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第八話:呉郡への手紙

 書庫を訪れた翌々日、周瑛(しゅうえい)が一通の書簡を持ってきた。


 武昌の宮院では、朝から雨が降っていた。軒を伝う水の音を聞きながら『漢書』を読んでいた俺は、彼女の手元に見慣れぬ封があるのに気づいた。


 「呉郡(ごぐん)に住んでいる母から届いたものです。」


 周瑛はそう言って、少し嬉しそうに封を撫でた。婚儀からまだ日が浅い。遠く離れた家族の消息は、やはり気になるのだろう。


 「皆様、お変わりありませんか」


 「はい。母も兄たちも息災とのことです。それから、伯母も」


 伯母。


 俺は竹簡から顔を上げた。


 「大喬(だいきょう)殿ですか」


 「はい。ご存じでしたか」


 「父上から、伯父上に縁の深い方だと聞いています」


 周瑛はうなずいた。彼女の母、小喬(しょうきょう)は大喬の妹である。孫策と周瑜が姉妹をそれぞれ迎えたことは、今では昔話の一つになっていた。


 「伯母は、今も呉郡で暮らしております。孫紹(そんしょう)殿もお健やかだそうです」


 聞き覚えのある名だった。


 いや、忘れられるはずがない。


 俺の唯一の息子だ。


 孫策として最後に見たあいつは、まだ言葉もろくに話せない赤子だった。俺の指を握った小さな手と、眠りながら時折しかめた顔を覚えている。あの頃は、戦を終えればいくらでも顔を見られると思っていた。


 今、孫紹は二十六歳になっている。


 孫登の記憶には、年長の従兄としての顔がわずかに残っていた。幼い日の宴席で挨拶を交わした、物静かな青年。だが、それは父親が息子の成長を見届けた記憶ではない。


 「殿下?」


 周瑛がこちらを見ていた。


 「……孫紹殿も呉郡におられるのですね」


 「はい。伯母と同じ屋敷でお過ごしと聞いております」


 俺は目を伏せた。


 同じ屋敷。大喬も、生きている。


 孫策として死んでから二十五年。その間に、どれほどのことがあったのだろう。


 「殿下は、伯父君のご家族にお会いになりたいのですか」


 周瑛の問いに、俺は顔を上げた。


 「ええ。機会があれば」


 「でしたら、母にお尋ねしてみます。伯母も喜ばれるかと」


 彼女はそれ以上詮索せず、書簡を大切そうに袖へ納めた。


     *


 数日後、俺は父上に呉郡行きを願い出た。


 政務を終えた孫権(そんけん)は、卓に広げた文書から目を上げた。今ではその顔を見ただけで、仕事の話をしてよいときかどうか、孫登の記憶が教えてくれる。


 「呉郡へ、か。何のためだ」


 「孫紹殿と、大喬殿をお訪ねしたいのです。伯父上のご家族ですから」


 父上はしばらく黙っていた。


 「兄上のことを、近頃よく尋ねるな」


 「父上のお話を伺ううち、気に掛かるようになりました」


 嘘ではない。ただ、話していないことがあるだけだ。


 父上は文書を巻き、脇に置いた。


 「登。心遣いは嬉しい。だが、今は認められぬ」


 「なぜでございましょう」


 「武昌から呉郡まで、王太子が人目を避けて往復できるものではない。護衛を付ければ大ごとになる。そなたの講義も、政務の見習いも止まってしまう」


 「それだけでございますか」


 思わず、そう尋ねていた。


 父上は俺を見据えた。


 「そなたが誰を訪ね、どれほど留まったか。それだけを取り沙汰する者もいる。兄上の遺族ともなれば、なおさらだ」


 親族に会うにも、周囲の目を気にしなければならない。


 頭では理解できた。だが、胸の底に生じた不満までは消えなかった。


 「孫紹殿に何か落ち度があるわけではありません」


 「分かっている」


 父上の答えは早かった。


 「だからこそ、静かに暮らせるようにしておきたいのだ。そなたが気に掛けるなら、まず書を送れ。私から取り次がせよう」


 その声には、叱責よりも疲れがあった。


 俺が知らない間に、仲謀は何度こうした判断をしてきたのだろう。


 「……承知いたしました」


 礼をして部屋を辞したが、納得したわけではなかった。


     *


 手紙を書くのは、思っていたより難しかった。


 孫紹に尋ねたいことはいくらでもある。何を学び、何を好み、どんな者と親しくしているのか。大喬は元気なのか。病をしたことはないか。


 だが、筆を持つのは孫登の手だ。


 十六歳の従弟が、二十六歳の従兄にそんなことを一度に尋ねれば、相手は困惑するだろう。


 何より、俺が知っている息子は、腕に抱き上げられるほど小さかった。今の孫紹が何に悩み、何を望んでいるか、俺には見当もつかない。


 書きかけの木簡を二度取り替えた末に、ようやく挨拶をまとめた。


 婚儀を終えたこと。周家との縁を得たこと。しばらく会う機会がないのを残念に思っていること。


 最後に、筆を止めた。


 どうか、大喬殿ともども、つつがなくお過ごしください。


 これだけでよいのか。


 父親が息子に伝えたいことが、こんな一文で足りるはずはない。


 だが、ほかに書けることはなかった。


 封を閉じた頃、周瑛が書庫を訪れた。


 「お書きになれましたか」


 「ええ。ただ、随分と短くなってしまいました」


 「お会いになれない方へのお手紙は、難しいものでございます」


 「あなたも、母上に書くときは?」


 「はい。伝えたいことほど、かえって言葉が見つからないことがございます」


 周瑛は封を見て、少し笑った。


 「でも、次のお手紙が書けます。最初の一通ですべてを伝えなくとも、よろしいのではありませんか」


 次の一通。


 その言葉が、静かに胸に残った。


     *


 返事が届いたのは、年が明けてからだった。


 孫紹は礼を尽くした文章で婚儀を祝い、従弟の心遣いに感謝を述べていた。大喬も変わりなく暮らし、時折、昔の家人を招いているという。


 文章は穏やかだった。けれど最後に、短い一節があった。


 『父のことを尋ねられる折がございます。父を知る方々は、勇ましい方だったと申します。私もそのような父を誇りに思いますが、どんな声で私を呼んだのか、それさえ覚えておりません』


 俺は、その箇所を繰り返し読んだ。


 俺は覚えている。


 赤子の小さな拳も、抱き上げたときの重さも、確かに覚えている。


 だが、あいつには何も残っていない。


 俺が江東を駆けた歳月を、人々は今も語ってくれる。孫紹もそれを誇りに思うと言う。


 しかし、その名声のどこを探しても、父と過ごすはずだった年月は見つからない。


 ふと、返信の端に、別の一文があることに気づいた。


 『いつか武昌へ参る折には、殿下にもご挨拶申し上げたく存じます』


 会えるかもしれない。


 だが、そのとき俺は、あいつを何と呼べばよいのだろう。


 窓の外では、冬を越した木々が新しい芽をつけ始めていた。


 孫紹。


 今度こそ、お前の顔をちゃんと見たい。


 そう思いながら、俺は返書をもう一度、最初から開いた。

読んでいただきありがとうございます。

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