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神秘解戦~ダンジョンプラネット~  作者: 白石誠吾
第二章 - 「新生始動」
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Op.49「悪童は嗤う」

 魔導戦艦の展望デッキに、魔力の嵐が吹き荒れる。

 空気の密度そのものが押し寄せてくるような、見えない圧の奔流。


 夕焼けに染まる木製の甲板が、悲鳴を噛み殺せず、ギシギシと軋みを掻き鳴らす。


 その渦の中心にいるのは、魔術によって拘束された黒髪の青年。

 彼を起点に、殺意を剥き出しにした魔力が、蒸気のように立ち昇った。

 ゆらり、ゆらりと空間を侵食しながら、ゆっくりと広がっていく。


 まるで、この場の全てを支配するように――


「あー、ははっ! なーんかもう全部どうでもいいや」


 倒れていたはずの青年が、壊れた玩具のように笑いながら立ち上がる。


 次の瞬間。


 ビキビキッ――


 飛行中の戦艦を囲う魔力障壁シールドに蜘蛛の巣のような亀裂が走った。

 同時に、彼を縛る光の鎖が、悲鳴のような軋みを上げる。

 もはや、空間そのものが断末魔を上げているような異様な光景。


「……なによ、この魔力は……」

「こんなの、どうすりゃいいんだよ……」

「……これは、マズいですね」


 この場に集まった世界調律騎士団の隊員たちは、唖然と立ち尽くしていた。


 固唾を飲み、恐れるように後ずさる者。

 動けず、震える手でブレードの柄を握り潰しそうになる者。

 恐怖と絶望を混ぜた顔のまま、足元だけが小刻みに揺れている者。


 皆一様に、同じ予感を抱いていた。

 目の前の青年は、軽々しく手を出していい存在ではなかったのだ、と。

 その結論に辿り着いた瞬間、誰もが遅すぎたと悟った。


 そんな中、この場で彼らを率いるアレクだけが、己を叱咤して声を振り絞る。


「っ……ホルシュ! 拘束を――」


 命令は、最後まで届かなかった。


 パリンッ――


 乾いた破裂音。

 砕け散った眼鏡のレンズが、鮮血と混じり、夕焼けを背に宙を舞う。


 誰も、何が起きたのか理解できなかった。


 突如、黒髪の青年が、先ほどまでいたはずの場所から消えた。

 そう思った次の瞬間には、ホルシュの眼前で邪悪な笑みを浮かべていた。


 目にも留まらぬ踏み込み。

 圧倒的な魔力で身体強化された者の別次元の動き。

 青年の鋭い拳が、彼の下顎を容赦なく撃ち抜いた。


「がはっ!?」


 衝撃で歯が鳴り、喉が潰れ、細身の身体がふわりと浮き上がる。

 声にならない息が漏れた、その瞬間。


 黒髪の青年の手が、ホルシュの顔面を鷲掴みにした。


 指が頬骨に食い込み、皮膚が軋む。

 彼から逃げるという選択肢ごと、奪い取る。


 ――ドンッ!!


