アンジェラのサルーン
日が落ちた。
今日のワイバーンの襲撃は終わったと判断する。
私とナタリー、マウリツィオ師匠は集合場所と言われた一軒の店に移動する。
「ここかな?」
私が見上げると、ナタリーが頷いた。
「ここです。アンジェラのサルーン」
「サルーンってなに?」
「私のイメージでは、西部劇に出てくる大衆酒場って感じですけどね」
そう言いながら、ナタリーが入り口のドアを大きく開いた。
「ほう、左右に自由に開くドア・・・私、知ってる。ウェスタン扉って言うんだ」
「ええ、そうですね。ウェスタンは西部の意味です。スイングドアとも自由扉とも言いますね」
「へええ。ナタリー物知り~」
そんな会話をしながら店に入ると、まるで西部劇のような強面の男がジロリとこちらを睨んでいた。
「う!」
思わず立ち止まる。
「ポンペーオ、およしよ、怖がってるじゃないか」
と、奥のカウンターの女性が言った、らしい。ナタリーが通訳してくれた。うーん、英語わからないの、不便だなぁ・・・。
どうやら、最初に睨んできたのはポンペーオというおっさんで、最初のワイバーンの襲撃で負傷、さっきまで寝ていたのだけど、ようやく起き上がって出てきたところなんだそうだ。
睨んでいたんじゃなくて、観察していただけだ、と言い訳していた。
カウンターの女性がアンジェラ。
このお店のオーナー兼料理人。普段、お店には村の人くらいしか来ないそうで、給仕に雇っている女の子が一人いるくらい。ちなみに、夜はお酒も出しているとか。
そんな感じのことをナタリーと師匠の通訳で話をしたよ。
そのうちにレナータとカイトもやってきた。
「おつかれ、都代」
カイトが声を掛けてきた。お、まともに声を掛けてくれたの初めてじゃない?
「今日は大活躍だったよな。僕はレナータに無理矢理連れ去られて特訓したから戦えるようになったけど、都代は何処で魔法の訓練をしたんだ?」
私達は薄暗い食堂のテーブルに移動して、椅子に座った。
「私はマウリツィオ師匠に教えてもらったんだよ。あと、ナタリーの世界でも少し」
そんなことを言っていると、アンジェラがやってきて食事にするか、飲み物を用意するか、と聞いてくる。
そう言えば喉が渇いているな、と思って飲み物を、と伝えると変な顔をされた。
慌ててレナータが何か言って、アンジェラが大きく頷くと、にっこり笑って厨房へ帰って行った。
「なんて言ったの?レナータ」
「アンジェラがエールを用意しようとしていたから、果汁入りの水で、と言っただけよ」
「あ、飲み物ってお酒の事だったんだ」
しばらくして、エミリオがやって来た。
エミリオは昼間の4人と一緒だった。
「お疲れ、今日は助かった。明日も村を守るために戦ってくれると聞いている。村を代表して礼を言う」
と、レナータが通訳してくれた。
ゴツイ男二人のうち、ブルーの髪の人がロッコ、グリーンの髪の人がサンドロ。もう一人の普通体型の男の人はシルベスタ。女性がカルロッタ。
ロッコとサンドロは従兄同士だそうだ。で、二人とも弓の名手。あと、村で唯一の大砲を使える。大砲の使い方は難しくないのだけど、照準や弾込めにめちゃ力が必要・・・なんだそうだ。
シルベスタは足が速い。主に連絡担当。ワイバーンに対処するために砦と見張り台を往復する役目。エミリオも同じく連絡担当兼、火縄銃を使う。
カルロッタも火縄銃担当。
この火縄銃は口径が大きく、射程も長い。さらに弾は魔装弾なので、当たると炸裂するからワイバーンにも有効なんだそうだ。
レナータが言うには、主要な都市には火縄銃じゃなくて薬莢式の銃があるらしい。連発式もあるし、魔装滑空砲なる対空武器もあるんだそうだ。
「でも、こんな死の森の奥の村には、そんな上等なものはないよ。この火縄銃だって2丁しかない貴重品なんだ」
エミリオがしみじみと言った。今までは魔装火縄銃でワイバーンも撃退することが出来ていたらしい。
撃ち落とすことが出来なくても、追い返せればそれでいいし、実際、魔装弾は当たれば相当な威力だそうで、ワイバーンに重傷を負わせることも可能らしい。
ただ問題は1発撃つ度に再装填に1分近くかかること。銃身にライフリングなどはなく、精度がイマイチなことだ。
ライフリングってなに?
