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神秘解戦~ダンジョンプラネット~  作者: 白石誠吾
第二章-後編「新生胎動」
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Op.56「魔術禁止令」

(ようやく、魔術の仕組みとか発動条件の輪郭が見えてきたな……)


 未だに眠気と痛みが残る頭の中で、俺は今聞いた情報を手早く整理していく。

 せっかく魔術に関する知識を得られる機会だ。

 この場を有効活用しない手はないだろう。


 そんな風に考えながら、俺は小さく頷き、次の話題である『魔術への適性』についての説明をジークへ促そうとした。


 だが、その一歩先を行くように、ジークはふっと柔らかな笑みを浮かべる。

 そして彼は、俺ではなく隣に座る部下へ視線を向け、穏やかな口調で語りかけた。


「次に、魔術への適性についてなんだけれど……ミリア。彼に説明してもらえるかい?」


 まさか、ここで自分に話が振られるとは思ってもいなかったのだろう。

 ミリアは黄緑色の瞳をぱちりと大きく見開き、一瞬だけぽかんとした表情を浮かべた。

 その後、ほんのわずかな間を置いて、ようやくジークの言葉が呑み込めたらしい。


 次の瞬間には、濃紺の長い髪を大きく揺らしながら、彼女は弾かれたように立ち上がる。


「えっ!? あっ、はい!」


 ガタン、と椅子が後ろへ鳴った。

 静まり返っていた会議室には、その音が思いのほか大きく響く。


 その様子を眺めながら、俺の頭には自然と一つの疑問が浮かんだ。


(なんで、ここでわざわざ部下の女に話を振るんだ?)


 とはいえ、答えもなんとなく察しはつく。

 恐らく、貸し借りを少しでも相殺しておきたいという意図があるのだろう。


 ミリアはアレクたちと一緒に、無理やり俺やシアを拘束しようとした側だ。

 もちろん、これで全部が帳消しになるわけじゃない。

 それでも、ここで俺に説明する側へ回れば、互いの遺恨は多少なりとも薄くなる。


 ジークはそこまで考えた上で、ミリアにこの話題を振ったように思えた。


(だとしたら、誠実そうな顔して結構な食わせ者だな……)


 まぁ、俺としてはもう終わったことを今さら蒸し返すつもりはない。

 必要な情報をくれるなら、説明役が誰でも構わなかった。


 一方、勢いよく立ち上がったミリアは、どこか困惑した表情を浮かべつつも、真っ直ぐ俺の方へ向き直る。


「えっと、魔術の適性についてですが……一般的に『適性度』と表現されることが多いです」

「適性度?」


 少しぎこちない表情と口調で話し始めたミリアに、俺はそのまま問い返した。

 すると彼女は小さく頷き、言葉を一つひとつ確かめるように、ゆっくりと語り始める。


「はい。まず、数多く存在する魔術は『攻撃魔術』『防御魔術』『拘束魔術』『回復魔術』『支援魔術』の五つの系統(ジャンル)に分類されます」

「ふむ……」


 魔術の種類は、攻撃、防御、拘束、回復、支援。

 頭の中でその順番をなぞりながら、俺は軽く顎を引いた。


 そんな俺の反応を見て、ミリアはそのまま説明を続けていく。


「人によってこの五つの系統への適性の度合いは大きく異なります。それらを数値で表したものを、適性度、あるいは魔術適性と呼びます」

「なるほどね」

 

 要するに、魔術ごとの向き不向きを数値で見える形にしたもの、ってことか。

 俺はここまで内容を頭の中に叩き込みながら、視線で続きを促す。


 するとミリアは、俺の反応を確認したあと、隊服の懐へそっと手を差し入れた。

 取り出したのは、見覚えのある手のひらサイズの長方形のデバイスだ。


(あれは……ルナやシアも持ってたテレパスフォンだったか)


