES-01改(水無月):非出撃。
その他戦闘員:損傷なし。
備考:未確認個体の戦闘不能を確認。
使用武装:特殊弾頭(1発命中)。斥力クロー(強化出力)。
ES-01の機体構成に大幅な変更を確認。
ES-01改(水無月)の斥力エンジン、ES-01に移植された模様。
ES-01の背部にツインエンジン搭載を確認。識別番号:ES-01改強襲型。
ES-01改(水無月)の現在の戦闘能力:大幅低下。
最勝コメント:「白雪さん。何があったのか、聞かせてください」
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