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神秘解戦~ダンジョンプラネット~  作者: 白石誠吾
第二章-後編「新生胎動」
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Op.55「魔術の輪郭」

 張り詰めた会議室の中で、ジークはゆっくりと立ち上がり、一度だけ俺を真っ直ぐに見据えてから口を開いた。


「僕は世界調律騎士団第三楽隊次席、ジークエリート・セオドール」


 大層な肩書きと名前を名乗ると、彼はそのまま話を続けた。


「まずは、行き違いがあったとはいえ、君(・)に不快な思いをさせてしまったようですまない。彼らの上官として、心より謝罪させてもらうよ」


 そう言って、ジークことジークエリートは深く腰を折った。

 その動きに倣うように、隣に座っていたミリアも即座に立ち上がり、深々と頭を下げる。


「私は世界調律騎士団第三楽隊第六席、ミリア・クロイツェルです。この度は、ご迷惑をおかけして本当に申し訳ありませんでした」


 濃紺の長い髪がさらりと流れ落ち、今にも床へ届きそうなほどに大きく揺れた。


 俺はそんなミリアの姿を横目で眺めてから、改めてジークへ視線を戻す。


「行き違い?」

「あぁ。今回の一件についてだけれど……発端は、星屑の森で魔獣を一掃したという『奇跡の光』なんだ」


 その身に覚えのある単語に、俺の眉がぴくりと動く。

 ジークはこちらの反応を窺いながらも、落ち着いた口調のまま説明を続けた。


「まず、僕の部下たちは、あの現象とその付近で保護された記憶喪失の青年――つまり君(・)を結びつけた。あれほど大きな事象を引き起こせるとなると、使用が許可されていない超高出力のアーティファクトの使用者、もしくは、最悪の可能性として魔人の疑いがあると判断したんだ。それで――」


 そのまま説明を進めようとしたジークを、俺は慌てて遮った。


「ちょっと待った」


 聞き覚えはあるが、意味をちゃんと理解していない単語がぽんぽん出てくる。

 このまま話を進められたら、たぶん半分もついていけない。


 俺は少しだけ身を前に傾け、隣のルナへ小声で助けを求めた。


「あのさ、アーティファクトってなに?」

「あー、魔力で使える便利な道具……みたいな?」


 両腕を組んだまま、ルナは眉を寄せ、どこか自信なさげに答える。

 それを聞いた瞬間、俺は何とも言えない顔になった。


 そんな微妙な空気を察したのか、間髪入れずに隣から補足が入る。


「補足するなら、アーティファクトというのは、魔法もしくは魔術の術式が付与された道具のことよ。その動力源は魔力で、用途は生活用品から戦闘用の武具まで幅広いわね」


 説明したのは、ルナの右側に座る長耳のお姉さん――フィオネだった。

 声音は落ち着いていて、説明も簡潔で分かりやすい。


 さらに正面から、ジークも言葉を継ぐ。


「通常、緊急時や魔獣との戦闘の際には、高出力の戦闘用アーティファクトの使用が認められることが多いんだけれど、基本的に事前の申請と許可が必要になるんだ」


 フィオネとジークの二人がかりで、がっつり補足されてしまったルナは、微妙に気まずそうな顔を浮かべていた。


 そんな彼女に向け、俺は容赦なく追加の質問をぶつける。


「じゃあ、魔人ってのは?」

「えっと……魔獣が進化したヤバイやつ、みたいな?」


 自信なさげに、しかも最後はだいぶ投げやりな回答だった。

 案の定、隣のフィオネがやれやれと言いたげに小さく息を吐く。


「魔人というのは、魔獣が進化を果たした存在よ。人を多く喰らった個体ほど知性が高く、魔力量も多いとされているわ。あとは、より人の姿に近い、という点も大きな特徴ね」


 やはりフィオネの説明は、短くも要点を押さえていて分かりやすかった。

 その説明の横で、なぜかルナが腕を組んだまま得意げにうんうんと頷いている。

 まるで、自分もそれが言いたかったとでも言わんばかりの態度だ。


 そして、案の定、得意げな顔をこちらに向けてくる。


「だってさ!」

「ルナ、あなたには追加の講習を受けてもらう必要がありそうね」

「そんな……」


 得意顔から一転、ルナは露骨に絶望したような顔を浮かべた。

 どう考えても自業自得だ。

 だというのに、なぜか非難がましい視線がこちらへ飛んでくる。


(いや、どう考えても、ちゃんと答えられなかったお前が悪いだろ)


