私刑と呼び出し
日曜の朝、梨音は・・・。
朝から梨音は塩崎に呼び出されていた。
正確には、土曜の夜に電話が掛かってきて日曜に駅前のビルの裏手に来い、と言われていた。
「行かない」と答えたら、「それじゃ済まないんだよ」と怒鳴られた。
「何が済まないのですか?塩崎さん」
『ふざけんじゃないよ。来いったら来いよ。来なかったらただじゃ済まさねえぞ』
なんかこの前と話し方が違うな、と思ったけれど、あの難解なスラングで話されても意味が分からないから、まだこちらの方がいいかもしれない。
「ただで済まさないとは、何が起きるんです?」
『いや、えっと、それは・・・上履きを隠すとか?』
「それだけ?」
『いや、ちがくて!えっと、捕まえてぶん殴る?』
「出来ないと思いますけど・・・私、捕まりませんから」
『いや、とにかく来いよ!いや、来てくれよ。頼む、来てくれ。来ねえと、来ねえと・・・私がリンチされるんだよ・・・お願いだから、来てくれよ』
リンチ?
梨音の、というよりレナータの常識の中においてはリンチは「私刑」のことで、市民が暴走して集団で一人を嬲り殺しにすることであった。
いくら塩崎が嫌な奴でも、嬲り殺しにされるのは見過ごすわけにはいかないだろう。
ただ、私が出向きさえすれば回避出来るというならば、これも人助けだろう。
命乞いをする女子を見捨てるわけにもいかない。
レナータは騎士だから。
そんな感じの電話があって、梨音は呼び出された場所に来ていた。
駅前のビルとビルの隙間を通り抜けて裏路地へと入る。足元にはコンビニ弁当の容器ゴミやら、古いペットボトルやらが土埃をかぶって溜っている。
そこで待っていたのは残念ギャル達4人だった。
塩崎の姿は無かった。
「塩崎っち、こいつ呼び出せたんすね」
「だな。いやあ良かった。来なかったらどうしようかと思ってた」
勝手に話しているので、梨音が口をはさむ。
「塩崎さんは?何処にいるの?」
「あ?うけるー。塩崎っちは絶賛監禁中」
「監禁?」
「そう。あんた待ちでね」
やっぱりそうか、と梨音は考えた。たぶん仲間割れだ。先週、塩崎はこの4人に恥をかかせたから。そして梨音はいじめられる対象ではなくなったから。
塩崎は仲間から処罰されるんだろう。きっと殴る蹴るの暴行をされるに違いない。
「じゃあ、とりま、一緒に来てもらう」
「いや、待って。私は塩崎さんを助けに来ただけだから。何処にも行きませんわ」
「すぐそこだから。てか、塩崎もそこにいるし」
そう言うと4人は歩き出した。
梨音は仕方なく付いていく。
ゴミだらけの路地だった。
角を曲がり、さらに狭い路地へ。
人影はない。駅前だけれど、完全に表と隔絶された裏路地。
「ここだ」
言われて梨音も見上げた。
廃墟にしか見えない3階建てのアパート。
一応コンクリート造りの建物のようだけれど。
梨音の知識では「古い」ということしかわからない。
集合住宅の郵便受け。いくつも並んだ郵便受けには割れて開きっぱなしのものがいくつもあった。閉まっているものにもヒビが入っている。
全体的に埃をかぶっている。
「じゃ、ついてきて」
4人のうち1人が梨音の先に立って階段を上る。3人は下で待っているようだ。
階段も埃っぽい。埃にはいくつかの足跡がついている。
2階へ。いくつかのドアを素通りして6号室の札のついた部屋の前で止まる。
残念ギャルが、ドアをノックする。なんとなくだが、緊張しているように見える。
ドアの向こうで気配がした。
ガチャ、とドアノブが回り、ドアが開く。
「連れてきた。あとはよろしく」
少し震えた声で、そう言うと残念ギャルは、梨音をドアの前へ押し出して脱兎のごとく逃げ出した。
そこには「男」が立っていた。大柄で、ノースリーブのシャツを筋肉でパンパンにした男が梨音を見下ろしていた。
「あの?塩崎さんは?」
梨音が尋ねる。
「ああ、中にいるよ。入れ」
ぶっきらぼうに男が答える。
ドアを支えたまま、男が中に入れるように脇へ避ける。
梨音はためらった。
どう考えても、中に入ってはダメなやつだろう。
だけれども。
中に塩崎がいるのなら、見捨てるわけにもいかない。
大きく息を吸った。
「わかりました。塩崎さんを見殺しには出来ませんものね」
「うん?ああ、そうだな」
梨音は部屋の中へ入った。靴を脱ぐのを一瞬、ためらった。
「靴下は諦めるしかありませんね・・・」
床は埃だらけだった。
背後でドアが閉まった。
狭く、そして短い廊下を進んでドアを開ける。
そこには塩崎はいなかった。代わりにもう一人、ひょろい感じの男と、照明器具、そして三脚の上に固定されたカメラがあった。
「もう逃げ場はないな」
「え?」
そして梨音は、後ろから、男に羽交い絞めにされた。




