第37話 「試写」その一
3489年 木乙月 第一雷庚日
あんなに穏やかで素敵な夜だったのに、爆弾魔に踏み込まれた。
きれいな掃き出し窓を割って、祖父の部屋へ押し入るなんて――
最弱貴族だからといって、許すわけにはいかない!
底知れない怒りが、弱気も恐怖も一時的に忘れさせたのかもしれない。体に、尽きることのない力が湧いてくる気がした。
イノリは怒りに駆られて部屋を飛び出し、階段へ走った。
フィルもすぐにあとを追った。
四階の廊下にたどり着くと、イノリは焦りながら突き当たりを見た。
扉は開け放たれ、室内には明かりがともっていた。
その光の下に、大きな黒い人影が立っていた。
足音を聞きつけたのか、不審そうに振り返り、扉の外を見た。
目が合った瞬間、イノリは剣を抜いた。
細雪の刃に、冷たい光が走った。
「爆弾魔! くらえ!!!」
叫びながら、流星のように突っ込んだ。
右足が室内の床を踏んだ瞬間、足元で突然、爆ぜるような轟音が鳴った。
「何――」
刹那、無数の線が床を走った。魔力の紋様が互いに交わり、複雑な魔法陣を形づくっていく。
魔法陣が完成すると、まばゆい赤い光がほとばしった。
危険にはすぐ気づいた。だが、勢いよく突っ込みすぎて、立ち止まることも、避けることもできなかった。
足元から焼けつくような痛みが走った。噴火する火口の上に立っているようだった。
「危ない――」
フィルの声がした。
背中を両手で強くつかまれ、凄まじい力に引かれて、体が後ろへ反った。
イノリは体勢を崩し、勢いよく数歩後ずさった。
魔法陣から炎が噴き出し、目の前わずか数センチのところで燃え上がった。
「くそっ! 氷の霊・銀白天穹!!!」
刃に大量の魔力を注ぎ込み、迷わず細雪を横に薙いだ。
冷たい白霧が広がり、炎が一瞬で消えた。
「こんな卑怯な罠を使うなんて、許さない! くらえ――」
大きな黒い人影へ切っ先を向け、勢いよく突きを放った。
けれど、相手のほうが明らかに素早かった。
黒い影は一瞬で消え、バルコニーに現れた。
「逃がさない!!!」
狙いを外されたイノリは、悔しさに声を張り上げた。
爆弾魔は軽々と跳び、手すりの上に立った。
海へ身を翻す鯨のように、月光を背に優雅に体を傾け、そのまま落ちていった。
視界から消える相手を、イノリは何もできずに見送った。腹立たしげに足を踏み鳴らす。
「任せて、イノリくん!」
「フィル?」
驚いて振り返ると、紫色の姿はすでにすぐそばにあった。
「ユナを呼んで、この部屋を調べてもらって! 僕は犯人を追う!」
「気をつけて、フィル」
フィルは真剣な顔でうなずくと、素早く手すりを越えて跳んだ。
霧の紗が一瞬で広がり、ばさりと鳴った。
少女は空を滑り、爆弾魔の逃げた方向へ急降下していった。




