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後編

 夜の空を一体の悪魔が北に向かって飛んでいく。


「いでえぇぇぇ、なんでこんなことに」


 ザウルス達のナイトメアという種族は悪魔の中では決して戦闘能力は高くない。得意分野は精神干渉魔法。

 悪魔というのは全体的に個が強く種族での結束も薄いし、そもそも同種族がほぼいないような種類が多い。だが、ナイトメアはあまり強くない種族であり、数も比較的多いことから珍しく種族単位で村を構成していた。

 そしてナイトメアの村に150年ほど前、大きな変化が起きた。強い個体が生まれたのだ。それがザウルスだった。


 寿命のない悪魔の中ではまだ若かったザウルスだが、その強さからあっというまに種族の半分程度を支配する長のような扱いになっていった。

 ザウルスは長となって多少増長したものの比較的おとなしく過ごしていた。ザウルスも種族の壁を超えるほど強いわけではない。個体としてはそこそこだとしても悪魔全体の中で見れば霞んでしまう。

 滅多に交流することが無いとは言え様々な悪魔の種族が跋扈する北の大地で長く生きていくには悪魔同士敵対することはできるだけしたくない。


 悪魔達の支配地は大陸北端とその先に広がる永久氷だ。永久氷は夏でも溶けることがなく、陸地ではなく作物も育たないので人間は住むことができないが悪魔はそうではない。

 大陸北端から永久氷をさらに北に行くといくつも小さな悪魔の街が存在する。そこでは大抵が街を支配している悪魔と下級の悪魔で構成されているだけで国家と呼ぶようなレベルにはないし街同士もたいした交流はない。


 その悪魔の街の一つ、ガス・フラム・クリトゥーリにザウルスの姿があった。


「内緒話がしたいらしいが、なんのことだかな」


 ナイトメアの村は永久氷ではなく大陸北東の端に存在している。大陸の東側はフロスト山脈があるため、山脈を境目として人間側の領域と悪魔の領域が区切られており、西側と比べると悪魔が住んでいる陸の土地面積が多い、そのため弱い悪魔が比較的多い地域だ。


 結局のところ強い悪魔というのは不測の事態で人間の強者と戦うようなことにならないように、永久氷の奥に陣取っているのだ。


 そんな名前もないナイトメアの村に悪魔の使者がやってきた。なんでもプラズマという悪魔の配下らしく、直接話がしたいから来てくれないかということだった。


 基本的に悪魔同士は不干渉だが強者に睨まれたらひとたまりもない。ザウルス自身はそれなりに強いし、一応は村を形成しているといっても根本は悪魔だ。別に種族に対しても大した仲間意識はないし、自分さえ生きていればいい。

 だが、そのプラズマという悪魔については情報が全然なかった。意図的に隠されているのか、どの程度の強者なのかわからないし、少なくとも配下を率いているとなるとそれなりなのだろう。わざわざ使者を寄こすくらいなので、会うなり殺し合いが始まるようなこともないと思い会いにやってきたのだ。まあ半分くらいは暇だからというのもある。


 ガス・フラム・クリトゥーリは初めてきたがそれなりに大きい街だった。自分たちの質素な村とは違い、下級の悪魔が統制されて働いている。とはいえ、永久氷の中ではここはまだまだ入口から少し踏み込んだあたりなので、ここを支配しているプラズマという悪魔も真の強者というまでではないのだろう。


 街の中心には人間達の城のデザインに近い建物があった。大きさこそ小ぶりではあるが丁寧に作られたものだとわかる。ここにプラズマがいるらしい。


 ザウルスも一応は村の長だ、別に配下になりにきたわけではないので対等な関係だ。恐らく戦闘能力では相手が強いだろうが変な要求などは飲まないと決意をして小さな城へ入っていった。


 中は外に比べるとそれほど豪華ではなかったが、それでも悪魔の街としては十分だろう。案内された部屋に入ると配下を連れている明らかに強いだろう悪魔がいた。別に人間の王様のように偉そうな椅子に座っているわけではなく、普通の部屋に集まっているだけだ。

 種族はミノタウロスか? 4mほどの巨体に肌は燃えるような赤色、恐ろしい牛のような顔に左右からは青い角が生えていて上等な服を着ている。そして左右の腕は魔力で燃えているような炎を纏っている。


「きてくれたか、ナイトメアよ。俺様はプラズマ、種族はミノタウルス・プリミアーだ」


 見た目からしてただのミノタウルスではないことはわかったが種族も違うのか。普通のミノタウルスは土色や白色なのだ。初めて聞く種族だが、こういうことは悪魔ではよくあるので別に気にすることではない。


「ナイトメアの長をやっているザウルスだ。なかなか良い街だな」

「そうだろう」


 街の運営手腕を褒めるとプラズマは上機嫌に色々話してくれた。プラズマも俺と同じく男性型の悪魔でなんと年齢も近かった。正確にはわからないが俺は150才程度、プラズマは200才程度らしい。悪魔の中では若いにも関わらず同じく上に立っていることで親近感を覚えた。


 プラズマは話して分かったが頭がいい。ミノタウロスは比較的パワーに振れている種族だが、上位種らしくパワーだけではないようだ。驚いたことに各地で情報収集や悪魔の街同士で取引もしているらしい。

 立場や年齢の近さもあって話も弾み夜も更けてきた。そういえば、ここに俺を呼んだ理由はなんだったんだろうか。


「ザウルス、俺様と一緒に人間の国の支配をやってみないか?」

「は!?」


 突然投げかけられた誘いに言葉を失った。

 当然、人間の国を支配なんてやりたいに決まっている。でもできないことも決まっている。


 悪魔は生まれつき支配欲が強い。特に人間に対しては本能的に支配したいという欲求があるものだ。しかしながら人間と悪魔で生息圏が完全に分かれているのは理由がある。

 それは絶対数として悪魔は数が少ない上に仲間意識が希薄なことで人間のように国家的には戦えないため、人間より多少強くても国家相手では確実に負けるため手出しができない。


 そして負けるとどうなるか、死ぬのだ。無限の時を生きる悪魔は支配欲と同時に死への恐怖心も非常に強い。何もなければいくらでも生き続けられるが死ねば終わりなのだ。絶対に死にたくないという恐怖からいくら欲が強くとも人間に対しての手出しをすることはほとんどない。

 リスクを減らして弱い人間を数人攫ってきたとしても攫えるような弱い人間はすぐ死ぬし、そもそも氷の大地で人間は生きれないため意味がない。


 そのような中でも過去に悪魔の強者たちが人間の世界に飛び込んでいった話は決して少なくない。彼らは強者であるが故に国家とも戦えたのだろう。だが歴史上、完勝したという話はきいたことがない。結局は人間の中にいる強者、番人によって倒されている。

 まあ、倒されずにうまく逃げながら楽しくやっている奴もいるだろうが、それは国を支配しきるような大々的なものではなく、適度に遊んでいるだけだ。


 永久氷の奥にいるような強者ですらそんな様なのだ。多少強いだけの俺がそんなことは考えたことすらなかった。だが、目の前の男は真剣な目をしている。


「プラズマ、それが俺を呼んだ理由か? さすがに乗れないぜ、お前は頭がいいと思っていたが調子に乗って死んだ悪魔の話なんざ星の数ほどあるんだ」

「調子にのってか・・・俺様自身の力を過信して、ってわけじゃねぇ。話を聞いてくれ」


 プラズマは本当に頭がよかった。なんでも人間の街にすら間諜を放ち情報を集めに集めていたんだとか。プラズマは人間の街のこと、国の事情みたいなことをかなり詳しく知っていた。


「俺様は運がよかった。人間に擬態できる部下がうまく使えたし、そして細い針の孔を通す可能性の組み合わせをこうして見つけられたんだ」


 そこから説明された内容は圧巻だった。確かに・・・それなら可能性がある。

 俺たちの村からさらに南にいった先にあるフロスト山脈の東南にトーハクという小国があるらしい。何も大国を支配しようって話ではない、それでも人間の国だ。本当にできるとすれば十分すぎる。

 その国は国力もなく、産業もない、しかしながら独立した国家であり北東の果てなので大陸の国家からも全く睨まれていないのだそうだ。

 とはいえ、国家なので正面から悪魔ですと名乗って仕掛けるなんてことをしてしまえば討伐されて終わりだ。そこで俺らナイトメアの出番だ。ナイトメアは精神干渉の魔法を得意とする種族。陰から人間の世論をあやつり、隣国と戦争でもさせて疲弊させる。そして武力を削いだ後に完全に支配して俺らの遊び場にするというのだ。


 そんな最高の条件の国があったのか。世界の端で人間社会から孤立している、国力も低く面積もそこまで大きくなく支配後も運営できる程度の小国、そして国の中に目立つ戦力も存在していない。


「聞けば聞くほど俺たちに支配されるためにあるような国だな」


 気づけば俺はもうやる気になってしまっていた。だめだだめだ、絶対に死にたくはない。危険な可能性は考えておかなければ。


「そもそもそんな好条件の国があったなら、過去になんで強い悪魔が挑戦していないんだ? 最近できた国じゃないんだろ?」

「フロスト山脈だ」

「あ」


 それはそうか、そのトーハクという国はフロスト山脈の向こう側なのだ。俺やプラズマのような強い悪魔が一人で行く分には別に山越えもできるだろう。しかし国を相手にするのであれば一人でやれるわけがない。

