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三年契約。  作者: 香月紫陽
chapter 2
13/19

思いもよらないalteration



 家に着いた途端、伊織はベッドに倒れ込んだ。流石にバス内で睡眠を取ったとはいえ、座ったまま寝るのでは疲労も取れない。二日も寝不足だった彼女にとって、それは意味を成さなかった。

 ふと携帯が鳴って、サブディスプレイを見た。


「……は?」


 メールの文面には、たった一行。


『明日帰るから』


 何の飾り気もない、それだけの文章。それに、伊織は暫く硬直していた。画面を見つめて、数十秒後に伊織は履歴から名前を探し、電話をかけた。


「……――母さんっ」


 三コール待たずに出た沙織に、伊織は開口一番に声を荒げた。


『なによぅ、そんな不快感露にしちゃって』

「あんたがいけないんだよ。……いきなりなに、このメール。帰ってくるなら事前に言ってって言ってるじゃん」

『だから事前に言ったでしょーよ?』

「……何時に日本こっち着くとかさ、そういうこと言えっていってるわけ!」


 相変わらずマイペースな母親に、伊織は思わず額を押さえた。彼女がこのように突然行動に移すのは、今に始まったことではない。しかし、伊織はその度に毎回言っていた。本当は、それこそが沙織の狙いだということなのだが、伊織は気付いていない。


「……で、何日いるの」

『んーとねえ、まあ一週間ちょっと?』

「…………それくらい明確にしてから連絡してきなよ……」


 伊織はため息をついた。しかし、そこではたと気付く。


「夏期講習あるから平日の午前中は毎日いないけど」

『ああ、気にしないで。適当に家にいるからお気遣いなくー』


 それに伊織は本当に今回は休みに帰国するのだと悟った。とにかく向こうを出る前に何時に日本に着くのかを連絡するように言って、伊織は終話ボタンを押す。そしてそのまま枕に顔を埋めた。






- - -






 翌日、夕方すぎに地元の駅に到着する予定だと連絡を受け、伊織は昼の間に買い物に出ていた。帰国する度まず食べたくなるのは、伊織も沙織も和食だった。食べに行っても良いのだが、流石に長時間のフライトと時差ぼけで外食はあまり好ましいものでもなかった。


「たっだいまー。やっぱりこっちはあっついわねえ」

「向こうにはいつ行くの」

「そうねえ……やっぱり週末かしら」


 沙織を駅まで迎えに行き、家に着いたのは十八時を少し過ぎたところだった。早速スーツケースを開けて渡してきた“お土産”を片付けながら、伊織は訊ねた。


「金曜の午後からは行けない?」

「なに、何か予定でもあるの?」

「週末お祭りに行くから」

「…………え?」


 何気なく言ったその言葉に、沙織は目を瞬かせた。そして勢いよく立ち上がると、伊織の両肩を掴んだ。


「ちょっと、なに……」

「本当にお祭り行くの!?あんたが!?」

「……なに、行ったら悪い?」

「え、誰と誰と!?麻子ちゃんはそういう人が集まるところ嫌いでしょ!?ていうかあんたも嫌いだったじゃないの!どういう心境の変化!?」

「…………」


 失礼極まりないそれに、伊織は閉口した。暴走する母親を見て、しかしそうなるのも無理はないとため息をつく。だが、言えば更に食いつくだろう。それが目に見えていたから、言うのに躊躇った。


「……クラスの友達」


 言い辛そうにそう口にすれば、今度こそ沙織は絶句した。






- - -






「それは仕方ないよー。……あ、おばさま、これどうぞー」

「あ、ありがとー!ほんと、いつも悪いわね、麻子ちゃん」

「いえいえー、おばさまの為ですからー!」

「…………」


 伊織は目の前の光景に、嘆息した。

 夕食後、暫くして突然麻子がやって来たことにより、部屋の中はより一層騒がしくなった。確かに今日帰国する、とは言ったが、もし外出していたらどうするつもりだったのだろうか。それを訊ねれば、さっさと家に帰って休むだろうと断言されて、二の句が継げなかった。


「それにしても、そんなに凄い子なのねえ、その日向君って」

「まあ、友達としては認めてあげても良いですけどねえ。それ本人に言いましたし」

「え、言ったの?あはは、麻子ちゃんも必死ねえ」

「だって伊織ちゃん渡したくないですもーん!」


 盛り上がっている二人を置いて、伊織は気にせず沙織が向こうで購入したらしい雑誌を見ることにした。しかしすぐにソファに座っている伊織の隣に、いつの間にやら酒を飲んでいた沙織がやって来た。


「で?ほんとのところどうなのよー?」

「なにが」

「なんでお祭り行こうと思ったのって話」


 不意に真面目な声で言われて、伊織は雑誌を捲る手を止めた。それが示すことを、伊織は覚えていないわけではない。しかし、それをあの時、伊織は不思議と思い出すことはなかった。


「……久々に、行ってみたくなったから、かな」


 ぽつり、呟くように伊織は言った。


「(……ほんと、なんで行こうと思ったんだろうね)」


 祭りに良い思い出はなかったというのに。




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