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三年契約。  作者: 香月紫陽
chapter 2
14/19

波乱のnight festival




 沙織が決めた、今週末に予定していた帰省。しかしそれはあくまでも沙織が一方的に決めたものであり、更に向こうの都合と合わず、結局沙織とは別に帰省する形となった。伊織が夏期講習を受けているこの一週間のうちに、沙織は帰省するらしい。伊織は八月半ばにそうすることを伝え、話は纏まった。


「――それじゃ、今回の出し物はお化け屋敷、ということで」


 夏期講習前半最終日、授業後に文化祭の出し物を決めた。楓の言葉に、伊織は自身が黒板に書いた“お化け屋敷”の文字の上に、黄色のチョークで丸を描く。

 他にも候補は上がっていたが、やはり圧倒的にお化け屋敷が多かった。多数決の結果を見ながら、伊織は考える。お化け屋敷ならば、用意するものも集めやすい。数秒考えた後で思い浮かんだ必要なものを、黒板に書いていった。それに楓も気付いて、すぐに話を切り出す。


「それで、この中で家にありそうなものを集めたいと思う」


 粗方書き並べたところで、伊織はメモ帳にそれを書き写した。同じようにクラスの面々もリストを作っている。しかし、流石楓といったところだろうか。最後の項目を書き終えて、伊織は楓を一瞥し、思った。


「(……まあ、この分だったら何とかなるかな……)」


 全く乗り気ではなかったが、なってしまったものはもう仕方ないと諦めるしかない。思考を切り替えて、伊織は全員が写し終わったのを確認して黒板を消すことにした。






- - -






 翌日、伊織は些か疲れた表情でマンションのロビーのベンチに座っていた。時刻は、十八時十五分前。待ち合わせは十八時で少し早い気もするが、家から追い出されてしまったのだから仕方ない。昨夜待ち合わせについて楓から電話を受けた時、偶然沙織が帰宅した。隣町なので駅で待ち合わせるつもりだったが、どうやら楓の家からは通り道のようで、迎えに来てもらうことになった。それをしっかりと聞かれ、伊織はそれから沙織にからかわれたのを思い出すと、伊織はひとつため息をついた。


「……あれ、黒崎さん?」


 背後の壁に寄り掛かった時、自動ドアが開いた。何となくそちらに視線を向ければ、見知った姿があった。


「え……待った?ごめん」

「いや……ちょっと、追い出されて早く出てきただけだから」

「?そっか、なら良かったんだけど……」


 驚いた様子で謝ってくる楓に、伊織は緩く首を振った。その時、シャラン、と涼しげな音が小さく鳴った。ふと、まじまじと視線が向けられるのに気付いて、伊織は僅かに顔を顰めた。


「……今日、浴衣なんだね。やっぱ似合うな……」

「……それはどうも」


 小さく呟くように言うと、すくっと立ち上がる。普段は履く機会のない草履だが、利便性を考えて作られているそれは歩きにくさが感じられない。この浴衣も、そして髪飾りも、麻子が上機嫌で持ってきたものだった。


「それにしても、やっぱり夏って感じだなあ」

「……今ってまさに夏真っ盛りだと思うんだけど」

「うん、まあそうなんだけど。ほら、夏祭りに浴衣に花火……夏を連想させるものが多いってこと」


 ロビーを出て、駅の方へと向かう。並んで歩きながら言う楓に、伊織は確かに、と頷いた。今日は近くで花火大会もあったらしい。花火は十九時からで、丁度祭りの会場にいる時に見れるだろう。高層ビルなどはなく、遮るものはその辺りには何もない。


「花火も夏祭りも……久々だな」

「そうなんだ。まあ俺も夏祭りは久々かな。花火は家からよく見えるから見るけど」

「久々、なんだ」

「そう。実はあんまり行く機会がなくてさ」


 肩を竦めて苦笑を浮かべる楓に、伊織は首を傾げた。見るからに――それが表面上だけだという可能性を考えたとしても――交友関係が広そうな楓だ、何もせずとも誘われるのではないだろうか。だが、ただ単純にその気がなかった、というのもあり得なくもない話ではある。


「(……そうだとしたら、私を誘う意味が分からないけど)」


 しかし、今その話は置いておこう。大体自身もその点においてはあまり話したくないのだ。そう考えて、伊織はそれ以上深くは追及しないことにした。

 定期圏内の隣の駅で下車すると、普段はそこまで人も多くはないこの駅に、人が溢れ返っていた。やはり祭りの影響なのだろう。


「(……!やば、逸れる……)」


 人の波に揉まれて、伊織は楓から目を離しそうになった。


「(……っ、嫌なこと思い出した……)」


 気付いたら、自身の視界からいなくなっていた姿。同時に襲う、不安と恐怖。昔の出来事と重なって、足が止まりそうになった。


「!」


 そんな時、ふと、右手を掴まれて伊織は僅かに瞠目した。


「人が多いから、逸れないように――……ね」

「……あ、ああ、うん」


 楓の顔に視線を向ければ、いつものように笑みを浮かべてそう言った。確かに、油断すれば逸れてしまいそうな勢いだ。おそらくこれほどまでに混雑しているのはここくらいだろうが。


「(……あっつ……)」


 人の多さに、伊織は顔を顰める。更に日本特有の湿度の高い、蒸し暑さ。……だが、それだけではないような気がする。

 やがて混み合った駅前を抜けて、通りに出た。予想通り、先程より随分と歩きやすくなった。


「結構出店、種類あるんだね」

「…………」

「……黒崎さん?」


 意外に話も途切れることなく歩いていると、突然伊織の反応がなくなった。それに首を傾げて楓が伊織を見れば、なんとなく目を輝かせているような気がする。その視線を辿って、楓は小さく笑った。


「……どういうのにするの?」

「!え……いや……」


 伊織が目にしていたのは、クレープの屋台。来る時にも何度か目にしていたが、この屋台では少々値は張るものの、フルオーダーも出来るようだった。


「……あの。苺とブルーベリーと――」


 どうやら決めたらしい。具を言い終えると、最後に生クリーム大目で、と付け加えた。そして財布を取り出そうとした時、横から腕が伸びるのが見えた。


「え。ちょっと」

「今日付き合ってくれるお礼。……ってことで、ね」


 楓にそう言われて、伊織は更に反論しようとした時、手際良く作られたクレープが渡される。それを受け取って、伊織はもうそのお礼をも受け取ってしまったことに気付いた。


「……その、ありがとう」

「こちらこそ」


 甘いものに目がない彼女は、僅かな逡巡の後、小さく呟くように言った。楓はそれに、柔らかな笑みを浮かべる。……祭りとは、楽しいものだったのだろうか。良い思い出がないことから、祭りに対して良いイメージなどなかった。しかし伊織は、ここに来てそのイメージが変わっていっていることに気付く。――祭りというのも、悪くはないのかもしれない。そう、思った時だった。


「……あれ、伊織じゃん」

「?……え」


 第三者の声に、足が止まった。視線を向ければ、見知ったその姿に伊織は瞠目する。


「……――か、翔琉かける……っ?」

「あっははー、久しぶりー」


 暢気に手を挙げて笑みを浮かべるのは、アメリカにいるはずの伊織の従姉弟、黒崎翔琉その人だった。




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