 フロスト山脈は強い魔物も多く生息しているし、神聖な力を持つ女神の使徒の化け物も住んでいると聞いたことがある。今回の作戦だって俺の配下のナイトメアありきだ。多少は戦闘力が強いものも何体かいるが山越えを強行はできないし、山脈を迂回するとなると道中の人間の国を通るためリスクは高い。


「だが、逆にチャンスなんだよザウルス、これまで悪魔がちょっかいを出したことがない国というのは悪魔に耐性がない。聖職者を多く抱えていたり、女神教会のクソどもがのさばっていたりするような国だとさすがに無理だ。でもトーハクはそうじゃない、この作戦で戦争をさせる隣国のデカいゴルドガンナって国も悪魔が過去にちょっかいをかけたことはなく、何ら用意がないことは把握済だ。まあゴルドガンナの方はちょいちょい強そうなのがいるらしいから、うまい具合トーハクの兵士だけ削ってもらいたいがな」

「でも肝心の山越えはどうするんだ? 過去にできていないのに俺たちだけじゃ・・・もしかして何か策があるのか?」


「ああ、目途がたったからこそ、お前に声をかけたんだよ」


 プラズマがにっと笑う、全てのピースが揃った気がした。今日から俺たちは親友だ。


 俺の配下、総勢100体ほどのナイトメアを率いて村から南下していく、フロスト山脈の中でも最も大きな山であるマウントダイが見えてきた。

 マウントダイの麓でプラズマと合流した。プラズマは俺より多くの配下を引き連れていた。別に全員がミノタウロスというわけではなく様々な種族がいる。あの街の規模にしてはかなりの数を連れてきたものだ。プラズマの本気度がわかる。


「これが例の?」

「ああ、俺様の財産の半分以上を使ったんだ。すごいだろう?」


 そこにあったのは3本の杖だった。3本とも巨大な魔石が取り付けられており大きな魔力を感じる。

 フロスト山脈の越え方だが単純に転移魔法で超えるというものだった。

 転移魔法というのは通常かなりの魔力を消費する上、習得そのものも非常に難易度が高い。特に見えている範囲ではなく、遠くの場所への転移や他者を含むとなると尚更だ。

 だが、目の前にある杖の3本のうち最も大きい魔石を有し感じる力も最も強い1本がそれを可能にするらしい。

 インビジブルスカイと名付けられたその杖は転移と相性のよい空属性の珍しい魔石に杖としても完成されている業物だ。それでも杖を持っただけで転移魔法が使えるなどという都合のいいことはない。プラズマの部下に転移魔法だけに特化した悪魔がいるのだ。


「いよいよ、これを使わせていただける時がきたですじゃ。腕がなりますのお」


 そいつはプラズマの城にもいたが、ガーゴイルを小柄にしたようなやつだ。不死者でもあるようで顔は骸骨で目の奥が赤く光っている。


「ラントル、確実にできるんだろうなあ? できなかったらぶっ殺すぞ」

「もちろん大丈夫ですじゃ、既に二人までの転移は実験済、これに何年費やしたかプラズマ様もご存じでしょう」


 お互い旧知の中らしくじゃれ合っているだけか。

 そのまま集団でマウントダイへ向かう。山の麓から少し登り始めたところに洞窟が見えた。ここが目的地だ。

 いくらインビジブルスカイが凄い杖だとしても超遠距離の転移はできない。プラズマが見つけたのはこの洞窟以外に山の向こう側にも洞窟を見つけたようだ。山を挟んで洞窟同士で転移すれば距離もそう遠くない。


 洞窟の奥には巨大な魔法陣とそれに繋がれた魔石があった。

 さすがのラントルもできるのはテレポートまでで遠距離を転移させるポータル魔法は魔法陣など、かなりの補助に外部からの魔力供給、そしてインビジブルスカイの全て揃わないと無理らしい。


「ワープポータル!」


 無事成功したようだ。ラントルという悪魔は今にも死にそうだが。


 洞窟から外に出ると美しい景色が広がっていた。山の北と南でここまで違うものかと感動する。そしてこれから、俺たちがここを支配できるのか。


 そこからは正に快進撃だった。

 まず転移した山の中腹の洞窟から少し降りた先に人間の別荘だと思われる大きな建物があり、そこを拠点としていただいた。そこから慎重に勢力を伸ばし、半年前ついにトーハクの首都であるハムという街にたどり着いた。

 ハムについてからは要所にナイトメアの配下を人間に化けさせて送り込むことでさらに情報が集まった。

 ハムにはナイトメアに細かく指示を出すため、俺と副官としてプラズマの部下で随一の魔法の使い手であるシャンガラが送り込まれている。

 シャンガラは攻撃魔法だけでなく幻影魔法と強化魔法を組み合わせて霊体であるナイトメアを人間のように見せることもでき適任だった。

 ナイトメアは霊体とはいっても完全な霊体のように物質をすり抜けるようなものではないので変化の魔法も比較的楽だったようだ。まあ完全な霊体っていうのはほぼ存在しないしな。


 これまでプラズマが集めてきた情報を追確認する。

 トーハクの中でそれなりに強いと言われているのがCランク冒険者を要する「白きバラ」という大所帯のパーティらしかった。

 遠目にその冒険者集団を見たが確かに他と比べると強そうではあったものの捻りつぶせないほどでもないというのが感想だ。

 とはいえ、危険因子には違いなく国外へ誘導した。冒険者というのは自由稼業でもあり必ずしも一カ所に留まるものではないというのが幸いした。


 そしてついにその日を迎えようとしていた。

 俺たちの最大の作戦、隣国のゴルドガンナにトーハクの軍を潰させる作戦だ。


 散々流したゴルドガンナのスパイがハムに入っているという情報に加え、偽のスパイをでっちあげて暴れさせてやった。疑心暗鬼になっている国の上層部はこれ幸いと大して調査もしないまま開戦の理由とした。既に南側の国境近辺に軍の大部分は移動して陣取っているのは確認済だ。

 指示も出されていることから明日の夜明けにも馬鹿なトーハク軍はゴルドガンナに向かうだろう。


 そんな時だった。気分も最高で酒を飲んでいたら拠点としている屋敷で不穏な気配を感じた。配下のナイトメアが倒されたか?

 この拠点の中いる配下は街に入り込むということもあって、それなりの精鋭だけだ。弱いものほど山にある拠点付近に配置している。

 ここのナイトメアを倒せるようなやつがトーハクにまだ残っていたとは。既にCランクの白きバラを追い出した今、残っているのは強くてもDランクだけだ。さすがにDランクにもなるとナイトメアの精神操作はほぼ効果がない。多少強いやつが軍の移動を機に調査して偶然にもここにたどり着いたか、運がいいのか悪いのかわからないやつだな。


 それはフードを被った女だった。Dランク冒険者なのは間違いないが強さがいまいち感じ取れない。だが、もう作戦も実質終わっているし人間の中で強い者の実力を正確にみつつ遊んでやるのもいいかと思った。

 シャンガラがナイトメアを強化する。4体もだすのは明らかに過剰戦力だ。Dランク相手なら強化ナイトメア一体でも倒してしまうのではないか。あとでシャンガラには強さの情報取得にはバランスが大事だということを教えてやらねばなどどと考えていた次の瞬間だった。


 何が起きたか頭の理解が追い付かない。

 女が配下のナイトメア4体を瞬殺しシャンガラに迫った。しかも女はエルフだった。人間のエルフ種がいるのはここよりもっと西側でトーハクにはいないはずだし、トーハク内の強者についてもこの女の情報は全くない。


 シャンガラを見ると死にそうになりながらもヘルフレイムを放とうとしていた。シャンガラの持つ杖は最前線に行くということで保険として例の3本のうちの一番下等なものを持たせてもらったもの。

 大きな炎の魔石のついた魔杖でシャンガラの得意とする炎魔法とも相性がいい、これもポータルと同じように本来は使うことすらできない魔法を使えるレベルまで底上げが可能という無茶苦茶な武器だ。いざという時には街を灰燼にできるヘルフレイムさえ使うことができる。

 しかしヘルフレイムを放てばこの屋敷だけでなく、周囲全て灰燼になる。シャンガラはふらふらで死にかけているからか躊躇せず魔法を放った。


 しかし街は灰燼にならなかった。

 あり得ないことに女エルフは次々と地獄の業火を切り捨てたのだ。


 ヤバすぎる。

 使っている剣も相当な業物なのだろうが、解放した女の魔力は恐らく俺をも超えていた。ヘルフレイムの対処でかなり消耗しただろうが、それでも勝てるかどうかはわからない。

 初めて見る人間の真なる強者、俺には人間の強者との戦闘経験はなく相手の出方も想像ができない。


 だが、そもそも戦争を起こす作戦は終わっているのだ。

 シャンガラと杖を失ったのは大きいが女が徒党を組んでいる感じはない。恐らくどこかの国から送られてきたのだろうが単独行動のようだ。それであれば今は倒せなくともプラズマ達と複数であたれば倒せるはずだ。