 刹那、強烈な勢いで甲板に叩きつけられたホルシュの身体が跳ねた。


「よぉ、メガネ君。さっきはよくもやってくれたなぁ」


 底抜けに軽い声と邪悪な笑み。

 まるで雑談の延長みたいに、ご機嫌な様子で語りかける。

 そして、倒れ伏すホルシュの顔面へ靴底を置いた。


 ぐっ、と体重が乗せられ、表情が物理的に歪んでいく。


「貴様っ! ワタシにこんな真似をして、どうなるか……!」

「どうなるんですかー? バカでも分かるように教えてくださーい!」


 震える声で絞り出した威嚇。

 それを聞いた青年は、煽るように鼻で笑い飛ばした。


「必ず貴様を……」

「知るかよ。バーカ!」


 吐き捨てるような、子どもじみた言葉。

 同時に、彼は容赦なくホルシュの顔面を踏み抜いた。


 ドンッ――


 甲板が大きく沈み、鈍い衝撃が波のように広がっていく。

 木材が悲鳴を上げ、細かな木片が跳ねる。


 踏み抜かれた勢いで、ホルシュの顔面は木製の甲板に深くめり込んだ。

 血が、ゆっくりと滲み出し、夕焼けの赤と混ざり合う。


「ふぅー……スッキリした」


 青年は足をどけながら、口元にうっすらと笑みを浮かべた。


「……まずは一匹っと」


 一瞬にして制圧されたホルシュ。

 彼はこの場に集まった世界調律騎士団の隊員の中でも、二番手の実力者。


 その男が弄ばれるように倒されたことで、他の隊員たちにも恐怖と緊張が走った。

 誰も言葉を発せず、動きを止めたまま背中に嫌な汗だけが滲んでいく。

 完全に硬直した時間。


 それを破ったのは、隊長であるアレクだった。


「ホルシュっ! くそっ……総員、戦闘準備だ! コイツを絶対に逃すな!」


 怒号に叩かれ、隊員たちは反射で武器を構えた。

 己を叱咤し、震える手足を、無理やり固める。


 そんな彼らを前に、黒髪の青年は楽しげに笑った。

 

「あっはは! 別に逃げないってー。空の上で逃げる場所なんてないんだしさ」

 

 軽い調子で喋りながら、彼は肩をすくめる。

 首を傾げ、挑発するように指先を、くいっと動かした。

 

「せっかくだし、仲良く一緒に遊ぼうぜ」

「ふざけやがって……!」


 アレクは怒りで身を震わせながら言葉を吐き捨てる。

 一方で、黒髪の青年は楽しそうに笑みを深める。


「ほら、どしたー? そんな人数いてビビってんの? さっさと来いってー!」

 

 その煽るような言葉を合図に、世界が大きく走り出す。

 アレクを筆頭に、世界調律騎士団の隊員たちが一斉に踏み込み、黒髪の青年を取り囲んだ。


 こうして――

 夕焼けに染まる展望デッキで、避けられない戦いの幕が切って落とされた。


 ♪―♪―♪


 ホルシュが甲板に沈んだ瞬間、シアを拘束していた魔術もふっと霧散した。

 だが、彼女はその場から動けずにいた。


 小刻みに震える手足が、言うことをきかない。

 意識がどこか遠のくような感覚。

 それでもどうにか腕を伸ばして、隣に転がっていたルナの本を拾い上げ、抱きしめる。


「……すごい魔力……」


 目の前に広がっているのは、展望デッキを覆い尽くすように渦巻く魔力の嵐だった。

 空気そのものが重く、息を吸うだけで胸が軋む。

 その場から動くことすら許さない、支配的な魔力が渦巻いていた。


 その中心に立っているのは、黒髪で青い瞳の青年。

 彼は全身から魔力を剥き出しにしたまま、狂ったように笑っている。


「あっはは! 別に逃げないってー。空の上で逃げる場所なんてないんだしさ」


 軽い声で、悪ガキのようなふざけた態度。

 けれど、その周囲に渦巻く魔力は、まるで獣が牙を剥いているみたいだった。


 ついさっきまで、同じテーブルで食事をしていた青年。

 少しミステリアスで、どこか穏やかな雰囲気の人。


 だというのに、目の前にいる彼は、まるで別の生き物のようだった。


 胸がざわつく。

 本能が、逃げろと叫んでいた。

 彼を敵だとは思っていないはずなのに、身体が勝手に震えてしまう。


 それでも、シアは彼から目を逸らせなかった。


(もしかして……)


 ふと、ある可能性が頭をよぎる。


(自分の魔力に……酔ってる?)


