三十四話 異世界の中の非日常
結局四月は休載みたいになってしまい申し訳ありません。
教室に入った途端に空気が変わった。
もちろん、悪い意味でだ。
先に来ていた5、6名があからさまに俺と姉たちを好奇の目で見る。
そして、俺と共に入ってきたジンを見ると何やら驚いた表情でこそこそと話しだす。
試験の時にも感じたが、うちは相当有名らしい。
ナナカかジンあたりに、きっちり聞いておくんだった。
「あのあたりで一緒に座りましょうか」
ナナカが教室奥の窓際を指差す。
最後列窓際からアルカ、俺、ナナカ。一つ前の列にセルシス、ジンと並ぶ。
気づけばその前にはメロウがいる。
まぁ、きっとたまたまだろう。
改めて教室を見渡し、違和感を覚える。
「ナナカねーさま、あの人たちって……」
俺の視線の先を見て、ナナカの表情が微妙なものになる。
「えぇ、ヒュルムね。おそらく、あの子たちの従者なんでしょう」
生徒たちエデムに混じって、魔力のないヒュルムが何人かいる。
服装も制服ではない。
中には明らかに栄養失調の人もいる。
しかし、彼ら彼女らはまだ扱いがいい方だ。
こうして飼い主のそばにいるということ自体が、信用されている証だ。
ほとんどの奴隷は下水処理や死体処理、鉱山の採掘など過酷な労働環境を強いられる。
「オーカ、中級以上の家庭でもなければ従者にエデムを雇っているところはごく一部だ。ましてや、俺みたいに従者まで生徒としてそばにつかせる者など極めて稀だ」
ナナカとの会話を聞いていたジンがこちらに向きながら試すような視線を向ける。
全く、こいつは本当に何を考えているのか読めない。
俺に近づいてきている理由も、まだ不透明な部分が多い。
「ジン様、少しお話が」
セルシスが俺にギリギリ届くぐらいの声で、ジンに耳打ちをする。
「……わかった」
セルシスの表情から何かを察したジンが、セルシスと共に教室を出て行く。
うーん。なんか、嫌なフラグに見えて仕方がないが、ジンは王族だ。下々には想像も出来ないようなことを抱えているんだろうなぁ。
「ねぇねぇ、オーカぁ」
ふと、肩から声がする。もちろん、マチだ。
「どーした?」
「ここ、なんだか臭くない?」
マチが口元に手を抑えて、気持ち悪そうにしている。
くんくんと鼻から空気を吸い込む。
しかし、特に変な匂いはしない。
むしろ、ナナカの石鹸の香りとアルカの甘い香りがふんわりとする。
「いや!まさか……」
俺は一つの不安にかられ、恐る恐る自分の身体の匂いを嗅ぐ。
……うーん、たぶん大丈夫。
「アルカちゃん……俺、大丈夫だよね?」
隣にいるアルカに、同意を求める。
「とわー!」
謎の掛け声と共にアルカが俺に抱きついてくる。
そして、首筋あたりをくんかくんか、ぺろぺろしてくる。
「柔らかく果実味が豊かで上質な味わい」
どこのワインの品評だよ。
まぁそれは置いといて、臭いの元は俺ではないのか。
いや、そもそも臭い自体がないのか?
ならば、あと考えられるのは……
「マチ、お前の鼻の中が臭いんじゃないか?」
「ひどいよ、オーカぁ!?」
まぁ、それは冗談として……マチの顔色が珍しく良くない。
掛け時計を見ると集合時間まであと少し。教室にはほとんどの生徒が着席している状態だ。
マチを医務室に連れて行く時間はあるか?いや、優先順位はそうじゃないだろ。
「マチ、医務室まで我慢できr……!!」
突然の轟音。
耳をつんざく音はまるで金属を噛み砕くような異質な旋律。
すべてを掻き消すように轟いた耳慣れない音に、俺は続く言葉を意識彼方へと追いやる。
なんだ?
予鈴?
いや、それにしては周囲の様子がおかしい。
俺は咄嗟に窓の外を見る。
轟音は鳴り止まない。
「なんだよ……これ……」
轟音が鳴り響く教室、その窓の外では先ほどまで広がっていた景色がどんどん遠のいていく。
まるで宇宙に投げ捨てられた一枚の絵画のように、元あった景色が小さく闇の中へと消えていく。
他の生徒も窓の外を見て驚きや混乱の悲鳴をあげる。
なにが起こっている?
自分の考えがまとまらず、思わず姉たちを交互に見る。
アルカは俺の視線に気づかず、窓の外をみつめる。思いつめた表情だ。
ナナカは俺を安心させようと無理に笑顔を作る。
姉たちの表情から、これが学校の催しなどではなく、この異世界でも異常事態なのだと理解する。
それと共に急激に自分の中の不安が加速する。
ナナカがアルカの名前を呼び、視線でなにか会話をすると、すぐに頷く。
「オーカ、アルカ。教室を出るわよ」
ナナカが俺の手を引き教室の扉へと向かう。
金属音がだんだんと弱まる。
しかし、それと同時に別の音が聞こえる。
耳に届いた響が悲鳴だと時間差で理解する。
「嘘だろ……」
俺の視線の先、教室の中央にいたのは……
「なんで、こんなとこに魔獣がいるんだよ!?」
生徒の誰かが半狂乱で叫ぶ。
この異世界に来て尚、まるでゲームかアニメの風景かと錯覚してしまう。
獅子のようなタテガミは鈍色に光り、身体は熊かゴリラの様な黒い剛毛に覆われた筋肉質。
虎のような瞳に知性は無く、鋭い牙が並ぶ口からは涎が無造作に垂れ流されている。
どことなく、入学試験でジンが捕まえていた熊のような魔獣を連想させるが、あの時見た魔獣がいかに無害だったかを俺は悟らされる。
逃げなきゃ。俺は本能的に扉へと後ずさる。
背中にぶつかる柔らかい感触。
振り返るとナナカの柔らかい尻肉。姉妹なので、欲情は全くしない。
普段なら、それでもラッキースケベに喜ぶぐらいの反応はするが、今はその余裕がない。
「うそでしょ……」
ナナカの言葉につられ、その視線の先を追う。扉の向こう。
ああ……わかってたよ……。こういうのは、悪い方向にはどこまでも悪くなる。
扉の向こうには廊下などはなく、宇宙のような冷たい空間が広がるだけだった。
くそ、閉じ込められた!