 俺だけだがなんとか脱出でき本拠地へ向かって飛ぶ。

 ヘルフレイムを殴った両手はポーションをふり掛けたが治らない。それどころか未だに熱が侵食してくる感じがする。

 シャンガラの命を使ったヘルフレイムは決して未発動などではなく、本当に地獄の業火そのものだったのだ。改めてあの女のヤバさを感じれる。


 街からはなんとか飛んで逃げ、その後もしばらく飛んでいたが俺自身は飛ぶことに特化した悪魔ではないので適当なところで降りて辺りを見回す、あの女は追ってきていない。振り切れただろうか? そこからは必死に走り、ようやく本拠地が見えた。


「おお、ザウルス、戻ったか、ついに戦争での兵士削りが終わったか?ってお前、ボロボロじゃねーか」

「戦争はもう始まるから問題ねぇ、それよりもやばい女が出たんだ!聞いてねぇぞ!」


 既に夜があけて朝になっているが、ここまでに起きたことをプラズマと他の幹部にも説明した。


「タイミングがギリギリだったが勝ったな。その女はお前の言う通り他国の、恐らくエルフどものいる北連からの調査兵だろう。あそこは昔から俺たち悪魔との小競り合いも多いし、さすがの嗅覚だな。できれば殺さずに洗脳して何もなかったと国に帰ってもらうのが理想だが」

「生かして捕らえるっていうのは厳しいと思うぜ」

「ま、手加減できない以上、死んでもらうしかねぇな」


 そういうとプラズマは部下に指示を出し始めた。


「どの道、最後の制圧にハムに行くのは変わらねぇからな。シャンガラを失ったのは痛いが作戦は順調となれば、その女をぶっ殺して総仕上げといこう。アンバーナイトはレイドリが使え、他の奴も準備だ」


 全員が最後の制圧に向けて準備を開始する。アンバーナイトという3つの杖の最後の一つはレイドリという鎧を着た悪魔が持つらしい。

 プラズマも奥から柄の長い巨大な戦斧をもってきた。3つの杖にも劣らない業物だというのが一目でわかる。

 俺も両腕を拠点にストックしていた上級のポーションで回復させるとともに魔力を回復させるポーションも飲む。本格的な戦闘にならなかったため使わなかったが腰にある柄だけの愛剣に触れ、あの女に対する怒りを高めていった。



 ♦♦♦♦♦♦♦♦


 クララーヴァを見送った後もシュナーノヴィアーナはハムの方を観察し続けていた。

 近郊の小高い森の中に隠れるようにして待ち続ける。

 クララーヴァは大丈夫だろうか。

 本当に強い悪魔だった場合、あの子の実力では倒せない可能性は十分にある。せめて私が飛んでいくまで耐えることができればいいが。


 状況が変わったのは夕方くらいだった。

 ハムの街から巨大な魔力が膨れ上がったのを感じた。いくつか強い魔法が行使されたのだろう。その一つはクララーヴァの魔力だ。駆け付けた方がいいだろうか。


 少し待つも救援要請の魔法はあがらない。心配になるが街の方からそこそこの魔力が飛んでいくのが見えた。悪魔の一部が逃げているのか?

 そうであればクララーヴァは勝てたのだろう。多少の怪我はしているかもしれないが。

 結局、これだけ大きな作戦をしてきていた割には思ったよりも強くない悪魔だったか。このまま悪魔は北へ逃げ帰るのであればこれで騒動も終了だ。


 その後すぐにクララーヴァが戻ってくると思っていたのだが、なかなか帰ってこなくやきもきしていると夜になった後にこちらに向かっている馬車が見えた。

 なぜわざわざ馬車でと思ったが、他にも誰か連れてきたということだろう。悪魔を倒したので終わりではいいのでは。


「シュナーノヴィアーナ様、ただいま戻りました」

『大きい怪我をしていなくてよかったわ。結構魔力を消耗しているようですが無事倒せたようで何よりです』

「それが・・・」


 思っていたよりも事態は深刻だったようだ。悪魔達は既にハムに入り込んでいただけでなく、ゴルドガンナと開戦するように裏工作をしていて、明日にも開戦してしまうらしい。

 そして逃げられた悪魔曰く、まだ仲間がいて戦力を整えて襲いに戻ってくると宣言したそうだ。


『まだ、他にもいるのであれば泳がせたのは正解かもしれないわ。それよりも悪魔に踊らされた開戦を防ぐ方が重要ね。ところで、後ろにいる二人は?』


 馬車からはクララーヴァ以外に二人の男が降りてきて、口を大きく開けたアホ面で呆然とこちらを見上げて固まっている。


「この二人はハムで協力体制になった冒険者ギルドのギルドマスターのボールザンと聖職者のカモンゼンです」

『ギルドマスターはともかく一介の聖職者が何かあったのでしょうか?』

「今、ハムに聖職者は私しかいないのです。実は悪魔に女神教会も入り込まれてしまって。今回のことは全て女神様のお告げだということになっておりまして・・・」

『女(・)神(・)様(・)の(・)お(・)告(・)げ(・)だ(・)と(・)・・?』


 私の中で強い怒りが噴き出した。女神様を騙るとはなんと愚かな悪魔だろう。そして騙される教会も教会だ。女神さまの使徒たる私の領域でそのようなことを起こすとは。今回の悪魔どもは確実に殲滅しなければ。


「シュナーノヴィアーナ様! シュナーノヴィアーナ様! お怒りはわかりますので抑えていただけませんか」


 怒りのあまり魔力が少し漏れていたようだ。クララーヴァに呼びかけられて冷静さを取り戻す。連れられてきた二人は泡を吹いて倒れている。軟弱なことだ。こんなことだから悪魔につけ入れられるのだ。


 暫く待っているとギルドマスターの方は目を覚ましたので相談を再開する。


「シュナーノヴィアーナ様、引き続き悪魔を始末することにご協力いただけますか」

『もちろんです。奴らは私の逆鱗に触れました。許すことはありませんよ。それにこの状況、周辺諸国で討伐軍を作る時間も、もはやないでしょう』

「ありがとうございます。それでは準備をして悪魔討伐に向かいましょう」


「おい、ちょっと待ってくれ、戦争の方はどうするんだ」

「どうもこうもない、我々がトーハクの戦争に協力することはないと最初に言っただろう? この後、悪魔を殲滅できればこれ以上の洗脳は発生しない。トーハクの被害も軍がほとんどで民間人は助かるだろう」

「被害が大きすぎる。ゴルドガンナ次第でこの国がなくなるかもしれないんだぞ!」

「それはもうしょうがない、諦めろ。こうしてシュナーノヴィアーナ様が協力してくれるのだ。世界の敵たる悪魔を倒すこと以上は望めない」


 ギルドマスターは責任感の強い男のようだ。クララーヴァとの話は平行線。どちらの言い分もわかるにはわかる。

 クララーヴァはそもそも、この国に協力する意義は非常に薄い。悪魔を討ったところで周辺国に恩を売れるだけだ。それが彼女の所属するカエデの木国にどれくらい影響をするものかというと、離れたこの辺りの国ではそれほどでもないのだろう。

 それでも悪魔を討つことはメリットがある。

 一方で他国への救援要請を待たずに私の協力の下で討伐をするのであればトーハク軍を救うということの意味は本当にない。むしろ正規の国境を通ってきていない彼女が介入すれば国際問題になりかねない。


「ボールザン、そもそもやりようがないだろう。既に軍は南端に展開しているということだった。夜が明ければ宣戦布告と共に進軍が始まる。今から馬車を飛ばせばギリギリ間に合うかもしれないが、行った所でどうする? お前が大声で悪魔の仕業だから止まれと言って回るか?それで止まるか?」

「それは、そうだが・・・Bランクほどの強者が軍の前で立ちはだかれば可能性はあるんじゃないか? あとシュナーノヴィアーナ様?だっけか、何とかならないか?」

「ボールザン! 初対面で無礼が過ぎる! シュナーノヴィアーナ様、申し訳ありません! 連れてきた私の判断ミスです」


『ボールザンと言いましたね。悪魔は世界の敵だということを理解していますか? クララーヴァはきちんと大局を視て意見を言っています。それでも悪魔よりトーハクの被害を優先する理由はありますか?』


「ここは俺の故郷なんだ・・・生まれて育った街だ。それが・・それだけが理由だ・・・」


 ボールザンは言葉に詰まりながらも絞り出すように話す。私はこの地がさっさとゴルドガンナに吸収され大国の一部として運用されることを望んでいたが、故郷を思う彼の気持ち自体はわからなくもない。


「そうだな、無理を言って悪かった。ここは俺たちの国なんだ。俺たちが守らないとだめなんだ」

『どうするのですか?』

「俺だけでも軍の前線に行く、引退したとはいえCランクだったんだ。止めれるだけ俺が止める。軍の上層部にも直接掛け合う。そうとなればギルドに戻って連れていける冒険者は連れて行かなきゃな」


「おい待て、お前は悪魔の逃げ道をトレースする役があるだろう。勝手に決めるんじゃない、時間が経つとトレースしきれんだろう」

「いいじゃねぇか、その悪魔はあとでまたハムに戻ってくると言っていたんだろ? だったら戦争が終わったあとで迎え撃とうじゃねぇか」

「お前は悪魔を過少評価している。そもそも悪魔戦でお前達トーハクの人間は戦力として数えるに値しない。まずもって、悪魔がハムに戻ってくるまでに多くの犠牲がでるし、さらに軍で迎え撃っても皆殺しにされるのがおちだ。死人が少ないのはどちらか冷静に考えろ。国は無くなるかもしれないが人が生き残れる方が大事だろう?」