 魔力酔い。

 本来は、魔力の少ない人間が強い魔力に晒されたときに起きる現象。

 眩暈や吐き気、意識の混濁などを引き起こす。


 だが、例外もある。

 ある程度の魔力を保有する魔術師や魔法師でも、薬やアーティファクトによって本来の魔力量や出力を超えたときに、精神が過剰に昂ぶり、理性が揺らぐことがある。


 シアは魔導学院の授業でその話を聞いたことがあった。

 また、ルナが以前に同じような状態になった姿を見たこともある。


(魔力量が桁違いだけど、やっぱりあの時のルナと同じ……)


 記憶を失った彼は、魔力操作の方法さえ忘れている。

 自分自身の膨大な魔力を制御できず、呑み込まれてしまっている。


 シアは朦朧とする意識の中で、そう結論づけた。


「どうにかして、魔力を抑えるように伝えられれば……」


 そうすれば、この状況を穏便に収められるかもしれない。

 シアの胸に、わずかな希望が灯る。


 だが、その瞬間だった。


「前衛陣で全方位から抑え込むぞ! 後衛はサポートしてくれ!」


 野太い怒号が響く。

 ブレードを構えた四人の隊員が、四方向から黒髪の青年へ踏み込んだ。

 その動きは素早く、もはや捕縛を目的としたものではない。

 純粋に相手を討伐するための動き。


 シアは思わず息を飲んだ。


「待って! ……え?」


 しかし、四方を囲まれて窮地の青年は笑みを浮かべていた。

 まるでオモチャを与えられて喜ぶ子どものように。


 そして、シアが瞬きをした次の瞬間だった――


「ぐふっ……」

「うあっ!」

「がっ!?」

「ぐぁあああああ!!」


 悲鳴と呻き声が、ほぼ同時に弾けた。

 四人の身体が宙を舞う。


 何が起きたのか、シアには見えなかった。


 気づけば、一人は白目を剥きながらその場に崩れ落ち、一人は逆方向に曲がった腕を押さえて甲板を転がり、一人は潰れた鼻から血を噴き上げて吹き飛んでいる。


 そして最後の一人が、何かに振り回されたみたいに宙を回転し、木製の床へ叩きつけられた。


「あっはは! これが魔力ってやつ? すげぇなぁ! 楽しいなぁ!」


 黒髪の青年は、両手を広げたまま壊れたように笑い続けていた。

 その声音は無邪気ですらあるのに、シアの背筋には冷たいものが走る。


 刹那、放たれたいくつもの銃弾が、夕焼けの光を裂いて走る。

 だが彼は、それを踊るような軽快な足取りで躱していた。


 紙一重、という言葉では足りない。

 当たるはずの軌道を、最初から知っていたみたいに。

 くるり、ふわりと身を翻すたび、黒い髪が揺れ、青い瞳がぎらりと光る。


 その目は笑っている。

 けれど、そこに宿る輝きは、どこか狂気的。


 周囲に渦巻く濃密な魔力もまた、彼に呼応するみたいに大きく脈打つ。

 空気がびりびりと震え、肌に触れるだけで痛い。

 息を吸うたび、胸の奥まで魔力が入り込んでくるようだった。


 目の前で起きているのは、もはや戦いではなく蹂躙。

 今も、シアが瞬きをするたびに景色が変わっていく。


「ぎゃあああああっ!」

「安易に距離を詰めるな! 中距離を維持するんだ!」

「腕がぁああ!!!」


 怒号と悲鳴が入り乱れる。

 誰かが倒れ、誰かが吹き飛び、誰かの武器が甲板を滑って乾いた音を立てた。


 目で追うことすら叶わない。


 さっきまで立っていたはずの隊員が、次の瞬間には床に転がっている。

 振り下ろされたブレードは空を切り、反撃しようとした腕があり得ない方向へ跳ね上がる。

 銃を構えた後衛が引き金を絞るより先に、別の誰かが悲鳴を上げて崩れ落ちた。


 何がどうなっているのか、もう分からない。

 分かるのは、ただ一つ。


 黒髪の青年が、楽しそうにこの場を蹂躙していることだけだった。


(こんなの、どうしたら……)


 シアは胸に抱えた本を、ぎゅっと強く抱きしめた。

 爪が表紙に食い込むくらい力を込めても、身体の震えは止まらない。


「ルナ……早く来て……」


 唇からこぼれ落ちたのは、祈るような小さな声だった。

 その言葉に根拠なんてどこにもない。


 それでも、シアは確信していた。


 今の彼を止められるのは、きっとルナだけだと。


 だが――

 その願いを待つ暇さえ与えないまま、事態はさらに加速していく。

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