 心の中でだけそう返しつつ、俺はその視線から逃げるようにジークへ向き直る。


「で、俺は魔力量? ってのが多いから、魔人だと疑われたってこと?」


「それも要因の一つと言えるだろうね。僕自身も、君(・)の魔力には驚かされたよ」


 ジークはどこか感心したような色を滲ませながら、静かに頷いた。

 その一方で、俺の隣で白金髪のショートボブの少女が不貞腐れたようにぼそりと呟く。


「バカ魔力……」


 ぼそりと言われたので、俺もぼそりと言い返す。


「ルナは、ただのお馬鹿……」


 直後、至近距離で視線がぶつかった。


 茜色の瞳と、俺の視線が真正面から絡み合う。

 互いの嫌味を噛み締め、飲み込むまでの短い沈黙が落ちる。


 そして、その静寂は当然のように、にんまりと笑みを浮かべたルナによって破られた。


「よーしっ、その喧嘩買ってやんよ♪」


 楽しそうに両手を構えたと思えば、次の瞬間には右頬を摘まもうと手が伸びてくる。

 俺は慌てて上体を大きくのけ反らせ、どうにかそれを躱した。


「ちょっ、待てって! 冗談だっての!」

「君(・)が変なこと訊くから、私が追加講習受けなきゃいけなくなったんですけど!」

「いや、どう考えても至極真っ当な質問だったろ!」

「うっさい! ってか、器用に避けんな!」

「なら、まずは俺の傷周りをつつくのをやめるところから始めようか!」


 最初は声を潜めた小競り合いのつもりだった。

 しかし、売り言葉に買い言葉で応酬を重ねるうちに、いつの間にか俺たちのやり取りは会議室の隅々までしっかり響き渡っていた。


 この状況を、さすがに見かねたのだろう。

 ここまでぐったりとした様子で成り行きを見守っていたシアと、眉間に皺を寄せたフィオネが、ほとんど同時に口を開いた。


「もぅ、二人ともダメだよ。真面目にしないと」

「今は会議中よ。ふざけるのはやめなさい」


 左右から飛んできた仲裁とお叱りの言葉に、俺とルナの動きがぴたりと止まる。

 いや、正確にはルナの動きが止まったおかげで、俺もようやく身の危険から解放されたと言うべきか。


 ともあれ、二人揃ってきっちり釘を刺された以上、これ以上騒げる空気ではない。

 俺たちは互いに気まずく視線を逸らし、何事もなかったように座り直す。


 その動作の途中で、どちらからともなく小さくぼやきが漏れる。


「君(・)のせいで怒られた……」

「ルナのせいで怒られた……」


 当然のように責任のなすりつけ合いが始まる。

 そのまま、また小競り合いに発展しそうになったところで――

 ルナの右隣に座るフィオネが、牽制するようにコホンと一つ咳払いを挟んだ。


 たったそれだけなのに、空気がひやりと冷える。

 まるで、次に騒いだら許さないと言わんばかりの威圧感。


 俺とルナは揃って口をつぐみ、背中をわずかに丸めるしかなかった。


 そうして、ようやく場が落ち着いたところで、フィオネが正面の机の向こうに座るジークへ視線を戻す。


「ごめんなさい。続けてもらえるかしら」


 その言葉を受け、先ほどまで困ったような笑みを浮かべていたジークの表情が、静かに引き締まる。


「いずれにせよ、行き違いがあったとはいえ、今回はこちらに非があったことは明白だ。君(・)や彼女に迷惑をかけてしまったようで、申し訳ない」

 

 そこでジークは、まず俺へ視線を向け、それからわずかにシアの方へも目を向けた。

 謝罪の相手が俺だけではないことを示す、控えめで、けれどはっきりとした仕草だった。

 