「それほどなのか? 悪魔っていうのは」


「シュナーノヴィアーナ様、どうでしょう、このボールザンは戦えるでしょうか」

『悪魔もどきなら戦えるでしょう。本当の悪魔となれば下級相手でも数分はもたないでしょうね』

「そうか・・・ギルドマスターだっていっても所詮小国の冒険者じゃあそんなものか・・」


 ボールザンは悔しいのだろう。歯を食いしばりながらも決意の表情をしている。


「門番だけ買収して国境門を閉じさせたらいいんじゃないですか?」

「門番?」


 先ほどまで寝ていた聖職者の男も目を覚ましたらしく、話に割って入ってきた。


『確かゴルドガンナとトーハクの国境は魔選門が設置してあったのだったかしら』

「魔選門?ですか?」


 クララーヴァは知らなかったようだ。小国では魔力制御をする門を国境に設置している場合が昔は多くみられた。国境を魔力壁で覆い、門からだけ人を通すように設計された代物だ。それなりに魔力を使うが国境が長くない場合であれば運用が現実的でトーハクは小さい国だし国境を面している部分も非常に狭いので設置されていたはずだ。


「あのバカデカい国境門のことか? そもそもあれはずっと開いている、というか閉める扉なんてないぞ」

「国境門は大昔、門番が開け閉めしていたと教会で習ったことがあります。今も実はできるのでは?」


『動かせると思いますよ』

「「え?」」


 私が知っていると思っていなかったようだ。だが、トーハクに設置されていたものは私の記憶が正しければ特殊なものではなく一般的な魔選門だったはずだ。それであれば門の形が保たれているのであれば動くだろう。


『あれは魔力を入れて操作することで国境壁を作り、門そのものは通るものの魔力を検知するだけです。門自体は国境を閉じても内側を通ることができるので扉はありません』

「門を閉めたら国境壁が展開される?そんなこと聞いたこともないぞ」

「いや、確かに・・・もしかして訓練場でよく使っている防護壁のようなものなのか? あれの強力なものであれば、トーハク軍が攻めようにも国境を超えることはできなくなる」


 訓練場で使う魔道具がどのようなものなのかは知らないが全員心当たりがあるようだ。そうだ、魔選門はいつだったか、職人が亡くなって新たに作れなくなったのだったか。


「今の門番が使い方を知っているかどうかですね」

「教会に伝わってないのか?」

「私も昔話で聞いただけなので、使い方なんて知らないですよ」


「あんたなら知ってるんじゃないのか?」

「おい!勝手にシュナーノヴィアーナ様に話しかけるなといっただろう!」


『クララーヴァ、構いませんよ。そうですね。門の開け閉めくらいならば知っています。教えるのもよいでしょう。ただし、条件があります』


 条件は飲めるとのことだったので、私は過去に見たことがある門の開け閉めの方法を教えた。


「可能性がでてきた。夜明けまでに門を閉じて開戦は止めて、すぐに悪魔討伐に向かう。これならいいだろ?」

「まあ、仕方ない。私も無駄に命を落とす人を増やしたくはないからな。可能性があるなら協力しよう」

「私ももちろん協力しますよ!大して役にたたないかもですが・・」


 彼らを連れてすぐに南端、国境に向かった。

 まだ夜中で暗い中だが既に国境にはトーハク軍が陣を取り、野営をしているようだ。一方、国境を挟んでゴルドガンナ側は軍が構えている様子はない。あくまで普段通り国境として警戒をしているだけのようだ。

 悪魔による洗脳のたまものか、ゴルドガンナ側には情報が殆んどわたっていないのだろう。それであれば、確かにここで食い止めさえすれば、国同士の大事にもならずに終わらせられる可能性がある。

 国境から少し離れた森に降りる。


「それでは行ってまいります。シュナーノヴィアーナ様は暫くここでお待ちください」



 ♦♦♦♦♦♦♦♦


 私たちは暗闇を進む。結果的にうまくいったが本当に久しぶりにひやひやした。

 途中、シュナーノヴィアーナが悪魔の所業に対し怒りの魔力を出した時はどうしようかと思ったし、その後もボールザンは初対面のくせに不躾な物言いをするしで、いくら命があっても足りない。


 国境門は離れているが視認できる距離だ。私は通らずに入ったため、初めて見るが立派なものだ。

 夜も門番がいるかどうかはわからないが、少なくとも軍に見つかると面倒ごとになる。夜の闇に紛れて国境門を目指しているが流石はスカウトだ。ボールザンは夜目も効くらしく、迷いなく先導してくれる。


「こっから先は厳しそうだな」


 門までは2kmくらいだろうか。野営をしているトーハク軍の一部は門の付近にも設置されていて避けて通れない。


「私が騒ぎを起こして引きつけるか」

「いや、待て、俺が行ったほうがいい。流石に顔は知れているからいきなり荒事にはならないはずだ。それにもうすぐそこなんだ、先導も不要だろう。俺一人だけなら隙を見て抜け出した後に合流するから、それまで見つかるなよ」


 そう言うとボールザンは門前で野営している一団に向かっていく。

 私たちは遠回りで門の方へと進んでいく。どうやらボールザンは無事話し合いをしているようだ。


「お前、門には来たことがあるか?」

「あります!」

「じゃあ、シュナーノヴィアーナ様が言っていた制御室の方へ案内してくれ」

「えっと、観光がてらに見に来ただけなのでわからないです・・・」


 門の近くまできたが門番と思われる人間はいない。巨大な門であるが、別に施設として機能しているようではなく、出入国の手続き所は既に後方だ。

 時刻はもう夜中、あくまであれは国境を表しているだけで灯こそついているが人はいないようだ。


「いくぞ」

「あ、ちょっと待ってください、あれ」


 こんな夜中なのに冒険者と思われる数人の男女がゴルドガンナ側から門を通ってくるのが見える。どういうことだ。


「あの人達、白バラです!」

「唯一のCランクで国から出て行ったというパーティだったか?」

「最近見ないと思ったんですが出て行ってたんですか?」

「ボールザンはそう言っていたな」


 私達は物陰に潜んだまま聴力だけ身体強化をして聞き耳を立てる。


「ほんとに軍がきてんじゃん」

「フィーナの読み通りだったな」

「だから言ったでしょ」

「ゴルドガンナへの手土産だ。開戦前に門付近の一団をぶっ殺して向こうでサクッと英雄になろうじゃねぇか」


 こいつらはゴルドガンナに移籍したが事前に掴んでいた開戦の情報を元にコソコソと手柄をたてようということか。確かにCランクともなれば前線の兵士よりは遥かに強いだろうが、世話になった国に対してやっていいことではないし、夜闇の奇襲で開戦前から殺しとは無茶苦茶だ。


「こんな夜中に何をしているのでしょうか」

「どうやら、開戦前に奇襲してトーハク軍の一部を殺し、手柄として向こうに移籍するようだ」

「なんてことを! みなさんを死なせたいためにここにきたのに!」

「騒ぎになるが、ボールザンがどうするか。白きバラのことはお前も知っているんだよな?」


「ハムだと誰でも知ってますよ。あいつら素行が悪い冒険者でみんな困っていたんです。ただ、リーダーのウィトーラの実力だけは本物だと聞いたことがあります」

「唯一のCランクか。そのリーダーはあの中にいるか?」

「一番前を歩いている大柄で剣をもった怖い顔の男です。悪い奴なのが人相に出てますよね。もしかして戦うんですか?」

「軍に知らせたところで奴に殺されるだろう。私が戦うしかない」

「それなら私も!・・・戦力にならないですよね・・・あの、絶対悪人だと思うんですけど、聖水って効きますかね?」


 カモンゼンは後ろに下がらせつつ、保険のためにさらに遠回りして門に向かわせた。

 こいつらは既にトーハクを離れてゴルドガンナに行ったのにこうやって門を通ってきた。間違いなく不法入国だろう。私も人のことは言えないが・・・


「お前ら止まれ」


「なんだあ、てめぇ」

「軍人じゃなくて冒険者っぽいわね。なんでこんな時間に冒険者が張ってるのかしら、軍に雇われた? 今なら同じ冒険者のよしみで見逃してあげてもいいわよ。さっさと離れることね」


「それはこちらのセリフだ。お前達、不法入国だろう? 罪を重ねる前にさっさとゴルドガンナへ引き返せ。騒ぎを起こしたくないから見逃してやる」


「てめぇ、なまいってんじゃねぇぞ。ハムの冒険者か? 俺たち白きバラを知らないわけねぇよな? マジで殺すぞ」


 やはり話にならないな。相手はCランクが一人、残り何人かDランクがいるはず。今見える範囲にいるのはリーダーのウィトーラ以外に7人の合計8人パーティのようだ。


 睨み合っていると後ろからボールザンともう一人走ってくる。


「カモンゼンから聞いたぞ、こっちは大丈夫だ。ちょうどここの一団を任せられいた班長が元冒険者だった!」


 恐らく一緒に走ってきたのが元冒険者だろう。幸運だったな。これで軍の介入なく見逃してもらえそうだ。


「おい!ウィトーラ! お前ら自分たちが何をやっているかわかってんのか! 冒険者と言えど犯罪だぞ!」

「誰かと思ったらお情けCランクのボールザンじゃねぇか。軍と一緒に冒険者を率いてきたのか? だったらちょうどいい、前から色々うるせぇしムカついてたんだ。お礼させてもらうぜぇ」


 白バラの面々が臨戦態勢に入る。


「このウィトーラというやつは私が相手をする」

「任せた。俺はフィーナを抑える、それ以外は、お前ならなんとかなるだろ」


「おいおい、俺以外で唯一のCランク、ああ元Cランクだったのに、下っ端に任せて逃げるのかよ」

「いいわよ。私もあいつのことムカついてたし、同じスカウトとして、どっちが上か思い知らせてやるわ。これで私もCランクね」


 フィーナと呼ばれた方の女は両手に短剣を持ってボールザンを前に構える。一方ボールザンは右手に短剣、左手はフィストを付けて構えた。


「おい、女、勉強させてやるよ!」


 そういうとウィトーラはまあまあ素早い動きで真っすぐ剣を振ってきた。


 ガキンッ!


