異世界通路
「マウリツィオ師匠・・・異世界への通路、です・・・か?」
黒猫マウリツィオが頷くように首を縦に振る。
「そうです。異世界へ通じる双方向の通路です」
「じゃあ、ひょっとしてここを通ると異世界に行けるという・・・」
「おそらく」
「じゃあ、さっきのカマイタチはここを通って?」
「そうでしょうね。ヘルハウンドは、ここから流れ出す魔素に影響を受けた、こちらの野犬か何かだったと思います。魔物化はしてはいても犬そのものの形態はかわっていませんでした。何より、攻撃性が低過ぎました。完成されない魔物であったと言えるでしょう。しかしカマイタチはイタチとは似て非なる魔物です。こちらで発生したと考えるより、ここを通ってきたと考える方が自然かと」
「なんで異世界通路なんかが・・・」
「・・・魔術の痕跡を感じます。これは・・・人為的な亀裂でしょうね」
「つまり誰かが作ったってこと?」
「ええ」
「いったい誰が・・・」
「・・・例えばレナータ様とかが・・・」
そう言いかけたマウリツィオ師匠が急に黙った。何かを警戒するように空間の亀裂を睨みつける。
「都代ちゃん、隠れましょう。何かが・・・やってきます」
「何かって・・・なに?」
そう言いながらも都代は慌てて藪の中に身を隠す。マウリツィオ師匠は都代の腕の中だ。
「都代ちゃん、念のため、これから詠唱する呪文を一緒に唱えてください」
「う、うん」
「私たちの気配を消す魔法障壁の呪文です」
マウリツィオが英語っぽい、都代には意味のわからない言語でつぶやき始める。都代は無心で心に響く声に従う。
この1ヶ月で何度か練習した詠唱方だ。マウリツィオ師匠の代わりに都代が詠唱し、都代の魔法力で発動させる。
いわば、師匠に都代の体を貸すような状態だ。
詠唱はすぐに終わった。
表面的には何も変わらなかった。
「これって何か・・・」
「目には見えません。けれど、こちらの気配は完全に消えたはずです。直接、触れられない限り見つかることは無いでしょう」
「あの通路を通ってやってくるものって・・・」
「わかりません・・・」
しばらくじっとして過ごす。
藪の中、頭上には木も覆い被さっていて直射日光は遮られてはいるものの、風が通らず蒸し暑い。汗が額から目に入った。
目に染みる。
首元から胸へ汗が落ちていく。じんわりとTシャツが湿っていく感触。
その時、藪の隙間から見えていた黒い揺らめきが一際黒くなった。
そこから黒い煙が噴き出す。
黙々と沸きだす煙は、けれども亀裂から1メートルも離れると急速に色を失い消えていく。結果、亀裂の周りにだけ真っ黒な煙が固まっていく。
そして、その中から、にゅうっと手が出てきた。
人の、手だ。
男の手。それが亀裂を広げようとするように煙を掴んでいた。
革の指ぬきの手袋。
そしてすぐに頭が出てきた。
金髪の美男子・・・金色の目が周囲を警戒して見渡す。
そして体も現れた。高身長の美男子だ。コットン100パーセントという感じの厚手のシャツ。色は・・・無着色なんだろうね。クリーム色というか薄黄色というか。その上に防具を付けている。
まるで異世界の冒険者だ。
腰にはショートソードが揺れていた。
完全に通路から抜け出ると、その金髪の冒険者は呪文を詠唱したようだ。
遠くて何を言っているのかまでは聞き取れなかった。
その後、その男は防具を脱ぎ、剣も腰から外した。それを薄手の布で包む。長細い包みにすると、それを担いで立ち去っていく。目の前の藪なんか気にもしないようにかき分けていく。
5分くらいは、そのままじっとしていた。
さっきの冒険者風の男は何だったのだろう。
師匠は、一連の出来事の間、じっと黙って推移を見届けていた。
都代が口を開いた。
「マウリツィオ師匠!さっきのはいったいなんなんですか!」