 簡単に言えば、この世界仕様のスマホ。

 恐らく、俺と同じ世界からやってきたと思われる三英雄が発明したとされる道具だ。

 一見しただけなら、本当にスマホと見分けがつかない。


「そして、これが実際に私の団員証に登録されている、能力値指標(パラメーター)と魔術の適性に関する情報です」


 そう言って、ミリアは手元のデバイスの画面を軽くタップした。

 次の瞬間、淡い光が空中へ滲むように立ち上がり、彼女の胸元の少し前に立体的な画面が投影される。


 思わず、俺は目を細めた。

 宙に浮かび上がったそれは、まるでゲームのキャラクターのステータス画面みたいな表示だった。


 表示された画面には、【個人識別情報】と【魔術適性】の項目、そして【能力値指標(パラメーター)】と記されたレーダーチャートのような図が並んでいる。


【個人識別情報】

 所属:第三楽隊

 氏名:ミリア・クロイツェル

 階級:第六席

 団員番号:3712


【魔術適性】

 攻撃魔術:適性度1/10

 防御魔術:適性度3/10

 回復魔術:適性度2/10

 拘束魔術:適性度4/10

 支援魔術:適性度5/10


【能力値指標(パラメーター)】

 ①魔力総量:3/10

 ②魔力制御:6/10

 ③基礎体力:3/10

 ④機動力:2/10

 ⑤戦闘技能:5/10

 ⑥攻撃力:2/10

 ⑦防御力:4/10

 ⑧索敵:5/10

 ⑨支援補助:5/10

 ⑩射程:4/10

 Totalスコア:39/100


 静かな会議室の中で、立体的な青白い光だけが淡く揺れている。

 その表示を見つめながら、俺は内心で小さく息を漏らした。


(やっぱ、ゲームキャラのステータス表示みてぇだな)


 こんなものを見せられると、どうしたって能力値指標(パラメーター)の各スコアの方にも意識が引っ張られる。


 魔力総量、魔力制御、基礎体力、機動力――見れば見るほど、気になる項目ばかり。

 だが、今の本題はあくまで魔術の適性についてであり、理解すべきこともそっちだ。


 俺は余計なところに意識を逸らさないよう、湧きかけた好奇心をどうにか押し込み、説明を再開しようとするミリアへ視線を戻した。


「ご覧の通り、私の魔術適性で最も高いのは支援魔術の5、最も低いのは攻撃魔術の1です。単純計算になりますが、攻撃魔術を発動する際には、支援魔術を使う時の五倍の魔力を消費することになります」


 この説明から読み取れる情報はかなり多い。


 まず、魔術適性は10段階で評価されている。

 その中で、適性度の数値が高いほど、魔術の発動時に必要な魔力消費は少なくなる。

 逆に、適性度の数値が低いほど、発動時の魔力消費は大きくなる。

 単純に考えれば、最大差ではおよそ10倍の開きが出ることになる。


 つまり、魔術は単純に魔力が多ければ扱えるって話でもないらしい。


 例えば、俺は魔力量が多いらしいが、魔術の適性度が圧倒的に低ければ、規模の大きい魔術などを扱うのは難しいということになる。


 逆に、魔力量が少なくても適性が高ければ、扱える魔術の幅は広いのかもしれない。


「なるほどね。魔力総量と適性度の兼ね合いが重要ってことか」

「はい、その認識で間違いありません」


 俺の総括めいた言葉に、ミリアも深く頷いた。

 どこか張り詰めていた表情が、ほんの少しだけ和らいだように見える。


 そして彼女は、そのまま手元のテレパスフォンの画面を軽くタップした。

 すると、宙に立体的に投影されていたステータス画面が、淡い光の粒を残しながら静かに消えていく。


 恐らく、これが説明終了の合図なのだろう。

 役目を果たしたミリアは、確認を求めるように上官であるジークへ目を向けた。


「ミリア、ありがとう。とても分かりやすい説明だったよ」


 彼女の視線を受けたジークは、柔らかく微笑んだ。

 責めるでも試すでもなく、素直に労うような笑みだった。


 その余韻を残したまま、彼はゆっくりと俺の方へ向き直る。


「それで、どうだろうか。君(・)が抱いていた疑問は解決しただろうか?」

「おかげさまで。俺が魔術を使える可能性が高いって分かっただけでもよかったよ」

「ははは、そうだね。それは確かにそうなんだけれど……」


 ジークはどこか言い淀むように、困った笑みを浮かべた。

 俺としては特におかしなことを言ったつもりはない。

 むしろ、かなり素直な感想を述べただけのはずだ。


(……なんだ? 今の返し、そんなに変だったか?)


