第24話 「縁起」その一
3489年 木乙月 第一土戊日
早春の日差しは、まださほど温かくなく、どこか肌寒かった。
花びらの影が、金色の日差しを大小の光の斑へと切り分けていた。
イノリは桜の幹に背を預け、柔らかな草の上に身を横たえていた。
血のように赤い花びらが、頭にそっと舞い落ちた。
風の魔法を覚えれば、もっと上手に滑空できる。アキラの得意な魔法を先に知っておけば、武闘大会でも勝ちやすくなる。
フィルは、そう言っていた。
まさに一石二鳥だ。うまく考えたな、フィル。
イノリはそう思った。
庭の開けた場所へ目を向けた。
アキラが強く地面を踏んだ。
激しい風が唸りを上げ、次第に広がる旋風となって、空へ吹き上がった。
風が届いた瞬間、フィルは軽く跳んだ。
すばしこい鳥のように、風の揚力を借りて、一気に宙へ舞い上がった。
上昇する速さが少しずつ落ち、地上三メートルほどのところで、浮いたまま留まろうとした。
フィルは懸命に体の釣り合いを取り、風に押し上げられながら、本当に立った姿勢を保ってみせた。
十秒後、アキラはうなずき、親指を立てた。
そっと足を上げると、激しい風は次第に収まっていった。
霧の紗という黒いマントが、大きな落下傘のように広がった。
フィルはゆっくりと降り始めた。
空気に漂う魔力の気配を懸命に探り、散っていく風に残った魔力を、力いっぱい自分の周りへ呼び戻した。霧の紗の下へ集めていく。
マントの下に集まった魔力が、弱い気流の輪となって、少女をそっと支えた。
フィルは羽根のように、ゆっくりと降りてきた。
もう少しで成功する。その瞬間、魔力が尽き、足元の風が急速に散った。
「あっ!」
たちまち体勢が崩れ、両足が勝手に浮き上がった。
宙で半回転し、雲の中に寝そべるような姿になった。
体が水平に傾くにつれ、霧の紗が一瞬で体に張りついた。
マントの守りも魔法の助けも失い、フィルは流星のように落ちた。
アキラが強く地面を踏んだ。真っ赤な花びらが舞い上がった。
再び激しい風が起こり、少女の下で一気に吹き上がった。
風の揚力を借りて、フィルは慌てて身をひねり、まっすぐ立つ姿勢に戻った。
霧の紗が再び広がり、落下の勢いを一瞬で弱めた。
次の瞬間、無事に地面へ降り立った。
「悪くない」
「ああ、やっぱり難しいな――」
「魔力の回収を意識して。もっとよくなる」
「うん」
「少し休もう」
「はい、アキラ先生!」
そのとき、ユナが書庫のバルコニーから、庭の一同へ手を振った。
「ねえ、アキラくん! そろそろ私の番でしょう――」
フィルとアキラは拳を軽く合わせ、顔を見合わせて笑った。
フィルはその場で伸びをし、首をほぐした。
そして、桜の木の下へ歩いてきた。
「ひぃ――」
イノリの右隣に座っていた滄溟が、苦しげな悲鳴を上げた。




