魔物の森(3)
ヘルハウンドが馬の首筋に噛みつこうと飛び掛かっていた。
直撃は免れたものの、爪で馬は怪我を負ったようだ。馬車のスピードが落ちた。それから馬車はコントロールを失いかけて蛇行し始めた。
「師匠!あそこまで魔法、届きますか?」
「都代ちゃんの体をまた借りることになります。それでも射程はギリギリです。こちらから接近するのはリスクが高過ぎます」
「でも、師匠!助けないと、死んでしまいます」
馬を必死にコントロールしようと手綱を操っているのは商人風の男性だった。馬車は幌付きの4輪タイプだけれど、見るからに簡素で華奢だった。破壊されるのも時間の問題だった。
「ううむ。わかりましたよ。やってみましょう。けれど、危険と判断したらすぐに離脱しますから。都代ちゃんの安全が最優先ですよ」
「お願い!」
マウリツィオ師匠が私の体をコントロールしはじめた。
接近しつつある馬車に向かって走り出した。
接近しつつ、バスケットボールくらいの大きさのファイヤーボールを4つ作り出していく。それは左右に二個づつ。
「ファイヤーボール・・・バースト!」
一発づつ、ファイヤーボールが撃ち出された。
それはすごいスピードで発射されて、2百メートル先の一頭のヘルハウンドに命中、直後に爆発した。
「すごい!すごい!師匠!」
「・・・気が散ります。騒がないでください・・・」
「あ、ごめん・・・」
ファイヤーボールが直撃したヘルハウンドは、直後の爆発で地面から1、2メートルくらい浮き上がり、回転するようにして地面に叩きつけられた。ファイヤーボールはそれでも消えず、魔犬を焼き尽くしていく。
2発目のファイヤーボール・バーストは100メートルくらいまで接近していた2頭目に命中、これも無力化する。
けれど問題は馬車の後ろにいるやつだった。
馬車は、さらにスピードを落とし、馬はフラフラと道路外へ倒れこんでいく。もう限界だ。馬車まであと100メートル。
「急いで!師匠!」
「わかってます!」
動きを止めた馬車を回り込むように3頭目のヘルハウンドが姿を現した。すかさず3発目のファイヤーボールが飛んでいく。ヘルハウンドはこちらに気付いていた。ジャンプでファイヤーボールの直撃をかわし、目標を馬車からこちらへと変えて突進し始めた。
「来ますよ!ファイヤーボール・バースト!」
立ち止まって、4つ目のファイヤーボールを撃ち出したけれど、それも避けられた。
動きが速い!
私の中に恐怖が湧き起こる。恐ろしい顔をした魔物がすごい勢いで突進してくる。ファイヤーボールが当たらない!
「いや、いやあ!」
「落ち着いて、都代ちゃん!」
師匠の声は冷静だった。その声で少し落ち着きを取り戻した。
「ファイヤーウォール!イグニッション!」
続けて師匠が使ったのは範囲魔法だった。壁状に炎が地面から立ち上がる。飛び掛かってこようとするヘルハウンドの目の前で突如として炎の壁が噴き上がったのだ。
止まり切れず炎の壁に突っ込む。
その大型の魔犬が炎の壁に突っ込んだ瞬間、壁は魔犬を包み込むように収縮し、一気に焼き尽くす!バーン!と爆発音がした直後にゴオオっという凄まじい火力の音が続いた。
3頭目も沈黙した。
残るは1頭のみ。
そいつは馬車の向こう側。
グルルル・・・と唸る声だけが聞こえる。
戦意を喪失しているのか、それとも油断を誘っているのか動きがない。
「都代ちゃん、体を返します」
「アイハブ・・・」
唐突に師匠が離脱した。体のコントロールが戻って来た。
「大丈夫?師匠」
「魔力切れです・・・魔法そのものは都代ちゃんの魔力を使っているので大丈夫なのですが・・・都代ちゃんの体を借りるのにも魔力が必要なのですよ」
「無理させてごめんなさい。残り一頭なら私でも戦えます」
「・・・無理に近づかず、場所を確認したらホーミングで撃ち込んでください。最悪、追い払えばいいのです」
「うん、やってみる」
ゆっくりと近づいていく。
大して道幅があるわけでもない。回り込むのは不可能だ。
どうしよう。
とりあえずファイヤーボールを作るか。
「ファイヤーボール」
ソフトボールくらいのファイヤーボールを一つ。右手の上あたりにキープする。
馬車まで20メートル。御者の男性と視線が合った。商人風だと思ったけれど、グリーンの髪の男の子だった。たぶん高校生くらいの年齢だと思う。
後ろを振り返り、そして私に手真似でファイヤーボールを弓なりに撃て、と指示している。幌はカマボコ状になった簡易のタイプ。前と後ろには何もなかった。つまり、彼の位置からはヘルハウンドが見えているようだ。
私は頷くと、ファイヤーボールを上方に打ち出した。
「ファイヤーボール、ホーミング!」
上空でカーブを描いてファイヤーボールが馬車の向こうへ落ちていく・・・
「フレア!」
地上から数メートルでファイヤーボールは10個くらいに分裂して一気に地面に降り注いだ。
この2週間の間に特訓した応用技だ。
師匠みたいに範囲魔法は使えないけど、これなら疑似的に範囲攻撃が出来る。正確な位置がわからなくても、ダメージを与えられる。
威力はその分下がるけど・・・。
「ギャンギャン」
魔物とは思えない声を出したな・・・。バタバタっと音がして慌てたような気配。
馬車の陰から、最後のヘルハウンドが逃げ出して、道路脇の茂みに飛び込んでいく。
私はファイヤーボールを用意しようとして立ち止まった。
いや、茂みにファイヤーボールは撃ち込めない。
山火事になってしまう。
ヘルハウンドは遠ざかっていくようだ。
倒すことは出来なかったけれど、再び襲ってくることもない気がする。
遠ざかる魔物の音が聞こえなくなるまで待って、それから、馬車に近寄った。
「大丈夫ですか?」
そう声を掛けた。一瞬、御者台の男の子は怪訝そうな顔をしたけれど、すぐに帽子を取って頭を下げた。
「〇×▽・・・」
あ、言葉が通じない・・・。




