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神秘解戦~ダンジョンプラネット~  作者: 白石誠吾
第二章-後編「新生胎動」
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Op.60「冒険者」

「冒険者やろうよ!」


 その言葉が耳に届いた瞬間、胸の奥がドクンと跳ねた。

 それはまるで、重たく淀んでいた心の中へ、どこまでも突き抜ける強い風が吹き込んできたような感覚だった。


 冒険者。


 思い返せば、そんな職業がこの世界にはあるのかと、少し前に胸を躍らせたばかりだ。

 正直、何をやるのかも分からないし、俺にできるのかなんて皆目見当もつかない。


 それでも、こちらを真っ直ぐに見つめるルナの眩しい瞳を見ていると、不思議と胸が高鳴る。


 そんな自分でもよく分からない感情に戸惑っていると、正面から落ち着いた声が飛んできた。

 

「冒険者というのは、かつては主に惑星迷宮(ダンジョン)の攻略に挑む人たちを指し示す言葉だったの。近年では、迷宮内の資源の調達や、人々の脅威となる魔獣の討伐を生業とする職業なんて言われているけれどね」


 フィオネの凛とした声で語られた冒険者という職業の概要。

 少し前にサポート型アンドロイドのクロに教えてもらった内容とも合致している。


 だが、その内容はかなり過酷なものに思えてならない。

 特に、人々の脅威となる魔獣の討伐の部分。


(魔獣って、あのメガロドンみたいな化物のことだよな……)


 真っ先に脳裏へ浮かんだのは、空を泳ぎ、俺を喰い殺そうとした巨大な鮫の群れだった。

 それに加えて、ワームホールと呼ばれる空に発生した黒い穴から溢れ出していたモンスターの数々も記憶に新しい。


 ルナやシアの話を聞いている限り、あれ以上に強力な魔獣がいても何もおかしくない。

 そんな怪物たちを相手にし続けるなんて、命がいくつあっても足りないだろう。


 今の俺は、なぜか剣も扱えるし、魔法まで使える。

 けれど、だからといって自分から進んで戦いたいとは思わない。

 贅沢を言っていられないのは分かっているが、さすがにまだ死にたくない。


 気づけば、さっきまであれほど大きかった胸の高鳴りも、少しずつ静まり始めていた。


「今の内容だと、冒険者は俺にはちょっと難しそうな感じがするんだけど……」


 やんわりと断りを入れ、他に仕事の候補がないか尋ねようとした。

 だが、それよりも早くルナの声が割って入る。


「そんなことないって! 君(・)めっちゃ強いじゃん! それにさ……」


 ルナはそこで一度だけ言葉を切ると、勢いよく俺の両手を掴んだ。

 そのままぐいっと引き上げられ、俺は半ば強引に席から立たされる。


「冒(・)険(・)者(・)は(・)さ(・)、(・)自(・)由(・)で(・)、(・)ロ(・)マ(・)ン(・)あ(・)ふ(・)れ(・)る(・)仕(・)事(・)な(・)ん(・)だ(・)よ(・)!」