 私も剣を抜き応戦するが大して重くない。Cランクということだったが恐らくトーハクは人材もいなく基準が緩かったのだろう。田舎だとよくあることだ。こいつの実力は今の一撃でわかったがDランク中盤でもいいくらいだ。


「ほお、あの一撃を受けるか。結構魔力強化できてるじゃねぇか」

「お前は全然できていないな」

「言ってくれるねぇ~」


 ウィトーラは醜悪な顔で剣を舐める。その舐める行為に何の意味があるんだ。


「これならどうかな。ちびるんじゃねぇぞぉ、ジャイアント!」


 そういうとウィトーラは魔法を発動した。元々大柄だったウィトーラがさらにでかく、筋肉も肥大化していく。元のサイズの2倍近い大きさで両腕は歪に肥大化している。


「これが俺の極めた魔法だぜ、あまり長くは使えないからすぐ終わっちゃうけど、人生の最後によ~く見ておくんだな!」


 デカくなったがやってきたことは最初と同じ、まあまあ素早い動きで躊躇いなく剣を真っすぐ振ってくる。


 ガキンッ!


 同じように私も剣で受け止めてやった。確かに先ほどより重いがそれだけだし、素早さも多少上がったのだろうが大差ない。この魔法でこれまでごり押してきた結果、修練を積んでこなかったのだろう。

 そして、これだけの巨体、しかも部分的な筋肥大で歪な形では動きの制限も多い。


「まさか、これを受けれるとは。ハムにお前のような冒険者がいたとは知らなかったなあ」

「私はハムの冒険者ではない」


 そう言ってフードを取って見せた。一応、念のために相手の能力や出方を確認していたのだが実力差がありすぎて話にならない。これ以上は時間の無駄だな。


「エルフの冒険者だと!」

「名乗っていなかったな。私はクララーヴァ、Bランク冒険者だ」


 悪魔と戦うためにも力は温存しておきたい。私は特に魔力を開放するまでもなく、通常状態で切りかかる。


 カキン、カキン


「Bランクだと!本当にBならこの程度の剣なわけがない、嘘を言って動揺を誘ったな! お前の剣はそこまで重くないぞ!」


 強化全くなしの私と、全力の身体強化にさらにジャイアントの魔法を使って同程度か。


「ぐっ」


 所詮は技量なしだ。同じ重さの攻防だが、その時はすぐに訪れた。私の剣がウィトーラの左腕を切り裂いた。


「まだだ!まぐれであたったくらいで調子にのんなあ!」


 高級なポーションだろう。腕にかけるとキズがみるみる塞がっていく。


「お前、技量差すらわからないのにCランクとは笑わせる。もう冒険者を辞めろ」


 私は少し速度を上げる。もはやウィトーラはついてこれない。太くなった両腕に次々と切り傷がついていく。


「あああああ、俺の手があ手がああ、動かせないよおお、なんでえええ」


 ウィトーラは切り刻まれて血を流している両腕が動かなくなり、巨体のまま膝をついた。

 他の冒険者はそもそも私とウィトーラの戦いにはついていけないと思ったのだろう。途中で割って入ってくることはなかったがウィトーラが倒されたことで我に返ったようで一斉に飛び込んできた。


 が、大したことなかったのでそのまま切り捨てた。

 横を見るとボールザンは苦戦しているようだ。


「はぁはぁ、もう諦めたら? あんたもいい年でスタミナもなくなったでしょ?」

「てめぇらの尻ぬぐいでどれだけギルドが苦労したか、ここでお礼をするのは俺だぜ。先輩なめんじゃねぇ」


「おい、ボールザンさっさとしろ、こっちは終わったぞ」

「え、ウィトーラ!?」


 二人は自分たちの戦いに集中していたのだろう。周りの状況は見えていなかったようだ。


「マジかよ。やっぱ本当にBランク様だったんだな。フィーナ!諦めな!」

「嘘よね。こんなことって」


 そう言うとフィーナはバックステップで逃げようとしたが盛大にすっころんだ。


「ちゃんと後ろは見なきゃだめだぜ。老兵の作戦勝ちってやつだ」

「まさか、戦闘中に罠を置いて・・・」


 ボガァ


 ボールザンは左手でフィーナの顔面を殴り飛ばした。


 白バラの連中は全員そのままお縄だ。

 フィーナは顔面が陥没して気絶している。まあまあ綺麗な顔だったのに完全には戻らないだろう。

 ウィトーラも魔法は既に解除され普通サイズに戻っており、ズタボロの腕のまま縛られている。


「こいつらどうする? 犯罪者だが、今すぐ軍に渡すか?」

「いや、少し反省させるためにも門の真ん中あたりに置いておいてくれ」


 元冒険者の兵士が白バラを運んでいる間に私たちは門の右側にやってきた。


「こっちです! 右側に制御装置のようなものがありました!」


 戦っている間にカモンゼンは門を確認していたようだ。

 門は近くで見るとわかるがかなり古く年季を感じさせる。本当に動くのか心配だが、シュナーノヴィアーナ曰く、動かないレベルで破損している場合は魔道具として形を保てないはずだとのこと。門としては立派に残っているので動くと思われる。


 ハシゴのような出っ張りを少し登るとそこから階段になっていて操作する場所についた。たしかに修練場にある防壁装置を彷彿とさせるが、起動方法はわからない。

 ボールザンが操作盤を触り操作を始めた。


「これをこうして、よし、教えてもらった情報は正しそうだ。起動させるぜ」


 少しだけ光が出たがシュウウという音共に消える。この現象は防護壁でも同じだ。


「供給魔力不足のようだな」


 やはりか。長年使われていなかったのだ。もう魔力が残っていなかったのだろう。


「クソ!せっかくここまで来たのに、これを動かせるだけの魔石なんてそうそうないのはわかっていたがやはりか・・・」

「しょうがないな、ギルドの保管魔石もなかったのだろう?」

「ああ、それほど強力な魔物がでることは滅多にないし、うちじゃあストックもないんだ」


 さて、どうするか、一応私が魔力を全力で注ぎこめば動かせなくもないと思うが如何せん人の魔力を直接注入するのは効率が悪すぎる。魔石に比べて、ほとんどがロスしてしまうから割に合わないし、動かしている途中で私も倒れるかもしれない。


 ふと横をみるとカモンゼンが汗をだらだら流している。


「おい、カモンゼン、お前なにか隠しているな?」

「え!?え!?隠してませんよ、魔石なんて!」


 すっとボールザンはカモンゼンを羽交い絞めにする。私が少しまさぐると魔石がいくつも出てきた。


「お前、お手柄じゃないか、なんでこんなに魔石をもっていたんだ」

「それは私が屋敷で倒したナイトメアの奴です!売れば一財産が!」

「そもそもお前が倒したのは一体だっただろう。他は私の物だし、聖水が効くというのを教えたのも私だからお前が倒した奴のものも私のものだな」


 それにしても、いつ拾っていたんだか。まあお手柄なのは間違いない。悪魔の魔石なんて市場にも滅多に出るものではないし、倒したばかりだから魔力も十分詰まっている。


 ありったけの魔石を台座にセットし、再度ボールザンが起動させる。


 ブオオオオオオオオン


 防護壁と同じような音だが、規模が全く違う。門の左右に門と同じ高さまで虹色の光の壁が展開されていく、長く生きてきたが初めて見る光景だ。


「すげぇ、こんなものが俺たちの国にもあったのか」

「なんて幻想的な光景でしょう」

「景色を見たいのはやまやまだが、さっさと離れないと大変なことになる。急ぐぞ」


 プシュウウウ


 恐らく完全に国境壁が起動したのだろう。どれくらい持つのかはわからないが、悪魔の魔石だ。少なくとも1日2日で切れるものではない。


「あとは門の内側だけだな」


 私たちは門から100mほど離れて門の方を見る。

 国境壁は門以外に張られるため、門の内側は素通りできる。本来は内側を通ると魔力センサーで色々見ることができるから門の内側だけを通させるための仕組みだが、今はそこも通られては困る。


