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オストラシズム・ジャスティス-現代聖魔対策科-  作者: 家奈みつき
バズりと、血溜まりと、色欲のデビル
12/13

真相の前のディナー〜羽を狩られた天使を添えて。1

 喉の奥が焼けるように熱い。肺に何か異物が入り込んだような痛み。心臓が一度止まり、そこから雑に叩き起こされたみたいな不快感が全身を貫いた。


「――っ、は……!」


 俺は勢いよく空気を吸い込んだ。途端に胸が裂けるように痛み、激しく咳き込む。


 濡れたアスファルトの感触。冷たい夜気。遠くで鳴るクラクション。歌舞伎町の喧騒が、さっきまでよりやけに遠く聞こえる。


(生きている?、何故だ?)


「目覚めましたか」


 頭上から、落ち着いた声が降ってくる。視線を上げると、男――よく見たらさっき店で聖と揉めていた男だ。

 相変わらず夜の闇に馴染みすぎる黒のスーツ。街灯に照らされたネオンの反射で赤いと思っていた瞳は本物だった。改めてよく見ると、ひどく人間離れした美しさだ。


 まて、さっき、俺が裾を掴んだ男だ。


「……お前、」


 声が掠れる。


「なんで……」


 身体を起こそうとして、失敗した。骨が軋むような痛みが遅れて押し寄せる。落ちた衝撃が消えたわけじゃない。だが、死ぬはずのものではなくなっている。


(あり得ない…あの高さから落ちて、これで済むはずがない)


 アスモデウスは俺の無様な様子を見下ろしながら、わずかに肩をすくめた。


「ひどい顔ですね」


「誰のせいだよ……」


 吐き捨てるように言ってから、はっとする。違う。こいつは落としたわけじゃない。


 だが、普通でもない。


「お前……何者だ」


「薄々気づいていたでしょう?」


 男は微笑む。


「ヒトではない、くらいには?」


「……まさか悪魔とか?はっ今なら信じられる」


「ええ」


 あまりにもあっさりと、アスモデウスは認めた。


「ご明察」


 その一言で、胸の奥がざわついた。眼の前の男は本物だ。人に紛れ、歌舞伎町を歩き、当たり前の顔で店に入り、そして死にかけた俺を“戻した”。


「何で助けた」


 俺は息を整えながら、睨み上げる。


「最初お前は死にかけていた俺を見捨てようとした、なのに何故生かした」


 アスモデウスはすぐには答えなかった。赤い眼が、値踏みするみたいに俺を見つめる。


「簡単な話ですよ」


 やがて、柔らかく言う。


「まだ死なれると困るからです」


「困る?」


「ええ」


 男はゆったりとした仕草でしゃがみ込み、俺と視線の高さを合わせた。


「私は今、ある“狩り”の最中なんです」


「……まさか、聖ノエルか」


「察しがいい」


 その返答で、俺の背筋を冷たいものが走った。


「やっぱり……あいつを追って来たのか」


「ええ。ですが君が余計なことをしたせいで、少し手間が増えた」


 余計なこと、という言い方に腹が立つ。だが今は噛みついている場合じゃない。


「俺を助けたのは、聖を追うためってことか」


「一時的な契約ですよ」


ー契約。その単語に、ぞっとする。


「聖は貴方がワタシとの知り合いと勘違いしたことにより突き落とされ死にかけていた。今は死んだと思っています。聖は落とし殺したはずの貴方が生きてることでますますワタシとの関係を疑います。話されるかもしれないと思い貴方に絶対に近づきます。私は確実に狩れる瞬間はそこだと思います。利害が一致した、それだけです」


「……勝手に決めるな」


「嫌なら今すぐ死にますか?」


 平然と言われ、言葉に詰まる。アスモデウスはくつくつと喉の奥で笑った。


「安心してください。永続的なものではない。今夜限りの、仮の縁です。対価は堕ちかけの天使一匹です。いかがですか?」


「堕ちかけ……?」


 俺は眉をひそめた。


「どういう意味だ」


 アスモデウスは立ち上がり、スーツの裾を軽く払う。


「言葉の通りです。本来、ああいう半端な魂は私の獲物としても質が悪い。もっと高潔で、もっと純度の高いものなら価値もあるでしょうが」


 ひどく事務的な物言いだった。


「天使としての行いができていないんですよ、彼女は」


「天使としての行い……?」


「例えば」


 アスモデウスは、何でもないことみたいに言った。


「ヒトを殺した、とか」


 世界が、一瞬止まった気がした。


「……は?」


 思考が追いつかない。

 だが次の瞬間、いくつもの断片が脳内で繋がり始める。


 不夜嬢事件。

 毎回上がるヘブンリー・ドロップの写真。

 サクラメントグループ。

 “アマネ信者”に起きた不幸。

 そして、あの店で見せた聖の異様な怯えと、俺を突き落とすほどの追い詰められ方。


 もし、聖がただ怯えていたんじゃなく、“知られたくない何か”を抱えていたのだとしたら。


「まさか……」


 喉がひくつく。


「不夜嬢事件の犯人……」


 アスモデウスは肯定も否定もしなかった。ただ、薄く笑っただけだ。その笑みが、答えみたいなものだった。


 嶺聖アマネ。

 今この瞬間も、店の中央でヘブンリー・ドロップと一緒に写真を撮っていた女。これまでの被害者と同じ流れなら、次に狙われる“華”だ。


「……っ、アマネ!」


 俺は弾かれたように立ち上がった。

 全身が痛む。足元がふらつく。それでも止まれない。


 もし聖が犯人なら、もう次の段階に入っていてもおかしくない。さっきセリナが写真を撮った。ヘブンリー・ドロップが開いた。条件は揃っている。


「おい、待て」


 背後でアスモデウスが言う。


「今の君はまともに走れる状態じゃ――」


「うるさい!」


 叫ぶように返し、俺は壁に手をついて体勢を立て直した。


「犯人かもしれないって分かってて、じっとしてられるかよ……!」


 アスモデウスは数秒、黙って俺を見ていた。その赤い眼の奥に、わずかな興味が灯る。


「……なるほど」


 そして、どこか愉快そうに口角を上げた。


「そういうところですか」


「何がだよ」


「いえ。やはり君を助けたのは間違いじゃなかった、という話です」


 意味の分からないことを言う悪魔を睨みつける暇も惜しい。俺は足を引きずるようにして走り出した。


 歌舞伎町の冷たい空気を裂いて、雑居ビルの入口へ向かう。後ろから、ゆったりとした足音がついてくる。


「勝手についてくるな」


「今夜限りの契約でしょう?」


 アスモデウスは平然と返す。


「獲物を取り逃がすつもりはありませんので」


 最悪だ。悪魔を連れて現場に戻る刑事がどこにいる。だが、今はそんなことを言っていられない。


 ビルを見上げる。ネオンに染まるその上で、まだ祭りは続いているのかもしれない。あるいはもう、次の“枯れる華”が摘み取られようとしているのかもしれない。胸の奥で、嫌な予感が膨れ上がる。俺は痛む身体を無理やり前へ押し出し、Club SERAPHへと駆け戻った。

仕事で投稿時間が不定期ですみません!

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