予想も出来ないspread
「え、じゃあ三人は同中だったんだ?」
「ということは駅も一緒?」
「家は?家も近いの?」
「…………」
伊織はこの状況に唖然としていた。
「(……何がどうしてこうなったのか、とりあえず誰か説明して……)」
伊織と麻子を、クラスの女子生徒たちが囲んでいる。最初は葉月と三人で話をしていたというのに、話題が楓の話になった途端……これだ。何気にこちらの話を聞いていたらしい。あまり良い気はしない。最初は面白がってその様子を見ていた麻子も、一瞬顔を顰めたのを伊織はしっかりと目にした。この状況になって暫く経つが、いい加減にそれほどまで鬱陶しいのである。
「…………駅は同じだけど、家は近くはない。遠くもないらしいけど」
「え、そうなの?じゃあ……」
「ねえ、黒崎ちゃん。そういえば気になってたんだけど、あんたって兄弟だかいるの?」
更に訊いてこようと身を乗り出した一人の女子を遮って、葉月が話題を変えた。それに目を瞬かせると、伊織は助け舟を出されたということに気付いて、小さく首を振った。
「いや……兄弟はいないけど、一つ下の従姉弟なら。今は海外にいる」
「海外とか凄っ!え、どこの国?」
「アメリカ」
そう言うと、伊織は立ち上がった。
「そろそろ私たちの番だ。麻子、行くよ」
「あ、うん!」
呼びかければ、麻子も頷いて後に続く。
サマースクールでは、入浴は二人一組ということになっている。比較的広いが大浴場でもなく、しかし一人では非効率的であるからだった。その順番がタイミング良く回って来たことで、伊織は嘆息する。
「……麻子、途中で逃げたね」
「……あ、あはは……」
「面白がって種蒔いて逃げてたら世話ないっての」
呆れたように肩を竦める伊織に、麻子も流石に反省しているのか、苦笑を浮かべて小さくごめんね、と呟いた。
- - -
翌日も、朝から授業があった。大人数だと寝れない伊織は、寝不足が原因で生じている軽い頭痛と闘いながら、授業を受ける。今日は午後に散策があるらしい。その時に土産物を買う時間が設けられるという。勉強合宿とはいえ、受験対策のような本格的なものではない。軽い息抜きという名目のようだった。
午前の授業を何とか終えたところで昼食を取り、散策の時間がやって来た。
「……大丈夫?伊織ちゃん」
「……あと一日くらいなら何とかなると思うけど……」
最後尾を歩きながら、伊織は僅かに顔を顰めて言う。おそらく、今夜も満足には眠れないだろう。昔から、修学旅行や林間学校は毎回寝不足だった。どうも“他人”がいると、妙に気を張ってしまい眠れなくなる。しかし、それも明日には解放される。予定では午前みっちりと授業を行い、昼食を取ってからバスで帰路につくことになっていた。それならば、バス内で睡眠は出来る。
地味に長い坂を上り切ったところで、伊織はひとつ息を吐いた。目の前には、店が立ち並んでいる。そこで各自土産物を購入するようであることが、先を行くクラスの面々を見ていて分かった。
「……麻子適当に何かお菓子でも買ってきて」
「うん、それは良いけど……」
「大丈夫、そこのベンチで座りながら寝てるから」
店から少し離れたところにあるベンチを指して、伊織は麻子へ視線を向けた。渋った表情を浮かべていた麻子は、やがて小さく頷く。麻子と別れて、木陰になっているそれに腰掛けた。やはり、座るだけでも違う。壁に背を預けて。伊織は顔にタオルを被せて上を向いた。目を閉じれば、心地良い風が吹き、眠気が誘われてくる。
「……――大丈夫?」
控えめに掛けられた声に、伊織はその声が聞き覚えのあるものだと気付いた。それを認識して、一度開けた目を再び閉じた。麻子から訊いて、楓が様子を見に来てくれたようだった。
「……ただ寝不足なだけだから、暫くすれば平気」
「そっか」
「……あんた、買い物は良いわけ?」
「元々買う気なかったし、適当に買って来たから」
「……そう」
返って来た言葉に、興味がないというように伊織は流した。
暫く、風に揺られる木々の音が聞こえるほど、二人は無言でいた。しかし、無理に話をしなければ、と思うほど、気まずい沈黙でもなかった。悪くはない沈黙。それから数分が経って、それを破ったのは楓だった。
「……来週末、隣町で夏祭りがあるんだって」
夏祭り、それに伊織はそういえば、と記憶を掘り起こした。確か、駅の掲示板にそれらしい広告があったような気がする。
「丁度夏期講習も平日だけだし……黒崎さんさえ良ければ、一緒に行かない?」
誘われたことに、伊織は目を開けた。祭りと言えば、何年ぶりだろうか。久しく行っていなかったような気がする。
「……ん、良いよ」
あまり人ごみは好きではない。だが、久々に行ってみたい気もした。地元でないならば、同じ中学の人間に会う確率は下がる。もしかしたら会ってしまうかもしれないが、どうせこちらが気付かないだろう。考えて、伊織はタオルを取り、身体を起こして頷いた。
「じゃあ、詳しいことはまた近くなったらメールするよ」
「分かった」
麻子がこちらにやって来るのに気付いた。どうやら、買い物が終わったらしい。買い物好きな彼女がこれほど短時間で済ませるのは、やはり心配をかけていたからだろう。一言謝って、伊織は土産を受け取った。




