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神秘解戦~ダンジョンプラネット~  作者: 白石誠吾
第二章 - 「新生始動」
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Op.50「踏み潰される正義」

 沈みゆく夕焼けが、魔導戦艦の展望デッキを残酷なまでに赤く染める。


 木製の甲板には、無造作に転がるいくつもの人影。

 砕けた武器の残骸、飛び散った木片。

 床に滲む血と、喉の奥から絞り出されるような呻き声。


 その中心で、黒髪の青年だけが壊れたように笑っていた。


「あっはは! これが魔力ってやつ? すげぇなぁ! 楽しいなぁあ!」


 まるでオモチャで遊んでいる子どものように無邪気な声だった。

 だが、その足元に転がる隊員たちの姿が、その異常さを何より雄弁に示している。


 彼らを率いるアレクは、額に青筋を浮かべながら青年を睨みつけた。


「くそっ、ふざけた真似を……!」


 奥歯を強く噛み締める。

 怒りでこめかみが脈打ち、握り締めた拳が震えた。

 既にホルシュは沈み、部下の大半も戦闘不能となり、戦列は崩壊寸前。

 さらに、目の前の青年の化け物じみた魔力は、今も暴風のごとく暴れ狂う。


 ――それでもオレがここで退くわけにはいかない!


 自分が折れれば、この場に残った全員が壊される。

 隊長である自分だけは、立っていなければならない。


 アレクは血の混じった唾を吐き捨て、痛みに軋む身体を無理やり前へ押し出した。


「ミリア! オレとダインが前衛で時間を稼ぐ! 三十四番で抑え込んでくれ!」

「分かったわ!」


 鋭く返った声と同時に、再び戦場の空気が張り詰めた。


 次の瞬間、いくつもの靴底が木製の甲板を強く蹴る。

 乾いた足音が、砕けた武器の残骸と血に濡れた戦場へ鋭く響いた。


 先陣を切るのは、隊長であるアレクと前衛のダイン。

 二人はほとんど同時に踏み込み、左右へ広がるように斬り込んでいく。


「行くぞ!」

「オレたちが相手だ!」


 威嚇するような怒号とともに振るわれる刃。

 真正面から注意を引きつけ、後衛に時間を作るための突撃だった。


 その動きに合わせ、ミリアを含む後衛四人も一斉に動き出す。

 互いの死角を埋めるように距離を取りつつ散開し、黒髪の青年を包囲する位置へ滑り込んでいく。


 足運びに迷いはない。

 無駄な交錯も、余計な声掛けもない。

 何度も鍛錬を重ね、身体に叩き込まれた連携だった。


 その中で、ミリアが呼吸を整え、震えそうになる指先を押さえ込む。

 そして、胸の前で祈りの掌印を結びながら声を張った。


「私に詠唱を合わせて!」

「「了解!!」」


 即座に返る声。

 四人の呼吸がぴたりと重なる。


「「律戒りっかい法柱ほうちゅう天鎖てんさ四条しじょうくさび」」


 展望デッキの上に、四人の詠唱が重なって響き始めた。

 息を合わせるように魔力の出力をも高め、拘束魔術の発動準備を整えていく。


 黒髪の青年は、その動きを見ながら面白そうに目を細めた。


「あー、そういう感じね」


 口元に浮かぶのは、追い詰められた者の焦りではない。

 むしろ、ようやく面白くなってきたとでも言いたげな笑みだった。


「お前の相手はオレたちだ!」

「あいつらの邪魔はさせない」


 アレクとダインが一気に間合いを潰す。

 剣を構え、左右から同時に迫る二つの影。


 だが、その正面で黒髪の青年の余裕の笑みは崩れない。

 足元に転がっていたブレードをつま先で蹴り上げ、くるりと宙を舞った刃が、その手の中に収まる。


「いいね。チャンバラ勝負といこうか!」


 軽い口調とは裏腹に、重たい一閃が宙を走る。


 直後、刃と刃がギィンッという甲高い音を立て、火花を散らした。

 アレクの剣は真正面から弾かれ、ダインの斬撃も紙一重で受け流される。


 拾ったばかりの武器とは思えない。

 その太刀筋には、雑に振るっているようでいて、致命的な無駄が一つもなかった。


「ここでお前を必ず捕らえる!」

「絶対にここは通さない」

「ははっ! そんなこと言われると通りたくなっちゃうなぁ!」


 怒号と嘲り。

 ほんの三秒にも満たない時間の中で、言葉と刃が何度も交錯する。

 だが、その短い均衡は、あまりにも呆気なく崩された。


「まずは、お前だな」


 二対一での斬り合いの中で、わずかに反応が遅れたダイン。

 その一拍の遅れは、目の前の怪物を相手にするには致命的すぎた。


 黒髪の青年の刃が、正面から一直線に振り抜かれる。


「がはっ……!」


 鈍い音とともに、ダインの身体が大きくのけ反った。

 斬り裂かれた衝撃に呼吸が潰れ、そのまま膝から崩れ落ちる。


「ダイン!!」


 アレクの叫びが飛ぶ。

 だが、黒髪の青年は楽しそうに笑ったまま、刃先をくるりと遊ばせた。


「はい、一人目~! っで、次はお前だな」


 その軽薄な声に、アレクの背筋が凍る。


 ほんの一瞬だけ。

 斬り伏せられたダインの姿に、視線が引っ張られてしまった。


 時間にして、一秒にも満たない刹那。

