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第30話 「幕間」その一

3489年 木乙月 第一氷己日


 二十分前、イノリとフィルはユキとユネの誘いを受け、心相世界に関する新たな実験に参加した。


 二年前の実験とは違い、今回は二人同時に眠りにつき、互いの心相世界へ入ったのだった。


 体は、やはり銀白の輪郭だった。

 外と連絡を取るための水晶玉もあった。

 世界は、やはり寒かった。

 そして、果てしなく白かった――


 フィルのことだから、その心には、想像を超えるほど変わった世界が広がっているのだろうと思っていた。


 ユナの心は、色とりどりの花が咲き乱れ、芳しい香りに満ちた花の海だという。

 アキラの心界は、静かで穏やかな、禅の趣に満ちた渓谷だという。


 けれど、目の前には、寒々とした雪原が広がるばかりだった。


 イノリはあてもなく雪原を歩き、すっかり退屈していた。


 雪原。


湖にも、ずいぶん似ている気がした。

 同じ銀白で、同じように寒い。片方は雪に覆われ、もう片方は白霧に包まれている。


 二年前の実験では、心相世界の中で死んだことを覚えていた。

 すぐに現実で目を覚ましたとはいえ、あまりにも生々しい死の感覚は、思い出すだけで身の毛がよだった。


 幸い、フィルの心相世界はずいぶん安定しているようだ。異変が起きることもないだろう。

 気ままに散歩して、疲れたら切り株でも見つけて座ればいい。凍え死ぬ前に、水晶玉を割れば済む。

 イノリはそう考えた。


 やがて前方に奇妙なものが見え、急いで足を速めた。


 巨大な黒曜石の壁。


 高い黒曜石の障壁が、雪原の中に果てしなくそびえていた。


 横にも上にも、限りなく続いているようだった。

 目の前のすべてが、その果てしない障壁に遮られていた。

 世界の果てに来たのだろうと、イノリは思った。


 だが、引き返さなかった。石壁に手を当て、深く考え込んだ。


 この巨大な障壁は、まっすぐではない気がした。


 横にも縦にも、わずかに湾曲している。

 ただ、あまりにも大きいため、よく見なければ気づかずに通り過ぎてしまいそうだった。


 イノリはその場に目印を残し、壁に沿って歩き始めた。


 どれくらいたっただろう。元の場所へ戻ってきたことに気づき、驚きと喜びが湧いた。


 この高い障壁は、一枚の板のように、どこまでも延びる壁ではなかった。


 最初に思ったように、世界全体を分断したり、世界の果てを形づくったりしているのではない。


 むしろ、巨大な半球の形をしているのだ。


 卓上に伏せた椀のように。地面に置かれた、半分の卵の殻のように。


 つまり、黒曜石の障壁の内側には、まだ広大な空間がある。


 イノリは知恵を絞ったが、壁を越える方法は見つからなかった。


 それでも、確かに聞こえた。障壁の内側から、伸びやかなピアノの音と歌。


 神のように純粋で、天使よりも清らかな、子供の歌声だった。

 美しく澄んだピアノの伴奏に乗り、その旋律は、いっそう神聖に、伸びやかに響いていた。


 こんなにも寒く、寂しい世界で、これほど美しい声が聞こえるとは、思ってもみなかった。

 フィルの「心」の中で。


「もうすぐ時間だよ。帰還の準備をして、星」


 水晶玉からユキの声がした。


 イノリはうなずき、ためらわずに水晶玉を壁へ投げつけた。


 水晶玉が砕け、目の前の世界も急速に崩れ始めた。


 その場に仰向けになり、深呼吸をした。意識が薄れていくのを、静かに待った。


 三秒後、思考の糸が切れ、視界が闇に沈んだ。

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