 両手を掴んだまま、ルナは真正面から俺を見上げてくる。

 茜色の瞳は眩しいくらい真っすぐで、その熱に押されるように、俺は立たされたまま彼女を見返すことしかできなかった。


「ダンジョンに眠るお宝を探したり、誰も見たことのない景色を見に行ったり、地図にない場所だって自分の足で突き進んで、未知に挑んでいく」


 その声音は弾んでいて、今にも本当にその場から飛び出していきそうな勢いがあった。

 言葉にも眼差しにも、うわべだけではない熱がある。

 その熱に触れたせいか、俺の胸の内で冷めかけていた何かが、もう一度じわりと息を吹き返し始めていた。


「怖いこともあるし、危ないこともある。失敗だってするし、逃げ出したくなる日もあると思う」


 先ほどまでとは少し調子を変え、ルナは冒険者が決してきらきらした側面ばかりではないことも口にする。


 その上で、彼女は笑った。


「それでも冒険者は、自分で選べるんだよ。どこへ行くかも、どんな依頼を受けるのかも、誰のために戦うのかも。全部、自分で決められる!」


 その言葉に、胸の奥がドクンと大きく跳ねた。


 自分で選べる。


 それは前世で親の操り人形だった俺にとって、とても大切なことだ。

 この世界で生きていくうえで、俺は自分の選択を大事にしたいと思っている。


 だからだろう。

 彼女の言葉は、思っていた以上に強く心に響いた。


 さらに、ルナは俺の手を離さないまま、まっすぐに言葉を重ねていく。


「今の君(・)が、自分のこととか世間のことが何も分からなくても。どこから来たのか分からなくても。何をしてきたのか思い出せなくても」


 触れた指先から伝わる熱が、胸の奥に沈んでいた冷たいものをじわりと溶かしていく。


「これからどこへ行くか、何をするかは、君(・)が決めていいんだよ」


 ルナは、花がほころぶみたいにやわらかく微笑んだ。

 その笑みはどこか大人びていて、思わず目を逸らせなくなるほど綺麗だった。


 そして最後に、彼女はいつもの無邪気さを滲ませるように笑ってみせる。


「それにさ……いつかきっと、君(・)はすごい冒険者になる。私の直感がそう言ってるんだ」


 あまりにも根拠のない、ふわっとした断言だった。

 なのに、不思議と嫌じゃない。

 むしろ、自信満々に言い切るルナの姿がおかしくて、思わず笑いがこぼれた。


「ふっ、なんだよそれ」


 こぼれた笑いに釣られるように、左隣からぱっと明るい声が飛び込んできた。


「私もいいと思う! 世界調律騎士団の小隊を、魔法も魔術もなしで制圧できちゃうくらいだもんね」


 シアは表情をぱっと明るくし、さっきまで少し元気なく伏せていた獣耳まで、心なしか持ち上がったように見えた。


 その言葉に続くように、正面のフィオネも腕を組んだまま淡々と口を開く。


「そうね。メガロドンの群れを単独で追い払える実力。戦力は常に不足しているし、どれだけいても困ることはないわ」


 あまりにも現実的な評価だった。

 夢だのロマンだのと盛り上がっていた空気の中へ、急に人材確保の話を差し込まれた気分である。


 とはいえ、その二人まで口を揃えるなら、少なくとも見当違いな話ではなさそうだ。


 それでも、ここで勢いのまま決めてしまっていいのだろうか。

 そんな迷いが、胸の奥にわずかに残る。

 たぶん、その時点でもう俺の負けだった。


 次の瞬間、俺の手を離したルナの両手が、そのまま今度は肩をがっしり掴んだ。


「ってことで、君(・)は冒険者になることが決定しました♪」

「えぇ……もうちょい他に選択肢とか……」


 気づけば、俺の意思とは別のところで話が勝手にまとまりかけていた。

 まだ了承した覚えはないのだが。


 そんな小さな抗議に対して、ルナは満面の笑みのまま、きっぱりと言い切る。


「ないっ!」

「マジか……」


 ここまできっぱり言い切られてしまうと、俺は間の抜けた顔で固まるしかなかった。

 完全に外堀も埋められ、もはや軽口だけで逃げ切れる空気でもない。


 正直、逃げるほど嫌ってわけじゃない。

 冒険者という職業に興味が湧いた。

 けれど、せめて少しくらい考える時間は欲しい。


 とにかく、この場は返事を濁して時間を稼ごうと決めた、その時だった。


 シアがそっと体をこちらへ寄せ、耳元で小さく囁く。


「冒険者は実力さえあれば、いーっぱいお金稼げますよ」


 耳元へそっと流し込まれたその一言は、悪魔の囁きみたいに甘かった。


 金だ。

 結局のところ、金が要る。

 どこの世界だろうと、生きていくには金が必要なのだ。


 気づけば、その思いはそのまま声になってこぼれていた。


「……冒険者、がんばります」

「はい、一緒にがんばりましょうね」

「ったく、現金なやつだなー」


 シアは肩口までの白髪をふわりと揺らし、どこか悪戯っぽく微笑んだ。

 ルナはやれやれといった様子で肩をすくめる。

 正面では、フィオネが小さく息をつきながらも、どこか諦め半分といった目でこちらを見ていた。


 しかし次の瞬間には、その表情はいつもの凛としたものへ戻り、青い瞳は俺ではなく隣の金髪少女へと向けられる。


「それで、ルナ。彼のこと、ロアナさんやビスタさんに話は通しているのかしら?」

「あー、えっと、それはこれから……」


 さっきまでの勢いはどこへやら。

 ルナは露骨に視線を逸らし、気まずそうに頬を掻いた。


(ロアナさんに、ビスタさん?)


 聞き覚えのない名前だ。

 話の流れからすると、たぶんルナの両親のことなのだろう。


 だとしたら、娘が記憶喪失の男を拾ってきた、なんて話が果たしてすんなり通るのだろうか。


 脳裏に、じわりと嫌な不安がよぎる。

 そんな俺の心配をよそに、フィオネとルナの間で会話はそのまま進んでいった。


「そう。じゃあ、私の方からもお願いしておくから、あとで自分の口からもきちんと伝えなさいよ」

「はーい」


 どうにか話がまとまったようだった。

 俺もそこでようやく胸の内で小さく息をつく。


 だが、その直後にはもう、正面のフィオネは椅子を引いて立ち上がっていた。


「ターミナル到着までに報告書をまとめるわ。シア、手伝ってもらえるかしら?」

「はい、もちろんです」


 シアは素直に頷き、肩口までの白い髪がさらりと肩先で揺れた。

 一方のフィオネは、扉の方へ向かいかけてから、何かを思い出したように足を止める。


 そして一度だけ俺を見たあと、今度は隣の金髪少女へ視線を向けた。


「それとルナ。彼の傍に付いておいてもらえるかしら。絶対に目を離さないように」

「はーい。お任され~♪」


 フィオネの凛とした声に、ルナの軽い返事がすぐ重なる。

 いや、心外だ。

 完全に要注意人物に認定されている。


「そんな要注意人物みたいに言わなくても……」

「いやいや、当然でしょ。さっき大暴れしたばっかなんだからさ」

「だから、あれは……」


 俺とルナがまた小さくやり合い始めるのを横目に、フィオネは今度こそ歩き出した。


「じゃあ、任せたわよ。これ以上、問題を起こさないでちょうだいね」

「二人ともまたあとでね」


 フィオネは俺を軽く睨みつけ、シアはやわらかく微笑む。

 そうして二人はそのまま足早に会議室を後にした。


 カチャン――


 扉が閉まる音が、静かな会議室に小さく響いた。

 それと同時に、さっきまで張りつめていた空気がようやく少しだけほどける。


「さて、んじゃ到着まであとちょいだと思うけど、どうしよっかね」


 ルナがぐっと大きく伸びをしながら、気の抜けた声でそう言った。

 俺はそんな彼女の姿を見ながら、脳裏にふと一つの光景と物語が思い浮かんだ。


「ルナ、俺行きたいところあるんだけど」


 その言葉に、ルナがぱちりと目を瞬かせた。

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