“伏見悠榎”はようやく、自分達の目指す目的地云々を知るのであった。
目的地近辺の駅に降りた俺達。しかし、目的地近辺にたどり着いただけであって、件の目的地はまだまだ先なのであった。
トボトボ歩く俺とは対照的に、千夏と神城は高ぶる鼓動を抑え切れないのか、まるで小学生みたいにはしゃぎ出す始末。何故あれ程元気でいられるのか分からない。あぁ、暑いなぁ……。
暑い暑いと心ん中で呟いていると、
「……大丈夫?」
逢坂から心配そうに声を掛けられた。傍から見た俺はどういう風に写っているのだろうか。もし不健康そうに見えたなら申し訳なく思います。
俺は今日もダラダラ元気である。
そんなこんなで約数十分後、俺達はようやく海辺へとたどり着いたのであった。ここまで長かった。
「うわぁ、海だ! ねぇねぇ兄貴、目の前に海があるよぉ!!」
間近に迫った海を見た千夏のテンションは最高潮に達し、俺の服の袖を引きながらわいのわいのと喋りはじめた。
「はいはい海、海。海だなぁ……」
確かに俺達は実際に海を見たのは初めてであるが、千夏みたいにはしゃぐ程俺は子供ではない。むしろその浜辺に群がる人を見付けてげんなりとしている始末である。
海水浴を楽しむシーズンももうじき終わりを告げようという時期であるのに、浜辺には結構の数の人が集まっている。きっとこいつらは「夏といえば海!」とか呟いてここにいるのだろうな、なんて思う。わかってない。わかってないよ、お前らは。
……いや、今そんなことはどうでもいい。とりあえず俺達は件の合宿場を見付けねばならんのだけれど、今だその場所が何処か分からないのである。
「なぁ、来栖。いつになったらその合宿場に着くんだよ。俺、もう歩きたくないんだが……」
これを単なる俺の我が儘と解釈されても構わない。というかむしろ単なる我が儘であるのかも知れないが、俺だけ件の目的地を知らないのだから致し方ないと思う。許して戴きたい。
「そうね……あともう少しかしら」
こいつの「もう少し」は大概もう少しではない……気がする。
……と思っていた俺の考えは間違いだったみたいで、
「さぁみんな、ここが合宿場よ」
ほんの一分程度歩いた所に、目的の合宿場とやらが存在したのであった。来栖も案外嘘を付かない質の人間なのかも知れない。何この部活動素直な奴多くない?
……まぁ、そんなことはさておき、来栖に紹介された合宿場を見回す俺。俺が想像した「合宿場」というのは、不特定多数の人間が寝泊まりする、所謂「学生寮」みたいなモノであったのだけれど、件の建物はというと、「学生寮」というよりはむしろセレブ所有の「別荘」と言う方がしっくりきそうな雰囲気の建物であったので、ちょっと驚きである。
「……なぁ、来栖。この建物は何? 何処から借りたの?」
疑問に思った事をつい尋ねてしまう俺も、正直者の一人ということなのでしょうか? 違うな。しかし、とりあえず疑問は晴らさねば、という性分なので、俺は来栖に尋ねてみる。
「いいえ、借りてはいないわ」
「は?」
「実はこの建物………」
「………」
何故か発生する妙な間。いやいや、そこまで間を溜めなくてもいいから。何となく分かったから。
「……我が家の別荘なの」
「………」
はい来ました。来栖さんに「実は家がお金持ち」設定入りました。言われてみれば成る程確かに、来栖からは何かこうセレブオーラが滲み出ている気がする。まぁ、だからといってどうという事もないのだけれど。とりあえず早く荷物を預けたいのです。
荷物を合宿場、もとい別荘に預け、とある一室にてノンビリ過ごしたく思う俺。ここまでの長い距離を揺られ揺られて歩いて来たのだから、もう少し休みたいのである。しかし、
「さて皆の衆、我々隣人研究部はこれより海へと向かう。仕度を始め給え」
何故か上から目線で指示を叫ぶ来栖。ところで、仕度とは一体何ぞね?
「ほら、ふしみんも準備しなきゃだよ?」
何やら楽しげな神城が話し掛ける。だから何を準備するんだよって話である。
「……何準備するわけ? 俺達これから」
「はぁ? 水着に決まってんでしょ? 海に行くんだから」
成る程確かにその通り……って、
「はぁぁぁっ!!!?」
我を忘れたかって位大声で叫んでしまった。
「五月蝿いなぁ。何? もしかして水着忘れたの?」
「いやいやいや、何処行くか知らん時点で準備出来るわけなかろうが。しかもそれはお前が原因だし」
「う、五月蝿いっ!! とりま海行くから準備しなよっ!!?」
事の真実を告げると何故か逆に怒られてしまった。ぷんすかという単語が実に良く似合う表情を浮かべながら、神城は何処かへ行ってしまった。やはり何故怒られたのかわからんのだけれど。
……しかし、水着やら何やら海に関する準備物を何一つ所持していない訳であるが、一体どうしたらよいのであろうか。様々な思考がグルグル行き交うけれど、やはり何もすることがない。従って俺は、彼女達のような準備をしないまま、件の海へと歩きはじめるのであった。




