魔法少女と黒猫
日曜の朝。
都代は早くに目が覚めた。
昨日は興奮してなかなか寝付けなかったというのに。
「だって魔法よ?私が魔法を使えるのよ?」
都代が使える魔法は初級のファイヤーボールだけだけれど。普通の人が見たら面白い手品だ、くらいにしか思わないだろう。そんな小さなファイヤーボールに過ぎないけれど。
「でも、私、魔法少女になっちゃったのよ?」
たぶん3時間くらいしか眠っていない。
でも、そんなことは関係ない。ベッドから起き出して着替える。
父親はまだ寝ているようだ。
母親は起きてキッチンにいた。
「あら、都代。早いのね」
「うん。目が覚めちゃった。ちょっと散歩してくるね」
「そう?朝ご飯は?」
「トースト食べてから行く」
「わかったわ。お昼には帰ってくるかしら?」
「うん。帰ってくるよ」
都代が向かったのは近くの川。
海の近い街である折湊市には1級河川の織深川が流れている。
折湊の地名のもとになったと考えられている川で、江戸時代後期には暴れ川として地元の住民を苦しめた。
戦後の河川整備のおかげで現代では災害はほとんどなくなったが、高い堤防のせいで川を見ることも減ったと嘆く住民もいた。
都代からすれば、生まれた時から高い堤防が立っていたし、そういうものだとしか思わないけれど。
堤防の中へ入れば人はあまりやって来ない。
川幅は100メートル以上はあり橋からも数百メートルは離れている。
都代はファイヤーボールを作る。
マウリツィオが言うには、一応術式というか詠唱文はあるらしい。
けれど、多くの魔法士はそれを唱えることは無い。詠唱はどうしても魔法が使えない者たちに魔法のイメージを掴ませるために唱えるもの、なのだそうだ。
なので、梨音の手助けありとはいえ、1発目でファイヤーボールを出した都代には不要だということだ。
都代の左手の上に小さな炎が現れた。親指の先くらいの魔法。ライターの炎くらいの小さな炎。
それを消さないようにコントロールする。魔法力の流れを意識して多すぎず少なすぎない量で注ぐのだ。
この練習は、必ず屋外ですること、と梨音にくぎを刺されている。
「火事になったらどうするの!」
とのことだ。
こんなライターの火くらいの火力では火事になんかならないでしょう?と聞き返したらマウリツィオが「魔法力のコントロールが悪ければ炎は一気におおきくなりますぞ?」と言った。
だからきちんとコントロール出来るようになるまでは屋外の、周りに燃えるもののない安全な場所で練習すること、それと人目のある所では練習しないこと、と言われている。
それから、ファイヤーボール以外の魔法は使用禁止。基礎をしっかり練習してから次へ行かないと上達しない、と言われてしまった。
休憩しながらファイヤーボールの練習を繰り返す。
いつまでやっていても飽きなかった。
「にゃー(頑張っているかい?)」
マウリツィオがやってきた。
「はい、師匠。だいぶ思い通りに維持できるようになってきました」
「じゃあ、次は動かす練習に移ろうか。ファイヤーボールを上昇させていって」
「はい、師匠」
上昇、下降、水平移動・・・離れたところでの火力の維持。
「ファイヤーボールといっても、これは生活魔法だからね。暖炉に火をつけるのに使ったり、ランプの火種にしたりするための魔法だよ」
梨音相手ではないため、マウリツィオも少しくだけた話し方だ。
「なるほど。でも水平に打ち出すように使えば攻撃に使えるのではないですか?」
「使えるとも。しかし、そのためには最低限、拳大のファイヤーボールを維持出来ないと。それから打ち出した、と言えるだけのスピードで水平移動させるわけだから、それなりに技術がいりますよ。まだまだ先の話ですね」
お昼過ぎまで、都代はマウリツィオのコーチで練習を続けた。
都代がコツをつかむのは早かった。マウリツィオも優秀な師匠だったけれど、都代も魔法のセンスがあった。
こうして日曜日が終わるころには、都代はファイヤーボールをマスターしつつあった。