 そんな疑問が頭に浮かぶ。

 だが、その答えを返したのはジークではなかった。


 ここまで隣に座りながら退屈そうにしていた金髪の少女が、呆れたような顔で口を開く。


「君(・)はぜーーーーったい魔術使っちゃダメだからね!」

「なんでだよ」


 反射的に、俺の口から不満混じりの返事がこぼれた。

 ほとんど考えるより先に出た声だったが、ルナはそんな抗議を聞き流してはくれない。


 眉間に皺を寄せた彼女は、次の瞬間には人差し指を伸ばし、俺のこめかみの辺りをぐいぐいと小突いてくる。


「当ったり前でしょうがっ! 魔力操作もろくにできないのに、あんなバカ魔力で魔術使ったら危なすぎるでしょ」

「ふむ……」


 押されるたびに頭がぐらぐら揺れる。

 地味にうざいが、ルナの言っている内容そのものは無視できなかった。


 まず、魔術を扱うにはその前段階として『魔力操作』という技術が必要らしい。

 それがどれほど難しいものなのかはまだ分からない。

 ただ、ルナの言い方から察するに、少なくともいきなり見よう見まねでどうにかなる類のものではなさそうだ。


 俺としては、せっかく魔術というロマンの塊みたいな力があるなら、一刻も早く使ってみたかったのだが――


「全然納得してないじゃん。ってか、好き勝手にそこらで魔術使ったら、今度こそこの人たちに逮捕されるからね」

「マジか」


 思わず、間の抜けた声が出た。


 俺とルナに話題に挙げられたジークとミリアは、正面の席で静かにこちらを見ている。

 たしか、この二人は世界調律騎士団という組織に所属していたはずだ。

 彼らが『逮捕する側』の立場にいるということは、やはり警察に近い役割を担っているのかもしれない。


 そんな俺の考えを裏付けるように、正面に座る二人のうち、ジークが困ったような笑みを浮かべながら口を開いた。


「すまないが、彼女の言う通りなんだ。君(・)ほどの膨大な魔力で魔術を行使するとなると、かなりの危険が伴う。その結果、もし民間人に被害が出てしまったり、街や自然を破壊してしまうと、今度は本当に君(・)を逮捕しないといけなくなってしまうんだ」