 室内に、短い沈黙が落ちる。


 たぶん、このあと何か返すべきなのは俺かシアなんだろう。

 そう思った矢先、シアはこくりと小さく頷いてから、ちらりとこちらへ碧い瞳を向け、やわらかく微笑んだ。

 その意図は考えるまでもない。

 俺も小さく頷き返してから、気の抜けた声で口を開く。


「あー、別にもういいよ。俺もあんま覚えてないし、気にしてないから」


 我ながらだいぶ雑な返しだとは思ったが、下手に引っ張るのも面倒だった。

 少なくとも、今この場でいつまでも謝られ続けたいわけじゃない。

 まだ眠いし、だるいから話を済ませて休みたいところだ。


 俺の返答を聞いたジークは、わずかに安堵したように目元を和らげ、静かに頷いた。


「それは助かるよ。ただ、僕からもいくつか質問させてもらっていいだろうか?」

「事情聴取ってやつ?」

「気を悪くさせてしまったのであればすまない。ただ、どうしても確認しておきたいことがあるんだ」

「じゃあ、これを外してくれたら」


 そう言いながら、俺は拘束された両手を少し持ち上げて見せた。

 するとジークは、ほとんど躊躇う様子もなく、すぐ隣に座るミリアへ視線を向ける。


「ミリア」

「はい」


 短いやり取りのあと、ミリアが機敏な動作で立ち上がった。

 だが、その足取りにはわずかな硬さがある。

 俺のところまで歩み寄ってくる間も、表情はどこかぎこちないままだった。


 彼女は懐から鍵を取り出し、手元を確認するように一瞬だけ視線を落とす。

 そして次の瞬間、カチャリ、と乾いた音を立てて手錠が外れた。


 俺はようやく自由になった手首を軽く動かす。

 鈍く残っていた圧迫感が少しだけ和らいだ。


(俺を信用してるっていうより、もしここで暴れたとしても抑え込めるって確信があるって感じか……)


 ジークエリート・セオドール。

 弟のアレクは、どこか生き急いでるみたいな危うさと幼さがあった。

 それに比べると、こっちのジークはずっと落ち着いていて余裕がある。

 まあ、名前にエリートなんて入ってるくらいだし、優秀な人物なんだろう。


 そんなことを考えているうちに、ミリアは無言のまま元の席へ戻っていた。

 ジークは、俺の手錠が確かに外れたのを確認してから、改めて穏やかな口調で話し始める。


「では、まず一つ。星屑の森を一直線に貫いた、あの『奇跡の光』について、何か心当たりはないかな?」

 

 その問い掛けに、俺は盛大に顔をしかめた。


「その質問されるの、もう四回目くらいなんだけど……」


 これについては、ルナやシアと出会ってから、もう何度も説明させられている。

 いい加減、そっちで情報共有しといてくれよ、と言いたいところだ。

 だが、そんな俺の内心を見透かしたように、隣からチクリと小さな声が刺さってくる。


「手錠も外してもらったんだし、ちゃんと答えなよ」

「そもそも拘束されてたこと自体がおかしかったと思うけど」

「おかしくないでしょ。あんだけ大暴れしたんだし」

「だから、暴れてないって……」


 またしても隣同士で小競り合いが始まりかけた、そのときだった。


 コホン。


 二度目の咳払いが、会議室に凍えるように響く。

 横目でちらりと視線を向けると、ルナ越しに青い瞳がこちらを鋭く射抜いていた。


(この長耳のお姉さん、めっちゃ怖いんだが……)


 反射的に、俺とルナの背筋は不自然なほどにピンと伸びる。

 こうして、再び室内に緊張感が戻ったところで、俺もジークへ視線を戻す。


「まぁ、答えたくても、結局のところ知らないとしか言えないんだけど」

「君(・)があの場で見たものや感じたこと。小さな違和感や、どんな些細なことでもかまわないよ」

「って、言われてもなぁ」


 ここで返す答えは、結局一つしかない。

 実際のところ、あれは俺が発動した涙の魔法によるものだ。

 けど、能力者であることを隠す必要がある以上、正直に話すわけにはいかない。


 それに、ルナやシアへ既に伝えた内容と食い違うような発言も避けなければならない。

 この件については、もはや深く考える余地すらないだろう。

 知らない。分からない。巻き込まれた哀れな被害者。記憶喪失の青年。

 このシナリオで押し通すしかない。


 とはいえ、即答しすぎるのも不自然だ。

 せめて少しは思い出そうとしているふりくらいはしておくべきだろう。


 そんな計算を頭の中で巡らせながら、俺は五秒ほどわざと間を取った。

 視線を宙へ彷徨わせ、考え込んでいるように見せかけてから口を開く。


「あの時は、空を飛ぶデカい鮫たちに囲まれて死にかけてたから、周りのことなんて気にしてる余裕なかったんだよ」

「そうだったんだね。辛い記憶を思い出させてしまったなら、すまない」

「別にいいよ。さっき美味しくいただいたし。それで質問終わり?」


 聞き返すと、ジークは小さく首を横に振る。


「まだ続けさせてほしい。次に聞きたいのは、君(・)ほどの膨大な魔力があれば、今話していたメガロドンの襲撃も、今回のアレクたちも、魔術を使っていれば簡単に制圧できたと思うんだ。そうしなかったのには何か特別な理由があるのかい?」


