エピローグ
「相変わらず立派な門だ」
クララーヴァは遠い目をしながら、ゆっくりトーハクの国境に向かって歩き出した。
あれから2年が経った。
あの時は結局この門をくぐることもなく国へ帰ったので門の下を通るのは初めてだ。
国境ということもあり観光客の多くが門を見上げている。
私も門を見上げると、あの日に見た景色が鮮明に頭の中で思い出される。
門を中心に展開された美しい虹色の光の国境壁も、門の中で凍りついて咲いていた白いバラの姿も、今はもうここには存在しない。
エルフにとっては2年など一瞬だ。あの日のことは未だに昨日のように思い出すことが出きる。
そんなことを考えながらトーハクの国境門を正式な手続きを踏んで通り抜けた。
本来の名前は魔選門だったか、今は稼働していないので私の魔力に反応することも兵士に止められることもなくトーハクに入国した。
国境から馬車に揺られハムの街に向かう。
あの後、トーハク国内は混乱を極めたようだが徐々に正気を取り戻した人たちによって今ではかなり復興が進んだと聞く。
ボールザン達も頑張ったのだろう。
ハムの街につき馬車から降りた。
あの時と違って今の私はフードをしていない。道行く人々からは、たまにエルフだと見られる程度で、誰からもスパイの話などは聞こえてこない。
街並みは大きく変わっていないが活気は取り戻しているようだ。
今回トーハクに訪れたのは最終確認だ。
あの悪魔事件は東の小国の話とはいえ、悪魔との衝突が多い北部国家連合にとっては衝撃的だった。なにせ北連は小国、なんならトーハクより小さい都市国家も存在する集まりだ。あのような暗躍で本当に国が盗られかけたというのは他人ごとではなく、今でも悪魔の手法は研究されている。
そういう事情もあり、正式に外交官としてトーハクを訪れて悪魔の痕跡の最終確認と復興までの経過を確認するように言い渡された。
最終確認とは言っても、あの時に逃げた弱い悪魔達は山越えの中で死ぬだろうから事実上の完全殲滅だとシュナーノヴィアーナは宣言していた。
その言葉を信じるのであれば、実際ここを訪れてまで確認する意味はないのだが半分は私もあの時一緒に戦ったボールザンやカモンゼンがどうしているのか気になって訪れたというところだ。
冒険者ギルドに入る。まだ午前中なだけあって混雑している。よく見るギルドの光景だ。あの閑古鳥が鳴いていた姿から2年でよくここまで戻したものだな。
特に用があるわけではないが、一応、街に滞在するので受付に身分提示をするために適当なレーンに並ぶ。
「お次の方どうぞ~」
受付嬢にカードを渡してしばらく滞在するための報告だということを伝えた。
「え!?Bランク え!?クララーヴァ・・さま!? あのクララーヴァさま!? お待ちください!すぐにギルドマスターに知らせてきます!」
「どうせ後で会いに行くから・・・」
受付嬢は私の話を聞く前にすっ飛んで行ってしまった。後ろに並んでいる奴らには申し訳ないことをした。
「来てるんだったらすぐ言ってくれよ!」
「いや、今到着したところだぞ」
2階から大声で話しかけながらボールザンが降りてきた。元々スキンヘッドだったのもあったから特に見た目に変わりはなく元気そうだ。
そのまま応接室に案内された。
「突然どうしたんだ? この国にとっちゃお前は英雄なんだ。事前に言ってくれれば国賓待遇で迎えたのに」
「そんなことはいらん、まあ特別大した用事があってきたわけではない。一応、悪魔の状況の最終調査をしに来たんだ。まあ、ここに来るまでに街も見たが平和そうだし、あの後は悪魔も出ていないんだろう?」
「そういうことか。国として外にも調査報告は発表しているが後で書類の写しも渡そう。あれから結局悪魔は全くでていない。元々悪魔の侵略に気づいていなかった俺たちだから説得力はないだろうが平和なもんさ。ぜひ観光と塩漬け依頼でもしていってくれ」
「そうだろうとは思っていたさ。シュナーノヴィアーナ様がああ言っていたわけだし、弱い悪魔は死ぬ気で山方面に向かったようだからな」
「一応、やつらの拠点はそのまま残っている。明日にでも行ってみるか? 観光がてら案内するぜ」
「いいのか? 前に来た時と違って繁盛しているからギルドマスターは忙しいだろう。別に私一人で見てくるから大丈夫だぞ」
「クララーヴァを何より優先するのは当たり前だ。この国の誰も反対しないだろうよ」