 だが、そのわずかな隙を目の前の怪物が見逃すはずもない。


「しまっ――」


 しまった、と理解したときにはもう遅い。

 慌てて視線を戻し、剣を構え直す。


 だがその瞬間、黒髪の青年の姿が目の前から掻き消えた。

 視界の端で、黒い影がわずかに揺れる。


 そう認識した瞬間には、すでに懐へ踏み込まれていた。


「くそっ!」

「はい、残念~」


 アレクは咄嗟に振り払うように剣を振るう。

 しかし、その勢いを嘲笑うみたいに、青年の手がするりと潜り込む。


 次の瞬間、ガシッ――と、手首を掴まれた。

 黒髪の青年の握力で、骨ごと圧し潰されるような痛みが走る。


「なっ――」


 アレクは、反射的に剣を引こうとする。

 だが、びくともしない。


「せーの!」


 無邪気な掛け声。

 それと同時に、アレクの伸びきった肘関節へ強烈な膝蹴りが容赦なく叩き込まれた。


 ゴギッ――。


 耳を疑うような音が、展望デッキに響いた。


「ぐあああああああああっ!!」


 肘関節を砕くような強烈な蹴り上げに、アレクの右腕はあらぬ方向へ反り返りながら悲鳴を上げた。


 痛みが少し遅れて脳天を貫き、視界が真っ白に弾ける。

 呼吸が乱れ、膝から力が抜ける。

 左手で折れた右腕を抱え込みながら、アレクは悶絶するように甲板へ崩れ落ちた。


「ぐっ……オレが倒れるわけには……」


 それでも、彼は自身の剣だけは手放さなかった。

 砕けそうな意識を無理やり繋ぎ止め、アレクは左手で剣を握り直す。

 へし折られた右腕を引きずりながら、すぐさまその刃を杖代わりにして立ち上がろうともがく。


 ここで終わるわけにはいかない。

 この場の隊長である自分が倒れれば、本当に全てが終わる。


 そう自分を奮い立たせ、アレクは震える膝に力を込める。

 血に濡れた甲板を爪先で踏みしめ、歯を食いしばって身体を起こそうとした。


 しかし、次の瞬間――


「おすわり!」


 無邪気な声と共に、アレクの身体が甲板に押し戻される。

 黒髪の青年の靴裏が、彼の後頭部へ無造作に置かれ、その場から逃がさない。

 さらに、踏みつける力と足元に収束される魔力が徐々に高まっていく。


「っぐ……!」


 立ち上がりかけた身体ごと、アレクの頭が甲板へ深く沈む。

 頬が木材に擦れ、砕けた木片が皮膚に食い込んだ。


 青年は、そんな彼を見下ろしながら、吐き捨てるように言葉を並べた。


「お前は、大事な本をぞんざいに扱った。物語の余韻を楽しんでいた俺の時間を汚した。理不尽に俺を拘束しようとした。あー、あとなんだっけ? 普通に存在がうざい。うん、それがお前の罪」


 まるで不満を並べ立てるみたいな、どうでもよさそうな口調。

 それとは裏腹に、暴力的な魔力の波が大きく揺らめき立つ。


「自分のくだらない正義感を恨んで、悔い改めろ」


 黒髪の青年は、最後の言葉を吐き捨てると同時に、アレクの頭に置いた右足へ体重を乗せて踏み抜いた。


「がはっ……」


 ドン、という鈍い衝撃。

 甲板が軋み、魔導戦艦の船体そのものを大きく揺らした。


 こうして――

 ホルシュに続き、隊長であるアレクまでもが夕暮れの展望デッキに沈んだ。


「さて、あらかた片付いたかな。残るは……」


 まるで部屋の掃除でも終えたあとのような、拍子抜けするほど軽い声だった。


 次いで、黒髪の青年の視線がゆっくりと動く。

 その先にいるのは、悲痛な面持ちでなお詠唱を紡ぎ続ける後衛四人。


此処ここ罪獣ざいじゅう牢獄ろうごく。逃れ得ぬおりとなりて……」


 途切れかけた声を、必死に繋ぐ。

 詠唱完了まで、あとわずか。


 ミリアを筆頭とした後衛陣が、魔力と言葉を重ねるように詠唱を紡いでいく。

 仲間のダインが倒れ、隊長のアレクが身を挺して繋いだ時間。


 だからこそ、沸き立つ恐怖も、怒りも、絶望も押し殺し、四人は拘束魔術三十四番『四柱戒牢しちゅうかいろう』の完成だけを見据えた。


 あと一息。

 本当に、あと一息だった。


 しかし、次の瞬間――

 茜色に染まる展望デッキへ、漆黒の閃光が走った。


「あがっ!?」

「ぐふっ!」

「なっ!?」


 最初の一人が喉元を打ち抜かれ、詠唱を途切れさせたまま崩れ落ちる。

 二人目は腹部に蹴りを叩き込まれ、身体をくの字に折って吹き飛んだ。

 三人目は顎を蹴り上げられ、弧を描くように大きく宙を舞う。


 誰も、反応できなかった。

 何が起きたのか理解する前に、目の前の景色だけが次々と変わっていく。


 紡がれていた詠唱は、一瞬で崩れ去った。

 発動寸前だった魔術は形を失い、集まりかけた魔力もまた、沈みゆく夕日を背に霧散していく。


「なによ……コレ……」


 ミリアのかすれた声が、静まり返った展望デッキに落ちた。


 魔導戦艦の上に訪れたのは、異様な静寂だった。

 ついさっきまで響いていた怒号も、剣戟も、詠唱も、今はもうない。


 残ったのは、倒れ伏した仲間たちと血の匂い。

 そして、何事もなかったかのように立つ黒髪の青年。


 その光景を前に、ミリアだけが呆然と立ち尽くしていた。

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