第33話 「宵闇」その二
「アキラ! 正直に言ってよ。フィルを地下へ連れていったのは、君だろ?」
アキラは無表情のまま黙っていた。だが、目をそらしたことで、すべてが明らかになった。
滄溟は、この探偵喜劇を面白そうに眺め、手を叩いて笑った。
「正解! さっきアキラが、地下の展示室へ鉱石を見に行ったんだ。俺様は興味ねえから、退屈しながら待ってたんだけどよ。そしたら、フィルちゃんがやって来たってわけだ!」
「よし! 滄溟みたいな目撃者が必要だったんだよ!」
「まあ、俺様も、名高い蘭空家の秘蔵酒を飲んでみたかったんだけどな」
一度に二人の共犯者を捕まえ、イノリはますます自信をつけた。
高らかに問いただし、次の攻勢に出た。自分こそが名探偵であるかのように。
「それと、フィルに鍵を渡したのは誰? ああ――ヒ・カ・リ。忘れるところだったよ。お姉様と同じで、食いしん坊だったね」
「えへへ。ばれちゃった」
ヒカリは照れくさそうに笑い、甘えるように目をぱちりとさせた。
「あら、イノリ。お姉様も、こうなるのは望んでいなかったけど……もう持ってきてしまったんだから、細かいことはいいでしょう?」
「ふん。お姉様だからって、見逃すわけにはいかないよ」
「イノリも飲んでみて。おいしいんだよ。大人たちもいないんだし……」
「だめ――」
自分がどれほど酒に弱いかはわかっていた。イノリは慌てて断った。
普通の甘い酒でも、すぐに酔ってしまうのだ。
地下の酒蔵に大切にしまわれていた、度数の高い酒なら、なおさらだった。
「ふん、みんな、僕を甘く見ないでよ! 立派な貴族として、今日は絶対に一滴も飲まないからね!」
死を覚悟し、イノリは悲壮な顔でうつむいて、コーヒーカップを見つめた。
強い草の香りが鼻に押し寄せ、吐きそうになった。
恐る恐る唾をのんだ。
目を閉じ、息を止め、一気に飲み干した。
「う――ん?」
もしかして……
もしかして!!!
意外と……いける?
甘草の爽やかな香りが、強すぎるコーヒーの香りと混ざり合い、かえってしつこさを和らげていた。
甘草そのものの糖分で甘さも十分。そのうえ、茶葉を思わせる、独特の植物の香りまである!
そうだ、そうだ! 素晴らしい。
白雪角砂糖なんかより、ずっといい! コーヒーに入れるべきものは、これだったんだ!
今の配合を変えずに、アキラの故郷、南山町特産の大麦ミルクをスプーン一杯加えたら……
どれほど我を忘れるようなおいしさになるのか、想像もつかなかった。
「お姉様」
「なに?」
「大麦ミルクを一本、持ってきてくれる? 去年アキラがたくさん持ってきてくれたから、まだあるよね」
「あるよ。取ってくるね。私の淹れたコーヒーを気に入ってくれて、うれしいな」
ユナは楽しそうにピースをして、弾むように立ち上がった。顔には、満ち足りた笑みがあふれていた。
「フィル?」
「どうした、イノリくん?」
「甘草、もう少しくれる? 僕は貴族より、牛になるべきだと思うんだ」
「今は持ってないけど、庭にはたくさんあるよ。好きに摘んできたら?」
「わかった」
フィルは酒瓶を持ち上げ、軽く振った。中の液体が揺れ、心地よい音を立てた。
「でも、本当にお酒は飲まないの? イノリくんなら、気に入ると思うんだけど」
「ごめん。僕には甘草コーヒーしか見えないんだ」
そう言って、イノリは自分のカップへ、またなみなみとコーヒーを注いだ。
優雅に湯気を吹き払い、そっと唇をつける。
満足そうに舌鼓を打ち、それから一気に飲み干した。
ほどなく、ユナがミルクを持って戻ってきた。
気を利かせて、繊細な作りの酒用のグラスもいくつか持ってきていた。
後ろに続く使用人たちが列をなし、おいしそうな料理を次々にテーブルへ並べた。
すべてが整うと、ユナは咳払いをした。
「イノリとフィルの全快を祝って、今日は思いきり楽しんでね!」
一同が歓声を上げた。
「それじゃあ、みんな。乾杯!」
杯が交わされ、香りがほのかに漂った。
素敵な夜は、まだ始まったばかりだった。