「えぇ……」


 ジークの説明に、思わず残念とも困惑ともつかない声が漏れた。

 既に俺は涙の魔法で森をぶち抜き、巨大な一本道を開拓してしまっている。

 故意ではなかったとはいえ、そんな言い訳も通じないだろう。


 こうなると、俺が原譜の能力者で魔法を使えるということについては、ますますバレるわけにはいかなくなった。

 その上、どうやら魔術まで今すぐ自由に使えるわけでもないらしい。


 俺は、がっくりと肩を落とすことしかできなかった。


 そんな様子を見かねたのか、ルナが小さく息を吐く。

 やれやれと言いたげに肩をすくめてから、少しだけ声音を和らげた。


「まぁ、あ(・)の(・)約(・)束(・)もあるし、私が魔力操作の基本的なところは教えたげるから、それまでは勝手に魔術使うの禁止ね! 分かった?」

「仕方ないな。じゃあ、それでいいよ」

「なんで私がわがまま言ったみたいな感じになってんのよ……」


 不満げに唇を尖らせるルナに、俺は軽く肩をすくめる。

 『あの約束』というのは、俺が持っていた神秘のオルゴールによってルナが原譜の能力者になった代わりに、この世界のことを色々教えてもらうという約束のことだろう。


 約束をちゃんと覚えていたのは安心だが、残念なことに変わりはない。

 とはいえ、これ以上ごねたところで状況が好転するわけでもない。

 むしろ、魔力操作とやらの基礎を教えてもらえるだけでもありがたいと思うべきなのだろう。


 こうして、ひとまず俺とルナの間では話がまとまった。

 そのやり取りを傍目に見ながら、正面のジークとミリアも小さく言葉を交わす。


「ミリア。僕たちは、どうやら命拾いしたようだね。彼に魔術の知識が残っていれば、恐らくこの船もろとも沈んでいただろうね」

「笑い事じゃありませんよ……」


 ジークは軽く冗談めかして肩を竦めたが、ミリアの返答は引きつっていた。


 俺の疑問もひとまず解消し、会議室の空気はようやく少しだけ緩み始めていた。

 張り詰めていた糸が、ようやく一本ほどけたような感覚。

 そんな空気の中で、ジークは何かを思い出したようにふっと表情を引き締め直し、俺へ向き直った。


「すまない。それで、次の質問なんだけれど……」


『まだあるのかよ』と心の中でツッコミを入れながら、俺は姿勢を正して正面へ向き直る。

 今度は何を聞かれるのか。

 できればこれ以上、面倒な話は勘弁してほしいところだ。


 そんな願いにも似た祈りを胸の内で呟きつつ、身構えた――その時だった。


 ゴンゴンゴンゴンゴン……!


 突如として、室内に荒々しく叩きつけるようなノック音が響き渡る。

 しかも妙に間隔が短い。

 余裕も礼儀もかなぐり捨てたような叩き方だった。


 その音だけで、この場にいる全員が異常事態を察した。

 緩みかけていた空気が、一瞬で張り詰める。


 その中で、両陣営のまとめ役であるフィオネとジークが、ほとんど同時に互いを見る。

 短い一瞬。

 けれど、それだけで十分だった。


 次の瞬間、ジークが扉の方へ通る声を飛ばす。


「入ってくれ!」


 返事を待つ間もなく、扉が勢いよく開かれた。


 入ってきたのは、ジークやミリアと同じ隊服を身にまとった男だった。

 彼は扉をくぐるなり乱れた息を整える間も惜しむように数歩踏み込み、その場で膝を折るようにして姿勢を低くする。


「失礼します! 世界調和機構より、第三楽隊副隊長ジークエリート・セオドール様へ緊急伝令です」


 息切れ混じりの声。

 けれど、言葉は途切れない。


「先ほど、第二都市ベガ第四区画にある魔力供給管理塔にて魔導テロが発生。現在、襲撃者である世界戦慄楽団『死の奏者』と、世界調律騎士団第三楽隊隊長が交戦中。ジーク様についても至急、現場の応援に戻るようにとの通達です」


 第二都市ベガ、魔導テロ、世界戦慄楽団、死の奏者。

 俺にはさっぱり理解不能な単語が飛び出し続け、状況に追いつけない。

 それでもこの場の空気が一段と冷えたのは分かった。


「分かったよ。僕もすぐに向かおう」


 報告を最後まで聞き切るよりも早く、ジークは立ち上がっていた。

 その動きには一切の迷いがない。


 それに追随するように、ミリアも機敏な動作で椅子から立ち上がる。

 さっきまで説明役として、ぎこちなさを見せていた姿とは別人のようだった。


「すまない、どうやら僕たちは行かないといけないようだ」

「この後、私たちの方でも彼への事情聴取を行って、情報は共有させてもらいます」

「あぁ、よろしく頼むよ」


 ジークとフィオネは、必要最低限だけ言葉を交わす。

 互いに余計な確認をしないあたり、こういう緊急時の連携には慣れているのだろう。


 話を終えたジークは、そのまま足早に俺の方へ歩み寄ってきた。

 そして立ち止まると、迷いなく片手を差し出してくる。


「君(・)も大変な境遇だと思うが、何か困ったことがあればいつでも僕を頼ってくれ」


 唐突な展開に追いつけず、俺は一瞬だけ反応に詰まった。

 だが、ここで色々質問したり、無視するのも違う気がして、とりあえず差し出された手を取って軽く頷く。


 ジークの手は、思っていたよりもずっと温かく、しっかりしていた。

 彼はそんな俺に柔らかな笑みを返すと、すぐに身を翻す。


 一方、その隣に立つミリアは何も言わなかった。

 けれど、一度だけ深く頭を下げてから上官の後に続いていく。


 二人は瞬く間に、伝令の男を伴って足早に部屋を後にする。

 開いた扉の向こうへ隊服の背が消え、再び会議室に静けさが戻った時には、さっきまでそこにあった空気もすっかり別物になっていた。


 こうして、あまりにも唐突に、世界調律騎士団に所属する二人との話は幕を閉じたのだった。

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