 門の内側の幅は40mくらいあるだろうか、その中心には縛られた白バラが並べられている。


 カッ


 その時、上から氷色の巨大な魔力が門に向かって降った。

 門は一瞬で白バラごと氷漬けになった。


「す、すげぇ・・・」

「あれ、国境門も壊れないんですかね・・」

「これで、わかっただろう。シュナーノヴィアーナ様には絶対に失礼を働くなよ」



 一旦ハムの街に戻った私たちはギルドにいる。

 門が凍ったのを見届けた後はすぐさま抜け出して引き返した。そしてそろそろ夜が明けるころだ。


「今頃、軍の本体は相当混乱してるだろうな」

「開戦しようにも流石にあれじゃあ、どうにもできないですからね」

「あとは悪魔狩りか・・作戦はあるのか?」


「作戦もなにもない。ボールザンが悪魔の残滓を追って見つけ出しさえすれば後は私が倒し、それでも厳しい場合はシュナーノヴィアーナ様が倒すだろう。ザウルスの背後にいるやつが私たちでも厳しければ、この国は捨てて北連に戻り討伐軍を組織するといったところか」

「まあ、あいつの見立てじゃ、俺でも戦力になれないってことだったからな。だが、人手はいるだろう?」

「そうです!私が倒せたくらいですから、冒険者の方が倒せるくらいの悪魔もいるんじゃないですか?」


 私はいらないと言ったのだがボールザンは決戦に向けて討伐隊を組織すると言ってきかなかった。すぐにギルドの不寝番職員と緊急網で連絡を始めた。


「私も聖水を持ってこれるだけ持ってきます!」


 時刻は夜明けすぎ、流石に少しだけ眠って魔力を回復させるか。私はギルドの食堂エリアの端に座り仮眠をとった。


 少し眠りすぎたか、ギルド内が騒がしくなって目が覚めた。目の前ではカモンゼンが机に突っ伏して寝ている。そして机の上には山のように積み上げられた聖水があった。


「ふあぁ~、おはようございます」

「お前も起きたか。よくこれだけの聖水を集められたな」

「昔のストックも全部出して、一度倉庫に卸していたものも全部回収してきました。緊急時ですからね。私ができるのはこれくらいですし、限界まで集めましたよ」


 それほど長くは寝ていないと思うが既に日は完全に上りギルドの通常営業開始時間も過ぎていた。体の中の魔力は十分に回復している。


「おいおい飯を置く場所もねえじゃねぇか」


 ボールザンは軽食を持ってきてくれたようだ。ドンッと横のテーブルに置かれたので私もそちらに座りなおし、いくらか口に入れる。


「さすがに弱い奴は連れていけないからなDランクパーティに限定して3組集まった」


 奥を見ると集められたパーティがいる。ギルド自体はもはや普通に営業できる状態ではないようで一般冒険者は立ち入り禁止にされているようだ。


「当然だが命の保証はないぞ?」

「おう、それが冒険者ってもんだろ」

「覚悟は決まったようだな」


「私も聖水でお手伝いしますからね!」

「ああ、ここの聖水は配って使わせてもらうぜ」


 一夜明けたとはいえ、たった一夜だ。ザウルスは私の討伐軍を組織してすぐ戻ると言っていたが、悠久の時を生きる悪魔どもだ。一日の感覚は人間とは全く違うだろうから、本当にすぐ攻めてくるというよりかは、どうせチンタラ準備でもしているはずだ。

 今日中に見つけられれば確実に間に合う。シュナーノヴィアーナも同じ見立てだった。


 さらにこれだけの数の配下の悪魔をばら撒いていたことから本拠地も間違いなくトーハクのどこかにあるだろう。多分それほど遠くはない。いよいよだ。


「お前らこれを見ろ!」


 ボールザンはどさっとシャンガラの死体を冒険者たちの前に放り投げた。


「悪魔は世界の敵だ! みんなでトーハクを守るんだ!」


 ギルドの緊急要請にこたえてくれた冒険者達だ。士気も高く、実際の悪魔を目の当たりにし、さらにやる気になっているようだ。果たして何人が生きて帰れるか。いや私が心配することではないな。それよりも私が勝つことを考えないと。


 横ではカモンゼンがせっせと聖水を冒険者に配っている。


「どうぞ! 悪魔にめっちゃ効きます!」


「こんな時にこそ、うちのギルドで一番強い白バラがいてくれたらなあ」

「普段からあれだからね。こういう時位は役に立ってくれればいいのに、都合よく移動しやがって」


 白バラに期待する声も冒険者からあがっているが、残念だがそいつらはもう来ない。


「あの犯罪者たち、裏切ってたんですよ! 成敗してやりましたよ!」

「なんだって! 悪魔に魂を売るとは!」


 悪魔に売ったわけではなく、ゴルドガンナに売ろうとしていたんだがな。ある意味、国中でゴルドガンナのスパイがどうのこうのとか言っていたが、結果だけ見るとあいつらはスパイみたいなものになったな。もうこの国に居場所はないだろう。

 それにしてもカモンゼン、成敗したのはお前じゃないはずだが。


 準備も終わりいよいよ出立だ。


「ボールザン、追えるか?」

「ああ、丸一日くらいまでならなんとかなる。トレースビジュアライズ!」


 あらゆる痕跡を自分だけに見えるようにする魔法か。重宝されるはずだ。上位のスカウトでも珍しい魔法のはず。


「お前の言った通り屋敷の上空から北に向かっている。真っすぐマウントダイに向かっているようだ」


 用意した最高級の馬車用魔物であるコロンが引く車が3台。冒険者たちはこれで一気に向かう。ここから北側のトーハク内にいるとすれば夜までに間に合うはずだ。


「いくぞー!」

「うおおおおお」


 街の外れでシュナーノヴィアーナと合流し、ボールザンの馬車を追っていく。

 1時間くらい走ったところで一時止まった。


「どうだ?」

「まだ結構続いている。思ったより遠いな」


 ボールザンが見ている方向は真っすぐマウントダイの方向だ。


「山に向かっているみたいだ。まだ結構ありそうだから急ぐぞ」


 それから更に山に向かって進む。もう麓に近いところまできてマウントダイの見える大きさもかなり大きくなってきた。


「ここは」

『私たちが最初に確認した村ですね』

「むしろハムに行かずにこの周辺を探すのが正解だったのか?」

『そうしていたら、ハムは今頃、火の海だったでしょうね』

「確かにそうですね」


 確かに、あの時点で本拠地を見つけて叩いていたら多くの死人が出ていただろう。そういう意味では見つけられなくてよかったともいえるか。


 そこは最初の村からわずか30分程度の場所だった。

 山の麓でも若干小高く丘になっている場所の手前でボールザン達が止まった。


「見つけたか?」

「いや、それがよくわからないんだ。あの小高い丘の辺りで追跡魔法が完全に途絶えて霧散してしまっている」


 ここから見るとただの小高い丘のようにしか見えず、何もないように思える。


「あそこって別荘じゃなかったですか?」

「なんだと?」

「前に教会業務で訪れたことがありますけど、大きな別荘が建っていた場所だと思いますけど、影も形もありませんね」


「シュナーノヴィアーナ様」

『視えました。強力な魔法で障壁を張っていますね』


 ついにたどり着いた。悪魔の本拠地だ。


 ボールザンがこっちに聞いてくる。


「どうやって戦う? 俺たちができることはあるか?」

『正直なところ、あなた達は足手まといにしかなりません。私があの障壁を破壊します。その後でクララーヴァが悪魔を殲滅しましょう。あなた達は村に続く麓側を囲むように展開して逃げる悪魔とだけ相対しなさい』

「もし私がやられたらすぐに引き返せ、それから倒しきるまでは中に入ってくるなよ。逃げだすような悪魔は弱いやつだろうが、それでもお前達よりは強いだろう。できる範囲で戦って無理はするな。最悪、逃げたい悪魔は今日の所は逃がしてやればいい」

「わかった。と言いたいところだが覚悟を決めてきているんだ。せめてこっちに逃げようとする悪魔くらいは食い止めるさ」


『では始めましょう』


 時刻は既に夕暮れから夜に変わろうとしている時間。

 小高い丘のさらに上空に巨大な魔力が顕現する。


『アイスボルト!』


 一般的な氷のエレメンタル魔法の一つで氷属性の鏃(やじり)を魔力で生成し撃ちだす魔法だ。強い魔術師であれば10連射くらい行える代物なのだが。

 それが今、丘の上に無数に顕現しているのが見える。おそらく500は下らないだろう。


 ドゴン ドゴン ドゴン


 やはり強力な魔法障壁が張ってあったようで、次々とアイスボルトはつららが落ちるように障壁に降り注ぐ。


 パリィン!


