家出
女王バチを含めた集団は、礼を言うとそのまま何事もなかったかのように去っていった。
人の姿となったサンダーバードは、自らをダンと名乗り里からはつい最近出て行ったことを告げた。
俺らも彼の集落に用事があることを伝えると、ダンはしぶしぶ道案内をするところまでは了承した。
「もともと男は里から出るって決まりがあるんだ。まあ、俺の歳からするとあと2年くらいしてから出るのが決まりなんだけどな」
「で、お前は里の場所は教えるけど帰らない……ってか。まだ子供なら親も心配してるだろ。あんなことなってたし」
俺が呆れたようにそう言うと、ダンは明らかに不機嫌な表情をしてそっぽを向いた。
反抗期と言ったやつなのだろうか……見るからに中坊と言った年齢だろう。俺もそこまで歳が離れているわけではないけど、反抗期だこれというような反抗期はなかったためなんだか新鮮である。
ルナもそういった時期はなかった様子で「お父さんお母さんに迷惑かけちゃだめですよーっ!」と終始ダンに口をはさんでいた。
まあ、上位種は人間と比べると家庭内の事情が複雑な輩が多いのかもしれない。キュリア然り。
ただ、キュリアは出ていったではなく追い出されたようなものだからな……。
俺は少し落ち込んだ表情をしたキュリアの頭に手をおくと「気にすんな」と一言だけ呟いた。少しだけキュリアの表情が和らいだ気がする。
「どうせ大人になったら家から追い出されるんだぜ!? 遅かれ早かれよお! じゃあ今出ていったってなんも問題ねえだろ。その結果雷にぶちあたって死にかけたんだけど……、ああくそ!」
「出ていく風習があるからこそ、それまで可愛がっていたかったんじゃねえの」
「はっ、きも」
結構まともな意見を出したとおもったんだけど……。俺の意見はダンの一言によって見事に撃沈した。俺のメンタルも一緒に撃沈した。
ダンの集落に対する愚痴を横から吐かれ続けて数時間、ずっと岩肌ばかりでまともな道といえる道がなかった中、やっと整備された道にたどり着いた。
「もう、このあたりからサンダーバードの集落の領地といっても過言ではないぜ。ここらへんで道を整備してるっていったらその種族しかないからな」
「人が入ってくることはないのか?」
ただただ歩いてきただけで何か障壁があるわけでもなくここまで歩いてきた。上位種の集落となるとふつう人間を中にいれないよう何かしら対策がほどかされていたり隠れていたりするもんだとおもっていたんだけど。
まさかここからが本番ってわけか? まともな道があると見せかけて地面から大量の針がとびだしたりとか……。
俺があっちやこっちで身構えてることに呆れたのか、つぎはるんるんではなくダンが口を開く。
「普通なら一般の冒険者じゃ太刀打ちできないような魔物だらけでここまでこれるこたねーよ。俺が一緒についてるから出てきてないだけで、俺がいるってだけで一応助かってんだぜ?」
しばらく歩くと遠くに村のようなものが見えてくる。大きなトーテム像のような形をした建物を見て、やはり異文化だよなと独特な建築センスに苦笑を浮かべた。
ルナは歩き疲れたのかいつのまにか拾っていた木の棒を杖がわりにしてついてきている。目的地が見えたことで安堵しているようだ。
そして、ダンがここで脚を止めた。
「ここまでくればあとはお前らだけで十分だろ。くれぐれも俺の名前を出すんじゃねーぞ、俺は家を飛び出した身だからな」
「一応きくけど、なんで家を飛び出したりしたんだ?」
手のひらをぶん回して、道を引き返そうとするダンを俺は呼び止める。するとダンはこちらへ振り返るが、何故か顔を赤らめている様子だった。
「……にしてきたんだ」
? 声が小さくて上手く聞き取れない。
「馬鹿にしてきたんだ! 村の女が! 俺は弱いから一人で生きていけないって!!」
俺が眉をひそめてよくわからないといった表情をしていたところ、ダンは声を荒げてそう言った。
キュリアが「キューと似てるかも」とボソリと呟いたが、俺以外の耳には聞こえなかったみたいだ。
「俺らの羽根や爪はてめーら人族のところで高値で取引されるらしい。とくに女はな。男は里を出る以上殺される確率が高いってわけだ。俺みたいな弱いやつはすぐに捕まるから村から出る必要ないんだとよ……。俺は弱い。思い知った。だけどよ……」
つまりあれか。外に出て、生き残って帰ってきた強い者だけが種を残せる……そうやって種の繁栄をしてきたってわけか。
ダンを馬鹿にした子はおそらく、ダンに死にに行くような真似をしてほしくない……そういう考えがあったのかもしれない。
ダンの話を聞いてるだけでただの憶測でしかないが、ダンの言ってる人は呼び止めるつもりがダンの負けず嫌いな性格に火をつけてしまったってわけだ。
「一度話し合ったほうがいいと思います。このまま家出を続けることが何かの解決に繋がると思いますか? このまま相手のことを何も理解しないまま旅をしても、大事なことを得られるとは思いません」
ルナは真剣な顔で去っていこうとするダンに目線を向けた。
ダンは立ち止まり、芝のように力強く生えた金髪を右手でか掻く。まだ気持ちの整理がついていないのか、ヤケクソ気味に俺らの方へ振り返り近寄ってきた。
「あくまで、お前らが心細いだろうから村の中にもついてってやる! 俺の意思じゃねぇからな! 命の恩人の願いッてことだから聞いてやるってだけだからなッ!」
ダンは俺らの先頭へ戻ると、俺らの顔を見ることなくそのまま村の方へと歩いていく。
地響きでも起こしたいのかというくらい、わざとらしく力を込めて地面を踏みつけるダンのあとを追いかけながら、俺らも雷鳥の里へと足を運ぶのであった。