 この問いかけに、俺は素直に首を傾げるしかなかった。


 そもそも俺の中では、魔術ってのは複数人で使うもの、という認識だった。

 でも、よく思い返してみれば、ホルシュとかいう長耳のメガネ君は一人で使っていた気がする。


(ってことは、魔法は単独での発動、魔術は複数での発動……みたいに考えてたけど、根本から間違ってたってことか)


 だが、これは俺にとって嬉しい誤算でもある。


 人前で魔法を使えないという制約がある以上、もし魔術が使えるなら、そのメリットはかなり大きい。

 それに、ジークの言い方からして、俺は膨大な魔力を持っているから、魔術を使えて当然だと思われている。


 つまり少なくとも、魔術を動かすためのエネルギーが魔力であることは確かだろう。


(まぁ、実際のところは、俺に魔術の知識がないだけなんだけど)


 そんな内心はおくびにも出さず、俺はあくまで率直に疑問を口にする。


「そもそもの話なんだけど、魔術って、そこのミリアって人とかホルシュってメガネ君が使ってたやつ? あれって、俺も使えんの?」

「……そうか。やはり君(・)は、そういった記憶も失ってしまったということなんだね」


 落ち着いた声音で返される。

 ただ、残念ながら今俺がほしいのは憐れみでも理解でもない。

 もっとシンプルで、実用的な答えの方だ。


「おーい、同情はいいから俺の質問にも答えてほしいんですけどー」


 半眼でそう返すと、ジークは小さく息を吐き、わずかに苦笑した。

 どうやら、自分でも少し話が逸れた自覚はあったらしい。


「あぁ、すまない。魔術についてだったね」


 そう言って、ジークは椅子に座ったまま背筋を正した。

 仕切り直すように、声音も自然と説明口調へ切り替わる。

 正面に座るミリアもまた、余計な口を挟むことなく神妙な面持ちで耳を傾けていた。


 一方で、俺の右隣にいるルナは頬杖をつきながら、どこか退屈そうにしている。

 さらに左隣のシアは真っ直ぐな姿勢を保っているものの、どことなく眠たげな気配があった。


 この場の進行役であるフィオネだけは、凛とした佇まいのまま、会話の流れを静かに見守っている。


 そんな空気の中で、ジークはゆっくりと語り始めた。


「まず、魔術を発動するには、祈りの掌印と詠唱が必要になるんだ。これは言わば、魔術を発動するための準備動作だと考えてくれていいよ」


 俺は小さく頷き、先を促す。


「けれど、それ以前に誰もが魔術を発動できるわけじゃないんだ。当然、魔術で事象を起こすなら、その対価となるエネルギーが必要になるからね」

「それが魔力?」

「その通りだよ。魔法も魔術も行使するには、魔力が必要になる。ただ、ここで重要になるのが、魔力の総量と魔術への適性なんだ」


 魔力の総量と、魔術への適性。

 おそらく、ここがこの話の肝なのだろう。

 俺は湧き上がる好奇心を抑えきれず、わずかに身を乗り出した。


「ふむ、そこら辺もうちょい詳しく」


 俺がそう促すと、ジークは『もちろん』とでも言いたげに小さく頷き返した。


「そうだね。まず、魔力の総量については、君(・)も察しているかもしれないが、個人がその身に宿している魔力量のことなんだ」

「それって、結構個人差ある感じ?」

「あぁ。誰しもが体内に魔力を宿しているとはいえ、身体強化や魔術を使用できる人間は一握りだね。だから、規模の大きい高位の魔術なんかは複数人の魔力を掛け合わせて展開することが多いんだ」

「なるほど……」


 思わず、感嘆の呟きが漏れる。


 ここまでの説明を受けて、頭の中で散らばっていた情報が一本の線で繋がり始めた。

 俺を氷漬けにしようとした仮面の集団が使っていた魔術。

 ホルシュとかいう長耳のメガネが使っていた、光の輪で相手を拘束する魔術。

 前者は複数人で展開された大がかりな魔術で、後者は単独で発動した比較的小規模な魔術。


(ようやく、魔術の仕組みとか発動条件の輪郭が見えてきたな……)

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