 障壁は少しずつひび割れ、ついにはガラスが壊れる様にはじけて割れた。


 障壁が無くなった丘の上にはカモンゼンが言っていたように別荘地なのだろう。巨大な保養所のような建物が見えるが、その建物にもアイスボルトが容赦なく降り注いでいる。


 シュナーノヴィアーナが魔法を展開する横で私は走って建物に向かった。

 建物からは悪魔達が阿鼻叫喚で混乱しながら逃げまどい出てきた。


「はああああああ」


 私は全身にカエデの木国から持ってきていたとっておきの高濃度聖水を頭からかぶり、身体強化を限界まで高める。


「人間!?」


 出てきた悪魔達はあきらかにザウルスと比べると下級なやつらだ。次々と切り捨てる。

 未だにシュナーノヴィアーナのアイスボルトは降り続けており出てきた悪魔達も次々と直撃し死んでいく。


 その時、建物の屋上で大きな魔力を感じた。見ると鎧の悪魔と思われる奴がシャンガラが持っていたようなデカい魔石の入った杖を持って魔法を発動させようとしているようだ。おそらく障壁を再展開しようとしているのだろう。


『フロストノヴァ』


 鎧の悪魔の魔法が発動すると感じた瞬間に後ろから別の魔法が先に発動した。

 凄まじい氷の波が一瞬で屋上の悪魔を杖ごと破壊する。


 そのまま私も屋上に飛びあがった。既に建物は全体的に穴が開き放題のボロボロだ。

 先ほどの鎧の悪魔は完全に死んでいて杖の魔石は砕け散っている。


 シュナーノヴィアーナも屋上にやってきて二人で目の前の敵を見る。


 反対側の建物の屋上には明らかに他とは違う凄まじい魔力を放つ悪魔が2体立っていた。

 一体はザウルス、もう一体のあれがプラズマというやつだろう。

 ザウルスより一回り大きく4mほどはある大きいミノタウロスだ。だが、伝え聞くミノタウロスとは違って真っ赤な肌に青い角、鍛え抜かれた体、さらに青い炎を纏っている。

 ザウルスは相変わらず武器を持っていないように見えるが、プラズマの方は凄まじい力を感じる戦斧を右手に持って油断なく構えていた。


「おい、ザウルス! どうなってんだ! エルフだけじゃなかったのかよ!」

「俺だって知らねぇよ! あのエルフだけしかハムじゃ見てねえ!」

「ふざけんな、あれはフロスト山脈の化け物じゃねぇのかよ」


 やはり奴らは私一人だけを倒さなければならない相手だと考えていたようだ。


「討伐軍を作って挑んでくるのだったか? 討伐軍はどこにいるんだ?ザウルス」

「てめぇ! お前は俺が殺す!」


 少し挑発するとザウルスは見事に乗ってきた。正直あの2体を同時に相手にするのは私では無理だろう。

 相対して分かったがやはりザウルスの方が弱いと思われる。まずはザウルスを殺して、その後にプラズマだ。それまではシュナーノヴィアーナに任せるしかない。


「オーラブレイド」


 聖水、身体強化、武器のエンチャント、私の持てる限りの強化を行いこちらも突っ込む。


「があああああ」


 かち合う直前でザウルスは剣を、正確には柄だけを抜いた。


 ゴオン


 ザウルスの持つ柄から霊体と思われる剣が伸び激しくぶつかり合う。

 お互いに屋上から吹き飛んだ。

 落ちながら屋上ではまだシュナーノヴィアーナとプラズマが睨み合っているのが見える。

 私たちは建物の横の草原に落ち、さらに剣戟を繰り広げる。


 ガキン、ガキン


 ザウルスの剣は自らの悪魔の力を濃縮したものを具現化しているようだ。私の力では折れそうにもないし、剣の腕も想像以上にレベルが高い。


「ははは、やっぱつえええ、お前つえええよ! こんな人間初めてだ! 絶対ぶっ殺してやる!」

「お前は強くないな。少なくとも、あのプラズマには全く及ばないんだろう?」


「なんだと? 確かにあいつは頭はいいが力は同等だ!」


 少しザウルスの剣戟が鈍る。


「そうか?まあそれでもいいが。どうせこのまま私に殺されるのだしな。仲間も見捨てるような卑怯者らしい最後だ。ナイトメアの王だとか言っていたか? 笑わせる。王どころかナイトメアの恥さらしだよ。お前は」

「てめぇえ、てめぇ!」


 顔は青白い霊体のままだが、人間であれば真っ赤になっているような表情をしている。短絡的な奴だ。シュナーノヴィアーナに詳しく状況を説明した時に、もしかすると、そいつは若い悪魔かもしれないということだったが正解だったようだ。

 完全に頭に血が上ったザウルスの動きはさらに鈍る。

 そしてついに捕らえた。


 ザシュ


 ザウルスの腰のあたりに剣が入った。


「ぐああああ、なんだ、その剣は!」


 聖水がじわじわとザウルスの体に侵食していく。

 このまま押し切れる!


 さらに一歩踏み込んで切ろうとしたがザウルスは今までやってこなかったバックステップで躱す。


「ゆるさねぇ、俺はナイトメアの王なんだ!」


 まずい、ザウルスから歪な魔力が混みあがってくるのを感じる。


「マインドクラッシュ!」


 ザウルスを中心に膨れ上がった魔力の衝撃波が展開された。

 恐らく精神攻撃の魔法をショックウェーブのような使い方をしたのだろう。躱すことができず至近距離で直撃した私はふらふらで足元がおぼつかない。

 まさか限界まで強化した私の魔力防御をここまで抜くことができる威力をだせるとは・・・


 私はなんとか体制を立て直そうとするが怒り狂ったザウルスは剣を両手に構えこちらに向かってくる。先ほどまでは片手剣だったのだが、剣の部分は自由に変化させられるのだろう、巨大な両手剣に膨らませて上段から振り下ろしてきた。


「死ねぇ!エルフおんなああああ!」


「楓閃華(ふうせんか)」


「あん?」


 私は真っ二つになったザウルスを見おろす。


「はぁはぁ、本当にギリギリだった。あそこまでの強力な魔法を隠し持っていたとはな」


「死にたくねぇ・・・もっと人間どもに悪夢を見・・」


 霊体のザウルスは死と共に灰になっていく、そこに残ったのは巨大な魔石と柄だけの剣だった。

 やつがあのまま片手剣で速攻をかけてきたら負けていたかもしれない。確実に殺すという意思の元、剣を巨大化させるほどの魔力の操作に時間をかけてくれたことで私は体勢を立て直すのが間に合った。


「うががが、なぜわしまで、ザウルス・・・」


 視線の先、気づかなかったがボールザンにカモンゼン、他にも冒険者数名が戦っているようだ。

 アンデッドのような骸骨の顔をして羽のある悪魔が杖をついてよろけている。先ほどのザウルスの精神攻撃魔法の範囲に入っていたか。


 驚いたことに、もっている杖はまたしても巨大な魔石のついた業物のようだ。いったいこいつらは何本持っているんだ。


「くらえ!アンデッドやろう!」


 ボールザン達冒険者は先ほどのザウルスの精神攻撃でふらふらになっているようだ。至近距離でなかったとはいえ、それなりに食らってしまったのだろう。

 一方カモンゼンは一人だけ元気に聖水を次々投げている。神聖属性による耐性が効いていたか。


 骸骨の悪魔は見た目の通り聖水の効きも普通の悪魔以上にいいのだろう。ザウルスやプラズマに比べれば遥かに劣るものの、それなりの強さの気配を感じるが精神攻撃で足が止まった隙に聖水を受けて煙を上げているし、なぜかかなりの疲労状態のように見える。

 何とか、あいつらだけでも押し切れそうだな。


 あとはプラズマだけだ。私は剣を握り直し山の斜面を上に向かって走り出した。



 ♦♦♦♦♦♦♦♦


 目の前でクララーヴァと強い悪魔のうちの一体で戦闘が始まり吹き飛んでいった。

 残る一体、プラズマという名前らしいが油断できない。ミノタウロスのようだが明らかに普通ではない異常個体だ。私も初めて見る上位種なのだろう。


「おいザウルス!勝手にするんじゃねぇ! くそ、ラントル!お前は先に行って始めてろ!」

「今日の転移でわしももう魔力が・・・」

「死にてぇのか!」


 プラズマが配下に何やら指示を出しているが時間はかけたくない。私も無詠唱でアイスボルトをいくつかぶつけてやった。

 プラズマは両腕を振って簡単に払いのけるが私は続けざまにやつの配下に向かっても放つ。


 何体かの悪魔が下の方でどこかに向かって逃げていく。なるべく殺しているが強い魔力を放つ杖を持った悪魔は逃れたようだ。それを見つけた冒険者たちが相対しているのが見える。


『悪魔の若造、プラズマといったか、お前かなり若いな? その程度で私を倒せるとでも?』

「神聖を振り撒く化け物め、てめぇに若造だと言われる筋合いはねぇよ。俺様は永久氷に拠点を持つ大悪魔だぞ」


 少し挑発してみたが言動からもやはり若い悪魔のように見える。纏う魔力も熟練のそれとは違う印象を受けるからほぼ間違いないだろう。

 そうすると、こいつらは以前の教訓を受け継いでおらず、自分の力を過信して人間の土地に攻め込んできた。と言った所か。それならば今までの状況が凡そ辻褄があう。


 だからと言って油断などできない。こいつの魔力はかなり強い。うまく隠しているようだが先ほど並んでいたナイトメアとは内包している魔力の格が違う。

 大悪魔だといったのも事実だろうし、これだけの数の配下を持つだけでなく実際に動かし、こうして国盗りまで進んできたのだ。永久氷に街を所持しているというのも嘘でなければ周辺の悪魔からも認められるだけの実力、そして交渉能力や知恵があるということだろう。

