第31話 「幕間」その二
「帰ってきたのかな、星?」
「帰ってきたね、星」
双子の声だった。
目を開けると、温かな空気が顔に触れた。
イノリは勢いよくソファから身を起こし、自分の頬をつねった。
痛みが、現実に戻ったことを教えてくれた。ほっと息をついた。
顔を向けると、向かいのソファにフィルが横たわり、まだ眠っていた。
「へえ。僕の心相世界、結構気に入ったのかな。僕みたいに湖に落ちてなきゃいいけど」
「違うよ、星。紫も、もうすぐ夢から覚めるよ」
「違うよ、星。紫も、もうすぐ現実へ帰ってくるよ」
突然、大きな咆哮が狭い屋根裏に響き渡った。
目の前の双子まで、怯えて「新世界」という水晶玉を抱き締めた。
「うわああああああ!」
弾けたばねのように、フィルがソファから跳ね起きた。
宙で手足をばたつかせ、しばらく身をよじってから、重く落ちた。
古いソファには、あまりに手荒い衝撃だった。
木の骨組みが、ぎしぎしと抗議の声を上げた。
額から汗がこぼれた。フィルは怯えた目であたりを見回し、何度も大きく息をした。
やがて落ち着くと、恥ずかしさを怒りに変えて、イノリをにらんだ。
「イノリくん! 君ってやつは――」
何があったのか、イノリにはすぐに想像がついた。思わず吹き出した。
「あはっ! 湖に落ちて凍え死んだんだろ!」
「凍え死ぬ? 危なかったよ! 炎で氷を溶かして、岸に逃げたんだ。そうしなかったら、本当に湖で死んでたよ」
「ちぇっ……死ななかったんじゃないか」
「何、残念なの? 僕だって残念だよ。イノリくんの心相世界が、あんなに危険だなんて」
「それはこっちの台詞だよ。危なさで言えば、お前の雪原だって、僕の湖と大して変わらないだろ」
険悪な二人を見て、ユキとユネは怯えて抱き合った。
イノリは本気で怒っているわけではなかった。フィルも同じだと思っていた。ふざけ半分の言い合いは、むしろ楽しかった。
「そうだ、フィル」
ふと思いつき、いぶかしげに彼女を見た。
「ほかに誰か、見なかった? それか、星とか」
「星? 見てないよ」
「そんなはずは……」
「ねえ、イノリくん。何日か前に、君の星の魔法でひどい目に遭ったばかりなんだよ。君の心の中でまで、あんなものに出くわしたら、絶対に文句を言うからね」
「そっか。何でもないよ。考えすぎだったみたいだ」
「まったく……」
そう言って、フィルは双子に目を向けた。
二人はまだ抱き合ったまま、震え続けていた。
フィルはきょとんとして、驚いた顔をイノリに向けた。
イノリは黙って首を傾げた。
フィルはため息をつき、声を和らげた。
「怖がらないで。僕とイノリは、喧嘩してるわけじゃないよ」
「本当?」
「嘘じゃない?」
「うん」
うなずき、双子の髪をそっと撫でた。
「二人とも、立派な学者だね。今回の実験は大成功だよ。よくやったね」
「それじゃあ、紫。僕たちの実験を認めてくれるんだね」
「それじゃあ、紫。私たちの研究を気に入ってくれたんだね」
「そうだよ。知ってるかな。学園に、シオンっていう先生がいるんだ。二人の研究に興味を持ってくれるかもしれないよ。機会があったら、会いに行ってみたら?」
「教えてくれてありがとう、紫」
「勧めてくれてありがとう、紫」
「あの変なじいさんに会いに行くなら、爆発には気をつけてよ」
「わかったよ、星」
「肝に銘じるよ、星」
双子は小さく頭を下げ、フィルとイノリの助言に礼を言った。
だが、顔を上げたときには、二対の目がまた冷たくなっていた。
敵意のこもったその合図の意味は、イノリにはよくわかった。
隣のフィルは、戸惑った顔をしていた。
「えっと……イノリくん。僕、何か変なこと言ったかな?」
「別に。僕らの役目はもう終わったんだから、これ以上居座るのは失礼だってこと」
イノリは立ち上がり、フィルの手を取った。
彼女が反応する前に、その手を引いて素早く退散した。
「行こう、フィル。追い出される前に――」