どうやら本当に忙しいらしく、逆にこんな理由がないと休めないのでちょうどいいとかボソボソ言っていた。かわいそうに。
少し話していたら昼を過ぎていた。そのままギルドの食堂の端で昼食をとることにして席につき食べ始めた。
「あの! 閃華の悪魔狩り、クララーヴァ様ですよね! サインを貰えませんか?」
「え、クララーヴァ様!?」
「本当だ、エルフだ!」
一人の女冒険者が話しかけてくると堰をきったように他の冒険者たちも囲んできた。そして次々とサインを求められる。さっきの受付嬢も混ざっていた。他の国ではここまでのことはないのだが、ボールザンのやつ、どれだけ私のことを吹聴したんだ。
かれこれもう1時間くらいはサインをしているんじゃないか。
「とりあえず10枚お願いします」
「なんでお前までここに来てるんだ。それに10枚もいらないだろう」
「教会の各支部に飾らないといけませんし、余れば売れるかもですからね」
「売るかもしれないようなやつにはやらん。帰れ」
「あの時、私が倒したナイトメアの魔石の代わりですよ! 10枚どころか100枚分くらい貰ってもいいくらいです!」
ようやくサイン攻めが終わろうとしたところで懐かしい顔が出てきた。
聖職者のカモンゼンだ。
「お前どうして私が来ているのがわかったんだ」
「もう街中で噂になってますよ。私の所にもさっきサインを貰ったという人が自慢しにきたので飛んできました。ようこそトーハクへ、そしておかえりなさい」
別にここには実質数日しかいなかったわけで第2の故郷でもなんでもないのだが、おかえりと歓迎されて悪い気はしない。
そのままカモンゼンとギルドを出て大きくなった教会へ足を運ぶ。
「ほら! どうですか立派になったでしょう!」
「たしかに、2年前とは大違いだな」
教会は建て替えられて一回り、いや二回りは大きい建物になっていた。入り口の所でも大量の聖水を売っている。補助金を出しているのか値段も他の国より少し安いようだ。
「周辺の土地も買い上げまして、あっちの建物は修道場、向こうは聖水工場として拡張したんです」
「シュナーノヴィアーナ様との約束は果たしてくれたか」
「あの杖のお陰でもあるんですけどね。平和都市のオークションですごい高く売れたらしいです」
あの時、国境門で軍を止めるため、悪魔退治ではなくトーハクを守るために力を貸してほしいという願いに対し、シュナーノヴィアーナが求めた条件は女神教会の規模拡大だった。悪魔に対する教育や聖職者の不足が付け入る隙を与えたということもあり、今後を見越してくぎを刺した形だ。
私にはわからないがシュナーノヴィアーナは女神の使徒だと自分で言っていた。女神様に対する信仰が厚くなることは彼女にとっても望みなのだろう。
「じゃじゃーん、実は私、正式にこの一番大きい教会の責任者になったんですよ! 凄いでしょう!」
そういうとカモンゼンは白を基調とした少し豪華なローブを羽織って見せびらかしてきた。確かに教会の上位職が着るものだ。
「さらにハムの中だけでも新たに2カ所も教会が作られまして、他にそこそこ大きい街にも順次作られることになっています」
「お前が偉くなったことはどうでもいいが、この短期間で国としてそこまで増やしていくのは凄いな」
「もっと褒めてくださいよ。あの後も結構頑張ったんですよ。悪魔のヤバさを皆さんに分かってもらうために苦労に苦労を重ねてやっとここまでの補助金体制になったんですから」
確かに周りを見ると修行中と思われる聖職者が大勢いる。ボールザンや被害者たちの声もあるだろうが小国の働きかけとしては十分な形だろう。
その日は宿で一泊し、翌日は朝から冒険者ギルドに向かった。
ボールザンはプラズマの拠点だった別荘まで一緒にいってくれるということで馬車もギルドが手配をするということになっている。
約束の時間ちょうどにギルドに着くとボールザンの横に身なりのいい男と数人の部下と思われる人間が立っていた。
「お前は・・・あの時の屋敷の主人か?」
「クララーヴァ様、覚えておいででしたか。あの時に助けていただいた議員のクメイ=カモーです。当時はお礼もできず申し訳ありません。私も家族も助けていただき本当にありがとうございました」
「あの時は極度の洗脳状態だったからな。回復したようで何よりだ」
ザウルスによって完全に思考を奪われる状態までいっていたが見たところ後遺症もないようだ。どうやら当時は市議だったが今は国政の議員になったようで教会の拡大は彼の後押しもあったようだ。