 なによりそれを若くして成し遂げているとしたら末恐ろしい。


 必ず今ここで殺さなければならない。


「フィードイグニッション!」


 知らない魔法だ。プラズマの両腕にまとう炎がさらに大きくなる。

 正面からまともに戦えばまず間違いなく倒せるだろう。恐らくそれは向こうもわかっていることだ。さて小賢しい悪魔がどうでるか。


 プラズマは持っている長い柄の戦斧にも青い炎を纏わせる。


「おらぁ!」


 プラズマが斧を振るうと青い炎が風を纏ってこちらに直進してきた。


『アイスウォール』


 こちらも魔法を出してすぐさま防ぐ、アイスウォールを消すと屋上にいたはずのプラズマの姿が無い。

 プラズマはごつごつとした山の斜面を身軽に登っている。

 正面から戦うつもりがないのだろう。もしかすると逃げる手段を持っているのかもしれない。


 プラズマだけならともかく、そもそもこれだけの配下をそれも低級の者も含め山の向こう側からこちらに連れてきているのだ。いったいどうやってそんな芸当ができたのか。何か抜け道を使っているとすれば潰す必要もある。潰せないのであればこの場の悪魔を完全に殲滅しなければ。


『アイシクルランス』


 アイスボルトよりも強力な氷の槍を3本プラズマに向かって発射しつつ、私も山に向かって飛ぶ。


「ファイアーウォール!」


『逃げるつもりかしら?』

「お前みたいな化け物をまともに相手するわけがねぇだろ」

『お前たちはどうやってこちら側に来たのだ?低級の悪魔では山越えはできないだろう?』

「歩いてきたんだよ。ばーか」


『素直には教えないか。まあいい、悪魔のくせに命乞いをしないとは見上げた根性だ。それであれば殲滅するまで』


『エレメンタルチェンジ、ランドプロテクト、プリズンマジック』


「な、なんだこれ!?」


 プラズマの周囲の地面の属性を私と同じに変換して空間魔法を封じた。テレポートを持っている可能性を考慮し確実に終わらせるためだ。

 さらに周囲に刺さった氷が成長しプラズマを捕らえる檻を形成していく。


「これはテレポート封じか!? ハハハ、完全に上から目線だなあ。お前、俺様を若造だと最初から勝っているつもりでいるだろう?」

『そうだ。お前はここで死ぬのです。それで終わりですよ』


 口を動かしながらもプラズマはさらに山の上に登っていく。


「終わるのはてめぇだ。使うと俺様でも瀕死になるから使いたくなかったが、ここまで登れば人間どもは簡単にこれないだろう。お前を倒して一旦永久氷に戻るとしよう」


「ジーズニイグニッション! ランドイグニッション!」


 プラズマの体内から魔力が異常に膨れ上がる。命を代償にする強化魔法か、これが奴の奥の手だったか。


 プラズマの角はさらに大きく膨れ、そして両手だけでなく全身に青い炎を纏っている。


「ヘルフレイム! フレアストーム!」


 周囲に炎を召喚し氷の檻は完全に消え去った。さらに龍のようにうねりながら巨大な青い炎の嵐がこちらに向かって展開される。


『フロストノヴァ』


「うおおおおお」


 炎を相殺すると同時にプラズマはすさまじい脚力で飛び込んでくる。

 全身の炎を斧の先に集約し打ち込んできた。


『アイスプロテクション』


 かろうじて割れなかったが凄まじい威力だ。しかしこれでもう奴も苦しいだろう。恐らくあの強化魔法は長く使えるものではない。この数撃で私を仕留められなかった時点でこちらがかなり優勢だ。


 プラズマも息が上がっているように見える。留めを刺すか。


 私は魔力を練り上げ収束させる。


『グレイシャルエンド』


 ドゴオン!


 山の中腹にあまりにも巨大な氷、氷河が落ちる。


 オーバーキルになっただろうが、かなりの魔力を使い確実に殺した。

 魔法を解除して奴がいた辺りをみるが何もない。灰になる種類の悪魔だったのか?


「驕った化け物!お前ならそう来るようなあ。今ので魔力はほとんど使っただろ! 演技だよ演技! 知恵比べで俺様の方が上だったな!」

『この程度の消費で私がもう戦えなくなったとでも?』


「それだよそれ、ぎゃははは、俺様は最初からお前を倒す気なんてねぇ、逃げるが勝ちなんだよ!」


 奴の狙いは私の魔力を消費させ、動きを鈍らせることだったか。命乞いをしないから覚悟を決めていると思ったのだが、初めから勘違いだった。

 あいつは覚悟など決めていなく、逃げ延びることだけを考えていたのだ。全ての配下や仲間を見捨ててでも。


 私もかなりの魔力を消費してしまった。どうする。無理をしてでも倒した方がいいとは思うが一瞬判断に迷う。

 その時、下からクララーヴァがかけ登ってくるのが見えた。

 まずい、先ほどの命を消費した強化魔法がまだ持続しているのであればクララーヴァでは厳しい。


『クララーヴァ! やめなさい! あなたを失う損失は大きすぎる!』


「シュナーノヴィアーナ様! 私は民を人々を守りたいのです! 命に代えても!」


 山の上に向かって逃げるプラズマにクララーヴァが追い付こうとしている。

 一方プラズマも今までで最も巨大な青い炎を全身から噴き上げて構えた。


『ああ、どうか、女神様。この世界を。クララーヴァを守って』


 クララーヴァとプラズマが衝突する寸前で凄まじい地響きが鳴った。


「な、なんだ、あれはああああ!?」


 東の空、虚空から今まで見たこともない凄まじい女神様の神気が何の前触れもなく現れ、星となって降ってゆく。


 あまりに巨大な聖なる星が二つ、救済の島の北と南に、そしてそれを追うように小さな星が三つ、島に向かって落ちていく。


 シュザアアア


「う、うあああ」


 星が落ちると同時に強力な神気の波動が周囲へ吹き荒れる。

 プラズマもあまりの神気に震えて腰を抜かした。


「なにかわからないが、この好機は逃さない!」


 クララーヴァは以前に渡した私の氷魔法の入った結晶を剣に向けて割った。


「青炎の悪魔、お前はこの氷で終わらせる! 氷閃華!」


 クララーヴァが私の魔力を纏った氷の剣でプラズマを切り、氷の華が乱れ咲いた。


「うそ・・だ・・女神なんて・・ほんとにいるわけ・な・・・」


 プラズマは赤い肌の全身から青い血を流して沈む。


『この世界に新たな番人が生まれたのでしょう。お前たち悪魔が何度こようとも、女神様がお守りくださるのです』


 強力な若い悪魔、プラズマは死んだ。


 下を見るとプラズマの配下だったのだろう、低級の悪魔達が恐慌状態に陥りながら北西にの山側に向かって必死に逃げていく姿が見える。

 あの神気の波動に耐え切れず反対方向に向かっているのだろうが、あのレベルの悪魔では山を越えることはできないだろう。

 これで本当に終わりだ。


「シュナーノヴィアーナ様、突然の地響きのあと最後は何があったのですか?」


 どうやら人間には先ほど神気は感じれるものではなかったようだ。


『女神様が私たちを守ってくださったのですよ』


 プラズマの死体を持って降りると人間達も決着がついていたようだ。


「そっちもやれたようだな! 急に残っていた悪魔達が山に向かって必死に走っていったんだが、何があったんだ?プラズマが死んだからか?」

「いや、女神様のお力らしい。私も詳しいことはわからないがプラズマは討ち取ったし私たちの完全勝利だ」

「こっちもほら、アンデッドっぽい強い悪魔を倒したんですよ!しかもすごい杖を持っていました! あと、こっちの洞窟に転移装置のようなものがありましたよ!」


 杖を見ると珍しい空属性の強力な魔石が入っている。これを使って転移魔法を使っていたといったところか。


『その杖は空間魔法に特化しているようです。その杖が無ければ転移を発動できないでしょうが、念のために洞窟は破壊しておきましょう』


「それにしても凄い杖だな。これを売れば復興資金がかなり稼げるんじゃねぇか」

「これは私が倒した悪魔が持っていたので冒険者ルールだと私のものになるんじゃないでしょうか!」

「ならねぇよ、というか約束の話があるだろ、少なくともその資金行きだ」

「そんな~」

「クララーヴァ、シュナーノヴィアーナ様、二人には感謝しかねぇ、この後も少しごたごたするかもだが、必ず礼はする。お前ら!ハムに戻るぞ!」


 最低限の片づけが終わると夜中だが急ぎ戻るようだ。

 私はクララーヴァと二人きりで話す。


『クララーヴァ、私はここでお別れのようです』

「シュナーノヴィアーナ様?」

『先ほど東の島に星が降りました。私は星の行く先を見届けなければなりません』

「星?東の島ですか?」

『ええ、元々私はあの島にいたのです。私は女神様の使徒として見守る必要があります。クララーヴァ、今回の旅であなたのことをよく知れて良かったわ。まだ長く生きるでしょうあなたが人々を導くのですよ』


「わかりました。カエデの木国のクララーヴァ、お約束します」


「そしてシュナーノヴィアーナ様、また会いに行ってもよいでしょうか?」


 真面目に約束をした後にクララーヴァは子供のように笑って再開の話をしてくれた。


『もちろんよ。またいつか、必ず会いましょう』


 これ以上、トーハクに残って干渉することはそれはそれでよくない。目的は果たしたし、新たな目的もできた。


 空には今日も満天の星が輝いている。

 新たに生まれた星は、この世界にどのような輝きを見せてくれるのだろう。

 それはまた別のお話。


この後、エピローグを投稿します。

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