ナタリーが魔装弾についてエミリオに質問する。
エミリオが腰から弾丸を取り出しナタリーに見せていた。
アンジェラが飲み物を持ってきてくれた。
私には少し酸味のある甘い果実を絞った水。ナタリーにも同じもの。レナータとカイトの前にはエールが置かれた。もちろん、エミリオ達もエールだ。
「じゃあ、乾杯。村の英雄たちに!」
サンドロがエールを持ち上げて、私も慌ててグラスを合わせた。
カチン、カチン、とグラスを打ち鳴らし、私は一気に果実水を飲んだ。
「うまーい」
すこし生ぬるいけど、喉が渇いていたいたところに、さっぱりした味でおいしいよ。ナタリーもおいしそうな顔をする。
「もう少し冷えていたら最高ですけどね」
「そうだねえ・・・冷やそうか?」
「え?」
私はひょいと手を出す。
「アイススフィア!」
手の上に氷の塊がいくつか現れた。
三つほどをナタリーのグラスへ、残りの二つを自分のグラスへ入れた。
「すごいですね、都代」
「いやーそれほどでも」
エミリオがびっくりしたような顔で私を見ていた。気付いて顔を上げるとばっちり目が合った。
お、こうやって真正面から見るとエミリオ、思ったよりも若いね。てか、かっこいいかも。
「ねえねえ、エミリオは何歳なの?」
ナタリーが通訳してくれる。
「14歳だそうですよ」
「へえ!まだ中学生じゃん」
「いや、こちらに中学はありませんてば」
レナータはエールを普通に飲んでいた。
ダメだよー中学生がアルコールを飲んじゃー、と言ったら、その飲み物はアルコールはほとんど入っていないらしい。ノンアルコールビールみたいなもの?と聞いたら「たぶん、古くなってアルコールが飛んでるだけなんじゃないかな」と答えが返って来た。
大丈夫なの?そんなの飲んで。
カイトは苦そうな顔をして少し口を付けただけでグラスを置いてしまっていた。アンジェラに頼んで私達と同じ果実水を持ってきてもらう。
もちろん、私が氷を入れてあげたよ。
レナータはロッコとサンドロに挟まれて盛り上がっていた。
明日はワイバーンとの死闘が待っているというのに、楽しそうだなあ。
「都代ちゃん、こういう世界に住むものは、時に明日の命の保証が無い時だってあるんですよ」
「今が楽しければいいってこと?」
「楽しめる時は楽しんだ方がいいってことですよ」
果実水を飲み終わる頃、村の人達も店にやってきた。
私には何を言ってるのかわからなかったけど、ナタリーやレナータの応対の様子から、礼を言うためにやってきたようだ。
レナータが何かを説明し、礼はいいから、みたいな感じのことを言っていたっぽい。
その後、ナタリーが立ち上がり、店の厨房へ行ってしまった。
「ナタリー、何しに行ったの?」
「今日回収したブラックボアを捌いてもらうために奥へ行きました」
「あ、そうなんだー」
村の人も一緒に食事を、とナタリーが言い出したんだけど、どうやら食材が不足しているらしく、ならば、とナタリーがブラックボアを提供したらしい。
アンジェラさんだけでは手が足りないので、村の男手も使ってブラックボアを捌くらしい。一頭当たり50kgから70kgくらいの肉が取れるらしいので、2頭を提供したら村人全員が食べられるくらいにはなるっぽい。
村人、人口およそ300人くらいだった。
ナタリーが戻って来た。
「いいの?せっかく回収したブラックボアなのに?」
「いいですよ。どうせ今回の旅の食料は日本のスーパーの食材を利用するつもりですし、イノシシっぽいとはいえ、魔物ですからね。どう処理するのかを教えてもらう必要もありましたし」
ブラックボアは、別の場所で処理されるらしい。
方法は、普通の豚とかと大差ないことを聞いてナタリーは帰って来たんだとか。毛を処理するのに丸焼きにするらしく、1時間くらいかかるらしい。
アンジェラは酒場の食材で私達に食べ物を作ってくれる。
出てきたのはパスタ。なんかカピカピしたハムみたいなものがたくさん乗っていた。
食べてみる。
「ん?なんだろ、ジャガイモのスライス?すごくいい香りがついてるけど・・・味は・・・焼いたポテトかな・・・?」
「・・・都代、それ白トリュフですよ」
ナタリーが感心したような顔でゆっくりとトリュフを口に運んでいた。
へえ・・・トリュフかあ・・・なんだ、それ。
「日本では、高級食材ですよ。世界三大珍味の一つです」
「へえ・・・これが・・・」
そう言われると、味わって食べなきゃいけないような気が・・・。
「どうやら、このあたりでは、このキノコがたくさん採れるようですよ。香りがいいので、どんな料理にもスパイス的に使うんだとか」
レナータが説明してくれた。
ナタリーがふんふん、と頷いている。
「帰るときには、取引出来るものを用意して来よう。これを日本で卸せば儲かりますね・・・」
あれ?ナタリー、まるで商人みたいになってるよ・・・。