「じゃあ行きましょうか」
「お前まで来る必要は別にないが」
「そんなこと言わないでくださいよ。覚悟を決めて向かった時のことを思い出しますね」
なんだかんだでカモンゼンも付いてきた。こうしてみると本当にあの時の馬車と同じだな。あの時との違いは馬車を引いている魔物が山に行くので靭馬だというくらいか。
途中休憩を挟み半日もするとマウントダイが目前まできた、ここからもうすぐ麓で少し登ればあの別荘だ。
通り過ぎる村も長閑なもので農作業をしている人も見える。
美しいマウントダイは今日も上の方だけ雪化粧しており、相変わらず雄大で素晴らしい景色だ。前回はまじまじと見ることができなかったが観光が盛んなのも頷ける。
いよいよ馬車は目的地に到着し、別荘の手前で停めて降りる。
歩いて向かおうとすると向こうから何人か走ってくるのが見えた。
「いらっしゃいませ! クララーヴァの姉御! お待ちしておりました!」
そう言ってニコニコと手をもみながら親しげに話しかけてきたこいつは確かに見覚えがあった。
「お前・・・白バラじゃないか! 性懲りもなくまだこの国に残っていたのか! 犯罪者め!」
「ひぃいいいい、クララーヴァの姉御! お許しください! 俺たちは全員改心したんです!」
私が剣を抜こうとするとリーダーだったウィトーラはなんの躊躇いも無く土下座をしてきて、他の仲間も続けざまに見事に揃った土下座をしてきた。
「クララーヴァ、本当だぜ。あの後も1カ月くらい国境門は氷漬けだったんだが、突然解けてその後のこいつらは完全に毒気が抜けていた。もちろん冒険者としての地位は剥奪して、今は執行猶予期間だ。一応、万が一悪魔の残党が出た場合に備えてここに住み込みで牧場の仕事をしてもらっている」
「はい! 俺たちは氷の中で悔い改めて目が覚めました。きっとあの時も悪魔に洗脳されていたのでしょう。そうでしょう。今はここで畜産や魔物の間引きに精を出す日々です。執行猶予が終わっても俺たちはここで牧場を続けます。なあ、みんな!」
「おう!」
「はい!」
いや、あれは純粋に攻撃魔法の氷でそんな効果はないよな?
そしてこいつらの強さだと洗脳されていたはずは絶対ない。
絶対ないはず・・で胡散臭いやつらなんだが異常なまでに目がキラキラしていて何故か無垢さまで感じる。本当に改心したのか!?
「みんな、姉御は俺たちに目を覚まさせてくれた恩人だ! 今日は最高の牧場料理でもてなすぞ!」
その後も怪しむ目で見ていたが、それぞれテキパキと仕事をしている。かなり手慣れており仕事をしているふりなどではなく、それなりの期間しっかりやってきたであろうことがわかった。
本当に改心している・・・
「姉御、次はメインディッシュ、トーハク牛のステーキになります。デザートにはミルクアイスもご用意しております」
そして普通に料理も美味しかった。カモンゼンに至っては2回もおかわりしていたくらいだ。
そして半壊していたはずの別荘も既に改修とリフォームがされていて、もう少し牧場が軌道にのってきたら宿泊施設とレストランも開業するらしい。
無駄に商才があるな、こいつら・・・なんで冒険者やってたんだ。
「それで、ここに住み込みしていて下級の悪魔とかの残党と思われるものは見かけたか?」
「いえ、ここに来てから一度も見ていませんね。山の上の方にいくと普通に魔物は出ますけど、悪魔と思われるものは一度も見ていません」
「そうか」
これで調査は終わった。
元々報告書等で分かってはいたが自分の目で見れてよかった。
あの時にシュナーノヴィアーナに願い出てトーハクに来た自分の判断は間違っていなかった。
今回の旅でこの小国で生きる人たちの姿は誰もが生き生きとしていた。
この国に思い入れなどなかったはずなのに、この国を守れて本当に良かったと心からそう思えた。
夜になり少し山の高いところに一人で登る。
プラズマを倒した場所だ。
あの日の夜と変わらず空には満天の星が輝いている。
ふと東の方向を眺めた。
海の向こうにある島国、ランバルシア=ウィントール王国、あそこに彼女はいるのだろう。
いずれ会いに行こう。私たちの運命が交差するときに。お互い長い時を生きるのだ。その時はきっとくるだろう。
あの時の幻想的な光景が夜空に重なって見えた。
星の降る夜を飛んでいく美しき氷の不死鳥の姿が。
お読みいただきありがとうございました。
よろしければ、続きとなる転生乙女ゲームも見ていたければ幸いです。




